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~エピソード5~ ㉔ 体育祭当日 実行委員チームの勇姿 ~2~

 1セット目は俺の予想に反して順調に点を重ねた。

 今は 23-20。


 実行委員チームがリードしているなかで俺にサーブが回ってきた。 

『あの身長の高い選手はアタックとブロックは上手いがレシーブは下手なほうだ。』


 サーブミスをしないように身長の高い選手を狙って打つと、目の前でストンとボールが落ちて呆然と立ち尽くしていた。


「くそぉ、無回転でボールが読めない!!」

 相手チームが呆然としているなか、うちのチームは俺や監督とコーチ以外は喜びを露わにしている。


「三上さん、これで6点目のサービスエースですよ!!」

 天田さんが嬉しそうに俺とハイタッチをした。


 俺は次にバックセンターにいる選手の横に無回転のサーブが落ちると、このゲームのセットを取った。


 周りが喜ぶ中で、俺は1人で次のゲームのことを考えていた。

『これで勝ったと思って油断すると、次は対策を練られてコテンパにやられる。』


 これはチームの指導陣や俺の共通認識だった。

 勝てた要因に明確な理由があった。


 最初に俺がバックアタックを打ったことによって、徹底的にマークされた結果、後衛に回ったときに相手のサーブのほとんどが俺に向かって飛んできたのだ。


 守さんのお母さんは、俺が狙われたときに備えて対策を練っていた。


 自分の娘に嘘をついて「サーブレシーブを打った直後にアタックに入るのは少し難しいでしょ?」などと無理矢理な理由をつけて『三上がサーブレシーブをした場合、トスは前衛の誰かにあげること』を約束として決めていたのが功を奏したのだ。


 このゲームで守さんが出してきたサインの9割は俺へのバックアタックだった。

 彼女はサイン通りに物事が運ばず、しぶしぶ仲村さんや天田さんにトスを回した感じだった。


 しかし、これが上手いことにハマって、俺がおとりになって飛びながらブロックを分散させて相手を混乱に陥れることに成功していたのだ。


 相手のサーブは、俺を狙っても外れることがあるから、誰かがサーブレシーブを受けた場合、たまに俺がバックアタックを打つので、相手チームは混乱に拍車がかかった。


 俺が前衛になれば、自ずとトスが分散されるので攻撃が上手くハマっていた。 


 守さんのお母さんは、自分の娘が俺を多用していたのが分かっていたから余計に顔が渋かった。コートチェンジをしてメンバーが集まると、守さんのお母さんは渋い顔のまま皆を激励した。


「みんな、よく頑張ったわ。でもね、ぬか喜びをすると、相手は対策を練ってきて三上さんが苦労するわ。」


 俺は守さんに率直な意見を言った。


「守さん、私のバックアタックのサインを今の6分の1に減らしてください。さっき勝てた要因の1つはバックアタック対策で私が狙われたお陰でトスが分散されて、うまく相手のブロックがつけなくて点が取れたことが大きかったからです。」


 守さんは明らかに渋い顔をした。

「三上さんなら、トスを上げれば全部打って決まると思ったのですが…」


 自分の娘の言葉を聞いた守さんのお母さんがさらに険しい顔をした。


「和奏、それをやったら、次は必ず三上さんがブロックに捕まるわ。恐らく身長の高い選手が三上さんのバックアタック対策を兼ねて3枚飛んでくるのよ。三上さんが完全にブロックを抜くのは無理よ。彼の滞空時間が相手にブロックをする時間を作らせるから、タイミングを合わせられたら一瞬で終わるわ。彼は中学の部活でそれを見て学んでいるのよ。」


 守さんの顔が曇って、お母さんの話を聞こうとしていない様子だ。


『参った。これは言うよりも、点差が開かないと分からないだろうなぁ…』


 ◇


 2ゲーム目が始まって俺の不安は大的中した。


 俺が後衛に回ると、相手チームは俺以外にサーブレシーブをさせて、俺のバックアタックを誘う形に変わったのだ。


 守さんは意地になって俺にバックアタックをあげ続けた。


 俺は無理強いの要求に答えつつ、3枚ブロックに苦戦して相手チームをリズムに乗せてしまった。

 ブロックを外すようなアタックを打ってみたが、特に身長の高い選手のブロックが上手くて現役の部活の選手でない限り、未熟な俺には難しかった。


 今は 4-11。大幅に点差が開いてしまった。


 守さんのお母さんが、たまりかねて2度目のタイムアウトを要求した。


 もう、守さんは完全にしょげていた。

「ごめんなさい、三上さんやお母さんのアドバイスを無視したから…」


 守さんのお母さんは決断した。

「三上さんは固定セッターで行くわ。今は流れを変える必要があるのよ。三上さんがセッターなら点差がこれ以上に開くことはないわ。」


 俺はチームがどん底にいる中で声をかけた。

「まんべんなく皆にアタックを回します。だから、まずは1本を取って落ち着こう。さて、声を出していこうか!!」


「おー!!」


 これで少し流れが変わった。

 俺がボールを散らすことによって、やっとシーソーゲームような形になってきたのだ。


 守さんのお母さんには、幾つか狙いがあった。


 身長の高い選手はレシーブが上手くないから、彼に集中してアタックを狙えば外してくれる可能性が高いことが明らかだし、俺が教えた天田さんの無回転サーブが有効だったからだ。


 そして、かなり流れが変わったのは、俺が前衛に上がって身長の高い選手が後衛に回った時だった。


 守さんがサーブをあげると、センターバックの女性の選手が綺麗にレシーブをした。

『もしかしたら、背の高いアイツがバックアタックをするかも。』


 そう感じた俺は、泰田さんや山埼さんがアタッカーのおとりに釣られるなかで、ひとりで身長の高い選手のバックアタックにタイミングを合わせて思いっきり飛んだ。


 予想は的中した。

 俺のブロックが綺麗に相手のコートの真ん中に落ちて相手チームが顔を見合わせた。


「うぉぉお~~~~」

 俺はあえて喜びを爆発させて雄叫びをあげた。


「三上さん。ナイスブロックよ!!」

 守さんのお母さんから大きな声が飛んだ。


 うちのチーム同様、エースのバックアタックをブロックで止めたときの精神的ダメージは大きいモノがある。


『ゲスブロックは、あまりよろしくない。次はコミットブロックだ。』

*ゲスブロックとは個々のプレイヤーが相手のアタックを予測してブロックすること

*コミットブロックとは相手のアタックを予測して事前に構えてブロックをすること


 俺は点をとってメンバーとハイタッチする時に前衛の泰田さんと山埼さんに小さい声をかけた。


「2人とも、3枚で飛ぶよ。たぶん相手のセッターの傾向から、次は速攻だから真ん中でいいから。外れたら悔やまないで。」


 そう言うと2人はこくりとうなずいた。


 守さんがサーブをすると俺たちは息を合わせてブロックをセンターに絞った。

 予想通り、センターからの速攻だった。


 次は泰田さんがブロックをして決めた。

 2連続ブロックをされた相手チームは焦り始めた。


 今は10-16。

 点差は開いているが、こういう時の相手チームは総崩れになるパターンが多い。


 また、俺はハイタッチをする時に2人に声をかける。

「次は絶対にライトいる裏エースだ。もう苦しいときは1本が欲しいからエースしかいない。バックアタックは俺が封じたから、すぐには使えないから。」


 俺は小声で2人に話すと今度は笑顔でこくりとうなずいた。


 こんどは山埼さんが止めた。

 相手チームが慌ててブロックをしたボールを返してきたが、ネットを飛び越えるのが明らかだった。


 それを見た俺は、あの身長の高い選手に向かってダイレクトで鋭いアタックを決めた。

 彼はレシーブの対応ができずに、その場で倒れこんでボールがあらぬ方向に飛んだ。


 これで11-16。

 相手チームはたまらずタイムアウトを要求した。


 最初に守さんのお母さんから声をかけられた。

「三上さん、ブロックの読みが冴えてるわ!!」


 俺はボソッとした声で守さんのお母さんに話した。

「ありがとうございます。ところで、次はレフトかなぁ…と、思うのですが…」


 お母さんもニッコリと笑いながら、ささやいた。

「ふふっ、たぶんそうだわ。保険はかけて置いた方がいいわね。結菜ちゃんと2枚で飛んで、山埼さんは速攻やライトを警戒する形で良いと思うわ。」


 山埼さんがニコリと笑ってささやきかけた。

「ふふっ、違うわ。バックアタックよ。小声だったけど背の高いあの選手がボクに寄越せと言っていたわ…」


 ここで山埼さんの地獄耳が活きた。

 どのみち、相手は点差が詰められそうだから話は長いだろう。


 俺は山埼さんの話を聞いて腕を組んで考えると相手に聞かれないように小声で話した。

 向こうは山埼さんのような、地獄耳的な特技を持ってる選手や控えはいないだろうから。


「分散して構えるフリだけしておいて、バックアタックをブロックしますか。あえて私と泰田さんがレフトで張ることを匂わせておいて、タイミングを見計らって山埼さんと3枚つく形で油断させましょう。」


 一方で選手控えの椅子の後ろにいて、その会話が耳に入った棚倉や新島と三鷹、それに荒巻や高木までもがニコッとした。


 彼らが、バレーボールの詳しい話を知らなくても、その言葉を聞いて思ったことは同じだった。

『バレーボール三上くんは変わらない…』


 まだ時間があるので、まだ申し訳なさそうにしている守さんに話しかけられた。

「三上さん、あとでブロックの読み方やセッターのトスの振り方や考え方を教えて下さい。これだけブロックが読めるのが凄い…。」


「守さん、分かりました。お母さんを交えて話をしたほうが早いと思います。私がやってることは、お母さんの直伝ですから…。」


 元々、守さんのお母さんはセッターもやっていた事があったので、俺は練習中に色々とノウハウを聞いていたのだ。


 それを聞いて守さんのお母さんは少し笑顔になった。

「和奏、やっと分かったのね、セッターは単にトスをあげれば良いってものじゃないのよ。三上さんは部活をやっていて控えだったけど試合をよく見ていたわ。それが活きているのよ。」


 そうして俺たちはコートに戻った。


 守さんがサーブを打つ前に、俺と泰田さんが少し寄って、山埼さんが少し離れた位置に立った。

 相手はブロックが1枚外れたと思っただろう。


 サーブが相手のコートに入って、相手チームがレシーブに入ってボールがセッターに届く瞬間に山埼さんがコミットブロックをするために寄った。


 相手チームのセッターが横目でそれが見えたお陰で焦ってトスが乱れた。

 背の高い選手はそれでも構わず渾身の力を込めてバックアタックを打ってきたが、俺の手に当たった。


 しかし、そのボールが真横に流れた。

『しまった、アタックが強かったから肘の締め方が甘かった!!』


 次の瞬間、横に流れたボールが山埼さんに当たって相手コートのネット前にストンと落ちた。


 これで 12-16。

 このブロックは相手チームにとって致命傷になった。

 相手の選手はうつむいてしまった…。


 このあと、守さんがサーブを打つと、相手チームのサーブレシーブが乱れて3点差、さらに守さんがサーブを強く打つと、サービスエースを3点決めて同点に追いついた。


 こうなったらウチのチームの流れになった。

 今は22-18。


 実行委員チームがリードする展開になったが、相手チームは諦めていなかった。

 相手チームは選手交代を告げて、ピンチサーバーを入れた。


「ジャンプサーブをします。」


『望むところだ、狙いは後衛の俺だろう』

 うちのチームは俺のジャンプサーブを取るのに練習をしていたから慣れている。


 俺は声を張り上げた。


「いいか!、みんな、サーブが来たら姿勢を低くして脇をシッカリ締めろ!!。乱れても俺か守さんがあげるから、前衛は上げたトスの攻撃に備えろ!!」


 2セッターの強みはそこにある。


 バシンッ!!!!

 相手の強烈なサーブが来たが、不運にも後衛の泰田さんに向かって飛んだ。


 しかし、泰田さんは俺のジャンプサーブを受けていたから冷静だった。

 そのレシーブが前衛セッターの守さんに綺麗に返ると、周りから歓声があがった。


「ふふっ、三上さんのジャンプサーブのほうが、速くて落ちるし、それに重くてキツいわ。」

 泰田さんは不敵な笑みを浮かべていた。


 守さんは仲村さんに速攻のサインを出していた。

 泰田さんがレシーブしたボールを綺麗に仲村さんにトスすると、ブロックがノーマークだったので強いボールが相手コートの誰もいないライン際に刺さった。


 これで22-18。

 守さんのお母さんは椅子から立って、仲村さんと牧埜の交代を告げた。


 牧埜はピンチサーバーの役割だった。

 彼は俺の無回転サーブを必死に練習していたので完全にマスターしていた。


 牧埜は仲村さんと交代してサーブを打つと、無回転サーブが例の背の高い選手に向かって飛んだ。

 フラフラッと揺れたボールだから、うまく取れずにレシーブが乱れて相手コートまでボールが飛んだ。


「ナイスサーブ!!」

 俺は牧埜とハイタッチすると、小声で話しかけた。


「今度はさっきの選手とセンターの間を狙ってみて。たぶんお見合いすると思う。」


「ふふっ、三上さんらしいですね。」


 牧埜は俺が言ったとおりに無回転のサーブを狙った位置にいれた。

 次の瞬間、相手チームの選手はお見合いをして取れなかった。


 それでゲームセットだった。

 実行委員チームが優勝候補のチームに勝利した。


 ちなみに、実行委員チームが、このバレーボールで勝利をしたのは10年ぶりだという。

 長年にわたって、このチームはやられ役だったのだ。


『さて、泰田さんがトスを出して速攻と、俺のジャンプサーブは決勝戦まで封印だろうなぁ。』


 そんなことを思いながら、選手の控えがあるほうへ向かった。

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