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~エピソード5~ ㉔ 体育祭当日 実行委員チームの勇姿 ~1~

 俺が泰田さんと一緒にトラックで市民運動公園に戻ると、練習開始時間5分前だった。


「三上さん早く!!」


 体育館入口で守さんが立って待っていた。

 中に入るとバレーボール用のコートが3つできあがっている。


 体育館の入り口から離れた奥のコートを見ると、守さんのお母さんが腰に手を当ててメンバー達に言葉をかけていた。


 それよりも、守さんのお母さんの脇にあるボードに張られた紙が気になった。

 どうやらルールが書かれているらしい。

 今まで、ジャンプサーブや女性をあまり狙わない規定以外は気にも留めなかったので、少し目をこらして読んでみた。


 --- 


 ●参加条件 

 現役部活・同好会やサークル等・現役選手の加入は禁止

 高校・中学時の部活経験者は3人まで。

 (自由な参加やワンサイドゲームを防止する為)

 男女各3名ずつ、選手交代は可。交代時はルールを守ること。

 選手は係から配布されたビブスをつけること。


 ●ルール

 男女混合でポジションは前衛・後衛で男女ができる限り入り交じること。(ローカルルール)

 2セット先取勝・1セット25点制。ジュースは2点差がつくまで上限31点。

 3セット目は15点。上限17点先取とする 。


 ●男性プレー制限 

 一切なし。アタック等は、できる限り女性を狙わない。(ローカルルール)

 明らかに狙い続けている場合はイエローやレッドカードもあるので注意。


 ●サービス制限 (ローカルルール)

 ジャンプサーブ(スパイクサーブ)は3点差以下まで可能。

 打つ前に審判や線審などに申告すること。

 また、ジャンプサーブ時は、できる限り男性を狙うこと。


 そしてトーナメント表が貼られていて全部で8チーム、敗者復活戦もあるらしい。


 --- 


 ボーッとルールを読みながら歩いていたら、泰田さんに心配された。

「三上さん、なんか目が一点に集中してボーッとしてるけど…、どうしたの?」


「ああ、あそこに張り出されたルールが書いてある紙を見ていたのですよ…。」

 そうして、俺はルールが書かれたボードを指さした。


 守さんが俺の言葉にクスッと笑って口を開く。

「フフッ、三上さんらしいわ。詳しいルールなんて三上さんには言わなくても分かると思って、省略していたわよね…。」


 そんな会話をしていたら、山埼さんが俺たちに気付いて呼びにきた。

「3人とも早く来て下さい。円陣を組んでから練習を始めますよ~~。」


 俺と泰田さんが実行委員チームが集まっている場所に行くと、宗崎や村上、良二の隣に有坂教授と浜井教授もいた。どうやら、交代選手用の椅子に座ってるが、実行委員チームは控えが少ないので、このまま座らせても問題はないだろう。


 守さんや泰田さんの母親も監督やコーチとして、ここに座るだろうし…。


 それを見て慌てて教授たちに挨拶をする。

「すみません、有坂教授と浜井教授。応援に来て頂いて恐縮です…。」


 俺を見た有坂教授は笑顔になった。

「おお、三上君。浜井教授と少し昔話に花が咲いてね。そうそう、さきほどチームの監督さんからお話を聞かせてもらったよ。君は相当に凄いじゃないか…」


「いやいや、教授、所詮は素人の域を出ませんから。この身長ですので、やれることは限られていますし…。」


 冷や汗をかきながら教授と話していると、守さんのお母さんから声がかかった。

「三上さん、ここに来てぇ~。」


 俺は教授達に軽くお辞儀をしてチームが集まっている所に駆け寄った。

「すみません、学部で世話になっている教授がいたので…」


 守さんのお母さんは凄い笑顔になった。

「ふふふっ☆。三上さん、大学でも皆から信頼されてるのが良く分かったわ。教授がベタ褒めだったもん。いや、それよりも円陣を組んで練習を始めましょ。」


 皆で円陣を組んだあと、準備体操をして各々が試合前の練習に入った。

 俺は守さんのお母さんと一緒にいつもの如くトスから入る。


 その様子を良二や教授達が真剣に見ているのが横目で分かった。

 そして、なぜか、荒巻さんや高木さんも立って見ている。


 ただ、俺はそれに構っていられないので練習に集中している。


 守さんのお母さんとトスやレシーブを返していくと、今度はお互いが距離を取って守さんのお母さんが打ったボールを俺がレシーブで取る。


 その頃には、遅れて反対側のコートで練習をしていた相手チームが俺に注目をしていた。

 実行委員チームの1人が経験者という噂が広まっていたからだ。


 横目で宗崎や村上、良二がいるほうを見ると、棚倉先輩や新島先輩がいて、ニヤリと笑っている。

 そして…三鷹先輩もいる…。


 『は?。なんで三鷹先輩???。』


 俺は内心の動揺を隠しながら練習に集中することにした。

「三上さん、相手チームの視線が気になると思うけど、いつもより思いっきり打つから覚悟してね☆」


 守さんのお母さんがそう言うと笑顔になって、少し距離をとった。

 もう、その振りかぶりかたから、いつもより力を込めて打つのがすぐに分かった。


 バシンッ!!!!


 お母さんが全力で打った強くて速いボールが、俺の正面に飛んできた。

 俺は姿勢を低くして、慎重に丁寧にレシーブを返すと周りから歓声があがった。


『お~~~~。』

 そして、周りにいる人達がざわめき始める。


 一方で、三上の練習を見ていた本橋は、村上や宗崎の反応に少し違和感を覚えながらも、その様子を口をポカンと開けながら見ていた。


 後ろにいた棚倉が嬉しそうに声を出した。

「三上がこれほど上手いとは思わなかった…。あんなに強いボールが飛んできたら俺なら逃げてしまうぞ…。」


 その棚倉の言葉に本橋が激しくうなずきながら同意した。

「棚倉さん、あいつはいつも器用すぎるのです。」


 ただ、彼らは三上の練習をしてる姿に集中しているので会話ができない状態だった。

 相手チームも反対側のコートで練習をやめて三上のことを見ている。


 ---

「三上さん、あと10回やるわよ!!」


 俺は歯を食いしばって守さんのお母さんの打ったボールを正確に返すことだけに集中した。

 それが終わると、周りから拍手があがった。


 そんな中で、相手チームの中で、ひときわ身長の高い人がメンバーと話している声が微かに聞こえた。


「あの人と、監督のオバサンが入ったら絶対にウチは苦戦するぞ。去年もそうだったけど、かなりの点差が開かないとオバサンは出てこないと思うけどね…。あの人は実行委員長だっけ?。身長は低いけどマジにヤバイぞ…。」


 相手チームから俺は相当に脅威だと思われたようだ。

 守さんのお母さんが打つ強烈なボールを正確に返している俺はもちろん、守さんのお母さんに対しても同じだった。


 このルール、参加する人は学部などに関係なく自由だし、守さんや泰田さんの母親も、実行委員の保護者という立場から、特別にエントリーが受理されていた。


 2人とも経験者だし、特に守さんのお母さんは俺以上に脅威なので、かなりの点差が開くかメンバーが怪我でもしない限り、試合に出られない制限がかかっていた。


 その後、互いのチームが15分交代で攻撃の練習をする。

 はじめに相手のチームの練習になった。


 あのひときわ背の高い経験者のアタックが垂直に落ちていく。

 それを見て周りから感嘆の声があがる。


『あのエースもそうだが、相手チームの攻撃力はウチ以上に高いなぁ。これは優勝候補と言われるだけあるわ…』


 俺は控えの椅子に座って見ていると、いつものメンツから総ツッコミが入った。

 まずは良二からだった。


「恭介やぁ、オメーは補欠とか言いながら、あれをレシーブできるのは、普通の人から見たら変態だぞ。周りが口をあんぐりと開けて見ていたわ。隣の教授達を含めてだぞ…」


 俺が良二の言葉に反応する前に、有坂教授から声をかけられた。

「三上君、うわさ以上の凄さを感じるよ。頑張りなさい、期待しているよ。」


「教授、ありがとうございます。相手チームは凄そうなので勝てるかどうか分かりませんが、微力を尽くします。」


 こんどは新島先輩が俺に近寄って頭をポンと叩いた。

「お前なぁ、極秘練習をしてるなら教えろよぉ~。マジに水くさいぞ…。アレだけ上手いのなら冷やかしに行ったのに。」


 バシッ!


 それを聞いた泰田さんが新島先輩の後ろにきて、無表情で先輩の頭をぶっ叩いた。

「新島くん、それがいちばん困るのよ!!。冷やかしで練習の邪魔をしたら承知しないわ!!」


 それを見た良二が安堵の表情を浮かべていた。

 彼のその表情の裏には、新島と同じような言葉を三上にかけようとしていたからだ。


「泰田ぁ~~、痛ぇなぁ、分かったよ。オメーはマジに恐くてしかたねぇ…。」

 新島先輩は頭を押さえながら、ふてくされたような表情をしている。


 それを見た棚倉先輩が泰田さんをなだめる。

「まぁ、まぁ、泰田。そのへんにしておけ。三上が随分と上手いのが分かったのから、これからの試合が楽しみだ。なぁ、三鷹…。」


 三鷹先輩はなぜか複雑な笑顔を浮かべながら俺に話しかけた。

 彼女は驚きを隠すので精一杯だったから、笑顔で誤魔化したのだ。

「恭ちゃん。そんな特技を隠さなくても良いのよ、わたしも、これからの試合が楽しみだわ…」


『まずい、これは三鷹先輩の話が始まったら止まらなくなる。』

 三鷹先輩の微妙な笑顔を見て、何を企んでいるのかを探ろうとした矢先だった。


 守さんのお母さんがメンバーに向かって手を叩いて声を出した。


「みんな、すぐに攻撃の練習よ。いつもの通り、松裡さんと牧埜さんは、泰田さんのお母さんが出したボールを三上さんに返してね。今日は私も少し打つわ。」


 俺はセッター役になって、皆にトスをあげてアタックを打たせる練習をしていた。

 『これで、相手に俺が固定セッターだと意識を植え付けさせられるだろう。』


 このとき、相手のチームは、守の母親の狙い通り、三上がセッターで守の母親が入って組んだときのブロック対策などを考えていた。


 俺も守さんのお母さんも、この感覚に共通認識を持っていた。


 そして、守さんのお母さんが俺のトスでアタックを打ち始めると、経験者の男性並の威力に周りから、どよめきが起こった。


 それを見ていた相手チームの中でひときわ背の高い人を中心にして顔を見合わせた。


 幾つかのアタックの連携を確認した後のことだった。

 守さんのお母さんが、練習終了数分前に悪戯っぽく笑い始めた。


「三上さん、最後に速攻を合わせようか?。和奏があげて。」


 そうすると俺にお母さんが耳打ちをした。

「この速攻は思いっきり打って。相手をさらに混乱させるわ。」


 これは切り札として何度も練習をしていた形だ。

 本来なら泰田さんがトスをあげる役目だが、カモフラージュの意味があるのだろう。


 俺はセンター付近で少し広がると、守さんがあげたフワッとしたトスをお構いなしに思いっきり叩き付けた。


 バシンッ!!!!


 それを見ていた周りから『お~~』というどよめきが起きる。


 相手チームは一様に頭を抱えた。

 セッターはツーアタックの練習はするが、これは少し異例だからだ。


 俺は身長が低いから、さっきまでセッターのみだと思われていたのは間違いなかった。


 まして攻撃の練習で背の低い俺が加わるなんて思っていないし、アタクックが強烈なので、どうするか考え直す必要性に迫られていた。


 去年の試合を考えると、守さんはセッターのポジションだったが、経験者の中では『2セッターなんてあり得ない、意表を突くような攻撃練習の1つだろう』と、かなり混乱をしていた。


 ---

 いよいよ、試合が始まった。


 最初は相手のサーブからだった。


 もう、レセプション(守備位置)からして、俺がセッターに上がらないので不思議に思ったのだろう。

 相手のサーブは、うちのフォーメーションを見るために緩くおさえられた。


 守さんのサインは俺のバックアタックだ。

『本来なら天田さんのオープンか、仲村さんの速攻だよ。俺のバックアタックを最初から多用するのは良くない。』


 緩いサーブは泰田さんの正面に飛んだ。

 彼女がサーブレシーブを綺麗に返すと仲村さんが、おとりになって飛ぶ。

 それに相手のブロックが釣られてズレて飛んだ。


 俺は守さんから上がったトスにタイミングを合わせると、渾身の力を込めつつ思いっきりドライブをかけた。


 バシンッ!!!!


 体育館に強くボールを叩く音が響いて、相手チームの男子選手の真っ正面にボールが飛んだ。

 その受け方から経験者なのがすぐに分かったが、あまりの強さにレシーブが真横に飛んだ。


「うぉ~~~~~!!」

 それに対して驚嘆の声と、大きな歓声がギャラリーから飛ぶ。


 相手チームの背の高い選手から大きな声があがった。

「2セッターだ!!気をつけろ!!!。とくに実行委員長はマークしろ!!、あのジャンプ力はとんでもねぇわ!!。」


 俺はそれを聞いて溜息が出た。


『それでも、特に守さんは俺に出し続けるんだろうなぁ…。それに俺は実行委員長じゃねぇよ。』

 そんなことが頭に浮かぶと、ローテーションで移動するときに、守さんのお母さんと目を合わせて俺は悲痛な表情をした。


 守さんのお母さんは分かっていたようで眉間に皺を寄せて、しきりにうなずいている。


『参ったなぁ、もう読まれるぞ。このゲームはともかく、次のゲームで俺の対策で背の高い人が前衛から始まるぞ。』


 俺は不安を隠しきれなかった…。

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