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~エピソード5~ ㉓ 体育祭当日 ~2~

 最初にメイン体育館前の駐車場にある立ち台に上がったのは新島先輩だった。

 実行委員をはじめ、教育学部の学生もジッとその様子を見ている。


 俺はお立ち台の斜め後ろにいるが、久しぶりに新島先輩の真面目な姿を見た気がする。

『この先輩の雰囲気、副寮長就任以来じゃないかな。』

 新島先輩の後ろ姿をジッと見ると、右手で拡声器を持って語り始めた。


「実行委員長の新島です。特に1週間前から夜遅くまで準備に追われていた委員の皆様には、労いと感謝の言葉しかありません。この体育祭が実りあるものでありますように、そして怪我も事故もない体育祭になることを祈っています。委員の皆様には今日一日、全力を尽くして頑張りましょう!」


 新島先輩の真面目な挨拶に、一部の人から驚きと共に大きな拍手が送られた。

 その拍手が鳴り止むと、新島先輩は言葉を続けた。


「私が寮の仕事で不在の間、委員達の指揮をとった実行委員長代理の三上より挨拶があります。」


 先輩がお立ち台から降りて、交代してお立ち台に立って、俺も拡声器を持って挨拶をする。


「実行委員長代理の三上です。皆様、今までの委員会活動、ホントにお疲れさまでした。委員会の結成から1ヶ月、外部委員の私としては皆さんを影から支えることしかできませんでしたが、よりよい体育祭にしたい委員の皆様の思いがひしひしと伝わっりました。今からが本番です。最後まで全力を尽くして頑張りましょう!!」


 挨拶を終えて一礼をすると、大きな拍手が送られた。


 こういう時の挨拶は短めのほうが好まれる。

 新島先輩も俺もその辺は同じ感覚なのだろう。 


 お立ち台から降りると、新島先輩から真っ先に声をかけられた。


「三上や、お前は場慣れして上手すぎるんだよ。流石だよなぁ…。」


 俺は新島先輩の褒め言葉を聞くとすかさず返した。

「新島先輩もさっきみたいに本気を出せば、棚倉先輩から、やればできると言われるのですがねぇ。」


「ははっ、三上らしい褒め言葉だなぁ。」

 新島先輩は少し喜んでいるようだ。


 新島先輩が嬉しそうにしていたので、俺はさらに褒めちぎった。

「いやぁ、久しぶりに新島先輩の本気を見て、俺は尊敬のまなざしを向けていますよ。」


「三上よ、新島をあまりヨイショするな。これ以上、調子に乗せたら、また元に戻ってしまう。」

 俺の褒め言葉に棚倉先輩が横やりをいれてきた。


 しかし、戒めの言葉を口にした棚倉先輩も相当に嬉しそうだった。


 ◇


 そうして、教育学部の体育祭が始まった。

 委員達は強制参加の準備や後始末をする係と、外販などの諸準備をする委員に別れて活動をしている。


 教育学部の人たちが強制参加の競技をするためにトラック競技場にいる間、俺は仲村さんと一緒に外販委員の手伝いをしていた。


 主な俺の仕事は大学の購買にある大きな冷蔵庫から食材を取り出して、トラックに積んで運動公園に運ぶことだった。


 それと、もう一つ役割があって、強制参加で使われた綱引きの綱などの道具や看板など、競技が終わった時点でトラックに積み込んで大学に運び入れる作業をすることも任されていた。


 去年までは、撤収作業を夕方に一気に全部やっていたが、夜遅くなる委員が続出しているために俺が効率を考えて発案したものだった。


 無論、これをやっても実行委員会の午後のバレーボールの試合に間に合う計算だ。


 仲村さん達と屋台の準備をしている間に、こんどは新島先輩に呼ばれた。


「三上ぃ~、綱引きが終わったからトラックを回してくれぇ~。」


 普段から運動をしていなくてタバコばかり吸っている新島先輩は、まだ、競技をしていないのに、力仕事を少し手伝っただけで息が切れそうな勢いで疲れている。


『先輩はタバコをやめないと今に死ぬぞ。』


 俺はそういうツッコミを心の中にしまっておいて、体育館前の駐車場の隅に駐めてあったトラックを競技場の入口までよせた。


 委員達が数人がかりで綱引きや不要になった器材を積むと、俺は新島先輩と牧埜と一緒にトラックに乗り込んで、大学にある教育学部の用具倉庫に向かった。


 俺の隣に座った新島先輩が運転をしている様子を見て感心したように見ていた。

「おまえ、かなり車を運転しているよな?。バックもシフトチェンジも普通だし、感覚もつかめてるから安心して乗ってられるわ。」


「新島さんの言うとおりですよ。三上くんの運転を初めて見ましたが、坂道発進も綺麗だし文句もないですよ。昨日、泰田さんと一緒に乗った、あの人は本当に怖かったですから…。」


 横目で牧埜を見ると俺の運転さばきを観察しているようだ。


「まぁ、長期の休みになると親父の手伝いをしているうちに、こういうトラックの運転に慣れてしまったからなぁ。俺は田舎人なので、こういう都会の道路は少し苦手で余計に慎重になる。」


 牧埜と話していると、少し通りの少ない生活道路に出たところで、30mぐらい先の垣根から猫の姿が少しだけ見えて、嫌な予感がしてブレーキを踏んだ。


 ブレーキを踏んで速度を落とした瞬間に、猫がサッと道路を横切った。


「お前さぁ、牧埜の言うとおり判断力が良いんだよ。さっき猫が飛び出してくるのをよく見ていて、すぐにブレーキを踏んだろ?。動体視力も良さそうだよな?」


 俺は新島先輩の言葉に、片手にスポーツドリンクを持ちながら答えた。


「先輩、動体視力の善し悪しは分からないけど、俺の実家ではイノシシや狸が飛び出してくるから油断ならないので訓練されているのですよ…。」


「棚倉先輩は、お前の実家に行ったこともねぇのに自慢そうに話してるけど、とうの本人は、こんな感じで自慢もせずにシレッと言うからなぁ。お前は顔に似合わずゴキブリだって手掴みできるぐらいワイルドだし。」


 新島先輩の話にあえて食いつくことにした。


「先輩、棚倉先輩は虫全般が弱すぎますよ。あんなゴキブリ如きで、ぶっ倒れても俺が困りますから。」


 先輩は、昨日のゴキブリの話を思い出したのか、かなり笑っている。

「ははっ、先輩は地方の都会育ちだからダメなんだよ。お前と育ちが逆だからなぁ。」


 そんな話をしていたら大学に着いた。

 教育学部の用具倉庫の入り口付近で、手の空いた委員達が待機していた。


「三上さん、お疲れさまです~。去年は真っ暗な中で綱引きの綱なんかを入れたので、このほうが確かに楽ですよね…。」


 委員からそんな声をかけられながら用具倉庫に荷物を入れていく。

 その作業を何往復かしているうちに、あっと言う間に時間が過ぎていった。



 -そして、時は過ぎてお昼前-



 俺が体育館前の駐車場に戻ると、全体競技が終わりそうな感じだった。

 屋台では、お好み焼きや焼きそば等を作っているから、食欲がそそられる良い匂いが立ちこめている。


 委員達に声をかけると、仲村さんが焼きそばを焼いていた。

「三上さん!、味見で1つ持っていって!」


 それを聞いて、とっさに財布から300円を出した。

「仲村さん。気持ちだけは受け取りますよ。倫理上はアレだから、お金は払いますよ。」


「ははっ、三上さんらしくていいです。」

 俺はレジ係になっている会計委員にお金を渡すと、仲村さんから1つ焼きそばを受け取った。


『俺はあくまでも部外者の外部委員だからなぁ、サボってここにきている学生もいるし、学部外の学生も集まり始めているからマズい。』


 そんなことを思いながら、仲村さんのそばにあった椅子を借りて屋台の内側で焼きそばを食べていると、目の前に良二と村上、宗崎が立っていた。


「よっ、恭介、仕事は順調にやってるか?」


 焼きそばを全部食べて、パックを屋台のそばにあったゴミ箱に捨てて、3人に声をかけようとしたら、仲村さんが先に声をかけた。


「三上さんの同期かい?、焼きそばを食べていかない?」

 すでに村上と宗崎は知っているが、練習に参加していることは極秘だったので仲村さんはとぼけた。


 仲村さんのナイスな配慮を無駄にしたくないから、良二にバレないようにフォローに入る。


「すまない。焼きそばの味見をしていたから口が開けなくて。時間的に随分と早い気もするけど、まぁ、とりあえず焼きそばを買って食っていてくれ。」


 俺が3人と話そうとした時だった。


「三上さぁ~~ん、こっちの味見もよろしくお願いします~」

 お好み焼きをやってる隣の屋台から声がかかった。


 それを見て良二が少し笑顔になっていた。

「恭介、お前マジに大変そうだよな。味見役はナイスな感じだけど、みんなから頼られているのが分かるよ。」


「良二、そうなんだよ。ましてマニュアル車のトラックの運転ができるから、運搬なんかも引っ張りだこだった…。」


 そう言いながら俺は隣の屋台に移って財布から300円を出して、お好み焼きを受け取ると、さっきの椅子に座ろうとしたら、仲村さんが気を利かせて屋台の内側に折りたたみ椅子を用意して3人を座らせていた。


「仲村さん、申し訳ない、気を遣わせてしまって…」

「どうってことないですよ。まだ人も少ないですし、三上さんを休ませてあげないと試合の前に体力を使われても困りますから。」


 少し沈黙した後に、宗崎がボソッと話を戻した。


「そうか、うちの学部と違って、バイクや車好きの人間が極端に少ないから、マニュアル車なんて好んで乗らないだろうしね…。」


「宗崎、そうなんだよ。いまはオートマばかりだから、マニュアルなんて怖くて乗れないみたいな人が多くてさ、それで俺に全集中でさぁ…。うちの学部で何人かに頼めば、運転手が幾らでも集まったかも知れないけど…。」


 良二が焼きそばを食べながら、俺の言葉に激しくうなずいた。


「恭介、仕方ないよ。たしかに親父さんの手伝いとかでトラックの運転は上手そうだもんなぁ。」


 しばらくそんな話をしていたら、強制参加の全ての競技が終わって、ドッと人が流れ込んできた。


 その人混みの中で泰田さんの顔が見えた。

 彼女は俺を見つけると、かなり切羽詰まった様子だった。


「三上さん、試合前にごめんね。全体競技が終わったので、道具一式を全て片付けたいからトラックで運んで欲しいのよ。当初の予定では付近に仮置きをしておく話だったけど、このあと、急に近くの高校の部活で使うことになって、ここに置いておくと危ないので…。」


 俺は腕時計を見た。

「これなら練習時間にギリギリ間に合います。今から委員を総動員しましょう。」


 そしたら村上が俺に声をかけた。

「三上、マジに忙しそうだな。俺らも手伝おうか?」


「マジにいいのか?。人が多ければ、そのぶん俺たちの練習が早くできる。」

 その言葉で良二や宗崎も一緒に動いた。


  俺は急いで駐車場に駐めてあったトラックに乗ると、委員達の誘導でトラック競技場の入口にトラックをつけた。


 委員達や良二や宗崎、村上なども混じって急いでトラックの荷台に荷物を積むと、泰田さんがトラックに乗り込んだ。


 『いやぁ、この手のドタバタは必ずついて回るよね…』


 そう思いながら、大学に向かってトラックを走らせた。

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