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~エピソード5~ ㉓ 体育祭当日 ~1~

 ―翌朝。体育祭当日の午前6時。―

 ここは市民運動公園の近くの体育館。


 守さんのお母さんの言葉から怒濤の1日が始まった。

「みんなぁ、ホントに忙しい中で朝早くからゴメンねぇ。」


 俺は、昨日の前夜コンパで、棚倉先輩の暴走によって皆が爆笑の渦になっている隙を狙って、店の外に出て泰田さんのお母さんに最後の朝練をしたいと電話で頼み込んだ。


 それで、泰田さんのお母さんのコネで市民運動公園の近くの体育館を借りられたのだ。

 今朝は守さんのお母さんの一案で、泰田さんと守さん以外のスタメンが集められた。


 守さんのお母さんは皆に諭すように話し始めた。


「いい?、みんな。三上さんが不安を口にした通り、和奏も結菜ちゃんも三上さんが後衛に回った時に、彼にしかトスをあげない可能性が高いわ。昨夜も2人にこのことを話したけど分かってないから、2人とも、この練習には意味がないと思い込んでいるから、2人はお仕置きを含めて極秘にしているのよ。」


 泰田も守も、全部のトスを三上にあげれば全部決めてもらえると考えて、大きな間違いをしようとしていた。


 三上は中学時代に補欠でベンチにいたから、そんな試合運びをすれば自分のチームが負ける姿をよく見ていたし、そして母親達も高校時代に同じことが言えていたのだ。


 どうしてもエースにボールは集中するのはわかるが、そこに集中し過ぎるのは良くない。

 そこを自分の子供に懇々と話しても分かって貰えなかったので、お仕置きとして三上を固定セッターにして、そういう配球をしてると勝てないと分からせる狙いがあった。


 仲村さんが守さんのお母さんの言葉に困惑そうな表情を浮かべた。

「守さんのお母さん、それは少しチームが混乱するのでは??」


「ん~、違うわ。仲村さん、逆に混乱しないわ。もしも点差が開いた場合にね、三上さんを固定セッターにするわ。みんなを集めたのは、三上さんのトスに合わせる微調整が主体よ。」


 その守さんのお母さんの言葉に皆が顔を合わせて一様にホッとした様子だった。

 メンバー達は俺がセッターなら、前衛のアタッカーが安定的に攻撃ができると自分を頼られている証拠でもあった。


 山埼さんがそれを聞いて少し微笑みながら手をあげた。

「三上さんのトスなら打ちやすいわ。主に平行とか速攻などの合わせかたですか?」


 守さんのお母さんが山埼さんの質問に軽く拍手をした。

「そうよ、山埼さん。三上さんは正確にトスをあげることができるから、そこに問題は無いわ。ただ、彼の場合、ブロックを振るために多彩なサインを入れるので、その動きの確認もあるわ。」


 俺も手をあげた。

「ごめん、俺の発案でこうなってしまって。たぶん、自分が固定セッターになることによって、相手に意表を突くような攻撃になると思う。俺が前衛の場合は泰田さんにトスをさせて速攻で相手を混乱させる事もできる。だけど、それはトスを分散してあげないと意味がないし。」


 泰田さんのお母さんが俺の言葉にうなずいて早速、練習を始めようと動いた。

「三上さんの言う通りよ。よし、時間がないわ。練習を始めましょう!」


 そのあと、50分程度、俺をセッターにした最終調整的な練習をした。

 みんなすぐに俺のトスに慣れてくれて助かった。


 練習が終わると最後に守さんのお母さんがみんなに呼びかけた。

「和奏や結菜ちゃんには、仕事の都合と嘘をついて家を出てるぐらいに気を遣ってるから、絶対に内緒だからね!」


「はい!!」

 皆は連帯感をもって声を揃えて返事をした。


 守と泰田以外のメンバーの気持ちとしては、ピンチになった場合に三上を助けてあげたい気持ちが見え隠れしていた。同時に、彼ばかりにトスがあがることで自分達が攻撃できないもどかしさを払拭したい気持ちもあったのだ。


「それとね、試合前の練習では、三上さんは相手を油断させるために、彼はアタックの練習をやらないで固定セッターの意識を相手に植え付けさせることをするわ。少しでも油断させたいのよ。」


 みんなは一様にうなずいた。


 そして、守さんのお母さんの言葉が終わると俺はみんなに奮起するように声をかけた。

「よし!がんばろう!!」


「おー!!」


 ◇


 俺たちは、その足で近くにある市民運動公園に向かった。

 ただ、極秘の極秘練習がバレるとまずいので、メンバー達はバラバラに歩いていた。


 天田さんと俺は運動公園の近くのコンビニに入って朝飯を選んでいた。


 そうしたら、棚倉先輩とコンビニの中でばったりと会ってしまった…。

「なんだ、三上。朝早くから寮にいなかったから、どうしたのかと思っていたよ。」


 俺は極秘の極秘練習をしていたなんて言えないから、シレッと嘘をついた。

「先輩、おはようございます。委員達のことが気になって、何らかのトラブルがあった場合に備えて市民運動公園で待機をしていただけです。」


「三上よ。それはお前らしいな…。今のところトラブルは起きてないから安心しろ。あったとしても俺たちの責任だから。」


 気付くと棚倉先輩の後ろには泰田さんと守さんがいた。

 真っ先に泰田さんから声をかけられた。


「三上さぁ~~ん☆、おはよう、もぅ~、心配性なんだからぁ。仲村さんもいなかったけど、三上さんと一緒でした?。」


 俺は心の中で冷や汗をかきながらシナリオを考える。


「外販のほうは準備が沢山あるので、追加で買い出しがないか仲村さんに声をかけていたのですよ。しばらくしたら、ここにくる筈ですがねぇ…。」


 そのタイミングで丁度よく仲村さんが俺のそばに来た。


「おっと、三上さん。こっちは今のところ問題ナシだけど、何かあったら三上さんにヘルプするかも…」

 仲村さんは泰田さんとの会話を聞いていたお陰で言葉を合わせてくれて、その場をしのげた…。


 一方で何も知らない棚倉先輩は、それを聞いて上機嫌になった。

「三上は、こういう細かいところに気を回すから皆に慕われるのだよ。」


 そう言うと、先輩達は泰田さんや守さんと一緒にコンビニを後にした。


 その姿が遠くなるのを確認してから俺は口を開いた。

「危ねぇよ…。」


 天田さんが俺の目を見て背中をポンと叩いた。

「三上さん、よく上手い嘘が思いつきますよね。まず、普通の人は、あの状況だと棚倉さんを目の前にしたら口ごもってしまいますよ。私なんか黙るのが精一杯ですからね…」


 その問いに俺は眉をひそめて答える。

「こんな嘘は使いたくないのですよ。あれはね、棚倉先輩が寮の仕事を無理矢理に押しつけるから、色々と策を練っているうちに鍛えられた嘘です。非常手段だから普段は使いませんので安心して下さいね。」


 その言葉に仲村さんが笑った。


「ははっ、三上さん。昨夜のコンパで、切れ者の棚倉さんを完膚なきまで撃破したのは見事だったからなぁ。あの人の下で上手くやるのには、三上さん並の頭脳がないと務まらないことが分かったよ。昨日のアレは新島まで上手く利用して畳んだから面白かったし。」


「いや、仲村さん。俺は新島先輩と互いに弱点を補完しているから強いだけです。俺1人でも新島先輩1人でも、あの人には真っ向正面から太刀打ちできません。」


 俺は褒められるのがあまり好きじゃないので、仲村さんの言葉に答えるとコンビニで買い物を済ませて外に出た。


 そうすると今度は牧埜と松裡さんがやってきた。


 牧埜が慌てて俺に駆け寄ってきた。

「三上さん。探しましたよ。委員達が体育館前の駐車場で三上さんが来るのを待ってますよ。」


「え?。なんで?」


 俺の問いに牧埜は少し困惑した表情を浮かべている。


「委員達は三上くんの一声が欲しいとのことで、お立ち台まで用意されています。棚倉さんがニヤリとしていました。なにか委員達を煽った可能性があります。」


『もういい加減にしてくれ!!。実行委員長はあくまでも新島先輩だぞ!!』


 牧埜の話に一緒にいた松裡さんが補足を入れた。


「三上さん、牧埜さんは見ていなかったけど、新島さんと棚倉さんが少し言い合いを始めていたのを聞いたのよ。それで牧埜さんと慌てて一緒に三上さんを探したのよ。新島さんは自分が先に挨拶をしないと、三上さんがやりにくいと言っていたわ。それに泰田さんと守さんまで棚倉さんを説得してるけど、話を聞かないから困ってしまったの。」


 それを聞いて俺は怒りを露わにするのを押さえながら2人に淡々とお願いをすることにした。


「牧埜。それに松裡さんに少し頼みたいのです。私は少しお腹が減ってるから、そこの広場で仲村さんや天田さんと朝食を取ってから駐車場に向かいますよ。そして棚倉先輩にはこう伝えて欲しいのです。」


 2人は息を呑んで俺の言葉に耳を傾けた。


「実行委員長はあくまでも新島先輩です。新島先輩が挨拶をした後に私がやるのが筋です。それを無視して飛び越えることはできません。私だけなら絶対にやりませんと、怒りを込めて言っていたとお伝え下さい。」


 俺のその言葉に2人は思いっきり拍手をした。

 この場において俺だけ挨拶に突き出すのは違和感があると誰もが思ったのだろう。


 それに実行委員会チームの中で連帯感ができていて、メンバー達が三上の本来の性格を少しずつ分かってきた背景もあった。


 2人の拍手が終わると言葉を続けた。


「それと牧埜か松裡さん、どちらでも良いから新島先輩に伝言をお願いします。ここで朝食を食べている間にアドリブをお互いに考える時間にしましょうと。私もいきなりのお立ち台は厳しいです。」


 それを聞いた牧埜がもの凄く興味深そうにうなずいた。

「やっぱり三上くんも人の子ですよね。無理矢理に突き上げられたら言葉に詰まるでしょうから。」


「牧埜、それよりも新島先輩が俺を守る為にノープランでいきなり振られてるから可哀想なんだよ。俺もそうだけど、少し台詞を考える時間が欲しい。とにかく、棚倉先輩に対しては俺が激怒していると言っても構わない。昨日のトラウマがあるから引っ込むはずだし、ダメなら新島先輩が加勢するよ。」


 そう俺が言うと、2人はすぐに体育館前の駐車場へと向かった。


 そうして体育館前の広場のベンチで、朝食を食べていると隣に座った天田さんから俺に同情する声があがった。


「いやぁ…。新島さんはサークル慣れしてるから、あの手のアドリブでの挨拶は少し上手いですよ。三上さんも慣れているみたいですが、考える時間は必要ですよね、それをイキナリなんて…。新島さんが止める理由も分かりますよ。」


「天田さん、その通りです。朝っぱらから変な神経を使うのは勘弁ですよ。新島先輩の良いところは、こういう場面で必ず仲間を守ることなんです。新島先輩は色々とダメな部分はありますが、この手の感覚だけは的確に良い判断ができます。だからこそ、棚倉先輩の重要なブレーキ役になっています。」


 天田さんの返事に、仲村さんが激しくうなずいて反応した。


「三上さんの言うとおりですよ。新島はダメな部分が沢山あるけど、そういう所の面倒見が良いから憎めないんだ。」


 ―――


 牧埜は三上の言葉を聞いて真っ先に棚倉の元に駆け寄った。

 これは自分の役目だと思っていた。


 女性の松裡にやらせるのは少し酷だったし、友人でもある三上がアドリブで挨拶を考える時間も稼ぎたかった。


 彼は棚倉を目の前にして、友人である三上が棚倉が酔ったときに諭した言い方を試すことにした。

「棚倉さん。三上くんと先ほど会いましたけどね、彼は相当に怒ってましたよ。」


 棚倉は牧埜を見て目を見開いた。

「おおっ、牧埜。三上がどうしたんだ?」


「三上くんは、実行委員長は新島さんですから、筋を通さない挨拶はしないと。あの三上くんですよ、彼が怒れば何をするか分かりませんよ。今は他の用事で捕まっているから、しばらくしないと来ないと思いますが彼のことですから…」


 牧埜と棚倉の会話を脇で聞いていた松裡は、棚倉の横に立っていた新島の背中をツンツンと突いて、棚倉の視界から消える場所に移動した。


 そして松裡は先ほど三上が言っていた要件を伝えた。

「三上さんは時間を稼ぐために、あえて体育館前の広場のベンチでご飯を食べています。その間にアドリブを考えておいて下さいと、三上さんから伝えられました。」


「松裡、さんきゅー。いやぁ、三上らしいわ。そういうことが全部計算に入っていて、上手いことやるのがアイツなんだよな。牧埜は今のところ上手くやってるみたいだが、あのペースだと逆に畳みかけられてしまうのも時間の問題か…。」


 松裡の伝言を聞いた新島は、棚倉に苦戦している牧埜を助けてやる必要を感じていた。

「さてと。牧埜に助け船を入れないとダメだろうねぇ。俺や三上と郷里の彼女さん以外は、あの先輩の扱い方を知らねぇだろうから。」


 新島は少し早歩きで棚倉の元へと向かうと、苦戦している牧埜の間に割って入った。

「先輩さぁ、三上の立場も考えてあげて下さいよ。」


「新島なんだ?」

 棚倉は新島に対して怪訝そうな顔を向けた。


 それに構わず新島は言葉を続けた。


「あいつは何だかんだ言って学部外の人間ですよ?。どんなに先輩が場を作ってあげようとしても、出しゃばれる訳がないですよ。今日は本番だから、既に実行委員以外の学部の連中も集まってますよ。それで実行委員の内部事情を知らない輩が、三上の出しゃばりに対して嫌なイメージを抱く連中もいるでしょうね。」


 棚倉が新島の言葉を聞いてハッと我に返った。

 その顔を見て新島が畳みかけようとする。


「だから三上のやろうが怒るのも無理はないですよ。最後の最後で学部の連中から妬まれたら、絶対にアイツは来年も外部委員なんてやりませんよ。」


 新島の隣にいた牧埜が、棚倉が我に返ったような顔をしたのを見て、ホッと胸をなで下ろした。


「新島、それもそうだな…。三上に悪い事をした。それと牧埜。それが分からずに畳みかけようとして済まない…。」


 その新島の言葉を張本人が聞いていたら激怒したかも知れない。

 ちなみに、棚倉は今の実行委員の特別職のアドバイザーのポジションを新島に譲ることを『この段階では』考えていた。


 一方で三上恭介は朝食を食べ終わって、ゴミをビニール袋に入れてバッグに突っ込むと、ベンチで挨拶をどうするか考えていた。


『参ったなぁ、余計な事をしやがって…。俺は本来、こういうのは得意じゃねぇんだよ』


 俺は嫌になって梅雨時に入った空を見上げると、幾つもの雲が湧いていた。


「今日は暑くならなくて良かった。熱中症が恐かったからなぁ…。」


 俺の大きな独り言を聞いていた仲村さんが大きくうなずいた。

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