前夜コンパが行われたのは、焼肉用の肉や寿司、デザートなどが並んでいるバイキング形式のチェーン店だった。
遅れて店に入った実行委員チームは予約席の一角に座ると委員達から拍手をもって迎えられた。
うちのチーム用に2つのテーブルが空いていて、男女別に座る形になった。
俺がいる隣のテーブルには棚倉先輩や新島先輩がいて、逢隈さんと溝口さんや雪輪さんもいる。
『全部で30人近くか…。大所帯だねぇ。』
俺はコンパの人数の多さに溜息をついた。
新島先輩と棚倉先輩のテーブルを見ると、ビールのジョッキが何本も開けられている。
ここは全席禁煙なので、新島先輩はタバコが吸えないかわりにアルコールを入れてイライラを誤魔化しているようにも見えた。
新島先輩は俺の顔を見ると悲痛な表情を浮かべて懇願をしてきた。
「三上ぃ~。ご覧の通り、お前の話が止まらなくて俺ですらブレーキが効かねぇ。助けてくれ~~」
棚倉先輩は酔うと話に夢中になって周りが聞こえなくなるから、新島先輩の悲痛な叫びなんて聞こえていない。
「新島先輩、この前もこの状態でマジに大変だったので、これを逆利用した感じなんですよ。だってさぁ、俺たちが来たことも分からぬままに喋り続けてるでしょ?。」
新島先輩は半ば呆れたように両手を広げた。
「この状況で、お前はどうやって逆利用したのかを知りたいよ…。」
それを聞いていた実行委員会チームのメンバーが顔を輝かせている。
牧埜が代表してメンバーの気持ちを代弁した。
「三上くん、あのクイズをやりましょう!!」
牧埜の言葉に新島先輩が怪訝そうな顔をした。
「お前は単なるクイズをやって、どうやって棚倉先輩の暴走を止めたんだ?。それに泰田や仲村の目まで輝いている理由が知りたいぞ。」
仲村さんが俺や牧埜、天田さんと一緒に肉を焼きながら新島先輩の問いに答えた。
「新島。俺は結成コンパの時にそのクイズに参加できなかったけど、後から聞いて笑いが止まらなかったぞ。アレは棚倉さんの悪い癖を逆手にとった見事な作戦だったよ。」
新島先輩は口をポカンと開けて、俺が何をやるのか全く分かっていない様子だ。
それを横目に牧埜と一緒に肉を焼きながら、クイズを出すネタをどうするか思案していた。
「今回は正解したときのご褒美はないですからね。それと、これ1問だけです。もう爆笑して構いませんから。あと、そこでボーとしてる新島先輩は、棚倉先輩の意識がこっちに向いたところで捕まえてください。俺は相当に怒ってます。」
俺が比較的大きい声を出しているので、隣のテーブルの逢隈さん達まで興味津々な様子で自分を見ている。
あの時のクイズに関しては、結成コンパの時に俺の席だけ大きな声でゲラゲラと皆が笑っていたので、何が起こったのかを後から聞いて事情を知っている委員が多くいるのだろう。
その反応を見る限り、逢隈さん達も、これから起こることを完全に把握してるような顔をしている。
それを証拠に逢隈さんは、もう既にクスクスと笑い始めている。
そうすると、皆はあの時と同じように棚倉先輩の話に意識を向けた。
「三上が1年の時に…あれはな、入りたての頃だったかな。あいつは苦学生だから寮のバイトの仲間と一緒に、だらしのない寮生の部屋の掃除をしていたらな。ゴキブリが2匹ほど出てきてバイトの寮生が戸惑っている中で三上は履いていた靴を片一方脱いで、1匹のゴキブリをティッシュで握り、もう1匹を靴でぶっ叩いて…」
『おいおい、いい加減に止してくれよ。もう、うんざりだよ!!!』
俺は先輩に対して、怒りを露わにして怒鳴りたかったが、場の空気を察してグッと我慢した。
泰田さんが棚倉先輩の話を聞いて、俺に尊敬のまなざしを向けている。
「三上さん、すっ、凄いですね…」
俺はその泰田さんの言葉をスルーしながら問題を出そうとしたが、食事中であるため、今から話すネタがキツイので多数決をとることにした。
「みなさん、牧埜の言うとおり、クイズを出したいのですが、食事中なので相当に厳いネタになりますが無事ですか?。大丈夫な人は手をあげて下さい~。」
うちのテーブルも、泰田さん達がいるテーブルも、逢隈さんたちも含めて全員が手をあげた。
『これで気付かない棚倉先輩がマジにヤバイよ。』
「三上さぁ、この状態で気付いていない棚倉先輩が極悪だし、お前がやろうとしてる事が分かっちまったけどさぁ…。やっぱり、先輩にお仕置きが必要よなぁ?。食事中であろうと、お前があの話を切り出すのは相当に怒ってる証拠だと思うからさぁ…。」
察しが良い新島先輩は、皆の行動を見て、俺が出そうとしているクイズの内容が分かったらしい。
当然、答えも知っているから笑いをこらえている。
「先輩。こうなったら棚倉先輩に恥をかかせて仕返しするから、イザとなったら俺を守って下さい。棚倉先輩が一方的に悪いし、俺が望みもしない自己紹介を永遠とさせられている身にもなれば、仕返しの1つぐらい構わないでしょう。」
新島先輩は、もう笑顔になっている。
彼は高校時代から棚倉先輩に頭が上がらないので、久しぶりにやり返せるからルンルン気分だ。
「うん!!。俺もそう思うぜ。これは酷すぎる!!。」
俺はジト目になって皆に問題を出した。
棚倉先輩は相変わらず俺のエピソードを語り続けている。
「お食事中のところ、本当に申し訳ないです。では…、問題です。」
俺はここで、心の中で長い溜息を入れた。
「私がティッシュを手に取って咄嗟にゴキブリを捕まえた時に、捕殺しきれずに弱ったゴキブリが棚倉先輩の足元にフラフラと近寄ってきました。さて、そのときの棚倉先輩のリアクションは?」
すでに新島先輩は爆笑をしている。
俺はジト目で無表情のままだ。
「新島先輩が答えるのはナシですからね。はぁ…。」
真っ先に牧埜が手をあげた。
「飛び上がってサッと逃げた。」
「うーん、ちょっと違う。」
つぎに天田さんが手をあげる
「そのゴキブリを潰した」
「天田さん、かなり遠い。」
守さんが笑いながら手をあげる。
「ははっ、もう近くに寄れなくて遠巻きに見ていた!」
「うーん、守さん、それは普通すぎる。もう少し派手なリアクションですね。」
俺はこの段階でもジト目のままだ。
そしてこの段階でも棚倉先輩は俺のことを語り続けている。
「…あいつはそんなのなんかお構いなしに、しれっと掃除を終わらせてやがって…」
そのときの状況を思い出して、少し感情を露わにした。
「その時の苦情を言いますけど、宜しいですか?。棚倉先輩は何も出来なかったじゃないですか!!!」
その俺の愚痴にみんなが声を出して笑う。
ちなみに新島先輩は笑い転げている。
逢隈さんも笑いながら手を上げる。
「ゴキちゃんを見た瞬間に震えあがった!」
「ちょっと違うかなぁ」
雪輪さんが微笑みながら、少しだけ手をあげた
「Gが迫ってきて腰を抜かして動けなくなった!」
「大正解!!!」
一同が爆笑の渦になる。
それを見て棚倉先輩が怪訝そうな顔をした。
新島先輩が笑いをこらえながら、棚倉先輩を畳みかけようとするのが分かった。
「先輩さぁ~、三上達が来たのも分からないぐらい、俺の制止も振り切って話しまくってますけどね…。三上はカンカンですよ!!」
「うぐっ!!!」
棚倉先輩の顔がみるみる青くなる。
「三上は相当に怒ってますよ。さっき、先輩が話している裏で、先輩が腰を抜かして動けなくなって、ゴキブリが足の上に乗っかった話をしてましたからね!!」
「あ゛ぅあぁ~~~~、うぎゃぁ~~~~」
棚倉先輩は奇妙な雄叫びと共に轟沈した。
それを見て、皆がお腹を抱えて爆笑をしている。
俺は新島先輩と固い握手をした。
「先輩。とても良かったです。俺の仇を取ってくれて、ありがとうございます。」
それを見て周りは再び爆笑をして、皆は笑いすぎて何も語れなくなった。
「はぁ、棚倉先輩は虫全般が全く駄目なんですよ。」
俺が発した言葉は大勢の笑い声でかき消された。
棚倉結城の人生の中で指折り5つの失態のうちの2つは三上恭介に起因するものだった。
1つは、この体育祭実行委員会の前夜コンパの失態、そして2つ目は高木さんに対してYes Ma’am!!と、言い放ったことだ。
周りが爆笑の渦にいる中で、俺は1人で肉を食べながら呆れた表情を浮かべていた。
『もう、やってらんねぇや。明日でやっと終わりだから、もう何でもいいや。もう普通の生活に戻れるならそれでいいよ。』
そして、俺は長い溜息をついた…。
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ーそして、時は現代。ー
「ふふっ。だから棚倉さんは、あなたを怒らせてはいけないと常に言っていたのね…」
陽葵は俺の話を聞いて悪戯っぽく笑った。
「あの時はね、新島先輩が苦労したぐらいだから、よっぽど酷かったと思うよ。いつもなら新島先輩の制止があって棚倉先輩の暴走が止まることが多いからね。」
陽葵はハーブティーを飲みながら少し微笑んでいる。
「それは分かるわ。わたしも二十歳になって、そういう場にあなたと一緒に出たときに、棚倉さんと新島さんの会話を見てそれは感じたわ。ただね…あなたが酔うと喋りまくるから、最後は…いつも、あのようになっちゃうけどね…。」
俺は最後になぜか陽葵に『あーん♡』をさせられてる情景を浮かべて静かに首を横にふった。
「うーん、あれは棚倉先輩と新島先輩がワザと俺を酔わせていたんだ。もうセーブしないと三鷹先輩化する間際で、俺はウーロン茶とかソフトドリンクを頼むのだけどトイレに行った隙にウォッカとか焼酎の類をこっそりと入れるから、あのようになってしまう…。」
陽葵は俺の言葉にハッと思い出したかのように目を開いた。
「そうよ!。それに気づいて、わたしが睨みをきかせて2人を止めたこともあったわよね…。あなたは普段、そこの境界線を見極めているもの。それに、諸岡さんは、強引にあなたに飲ませてしまうのよね…。」
ソファーの上であぐらをかきながら、頬杖をついてあの時のことを思い出してた。
「あの時は本当に助かったよ。次の日は卒論の説明がある時でさ、二日酔いなんかで説明を聞いていたら右から左に流れてしまうからね…。」
陽葵は何かに気づいたように、ポンと手を打った。
「そうよ、あともう一つ。あなたはバレーボールで、自分にトスを上げすぎるな、なんて口酸っぱくいっていたわよね。あれは、あなたがマークされて点差が開かない限り、誰も分かってくれなくて、守さんの母さんが最後には、あなたを単独セッターにして悟らせることもしてたわよね…」
俺は溜息をつきながら愚痴を吐くことにした。
「その通りだよ。だいたいさぁ、3セッターで俺が前衛にあがってセッターになったときに、ブロックを引き剥がすようにトスをあげるから普通に点が取れて、俺が後衛になった時にバックアッタックばかりしてみろよ。最初はいいさ、でも最後には絶対に読まれて駄目じゃん。前衛にいる仲村さんや山埼さんが全く生きないんだぜ。あれは守さんのお母さんが怒るのも無理はないよ。」
そうすると陽葵は珍しく苦笑いをしたような表情をした。
「そうよ。わたしがチームに入って、セッターの交代要員になって、この1年後にようやく周りが気づいたのよね。守さんのお母さんがちょっと怒って、わたしと守さんがセッターを交代して、周りの目が覚めたというか…。わたしは色々な意味で気まずかったわよ…。」
「うーん、結局さ、俺に負担がかかるし、ブロックの指先を狙うように打つとか素人には厳しいんだよ。プロでもバックアタックの移動攻撃なんて、まず無理だからさぁ…。」
「ふふっ、そうよね…。」
「頼られすぎて困っていたんだよ…。まったく…」
俺は溜息をつきながら、次の話を続けた。