「三上よ、お疲れ。ところで泰田の後ろにいる女性は?。」
棚倉先輩に声をかけられると、すぐさま2人のお母さんに疑問を持ったようだ。
俺はいつもの通り、シレッと先輩に言い放った。
「先輩。俺たちはこれから実行委員会チームの決起コンパなのは分かってますよね?。それで、ここにいるのが、うちのチームのコーチと監督をしている泰田さんと守さんのお母さんです。まぁ、決起コンパに来るのは当然ですよね…。」
後ろから泰田さんが笑いを我慢するような息づかいが聞こえた。
表情は笑ってないから先輩達は気づきもしないだろう。
『泰田さん笑わないでくれ!。マジに笑ったら、そこで終わりだからな。』
「おっ、そうか。そうとは知らずに申し訳なかった。」
棚倉先輩は2人の母親に近寄って挨拶をした。
「実行委員長補佐の棚倉と申します。三上の寮の先輩でもあります。うちのバレーボールチームのメンバーがお世話になっています。どうか、特にこの三上をよろしくお願いします。」
そう言って先輩は頭を下げた。
泰田の母は自分の娘が隣で笑いそうになっているを見て、心の中で溜息をついた。
『はぁ…、まいったわ。結菜は嘘をつくのが苦手なのよね…。』
そして、娘が爆笑しないうちに、この事態を打開すべく棚倉のそばによった。
「あっ、棚倉さん、泰田の母です。初めまして~。娘から話はうかがってますよ。三上さんは
「なに!。それは本当ですか?。明日は期待をしながら必ず見ますよ。なぁ、新島?。」
棚倉先輩は泰田さんお母さんの言葉を聞いて上機嫌だ。
その言葉に疑問を持ったのは新島先輩だ。
こういう時の先輩は鼻が利くので油断ができない。
そして俺の目を見ると、眉間にしわを寄せて怪訝そうな顔をした。
「三上さぁ、土日になるとチームのコンパと言って出掛けてたのは、極秘練習をしていたからか!。お前はホントに侮れねぇなぁ。明日は絶対に見るからな。」
牧埜は新島先輩の言葉を聞いてその隣に行くと、なぜか自キャラを捨てながら話し始めた。
「フフッ、新島さん。三上くんは上手いですよぉ~。うちのチームの秘密兵器ですからね…。ふふっ。」
その牧埜の自キャラを忘れたような笑い声を聞いて新島先輩が焦りだした。
「なっ…、まっ、牧埜。真面目なお前がそんな壊れた笑いかたをするぐらいだから、メチャメチャに凄いんだろうな?。ちくしょー、練習を見たかったぜ…。」
俺は牧埜の自キャラを捨てた奇妙な言動に乗ることにした。
そして不敵な笑みを浮かべて、先輩達2人に謎の笑い声を出した。
「ふふふっ。」
その笑い声で棚倉先輩と新島先輩が怖気づいた。
「まぁ、先輩。敵を欺くには、まず味方からですからねぇ。今になってバレても相手チームはウチの対策なんて無理でしょうから。明日は初戦から優勝候補のチームですから、一泡吹かせて敗者復活に回すぐらい頑張らないと俺も面目が立ちません。」
そんな話をしていると、泰田さんが必死に笑いをこらえる姿が横目で見えた。
『まずい!!』
次の瞬間、泰田さんのお母さんに後ろから抱きしめられた。
『あ゛ぁ?????』
「三上さぁ~~ん、今から決起コンパよ~♪。チームのみんなは駐車場に集合よっ☆。わたしたちの車にのってねぇっ~~☆」
俺は泰田さんのお母さんに抱きしめられながら、駐車場へと引きずられていった。
それを泰田さんが慌てて追いかける…。
『泰田さんが危なかったから、お母さんの判断としては良いが…。これは別の意味でマズいだろ!!』
棚倉先輩と新島先輩が互いに顔を見合わせると俺と泰田さんのお母さんの姿を見て固まっている。
その隙に、後ろにいた牧埜と松裡さんが、体育館前の駐車場へ駆け寄った。
先輩2人はその姿を呆然として見守っていた。
そして、三上の姿が見えなくなると新島がようやく口を開いた。
「三上のやろう、あんなマダムにも好かれてるのか?。マジに範囲が広すぎるぞ…。」
「いや、抱きしめられるときに、あいつの目が死んでいたから相当に困っていた筈だ…。しかし、あの可愛がられようでは、相当にバレーボールが上手いのだろうな。」
棚倉は姿が見えなくなった三上のほうを向いて、手を合わせながら後輩の武運を祈っていた。
―一方で体育館の駐車場前―
「結菜!。箸が転んでもおかしい年頃は終わりよ!!。三上さんが相当に困っていたわ…。まったくもう~…。」
泰田さんのお母さんは自分の娘の失態を叱っている。
それを守さんのお母さんが苦笑いしながら見守っていた。
俺はなんとか泰田さん親子が喧嘩しないようにフォローをする。
「まぁ、お母さん。手段はともかく、あの場を誤魔化すにはナイスな判断でしたが…。」
俺は膝に手をつきながら、抱きつかれたときの精神的ダメージを減らすのに精一杯な状況で、疲れ果てながらも難しい環境に置かれていた。
「みっ、三上さん、私が笑っちゃったばかりに、変な精神的ダメージを与えちゃってゴメンね…。もぉ、お母さんったら、もっとマシな手段があったわよ!!」
俺は咄嗟に親子の言い合いを止めた。
「まぁ、2人とも止めて下さい。以前と同じ状態になりますから、それは勘弁ですよ。」
そんなことを言っているうちに、仲村さんや守さん、山埼さんが体育館にやってきた。
全員が集まったところで、守さんのお母さんが声をかけた。
「みんなっ、急いで練習を始めるわよっ。その前に腹ごしらえね。このまま隣のコンビニに行くわよ!。コンパだって誤魔化してあるから、何かお腹に入れておかないと、合流したときに怪しまれるのは当然だよねっ、三上さんっ♪」
「そういうことです。軽く食べて練習をしましょう。あまり時間がありません。」
俺がそういうと、みんなは運動公園の隣にあるコンビニに向かった。
コンビニで、各々がおにぎりやパンをなどを買って食べていると、牧埜に声をかけられた。
「いやぁ、三上くん。やっぱり棚倉さんや新島さんとの知恵比べは見応えがありますね。」
俺はおにぎりを食べながら牧埜にあの時の事を褒めた。
「あれは危なかったよ。牧埜もナイスな返しだった。あれがなかったら、俺は新島先輩から相当に突っ込まれていた。新島先輩は、勘がもの凄い冴える時があるし。」
牧埜は激しくうなずいた。
「三上くん、それは言えてます。だから私もあそこはツッコまないと危ないと思ったのです。」
「今回は、牧埜と泰田さんのお母さんのナイス判断があってこそだよ。あそこで泰田さんが爆笑した途端に、今頃は2人の先輩に、邪魔をされながら練習をしていただろうね…。それは面倒くさいよ。」
俺は泰田さんや守さんの親子が俺から離れているのを確認すると、ボソッと牧埜に本音をこぼした。
「しかし、あのお母さん達に抱きしめられるのはトラウマだなぁ。もう死にそうだよ…。」
「三上くんはよく耐えて生きてますよ。私だったら即死ですね…。」
牧埜は身震いをしながら俺の言葉に答えていた…。
◇
明日はここでバレーボールの試合が行われているので、ネットは張られたままだ。
前夜コンパに参加しない委員達が細かい準備で数人が残っているが、俺たちの見学状態になっている。
「みなさん、他の人達には内緒ですからね。」
俺は見学してる数人に念を押すと一様にうなずいている。
守さんのお母さんが微笑みながら泰田さんに向かって諭すように言った。
「結菜ちゃん、三上さんが完全にマークされたときの切り札だから頑張るのよ!!」
これは、俺がバックアタックを打つときに3枚ブロックで警戒されたときや、自分が前衛にあがったときに、泰田さんがトスをすることでオフェンスを俺に任せる役割がある。主に速攻の場面だ。
そうすると、後衛のいる守さんが守備に専念できるという奇策なのだが…。
『3セッターは凄いぞ。ボールのでどころが分からなくてブロックが振られるだろう』
泰田さんはセッターが初めてなので、明日の本番を目前にしているが、なかなかトスが安定しない。
「泰田さん、できるかぎりボールの下に早く入って時間を作ろう。」
俺のアドバイスの一言で泰田さんは少しずつ安定したトスを返せるようになる。
そして、速攻の練習で泰田さんが、今までで一番とも言える良いトスを返した瞬間だった。
バシンッ!!
体育館にボールを叩く音が響き渡って、直角に近い角度でボールがコートに刺さる。
「お~~~~!!」
それを見ていた委員達が一斉に驚嘆の声をあげる。
その後の泰田さんは他のメンバーともトスでタイミングを合わせていく。
特に守さんと仲村さんは泰田さんと相性が良いようだ。
「そろそろ時間よ~。最後になって結菜ちゃんのトスが安定して上手くなって良かったわ…。明日は頑張りましょうね!」
そうして俺はみんなに声をかけた。
これは『嫌な予感』を払拭するために釘を刺しておく言葉だ。
「明日は俺がマークされたら、皆で攻撃を展開するしかない。できるかぎりトスをバラバラにしてくれ。やな予感がするのは、俺に集中しすぎてブロックに当てて外すこともできないぐらいマークがきたら何をやっても終わるからそれだけは避けたい」
守さんのお母さんが俺の言葉に拍手をした。
「みんな、三上さんの言う通りよ。三上さんを信用するあまりに彼にあげすぎると、相手も慣れてしまって困ってしまうわ。なんで3セッターにしたか…という意味もあるからね。特に山埼さんと天田さんは鍵を握るのよ。」
その言葉を聞いて守さんと泰田さんが少し不満げながらこくりとうなずく。
「俺が仲村さんや守さんとバックアタックの練習をしたり、泰田さんと天田さん、山埼さんと入念にトスを合わせているのはこれが理由なんだよね。俺がバックアタックのオフェンスで3枚ブロックでマークされたら、セッター家業に集中するしかないし。」
それを聞いて、お母さん達は激しくうなずいているが、メンバー達は複雑そうな顔をしてる。
『これはまずいな、俺が徹底的にブロックされて点差が開かないとメンバーの頭が冷えないパターンだ…。』
俺は自分が前衛にローテーションが回ったときに、できるかぎり、ばらけるようにトスをあげることに執心した。
この三上の嫌な予感は的中していた。
守や泰田は『三上にトスをあげれば、どうにかしてくれる』としか思っていなかった。
それで、他のメンバーには少しブロックを振る程度にトスをあげておけば良いと。
彼女達は部活でエースばかりにトスが集中しすぎて勝てる試合に負けてしまう典型的な間違いをしようとしていた。
それに加えて、2人は彼に対して淡い想いがあるから尚更だったのだ。
「さて、今度は前夜コンパに向かおう。」
俺がそう言うと、メンバー達は一斉に準備を始めた。
『またコンパで棚倉先輩が俺のことを話しまくってるんだろうなぁ…』
俺は溜息をつきながら体育館の天井を見上げていた。