俺は陽葵と昔話を語り続けていたから夜も遅くなってしまった。
「今日は遅いから、ここまでにしておこうか。あとは前日に起きたことや当日のバレボールの試合ぐらいだけどさ…。」
その言葉を聞いて陽葵は少し頬を膨らませて抗議の声をあげた。
「だめよ。そろそろ0時になるけど、あと1時間もしないうちに全部終わるわよ。」
俺は陽葵の髪をなでて彼女をなだめる。
「とても可愛い陽葵さま。その綺麗な肌が荒れるけど…いいのか?。俺は陽葵がどんな姿になっても可愛いから受け入れるけどね。」
「もぉ~、あなたったら、褒めても何も出ないわよっ!。とにかく気になるから最後まで話して頂戴ね。」
陽葵は少し恥じらいながらも、先ほどの話の続きをねだった。
「うーん、分かったよ。陽葵が可愛いすぎるから仕方ないだろ?。明日は恭治と葵と一緒に出掛けるだけだから、帰ってきたら昼寝でもするか。」
陽葵は大好きすぎる旦那の言葉を聞いて、話題を軌道修正しようと考えた。
このままいくと、愛する旦那ののペースにハマってしまう。それで恥ずかしくなると、さらに可愛いと褒められ続けて極限まで恥ずかしくなってしまうからだ。
「そうよ、今年はホントにゆっくりできるわ。お義母さんが元気だったころは、諸岡さんや江川さんの家族がウチに来て帰った後に、翌日、わたしの実家に一晩泊まって牧埜さんや村上さんと宗崎さん家族達と、あの体育館でバレーボールをしたでしょ?。あれは、けっこうハードスケジュールよ…。」
陽葵はあの時の状況を浮かべて疲れたような表情を浮かべた。
大抵、俺の家に後輩達が押しかけた時は諸岡や江川の奥さんも手伝うし、恭介も必死に手伝うが、大変な労力になる。
「あいつらさぁ、棚倉先輩なんかも同じだけど、俺の寮の部屋に押しかける感覚で来るからさ、棚倉先輩は大学教授だから忙しすぎて助かってるけど、そうじゃなかったら俺たちは死んでいたよ…。」
「そうね、次回は恭治の友達の旅館にして正解かもよ。絶対に次のお盆休みだろうから声をかけておいたわ。旅館のほうはOKよ。知り合い価格でやるそうよ。ここは閑散としてるから、宿泊客なんて幾らでも欲しいもの。」
俺は陽葵の言葉にホッとするが、内心は複雑な感情も持った。
「そうだよなぁ、コロナで旅館なんか泊まる人が激減しているし、ここは交通の便が悪いから外人さんも望めないし。今はコロナが明けたとは言えども客足が鈍すぎるからなぁ。ウチも製造業だけど人のコトはいえないし…。」
「たぶん棚倉さんだから、あのメールの雰囲気だと新島さん達を連れて意地でも来ると思うわ。うちから遠すぎる江川さんはともかく、諸岡さんなんて今回はパスしたから尚更だわ…。」
俺は陽葵の話を聞いて身震いがしてきた。
「マジにあいつら意地でも俺の家に来るからなぁ。俺が恐いのは三鷹先輩の動きだよ。棚倉先輩が裏で誘ってる気がしている。核爆弾みたいな人だから今から冷や汗をかいているんだ。」
陽葵は旦那の話を聞いて考えていた。
旦那の『嫌な予感』は的中する可能性が高い。
学生時代、恭介は棚倉に面倒な用事を押しつけられる予感がすると、自分に相談されることもあった。
そして、それを滅多に外さなかった。
「フフッ、あなたは昔から三鷹さんが凄く苦手だったわよね。わたしがいるから、何かあれば楯になるわ。そういえば村上さんの奥さんから、この前、DMがきたのよ。いつもウチが来てばっかりだから、ウチでみんなで泊まってバレーボールができればなぁ…、なんて。」
「え???、そっちも???。陽葵さぁ…。もう一緒にドカッと呼んで一気に処理するか?。大所帯だけど大丈夫だろ。仮に三鷹先輩が来るとしたら対処は任せた。俺は喋り殺されたくない。」
「ふふっ、それはあなたらしい案だわ。大丈夫よ、三鷹さんは任せて。うちの市民体育館は借りるのも安いし、少しお金を出せば冷房も効かせてくれるそうよ。旅館は人数が集まれば団体と同じだから価格も下がるわ…。」
俺は、時計を見てハッとした。
「陽葵。それはゆっくり検討するとして、話の続きをしよう…。」
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新島は受付室に戻ると、三上が休んでいるのを妨害しないように受付室にいた棚倉に上手い嘘を考えた。
「先輩。三上は今から風呂に入るようですから、しばらく部屋にいませんよ。もう疲れ果ていて、その後にすぐ寝てしまうみたいだし…。」
「あいつは委員の仕事を1日前に終わらせたのは見事だった。相当に疲れていたようだし、三上は課題に追われているようだったから、心配になって様子を見たかったが疲れすぎたのだろう。」
棚倉は新島の言葉を聞いて残念そうにしていた。
そこに三上と村上が一緒に浴場に行く時に話声が偶然に聞こえたので、新島は嘘がバレずにホッとしていた。
その一方で三上と村上は、風呂から出た後に三上の部屋にある大量にの折り詰めを分けて食べようとしていた。
彼の部屋には割り箸や紙皿、紙コップなども常備されていたから都合が良かったし、量が多かったので、三上の部屋を訪れた寮生に分け合う作戦だ。
風呂に入ろうとすると、偶然にも1年の時から寮のバイトをしている大宮と竹田が脱衣所にいた。
俺はすかさず彼らに声をかけた。
村上も大宮や竹田をよく知っていて、俺がいないと村上の部屋で遊んでいたりするから、寮内で仲の良い仲間同士だった。
「大宮、竹田。今は色々とあって俺が忙しいのは知ってると思うけど、教育学部の体育祭実行委員を手伝わされていて、打ち上げコンパで余った食べ物が大量に回ってきたんだよ。風呂から上がったら食べるか?」
大宮は俺の誘いを聞いて喜びを爆発させた。
「さすがは三上っ!、仕送りが途絶えてマジに腹が減りすぎていたから助かったよ!」
「俺も腹が減ってたから、ちょうど良かったよ。三上はいつも俺たちのピンチを救ってくれる。1年の時に寮監さんの奥さんのご飯を食べさせてくれて、俺らは何度も救われたんだ。」
竹田も同じように喜びを露わにしていた。
大宮も竹田も学部は違うが俺の寮のバイト仲間で同期である。
俺と同期で寮のバイト仲間は、この不景気から苦学生も多くて連帯感が強かった。
彼らは俺と一緒に寮のバイトをすることが多くて理系同士だから1年の時から仲が良かったのだ。
俺たちは風呂から出て、村上や大宮、竹田が俺の部屋に来ると、課題などで4人が集まる時に使っていた小さいカーペットと座卓を置いて、座卓の上に折り詰めを並べた。
みんなに小さい冷蔵庫から飲み物を出して、ラックから紙皿や割り箸を出すと、部屋の中でちょっとした食事会になった。
鉄板焼き屋でコンパだったようで、お好焼きや焼きそば、ステーキ肉や炒飯などが大量にあった。
食べ盛りの男子4人にとって、この量はちょうど良かった。
おそらく企画委員は女性が多かったので食べきれなかったのだろう。
『あれ?これも、三鷹先輩が初会合の寮長会議の時に喋っていた店だったかな?』
俺はそんなことを考えながら食べていたら竹田から声をかけられた。
「三上はマジに棚倉さんや新島さんからコキを使われて、死にそうな顔になっていたよな。一昨日、食堂でお前を見かけたけど、目が死にそうになりながら朝飯を食っていたから声をかけられなかったよ。」
「ああ、もうね、関係ない教育学部の体育祭実行委員をやらされて、明後日が開催だから準備で追われまくって今も死んでいるんだ。これは俺がコンパを拒否ったから、そのぶんの気遣いもあって大量にくれたみたい。」
食いながら竹田の言葉に答えると、今度は大宮がハッと気付いて俺の顔を向いた。
「そういえば、俺の高校の同級の牧埜と一緒か!!」
「あっ、そうだよ。俺さぁ、大宮か竹田に、牧埜のことを聞こうと思っていたんだ。牧埜は随分と新島先輩にコンパに連れ回されて、酷い思いをしたらしいし。」
その言葉に大宮が思いっきりうなずいた。
「そうなんだよ。あいつさ、根が俺よりもズッと真面目だから学校の先生を目指しているんだけど…。このままじゃ課題が遅れて補講なんかしたくないと、ぼやいていたよ。それで被害者になった仲間と一緒に抜ける話を聞かされていたんだ。」
竹田と大宮が牧埜の件で、俺は奇妙な違和感を覚えていた。
「村上も牧埜のことを知ってるから、大丈夫だよ。竹田も大宮と一緒の高校だから知ってるのか…。あれ?、今になって疑問に思ったけど、牧埜って、お前らと同じ高校なら、本来なら寮か下宿じゃねぇか?」
牧埜の違和感に今頃になって気付いたことに後悔をした。
その疑問に竹田が答えた。
「三上、牧埜は父親の転勤がこの近くに決まって、この周辺に引っ越すことになったので、大学を選ぶときにここにしたんだよ。俺らは偏差値からして理学部だと、この大学しかなかったから、やむを得ず…だったけどね。」
「自分としては、牧埜が一緒だったから寂しくなかったし、牧埜も心強かったみたいだしね…。」
大宮が俺の目をみながら、竹田の答えに捕捉を入れた。
ここで大宮が真顔になった。
「あいつ、1年の頃はさ、時々寮に遊びに来ていたんだよ。たぶんお前が、新島さんや棚倉さんに目をかけられる前かな?。それで、新島さんに振り回されるようになってから寮に来なくなったから、キャンパスで牧埜に会っていたんだ。」
今度は竹田の顔がパッと明るくなって、俺の両手を取った。
「そうそう、1ヶ月前だよ。お前さぁ、ここで実行委員会の会議を開いて牧埜もここに来ただろ?。あの会議が終わった後に俺らの部屋に来て、ようやくアイツと部屋のなかで一緒に話したり、遊んだりできたわけだよ。もう、お前のお陰だよ。久しぶりに牧埜がここに来られたんだぜ。」
「大宮、竹田、そうとは知らずに牧埜にも悪い事をしたかな?。分かっていれば、もう少し上手く配慮できたけど…。」
村上はニコッと笑って俺の肩を叩いた。
「三上さぁ、お前って、そういうところがあるから、皆から好かれるんだよな。牧埜さんと大宮や竹田の件も、うまいこと引き合わせてしまうのだから…。」
竹田が俺に向かって尊敬の目差しで見ている。
「だからお前は棚倉さんや新島さんに買われてるんだよな。ただ、お前が忙しくて死にそうなのは分かるし、最近はバイトも来てないから金も心配だよ。」
「そこはね、新島先輩の代わりに実行委員長代理をやってるから、驕られているから無事なんだ。これがなかったら俺も死んでた。」
「お前は運が良いよな。その運を貧しい俺たちに分けるから凄いよ。独り占めしようとしないからさ…。」
竹田の褒め言葉に大宮が激しくうなずいた。
「そうそう、餓えてる俺をこうやって助けたわけだし。お前、課題やレポートは無事か?。工学部も理学部と変わらないぐらい大変だから、お前がソッチでも死んでるのが分かるよ…。」
「大宮、そうだよ。必死にやっても7ぐらいの課題は残りそうだよ。土曜日、朝からやって徹夜で終わらせるよ…」
竹田が俺の言葉に溜息をつきながら言葉を出した。
「その辺が理系のサガだよね…。マジに辛いわ…。」
竹田の言葉に村上が自慢げな顔になって答えた。
「へへんっ、大丈夫だよ。俺とうちの同期が三上のことを助けるからさ。」
そんな会話をしながら俺たちは久しぶりに寮生らしい時間を過ごした。
全ての食べ物を平らげると、皆でゴミなどを片付けて各々が部屋に散っていく。
俺は有坂教授の課題を1つだけ終わらせると激しい眠気に襲われベッドに入った。
『あと2日で全てが終わるよ。もう平和に過ごさせてくれ…。』
俺はそう願いながら部屋のベットに潜り込んで目を閉じた。