目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
~エピソード5~ ⑲ 三上さんの激務。~2~

 俺は棚倉先輩や新島先輩からの食事の誘いを課題を片付けたいからと断って、コンビニで軽食を買って寮に戻ると、すぐに村上の部屋の入口のドアを叩いた。


 村上はドアを開けると相当に早く寮に戻った俺をみて吃驚していた。

「三上、今日は早かったじゃないか?」


「なんとか効率よく指揮をとって、早めに終わらせたんだ。」

 俺は村上の部屋に入ると、頼み込むように両手を合わせた。


「村上、悪い。いまから微積の2つの課題をやっつけようと思ってるけど、俺がいない間に宗崎や良二を含めて上手く解けたのか?」


 そうしたら村上が何故か万遍の笑みを浮かべている。

「…お前、そんなにニヤついてるが珍しい。どうしたんだよ?」


「今日も委員会があるから本館の図書室で課題をやっただろ?。例の図書室で途中まで課題をやってたけどさ、俺らが微積で頭を抱えている時に、泰田さんが実行委員会のミーティングで図書室にいてうちらに気づいてさ…。」


「え?、泰田さん?。あ~、もしかして強制参加の進行の打ち合わせをしてたのか。」

 俺は村上の話が気になったので暗に促した。


「そしたら打ち合わせを他の委員達に任せてさ、俺たちの課題を見て棚倉さんのように教えて貰ったんだよ。もしかしたら棚倉さんよりも分かりやすいかも知れない。今なら三上にやりかたを教えられるかも。」


 俺は、村上達に起きた偶然な展開に吃驚していた。


 泰田さんは文系の専攻だが、凄く頭が良いことを棚倉先輩から聞かされていた。

 もしかしたら院生になるかも知れないと言っていたぐらいに…。


 彼女は文系だから、少し苦労をして覚えたことを自分なりに上手くかみ砕いて3人に教えたように思える。


 そういう教え方のほうが、それが苦手な人にとって、より早く理解できるケースがある。そういう意味では今の村上にピッタリだったかも知れない。


 俺は村上の部屋を一度出て、自分の部屋からプリントと折りたたみ椅子を持って村上の部屋に入ると早速、その微積を教えてもらう。


「この手の変数分離形微分方程式の解き方なんだけどさ、泰田さんに教えてもったのは、まずはこんな感じで変形して…。そして両辺をxで積分するんだ…」


『なるほどなぁ、棚倉先輩は泰田さんよりも秀才なので俺たちができない理由が分からずに試行錯誤してる部分はあるよな。俺の頭の悪さもあるが先輩の教え方だと右から左に抜けるけど、泰田さんはできない場所のポイントを押さえているから、俺の頭でもやり方が抜けることが少ない…。』


「泰田さんは、三上が完全に分かってる課題を教える時に似ているんだよ。マジに分かりやすい。」


『それは、俺が底辺校で苦労していたからな…』


 村上に、いま思っていることは言わずに、俺は課題に集中することにした。


 この2つの課題が終われば、恐らく明日と明後日に出る課題を予測してみると、土曜の朝9時頃から初めて日曜日の明け方ぐらいに終わっていると思われるからだ。


「俺の教え方はともかく、これは棚倉先輩よりも分かりやすいから、次は教えられなくても解けるよ。」


 次の類似問題を村上の教えられた通りに解いて答えを合わせるとシッカリと途中の式も間違えずに合っていた。


 そんな要領で俺の課題はすらすらと進んで、あっという間に終わってしまった。


 俺は課題のプリントや折りたたみ椅子を部屋に戻すと、俺の部屋の小さい冷蔵庫から飲み物を2つ出して村上の部屋に再び入った。


 そして、ベットの上に座っていた村上に飲み物を渡した。


「三上、いつもすまないな。ちょっとだけ話す時間をもらっていいか?」

 村上はいつになく深刻そうに俺を見た。


「別に構わないよ。どのみち土曜日は修羅場だし、これだけ簡単に微積が終わったからホッとしてるからさ…。」


 俺はもう1つぐらい積み残した課題をやろうと思ったが、村上の深刻そうな顔を見て、彼に付き合うことを決めた。さっきまで村上が使っていた椅子に俺が腰掛けると村上は口を開いた。


「三上さぁ。実行委員会の女子達から相当に頼りにされているのを、これは仕事だからと色々な感情を殺しているのだろ?。お前はホントに俺たちに譲っちゃって良いのか?。もったいなさ過ぎるよ。」


 村上は真剣そうに俺を見ている。

 彼なりの気遣いと思い遣りなんだろうと思って、俺はニッコリと笑った。


「村上、ありがとうな。」


 俺はペットボトルのスポーツドリンクのキャップを開けて少し飲んだ。

 これを語り合うのは相当に時間がかかりそうだ。


「泰田さんとや守さん、松裡さんなどが俺のタイプじゃないことは前から話しているけどさ、それには理由があるんだよ。もしかしたら俺がいない間に良二あたりが余計なことを言っているかも知れないけどさ…」


 村上は三上のそういう優れた直感力が恐かった。

 それを聞いて、この友人には嘘をついたら見破られてしまうと改めて感じていた。


「彼女達って、恐らく俺のボーッとした姿なんて全く見てないと思うんだ。内心は面倒で嫌々やっているようなフル活動をしてる姿を慕ってくれていると思う。でも、これは自分のホントの姿じゃないんだよね。」


 村上は俺の顔を真剣に見て激しくうなずいている。

「絶対にそれは分かる。俺たちもそうだけど、新島さんや棚倉さんも、お前の気が抜けた姿を含めて可愛がっているからな。」


「だからさ、仮に彼女達と付き合うことになったら、そういう部分については、彼女達の性格から受け入れてくれないと思うんだよ。俺のボーッとしてるのを見て、怒られるか嫌になるか、あの姿に戻そうとしちゃうと思うんだよ。」


 そこで村上はハッとした顔をしたから、俺の言いたいことに気付いたようだ。


「そうか!。お前が無理矢理に頑張ってる姿を見て彼女達は慕ってるから、仮に付き合ったら気が抜けなくて死んでしまうか。この前の銭湯もそういう時間を作りたいから…なんだよな?」


「そういうことだよ。それに、彼女達は基本的に頭が良い人ばっかりだよ。特に松裡さんなんかは計算高い部分もあるし、泰田さんはチョット恐い。それはお前達にコッソリ話した通りだけど、そこを時間をかけて、相手の癖を理解しながら徐々に距離を縮めれば、うまく行くよ。」


 村上は少し不安に思っていた。

 今の状況はどう考えても、多くの女性は三上だけに気を向けているのが明らかだったからだ。


「いま、三上は皆から慕われっぱなしだけど大丈夫かな?。終わってもあれに参加するから繋がるけどさ。」


「俺にその気がないから絶対に安心しな。」


 スポーツドリンクを再び飲むと村上へ安心させる言葉を続けた。


「天地がひっくり返って彼女達が俺に告白をするような事態が起こっても全て断るさ。俺はね、顔や容姿なんかどうでもいいんだよ。芯がしっかりしている子でボーッとしてる時の俺を引っぱってくれる子じゃないと絶対にすぐ別れてしまうのが目に見えている。」


 村上が妙に納得したような顔をしている。


「そうか…。みんなお前に頼りっぱなしだから、お前も辛いよな。本当は俺たちもお前を助けてあげれば良いんだろうけど…。」


「大丈夫だよ、お前達は特別なんだ。だって今は、こうやって俺を支えてくれてるだろ。泰田さんに教わったにしても、2つの課題を片付けたのは大きかったよ。」


 俺は話が長いので妙に喉が渇いて、またスポーツドリンクを少し口に含んだ。


「それにさ、女性陣があれだけ俺に頼りっぱなしだと逃げ道がなくて困ってしまうよ。今回の実行委員だって、もう少しスキルの高い人がいれば俺なんて用なしだよ。全学生を束ねる学生委員とか、文化祭の実行委員のレベルは随分と余裕のある奴らがやりたくてやるから、こんな事態なんて起こらないしね。」


 村上はいつもの俺の否定を聞かされていて、この辺は受け流しながら聞いている。

「謙遜するなよ。お前はそういうのに随分と詳しいから、高校でもその調子だったんだろ?」


「いやぁ、俺は高校で生徒会だったけど、やりたくてやってる訳じゃなかったしなぁ。俺は底辺校だったから無理矢理にやらされて嫌だっんだ。今みたいに、俺の指示を聞く奴が沢山いる状況じゃなかったからなぁ。今は良い先輩がいて仲間も多くいるから徐々にやり甲斐が出てきてるけどねぇ…。」


 村上は俺の最後の言葉を聞いてニヤリと笑った。


「そういう風に三上が考えているから、多くの人から慕われる原因になっているんだけどなぁ。」


「俺としてみればさ、高校の時もそうだったけど疲れた時は休ませて欲しい。棚倉先輩みたいにガンガン押し付けられると逃げたくなって、最後にはあの場所に逃げてしまうからな。」


 俺はここで本音を吐いた。


 もう1ヶ月以上、棚倉先輩に振り回されっぱなしだから、普段の生活ペースに戻したかったからだ。


「そうだよなぁ。だって、例のお前が逃げ帰ってきた事件の時なんか、しばらく1人になる時間が欲しいと、俺らにぼやいていたもんな。それに、実行委員会をやってる時に1人でコッソリと課題をやろうとすると人だかりができて、やりにくかったりとかさ…。」


「そうなんだよ、キルヒの第二キルヒホッフの第二法則ぐらいさ、ゆっくり解かせてくれと。あれだけで人だかりになるから面倒で仕方ないんだよ。」


「三上…お前もだいぶ疲れたよな…。」


「そうだよ、もう普段通りで平和に過ごせる日々が欲しい。あと、バレーボールは、恐らく来年もやらされることが決定だと思うから、あのようなことになった。棚倉先輩が院生になる以上、この寮に居続けるから来年なんか俺が激しく断っても今回のように、あの手この手で強引に追い詰めてくるよ。」


 新島は、今日は企画実行委員の打ち上げコンパに参加したが三上が不参加だったので、多くの料理が余ってしまったので、折り詰めにしたものを大量に持ってきていた。


 しかし、彼の部屋を開けると誰もいなかったので、部屋の中に折り詰めだけ置いて戻ろうとすると、隣の村上の部屋から声が聞こえて今の話を丸聞きしてしまっていた。


 ただ、2人の会話でバレーボールの練習のことや、守や泰田の母親に抱きしめられた事件やスーパー銭湯に関して、あの会話からは分からなかったのが幸いだった。


 新島としてみれば、泰田や松裡などが三上に少し好意を寄せているが、彼にその気がなくて同期の連中に譲ろうとしてるのを聞いて、新島は三上の人柄の良さに感心していたのだ。


 そして、新島は棚倉が執拗に三上に色々と頼もうとする行為を、今後は自分が少しでも阻止する方向に動かなければいけないと察した。


 この体育祭が終わってから、新島は参加してるサークルを半分に減らして、コンパも多少、控えて三上を守ることにしたお陰で、新島がいる間の寮の運営は随分と安定したものとなっていった。


 新島は二人の話を盗み聞きをしていたが、話が切れたタイミングで村上の部屋のドアを叩いた。


「村上、三上悪い。三上の声がしたからさ。今日の企画委員のコンパで凄く余った料理を折り詰めで持ってきておいたから、村上と一緒に食ってくれ。お前の部屋に誰もいなかったから、そっちに置いといたから。」


「先輩、すみません。課題を今まで一緒にやっていたから、部屋の鍵も開けっぱなしでした。」


「三上も悪かったな。お前は棚倉先輩に振り回されっぱなしだからな。いい加減休みたいだろうし…。まぁ、ゆっくりしてくれよ…」


 新島はそう言うと、村上の部屋のドアを閉めて受付室へと向かった。


『三上の死闘は棚倉先輩から生み出されるんだよ。アイツは高木さんとかを使って上手く棚倉先輩の暴走をギリギリのところで止めてる部分があるけど、俺がストッパーにならんとな…』


 新島は心の中で三上を守る決意を固めていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?