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~エピソード5~ ⑲ 三上さんの激務。~1~

 ー俺が風邪から復活して10日後。開催3日前。ー


 俺たちは昼休みにキャンパスにあるラウンジで課題をしていた。


「恭介、マジに大変そうだなぁ。お前は顔が死にそうになってるぞ。」

 良二が相当に心配そうに俺を見ている。


「みんなマジにごめん。とにかく今週は課題が進まないと思う。とくに課題の遅れが出ても融通がきく有坂教授のやつは後回しにするから。今までの流れから考えると6~7ぐらいの課題を溜めると思う。土曜日に一気に消化するから助けてくれ。」


 良二と宗崎や村上は、俺を助けようと思い、必死に講義を聴いて分からない場所があれば他の同期などに教えて貰いながら、今までの課題やレポートを全てこなしていた。


 俺は講義が終わると、まともに課題ができないままに実行委員会に行ってしまうために溜まる一方だった。

 それでも昼ご飯の合間や帰ってきてから何とか少し進めるのがやっとであった。


 村上が滅多に見せない笑顔になって俺を見ている。


「そんなのお安いご用だよ。お前が本橋と宗崎の寮内宿泊許可を寮監さんに貰っていたのを耳にしたから、みんなでお前のことを徹夜をしても助けるから安心しろ。」


 宗崎と村上は、俺を助ける名目で開催1週間前から休ませてもらっていた。無論、守さんも泰田さんも二つ返事で快諾だった。


 2人は練習を捨てて俺を助けるためにレポートや課題をやる時間にあてるつもりでいるようだ。


 宗崎も俺のことを心配そうに見ている。

「お前、マジに今から眉間にしわを寄せて深刻そうな顔をしてるもんなぁ…。」


 先ほど講義で出されたレポートを必死に書きながら宗崎の心配に素直な感情を露わにした。


「みんなマジにすまない。それは当たり前だよ。もう午後からやっていた課題ができなくなるから、単純に1日で1~2つの課題ができなくなる計算だよ。それで、課題は調べたり教えてもらえば何とかなるけど、レポートはナマモノが多いから時間が経つと端から忘れる。」


 その言葉を聞いて、脇に座っていた良二がなぜか俺の頭をなでた。


「この厳しい工学部で俺たちがお前のお陰でマトモに生きていられるから感謝してるんだぜ。お前のお陰でコミケの準備や売り子が心おきなくできたし、気の合う女の子と話ができるからさぁ~。」


 コミケ方面は面倒だからやってないので詳しいことは分からないが、同人誌を出すにしても締め切りがあるだろうから、良二も色々と必死なのだろう。


 その時間の使い方が各々のプライベートに役立つのなら日頃から俺が頑張った甲斐があるというものだ。


「まぁ、良二のそれはともかく、少しでも怠けると雪だるま式に課題やレポートが増えていくから、今のうちに地獄を見ておいて土日は楽をしようという俺の勝手な願望なんだけどね。そう言って貰えると嬉しい。」


「三上、少しチェックするぞ…。お前のハングリー精神が、俺たちのやる気を産み出しているんだよ。日曜日はグッスリと寝たいから土曜日に全て片付けるつもりなのが分かるよ。俺たちは寮でのお泊まり会みたいな雰囲気だから悪くはない。」


 宗崎が笑顔になりながら俺が必死に書いたレポートのチェックをしている。


「宗崎もみんなも道連れですまない。そのハングリー精神なんて、このクソ忙しい状況じゃ全部ダメだ。寮に戻るのは夜の十時半だし、毎日のように深夜まで空いてるラーメン屋なんかで先輩や仲間と飯を食ってる状態だからクタクタだよ。」


 委員達は月曜日から設営の準備に追われていた。


 主に看板作りや、午後からの競技に使う小物の製作は時間がかかる。

 俺は新島先輩や棚倉先輩と一緒に進みが遅くて手間取っている看板作りの手伝いをしていた。


 良二が眉間に皺を寄せて俺をジッと見ている。

「それでよく恭介は生きてるな?、それに寮のダダ飯が食えなくて金は大丈夫なのか?」


「ありがとう、それは無事だ。先輩達が完全に持ってくれてる。強引に誘われた挙げ句に振り回されているから、その駄賃ということだ。」


 俺は良二がホッとした顔をしていたので安心をしていた。


「うーん、お前の経済的状況はマシとだとしても、課題なんて絶対に進まないよなぁ。たしかに土曜日に一気に片付けたい気持ちは分かるぞ。恭介はめんどくさがりだから、厄介な奴をこの場でやっておいて、お前が分かるほうを後からやりたいタチだからなぁ。」


「良二。だってさぁ、山積みになった課題で分からぬ問題がでてきたら嫌気が差すだろ?。今日までに合わせて3つの課題を捨てたし、明後日の金曜日の午前中の有坂教授の講義は特欠だからな。これで午後から講義があったら死んでたよ。」


 幸いにも、俺が出ている全ての講義において、有坂教授が教授達に根回しをしておいたお陰で、俺が教授達に一声かけただけで提出遅れによる減点を見逃してくれていたのだ。


 ただ、それに甘えると大変な事態になるので、来週からは普段のペースに意地でも戻したかったのだ。


 宗崎が俺の言葉に対して、すっとぼけたように答えた。

 良二に練習のことがバレるとヤバイので他人行儀に振る舞っている。


「だからこそ、俺らはお前のバレーボールを心置きなく見学できるのさ。おっと、三上。今回のレポートは問題なさそうだなぁ。この前、お前が風邪を引いたときのレポートは酷かったからなぁ。」


 俺はこの前の風邪で必死に書いたレポートの件を思い出して苦笑いをしていた。

 再提出は免れたが、粗が目立っていたから恐らく教授の採点は低かっただろう…。


「宗崎、ありがとう。それと実行委員会の面々にはすでに伝えてあるけど、打ち上げコンパは全て断った。先輩達や仲間が渋い顔をしてたけど、やむを得ない。金曜日の夜は熟睡して土曜日の朝から完全に終わらせることに全力を尽くしたいんだ。」


 村上は俺がコンパを断った話を聞いて何故か微笑んだ。最近の村上は表情が豊かになったように思える。


「その振る舞いが三上らしくて俺は好きだな。先輩の驕りは良いけど、お前はコンパ続きで疲れているからなぁ。」


 俺は疲れた表情を浮かべながら村上に愚痴を吐いた。


「まぁな。本音は凄く面倒なんだよ。棚倉先輩は酒の席で俺のことしか話さないから、出る幕もないし酒が飲めるわけじゃないし。そろそろ平穏な日々を送りたい。風邪を引いただけで実行委員の連中からも押しかけられるし、うちの寮の先輩連中なんて尚更だよ。」


 村上は激しくうなずきながら、何かを思い出したように言い出した。


「そうそう、お前が熱を出して部屋で寝ていたときに、妙に廊下が騒がしいから部屋から出てみたら、棚倉さんがお前の部屋のドアを開けようとして新島さんが必死に止めていたから俺も助けようと思ったら、学生課の恐い女の人がスッと飛んできて棚倉さんに一本背負をしたんだよ…。」


 良二は村上の話を聞いて腰を抜かした。

「村上…マジか?」


「本橋、マジだよ。あれは恐すぎる。怒った姿がマジにガチの不良だから恐い。有坂教授の言うとおりだよ。俺は三上が説得した根性を褒めたいよ…。」


 俺は高木さんの話を続けたくなかったので逃げる方法を考えていたが、ふと時計を見たら午後の講義の時間が迫っていた。

「やばい、話していたら講義に遅れるぞ!」


 俺たち慌てて講義室に駆け込んだ…。


 ◇


 ーそして午後の講義が終了して、時間まで課題を終わらせた後ー


 俺は企画実行委員や外販委員の看板製作の手伝いをしていた。

 『これじゃ課題をやる余裕もない…』


 開催一週間前のからの準備は、相当に大変なことが分かっていたので、手が空いた委員は忙しいところの手伝いをするように命じていた。


 去年までは、あまりそういう事をせずに、暇な委員が手伝いもせずにブラついていたことが多々あったらしい。


 時間は有限なので暇な人から猫の手も借りたいぐらいだった。


 この手伝いには新島先輩も加わった。


 俺が高木さんに一声かけて新島先輩を解放した形だったが、体育祭実行委員以外のサークルやコンパは体育祭終了まで禁じられていた。


 俺が看板を手伝っているのには理由があった。

 できあがった看板や道具や資材を運ぶのに、俺がトラックを運転しなきゃならないからだ。

 無論、道案内役の守さんや、荷下ろし役の棚倉先輩も加わっている。


「三上さぁ~~ん、こっちの板を切ってくださ~い。」

「だめだぁ~、釘が曲がるから三上さん、なんとして~。」

 俺は不器用な委員にのこぎりの切り方や釘のうちかたを教えたりする役目もあった。


 そして、俺はトラックを運転して運動公園まで看板や必要な道具を運ぶ重要な役割も担っていた。


 トラックは3人掛けが可能だったので、道案内をするのと同時に細身の守さんが真ん中に座って、棚倉先輩は助手席に座った。


 運動公園は明日の夕刻から看板などが設置できる約束になっていたので、資材置き場にとりあえず置かせて貰うのが精一杯なのだが、それだけでも時間効率としては違う。


 俺の隣に座った守さんが的確に道案内をする。


「三上さん、大きな道路に出ると混んでしまうから、この裏道を抜けるわ。少し狭いけど、このトラックなら対向車が来ても大丈夫だと思うわ。」


 内心は『慣れない車で勘弁して欲しい』と、思いつつも時間が勿体ないので守さんの言うことに従う。


「守さん、ここ、やけに坂が多いですねぇ…。」 

「そうなのよ。昔からあるような旧道だから、くねってるし、坂も多いからみんな国道に出ちゃうのよね…。」


 俺は坂の中腹に信号があって、嫌顔でも坂道発進をさせられる。

「三上さん、初めてマニュアル車の坂道発進を見ましたけど、かなり面倒みたいで、わたしは嫌だわ…」


「まぁ、そうだよね。半クラッチ状態でサイドを下ろさないといけないからねぇ。」


 そう言いながら、上手くエンストもせずに発進できたことにホッと胸をなで下ろす。


「そう、ここを右に曲がるとすぐよ。やっぱり三上さん運転が上手いわ。」


 運動公園の入口に入ると、3人の委員が運動公園で待っていた。

 荷物の積み下ろしで時間をかけるのが嫌だったからだ。あと2~3往復ぐらいしないと駄目なので


 俺と棚倉先輩と守さんの3人だけで荷下ろしをするのはキツいからだ。


 このあたりの時間効率を考えた指揮をとるのが非常に大切だった。人数が多いから人海戦術も可能だし、できるかぎり前日なってドタバタしないように、落ち着ける時間が欲しいと俺は考えていたのだ。


 それを3往復ぐらいしていると、既に夜の7時を回っていた。

 ようやく最後の荷物を下ろしおえると、手伝って貰った委員に御礼を言って帰宅させる。


 俺は車の中で棚倉先輩と守さんに今日は早々に切り上げることを提案した。


「俺たちも遅かったから今日は八時半までには切り上げよう。みんなが頑張ってくれたから、思ったよりもスムーズに行っているよ。」


 棚倉先輩が俺の意見に賛成してうなずいている。

「三上よ、お前の現場指揮が凄く良かったから去年の倍以上早い。みんなが上手く手助けできれば、あんなに早く片付くのかと俺は吃驚しているんだ。」


 棚倉先輩の驚きに対して俺は笑いながら正論を言うことにした。


「恐らく去年までは、各委員で仕事を押しつけ合っているからですよ。役割分担だけに縛られて罠にハマっちゃうのですよ。誰かが犠牲になって夜遅くまで作業して理系の研究者と同じように大学に残っているのは可哀想なので、それは考えてあげるべきなのです。」


 守さんは棚倉先輩に向かって俺の現場指揮で気づいたところを語り合っていた。


「気づいたのは、三上さんは同時進行をさせて早く終わらせようとしているのよね。今までは看板を作る人は材木を組み立てるところから色を塗るまで全部だったけど、デザインを委員達に決めさせて、役割なんか関係なく看板本体を作る人と絵を描く人に分かれた時点で納得したわ。さらに暇な人が色塗りに回ったりするから無駄がないのよ。」


 そんなことを話しているうちに大学に着いた。


 トラックを降りて所定の駐車場に戻して、鍵を学生課に行って返すと、体育館の隅っこを借りて看板を製作している委員に声をかけた。


「みなさん、相当に進みが早いので今日は8時半で切り上げて休みましょう。皆さん、相当に疲れていますから。本当に頑張ったと思います。」


 そうしたら、看板に色を塗っていた仲村さんに声をかけられた。


「三上さん、マジに去年よりも進みが早いし、かゆいところに手が届いて人を寄越してくれるから助かりましたよ。明日、実行委員の面々は午後からは特欠扱いになるから、明日のうちに、ほとんどの準備が終わると思いますよ。私も前日は食材の買い出しなどに追われますしね…。」


「いえいえ、仲村さん達も本当にお疲れさまです。私は講義があって出られませんから、いつもの通り夕方から来ることになりますが、本当によろしくお願いします。」


「今年は三上さんがいてマジに頼りになりましたよ。少しぐらい居なくても私達でなんとかしますから。」


 仲村さんは、なぜか敬礼をして俺を見送った…。


 いつも使っている広い講義室に戻ると、俺が入った途端に委員から拍手で迎えられた。


 逢隈さんが俺に声をかけた。


「三上さん。明日を待つことなく、午後の競技で使う小物を全て作ることができたわ。三上さんが上手く人を回してくれたから、本当に助かったの。どの委員も真面目に動いてくれて本当に嬉しかったわ。」


 俺は恥ずかしくなったので、左手をかざして拍手を止めた。


「いやぁ、恥ずかしいから止めてくださいよ。これだけの人数がいて、みんなで協力すれば、すぐに終わった話なんですよ。みんながポジションに拘りすぎると、限られた時間の中で誰かが犠牲になってしまいます。それを極力、防ぐように私は段取りを提案したにすぎません。」


 逢隈さんは静かに首を横に振っている。


「いや、三上さん。会計委員とか総務の委員や、牧埜さん、棚倉さんや新島さんまで使うとは思わなかったわ。今まで委員の役割を飛び越えて協力をしていなかった私達が恥ずかしかったのよ…。」


 俺はその褒め言葉に恥ずかしくなったので、早々の委員の切り上げを指示した。

「いやぁ、大したことなんてやってないですよ。…それはそうと、皆さん、お疲れさまでした。今日は遅くても8時半には帰りましょう。ホントに皆さん、よく頑張っていただいて、ありがとうございます。」


 そういうと、また皆から拍手があがった。


『参ったなぁ…そこまで感謝されても逆に困る…』


 心の中でそう思いつつ、今日は比較的マトモに帰られたので、午後から2つも出た微積の課題ができることにホッとしていた…。

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