―2週間後の金曜日―
俺は課題やレポートに追われる中で、体育祭実行委員の仕事とバレーボールの練習を両立させながら、なんとか疲れた体に鞭を打っている自分がいた。
バレーボールの練習は、泰田さんのお母さんのコネで大学近くの市営の体育館を借りて平日でも夕方になると突然に練習の連絡がくるから体力的にキツくなってきた。
そして、午後の講義が終わると、いつもの通り空いてる講義室に居残って4人で課題やレポートを全て片付けてしまう作戦をしていた。
『だめだ、今日は体が朝からだるい。もう完全に風邪を引いた。』
今日は金曜日だし一日でも休むと課題やレポートが山積して後に響くことを恐れたので、無理矢理に講義に出ていた。
良二が心配そうに俺を見た。
「恭介よ。なんだか今日は顔色が悪いぞ。マジに無事か?。この講義室に入る前に棚倉さんと携帯で電話していて分かったけど、お前、かなり無理して出てるからさ…。」
俺は体がだるいのでレポートを書く手を止めて、正直に良二に話した。
「良二、心配してくれてありがとう。朝からだるいから今は熱があるかもなぁ。俺は課題をとレポートを全て終えたら、このまま寮に帰って寝るよ。」
無論、この時点でバレーボールの練習を休むことを守さんに電話で伝えてあるし、良二がいないタイミングで宗崎や村上に声をかけておいた。
宗崎が心配そうに俺の顔をのぞくと諭すように言葉をかられた。
「三上、マジに大丈夫か?。今日はお前らしくないぞ。いつもなら、この会話で書く手が止まらないのに、お前はもう手を止めて本橋と会話だけになっている。疲れが溜まっているのが分かるよ。俺と村上がやった課題を写したらお前はもう寝た方がいい。お前は仕事量が多すぎるからマジに死ぬぞ。」
「宗崎、ありがとう。周りが素直に寝かせてくれるかが心配だ。大抵は邪魔が入ってゆっくり寝られない。明日、復活できなければ日曜日には復活したい。…ゴホッ!!」
俺は宗崎の言葉に答えようとするが、そろそろ悪寒がしてきて、少し喉も痛くなってきた。
『いつもの扁桃炎かなぁ。このまま課題とレポートを終えたら、寮の近くのクリニックに駆け込むか。』
「ホントに無事か?。お前は副寮長になったばかりの頃に忙しすぎて、4月の末に同じように熱を出した時なんか棚倉さんに振り回されて大変だったのを見ているから心配だよ。お前、最後には寮の倉庫から三角コーンを拝借して、発熱のため入室禁止の紙を貼り付けてから部屋の入り口にドカンと置いても先輩が寄ってきたからマジに心配だよ。」
村上が心配そうに俺を見た。
その時から比べると今は随分と頼られる人間がいるので邪魔が多くなるだろう。
俺が先輩達に熱があるから死んでると訴えても、寮の新歓コンパの報告書の提出が間に合わないからと振り回されていたので、風邪が悪化して酷い扁桃炎になっていたオチだった。
村上が言っていた三角コーンを部屋の入り口に置いて部屋の鍵をかけても、棚倉先輩は俺が居留守を使っていると思い込んで部屋のドアを叩き続けていたのだ。
そこに、ときたま寮にきていた高木さんが、俺が高熱で苦しんでいることを松尾さんから聞きつけて、ひたすら俺の部屋のドアを叩いている棚倉先輩を見つけるとドロップキックで先輩を撃退、そのあと、長時間に渡って棚倉先輩にお説教をしていた話を新島先輩から聞かされていた。
その後、先輩は、1日ほど部屋に入ったまま震えて縮こまっていたという。
俺は熟睡をしていたので、部屋の目の前で起こった騒ぎなど気付かなかった。ちなみにその時は扁桃炎が悪化していたので3日ぐらい寝込んでいた。
「ゴホッ、村上すまぬ。たぶん、そうなると思う。医者に駆け込んで、寮の倉庫からカラーコーンを拝借したら部屋の目の前に置いて携帯の電源も全て切るからな。ゴホッ…。すまん、急いでレポートを片付けて、お前達の課題を写させて貰うよ。」
その話をすると俺は何も喋らずに必死にレポートを終わらせた。
「良二、悪いが、もう俺はダメだから宗崎と一緒に俺のレポートを見てダメな点を突っ込んでくれ。」
良二が俺のレポートを見ると、いよいよ眉をひそめて凄く心配そうに俺を見ながら間違っているところを指で差した。
「恭介、こんな間違いをするのは、絶対にお前らしくない。ここ以外は間違ってないし、この内容なら再提出もないと思うけど…。お前はこれが終わったらすぐに帰ったほうが良さそうだぞ…」
俺はそこを消しゴムで消して訂正して、レポートを書き直す。
もう気力がないので、他の課題は、もう丸写し状態で何とか終える。
「三上、マジに無事か?本当に辛そうだぞ?」
宗崎が俺の様子を見てかなり心配になっている。
俺も含めて、みんなが課題やレポートを終えると早々に帰る準備をする。
4人は一緒にバスに乗り込むと俺は良二や宗崎と共に駅前で降りた。
「村上。すまない。俺はこのまま病院に行くから…。」
駅前にあるクリニックに俺は駆け込んで医者に診て貰った。
「うーん、三上さん。以前と同じで扁桃腺が真っ赤ですよ…」
先生にそう言われると、抗生物質など他の薬も処方された。
病院を出て薬局で薬を受け取って、フラフラになりながら寮に戻ると、受付室に高木さんと、隣で死んだ目をした新島先輩がいた。
そして高木さんと目が合うと真っ先に心配された。
「三上くん顔色が悪いけど、どうしたの?」
「ゴホッ、ゴホッ!!。高木さん、この前のような扁桃腺で熱がありそうなので、このまま寝ます。ゴホッ。高木さん、申し訳ないですが先輩達や実行委員のメンバーが部屋に押しかけるのを阻止して下さい。これ以上の症状の悪化を避けたいです。ゴホッ。」
もう言葉を出す度に咳が止まらない。
「分かったわ、もうすぐに寝てね。フフッ、この前のように、棚倉くんが三上くんの邪魔をするようなら、今度は一本背負いをお見舞いするわ。」
横にいた新島先輩がそれを聞いて、その恐怖からガタガタと震えだした。
俺は高木さんがいれば、棚倉先輩達の過激な看病を断れると睨んだのでカラーコーンを置くことはしなかった。
これは新島先輩から聞いた話になるが、高木さんは部屋で寝ている俺を起こさないように相当に気を配ってくれた事を聞かされていた。
まずは棚倉先輩が実行委員会の打ち合わせから帰ってくると、高木さんが席を立っていて運悪く受付室にいなかった。
棚倉先輩が新島先輩の制止を振り切って真っ先に俺の部屋に乗り込もうとして、その声に気付いた高木さんが全力疾走で俺の部屋の前に駆けつけて、綺麗な一本背負いで先輩を撃退、その後、30分ぐらいお説教をしたらしい。ちなみに、先輩は翌朝まで部屋で震えていたという…。
ちなみに、俺が心配になって守さんや泰田さんが寮に乗り込んできたが、それは新島先輩と高木さんが説得をして、2人と少し話をした後に帰した。
どうやら、棚倉先輩は守さんや泰田さんに、俺の様子を見たいので、部屋に入れないか頼まれたらしく、先輩も俺の看病をすると言って聞かなかったらしいが、そんなのは俺にとって迷惑だった。
そのとき、俺は熟睡をしていたので、彼女達が来たことすら分からなかった。
こういう時の新島先輩は常識論が働いて俺に寄り添ってくれるので、ありがたかったのだ。
棚倉先輩はフルにコキを使ってしまうタイプなのだが、新島先輩は俺がギブアップに近くなると上手にブレーキをかけてくれたのだ。
ちなみに、高木さんと新島先輩が棚倉先輩達の暴走を防いだこともあって、翌日の土曜日の夕方になって熱が下がって平熱になっていた。咳もほとんど出なくなっていたし、喉も痛くない。
『普通に寝かせてくれて、医者のきちんとした処方があれば、すぐに良くなるんだよ。』
俺はそう思いながら、ストックしておいたカップのうどんを食べていた。
『明日の夜の練習にも参加できるだろうし…。あと2週間か…。』
来週の1週間が過ぎれば、今度は地獄が待っているだろう。
いまのところ、必死に課題やレポートをこなせば徹夜は土曜日の1日だけで済んで、日曜日は寝ていられる筈だ。
「ああ、邪魔さえ入らなければなぁ…」
俺は独り言を言いながら、カップのうどんを食べ続けていた。
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陽葵は当時の高木さんの強さに吃驚していた。
「うわぁ…。そういえば、高木さんは柔道やプロレス好きだったのよね。体の大きな棚倉さんを一本背負いできるぐらい強かったのに吃驚したわ。ただ、あなたがわたしを守ったときは、高木さんは電話で関係者に連絡をしていたから、あなたを助けられなかったのよね…。」
俺は高木さんの生前の姿を思い浮かべながら、目を閉じて当時の事を思いだしていた。
「俺の怪我が治った時期になってさ、三上くん、あの時は助けられなくてごめんと謝られたんだ。高木さんは元々不良だったから喧嘩は相当に強いと思うよ。まぁ、不良から足を洗って心を入れ替えた時期に柔道を習っていたみたいだしね。」
「新島さんが復学してからだったかしら。あなたは1度、高熱を出したことがあったけど、その時に、棚倉さんや後輩達が部屋に押しかけて面倒だから、わたしの家で匿ってくれとお願いされたときに、ホントに可哀想だと思ったわ。」
陽葵が呆れたような顔をしていた。
それはそうだ。俺の事を看病すると言いながら部屋に入り込んで入り浸った挙げ句、結局は俺が安静にすることを妨げて睡眠の邪魔をしているわけだから。
「あれは、棚倉先輩はもちろん、あの当時だと諸岡とか次期副寮長の江川が五月蠅かったんだよ。もうね、俺は部屋で休まった気になれなかったし、2年の時に高熱を出して3日間ぐらいダメだった悪夢が甦ったから、松尾さんに事情を話して陽葵の家に泊まる許可を貰ったんだ。」
「あなた、それは正解だったわ。40度近く熱がでて、うなされていたから辛そうだったわ。あの状態でひっきりなしに人がきたら風邪なんて治らないわ…。」
「大抵は新島先輩が止めてくれるけど、いとも簡単に皆が制止を振り切ってしまうんだ。」
俺は陽葵に頭を軽くポンと叩かれた。
「あなたは、そんな感じでいつも頑張ってしまうから、頼りにされているのよ。無理をしちゃって疲れが出ると頑張りすぎて風邪を引いちゃうのよね…。」
「うーん、疲れちゃうと扁桃腺が腫れちゃうんだよね。今は風邪が引けて幸せなんだよ。だって、可愛すぎる陽葵が看病してくれるだろ?。俺は可愛い陽葵を毎日、拝めるから幸せすぎるし、陽葵がいるだけで死ねるほど好きなんだ。」
陽葵は俺の言葉を聞いてほんのりと顔を赤らめた。
もう、それが可愛くてたまらない。
「あなたっ!、そんなことを言ってもホントに何も出ないわよっ!。可愛いなんて毎日のように言われるわたしの身になって考えてみてよ。嬉しくて恥ずかしすぎるのよっ!。」
陽葵はそう言うと下を向いてしまっている。
「だって、付き合った頃から本当に可愛いから仕方ないさ。陽葵は可愛すぎるから大好きなんだ。」
陽葵は顔を真っ赤にして俺の腕を抱き寄せて黙ってしまった…。