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~エピソード5~ ⑰ 三上さんの忙しい日常生活。~2~

 ―ここは学生課。―


 三上が守や泰田たちと本館キャンパスの図書室でブリーフィングをしている頃、学生課のミーティングルームで寮長会議が開催されていた。


「ふふっ、三上くんはいないの?。どうせ書類から逃げたのだわ。あんなボーッとした奴が…。」

 橘が三上がこの場にいないことを鼻で笑うように馬鹿にした。


 高木は、橘が三上を馬鹿にしたような言葉に鋭い声で怒りを露わにした。

「橘ぁ!!!。テメェは人を見下すような言い方をしたら次は承知しねぇからな!!。」


 彼女は高木の強烈な怒りにビクッとして、あまりの怖さに固まった。


 新島と棚倉が顔を見合わせた。


 怒りを露わにした高木の目前では、三上のように横から口を出して意見をするなんて絶対に無理だ。


 高木は怒りを止めて今度は穏やかな言葉で女子寮幹部を諭した。


「三上くんはね、教育学部の体育祭実行委員長代理として今は実行委員会の会合に出ているわ。1ヶ月ぐらい寮長会議に出るのは難しいのよ。それに三上くんを外見で判断しちゃダメよ。彼がそんな大役を任さられるのには理由があるわ。」


 新島と棚倉は、もう一度顔を見合わせた。

 もう、三鷹が三上に対して探りを入れているから、バレても仕方ないだろう…と、2人は考えた。


 棚倉は橘や木下がいる場では、三上の体育祭実行委員のことを話さないように三鷹に釘を刺しておいたのだが、それを高木が簡単に崩してしまった。


 その高木の言葉で、橘と木下がハッとした。

 三鷹はすでに知ってるので悪戯っぽい笑顔になっている。

 2人は三鷹の表情を見て、このことを知っている様子だったから困惑をしていた。


 それを見て荒巻が橘や木下、三鷹に向かって諭した。


「このさいだから私からも言おう。三上くんを外見で判断してはいけないと、私は口酸っぱく言っていたけどね。棚倉君が持っている寮のコンパの企画書と詳細なプログラムは三上くんが全て作ったものだ。」


 その言葉と同時に棚倉は全員に三上が作った企画書のコピーを渡す。


 何時も冷静な木下が企画書を見て手が震えた。

「え?。嘘でしょ!。橘さんから話を聞いていたけど、今日の会議に出すのは絶対に無理だと思っていたわ。たった半日で、詳細なプログラム進行まで全部?!。夢みたいだわ…。」


 橘は口をポカンと開けながら企画書を見ている。

「なにをどうしたら、彼がこんなに綺麗な企画書が作れるのかが知りたい。棚倉くん、貴方は一体なにを隠しているの?。三上くんが謎すぎるわ。これを本当に彼が作ったのなら、一昨日からの私の発言の全てを撤回して謝罪しないといけないわ。」


 2人とは違って三上のことを少しだけ知った三鷹は心の中で違う感想を持った。

『さすが、恭ちゃんよね。だから棚倉さんが彼を隠そうとしてるのだわ。』


 荒巻は苦笑いをしながら、橘と木下の2人に諭す。


「三上くんはね、男子寮内の掲示物や申請書類の全てをこうやって作っている。彼は理系だから課題も多し、体育祭の実行委員で時間制約がある中で頑張って作っている。彼は会議を1ヶ月欠席したとしても、これだけで役目を果たしているんだよ。」


 これ以降、木下と橘が三上に対して人権を侵害するような酷い卑下をすることはなくなった。


 少なくても寮長会議上では常に高木がそれを制するから言えない状況だった。


 三鷹はあの体育祭実行委員会の挨拶を聞いてしまっているので、彼女達が影口を叩けば、否定するように上手くなだめるようになった。


 三鷹は棚倉が一昨日から女子寮幹部と折衝を続けている中で、実は三上のポテンシャルが高いことを相当に感じていたからだ。


 それが実際に目に見えて分かるのは数ヶ月後になるが、この件がなければ、女子寮側から三上を解任する声があがっていた可能性もあった。


 その後の寮長会議は三上があらかじめ作っておいた企画書のお陰でスムーズに進み、企画書や詳細な進行プログラムの内容も微々たる変更で済む程度で終わった。


 ◇ 


 一方で、こちらは教育学部の体育祭実行委員会。


『あー、みんなに任せているから出る幕がない。暇だ…。』


 俺は本館の図書室でのブリーフィングが終わった後に、先週と同じ比較的広い講義室の一角でボーッと座っていた。


 課題も終わってしまったし、やる事もないし、これだけの組織だと俺の出る幕がほとんどない状況だ。これは先週も同じだった。


 ボーッとしてると、総務の泰田さんや企画実行の守さん、外販の仲村さんが相談を始めた。

 そして、複数の委員が立ち上がると泰田さんから声がかかった。


「三上さんっ、今から倉庫に行って木材の余り具合をチェックしてきますね。ついでに外販の屋台用の電飾が付くかどうかチェックします。もしも壊れていたら買わないといけないわ。」


 俺は慌てて姿勢を正して泰田さんに答える。


「分かりました。私は大勢の委員がいるから、ここに残っていないとダメでしょうから、泰田さん、お願いします。何かあったら報告をお願いしますね。」


 泰田さんはウィンクをすると複数の委員を連れて講義室を後にした。


『参ったなぁ、本当にやることがねぇ。俺も一緒に行けば良かったか。いや、道義上は棚倉先輩がいないとダメか。』


 そんなことを考えつつ、ボーッとしてると、仲村さんだけ講義室に戻ってきて俺のそばに駆け寄ったた。


「三上さん。さっき、調べていたら電飾の一つが壊れてしまって…。三上さんが直せる可能性があるなんて守や泰田が言うので、どうかと思って…。」


『見ないと分からねぇなぁ』

 俺は少し考えると仲村さんに質問をした。


「仲村さん。その電飾をここまで持ってこられますか?」

「軽いし、束ねれば簡単に持ち込めますよ?」


「わかりました。ちなみに症状的にはどんな感じですか?」

「コンセントを入れてスイッチを押して電気が付いたと思ったら、すぐに消えてしまうのです。」


『ハンダ浮きかな?』

 俺は仲村さんに指示を与えた。


「仲村さん。申し訳ないですが、私は多くの委員がいて、ここから動くのも難しいで、その電飾をここへ持ってきて下さい。上手く直せる確率は半々だと思って下さい。ここで直らなければ新しいモノを買いましょう。」


 しばらくすると、泰田さんや守さんも複数の委員を連れて一緒に帰ってきた。

 仲村さんは電飾を束ねて持ってきた。


 俺は壊れている電飾のアダプターをコンセントに差してスイッチを入れてみる。

 一瞬だけついて、すぐに消えた。


 こんどはプリント板が入っている思われる白いプラスチックのケースを軽く指で叩いてみた。

 叩くと連動して電気がついたり消えたりする。


『これは何処かのハンダが浮いてるなぁ』


 アダプターをコンセントから抜くと、電飾を持って、教壇近くの椅子に腰掛けてバッグから電子部品やら半田ごてなどが入ったケースを取り出した。


「今日は電子・電気工学があって良かったよ。」

 壁際にあるコンセントにハンダごての電源プラグを差して、先端が温まる時間を短縮する。


 そうすると既に泰田さん、守さん、牧埜、仲村さん、松裡さん、逢隈さんに囲まれていた。


「なんだか技術の授業にあった電子工作みたいな授業に似てますね…」

 牧埜がボソッと感想を漏らした。


「みなさん、絶対にハンダごてには触らないでくださいね。火傷しますからね」


 俺はそう言うと、小さなドライバーを使ってプラスチックのケースを開けると、中に入っている手のひらサイズの小さいプリント板を取り出した。そして、テスターを使って、どこの電子部品のハンダが浮いているのかを調べ始めた。


 それをやってるうちに人だかりができる。


「三上さん、さすが工学部ですよね。」

 仲村さんが興味深そうにのぞき込んでいる。


 テスターで計っているうちに、テスターに触ると針が奇妙な動きをする抵抗を見つけた。


 『たぶんここだ。』


 俺はハンダ吸取線を左手で持って、右手で半田ごてを持つと、ハンダが浮いてると思われる場所のハンダを吸い取った。


 その後にハンダをしっかりとつける。


『よしできた。』


 しばらくして、テスターで他に浮いてる場所がないか計って異常がないことを確認すると、プラスチックのケースに納めてドライバーでしめてコンセントを入れて電飾がつくか確かめてみた。


「お~~~。」

 無事に電気がついて周りから自然と拍手が起こる。


「いやぁ、やめてくださいよ、劣化でハンダが浮いていただけですよ…。」

 俺は頭をかきながら大げさな拍手を制した。


「三上さんっ、ホントーに器用だよね。棚倉さんが言っていた通りだわ☆。」

 守さんが俺を褒める。


 ハンダごてが冷めて道具などを片付け始めると、実行委員の打ち合わせが再開された。


 しばらくすると、今度は守さんがノートパソコンを持って俺のところに来た。


「あのぉ…。広報でチラシなどを作るときのノートパソコンが起動しないのよ。もう1台あるのですが、今から2人で手分けして、色々なものを作る時に大変になってしまうから。棚倉さんから話を聞いた話だと三上さんなら何とかしてくれると思って…。」


 彼女は相当に深刻そうな顔をしてる。


「守さん、この中に去年、作成したチラシとかリストなどのデータって入ったままですか?」


 そうすると守さんの隣に去年、このノートパソコンでチラシなどを作成した委員がかわりに答えた。

「三上実行委員長さん、データはハードディスクの中に入れっぱなしで…。」


「困ったなぁ、完全にクラッシュしてたら終わりですよ…。」

 俺はもう1人の委員が使っているノートパソコンに外付けのCDドライブがついているのを見た。


「このノートパソコンについているOSが入ったケースなどはありますか?」

 それは、先ほどチラシを作成していた委員が知っていた。

 委員はOS一式が入った小さい箱を持ってきた。


「どうなる分かりませんが、やってみましょう。」

 まずは、OSが入ったCDディスクを外付けのドライブに入れて、OSを起動させる。


『どうやらOS内のファイルが飛んだか?』


 外付けからOSが立ち上がると、OSの復旧を選んで、しばらく時間をかけて復旧させる。

 ふと周りを見ると、また人だかりができている。


「やってることは、たいしたコトはありませんよ、恐らくOS内部のファイルが少し壊れただけです。」


 復旧のインストールが終わると短時間で元通りになおった。


「念のために、データをバックアップしておきましょう。」


 俺は良二から同人系のソフトをあげると言われて、良二に渡して余った空のCD ROMをバッグから取り出すと、委員にホルダーの場所を教えて貰いながらバックアップをする。


 そして、HDDのクラッシュがないかどうかを、DOSプロンプトからchkdskをかけてみる。


「三上さん、やってることが分からないわ…」

 守さんが脇で見ていて首をかしげている。


「ハードディスクに損傷がないかを特殊な手法で調べているのですよ。幸い、ダメージはなさそうですね…。」

 全ての作業を終えて、さっきの委員にノートパソコンを手渡した。


 人だかりが消えると俺は疲れた表情を浮かべた。


「これじゃあ、うちの寮の日常生活と変わらねぇよ…」


 俺は誰にも聞こえないような声で独り言を放っていた…。

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