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~エピソード5~ ⑰ 三上さんの忙しい日常生活。~1~

 俺は一昨日から始まったバレーボールの練習で体を動かしているせいか腹が減っていたので、寮の食堂が開くのと同時に朝飯を食べていた。


 まだ時間が早いので食堂は閑散としている。

 そこに棚倉先輩がやってきた。


「三上、隣に座るぞ。」

 棚倉先輩が朝食を取りに行かずに俺の横に座った。


「先輩、おはようござます。どうしました?。こんな朝一番から先輩が飯を食いに来るなんて珍しすぎますよ。また、なにか面倒な用事ですか?」


 そういうと、先輩は去年やった寮のコンパの資料を俺の目の前にバサッと置いた。

 企画書を見ると棚倉先輩の字で書かれていたのを見てハッと思った。


「三上。本当にすまない。昨日、三鷹や橘と会っていたことは、お前も聞いて知っていると思うが、あいつらが寮のコンパの企画書を作れと五月蠅くてな。三上が実行委員の仕事があって駄目だと拒否をしていたけど、三鷹と橘の説得に失敗してしまって…。」


「先輩さぁ、それって金曜日の夜から三鷹先輩に酒を飲ませて、女子寮の幹部が企画書を作ることで承諾を得たまでは良かったけど、橘先輩の怖すぎる一言でちゃぶ台をひっくり返されたからでしょ?。」


 金曜日に棚倉先輩が三鷹先輩と一緒に飲みに行った時点でオチが読めていたので、さりげなく図星だと思われる予測を俺は言い放った。


「うぐっ…」

 どうやら図星だったようだ。


「橘先輩は綺麗な人ですけど、古今東西、美人には棘があると言われている通りですよ。ボーッとしてる俺に押しつければ企画書なんてすぐ終わるなどと、まくし立てられたのでしょうから。」


 俺は朝食の卵焼きを食べながら、棚倉先輩に皮肉に近い言葉をぶつけた。内心は、このオチを金曜日の時点で予測しておいて良かったと安堵していた自分がいた。


「三上…。お前は温厚な顔をして、たまに辛辣なことを言うのが恐い。お前に負担をかけることを謝りたい。今日はこの件の寮長会議があって、お前は実行委員会で欠席なのは当然だが、今日中とは言わないから今週中ぐらいに企画書を作って欲しい…。」


 俺は案の定、そうだろうと思って表情を変えずに、たくわんに箸をつけてご飯を掻き込みながら棚倉先輩のほうを向いた。


「先輩。去年、俺がパソコンで企画書や詳細な進行プログラムを書いた奴まで作っておいて、あまりにも綺麗すぎるから怪しまれるなんて謎の理由で没になったデータが残っています。去年は俺が作ったものを先輩が手書きをしていたでしょ?」


 ちなみに、この時代は、デジタル化が進む前なので、PCで申請書類などを作成して提出するような人が希な時代だった。書式はパソコンやワープロなどでコピーされているが、その書式を使って手で書くのが主流だったし、申請書類に関してのテンプレートの自由配布なんてなかった。


 だから、今まで手書きだった企画書が、パソコン作成されてプリンターで印刷したものをビシッと出した途端に、女子寮幹部から今後はこの手の仕事を全て押しつけられる可能性が高いと警戒したのだ。


「そうすると、これから急いでパソコンで日付と企画書の内容を今の議事録を見ながらザッと直して印刷をするわけか…。」

 棚倉先輩は少し心配そうな顔をしながら俺を見た。


 俺はそんな先輩の心配をよそに、深皿のフチで生卵を割って、醤油をかけて箸でかき混ぜている。


「企画書とコンパの詳細な進行プログラムですが、すでに土曜日の午前中のうちに終わってますよ。この前、三鷹先輩の意味不明な議事録を俺が作り直したお陰で、今回のコンパの流れが頭の中に入ってましたから。これを食べ終えたら部屋に戻って持ってきますから。」


 そして、生卵をご飯にかけると、食べながら話を続ける。


「このさい、俺がパソコンで作った企画書をそのまま使って下さい。先輩だって、そろそろ院生に向けて色々と厄介な事が沢山あるでしょうから、こんなものを書き直す時間が無駄ですし。三鷹先輩が俺のことを探っていたなら隠しても仕方ないでしょうから、俺がたった1日で全部、作ったと橘先輩に叩きつけても構いませんよ。」


 先輩は俺の顔を見て驚いた。

「三上よ。お前は俺たちの行動とその後のオチまで予測して、あらかじめ全部作っておいたのか???」


 俺は、切り身の焼き魚を食べながら棚倉先輩に答える。


「そうですよ。あんなに話の長い三鷹先輩を説得しようなんて無理です。それに、企画書はA4で7枚ですし、詳細な進行が書かれた奴は20枚以上ですよ?。俺だって手書きをしたら死にますよ。こんなものは、早くデジタル化して寮幹部の負担を減らすべきです。データは寮監室のパソコンにも入れてありますから時期がくれば後継者に教えますよ。」


「お前って奴は…。」

 棚倉先輩は俺の顔をみてキョトンとしている。


「先輩。このために早く起きたと思うので飯でも食っていて下さい。その間に、土曜日に作っておいた企画書と、詳細な進行が書かれた奴を持ってきますから。今日の寮長会議で追加や変更点があれば、手書きで書き加えるなりメモをしておいて下さい。あとからその部分だけ修正して印刷しますから。」


 俺は朝飯の途中で部屋に戻ると、土曜日の午前中に終わらせておいた寮のコンパの企画書や詳細な進行などが書かれた紙を持って食堂に入った。


 棚倉先輩はキョトンとしながら座ってボーッとしていた。俺は再び席に戻ると、棚倉先輩に書類一式を渡す。


「どのみち、俺は実行委員会の様子を見ながら教壇の付近で課題やレポートの続きでもしておきますから。先輩は寮長会議をよろしくお願いします。」


 先輩は書類をペラペラと見ている。


「三上なぁ…。俺たちも悪かったが、お前に一言かけるべきだった。新島は三鷹の話が長すぎて発狂する寸前だったのだよ。」


 俺は少し冷めた味噌汁を飲みながら棚倉先輩に苦笑いをして答える。


「先輩、俺だって三鷹先輩の話をまともに聞くのは無理ですよ。あれは精神力を削られます。この前、盗み聞きしていた先輩をおびき寄せるのに、あえて話を誘ったらメチャメチャに凄かったですからね。あれでよく息が続きますよ。」


 先輩は激しくうなずきながら、書類をまとめて束ねている。


「そうだ。お前があのとき、三鷹に声をかけたから、あいつはかなり喜んでいたぞ。男子寮幹部に自分の話し相手ができて良かったなんて言っていたが、お前が哀れに思えてきた。」


 俺はどんぶりに残っているご飯を全部平らげると眉をひそめて先輩の方を向いた。


「俺は三鷹先輩に喋り殺されたくないですよ。あの喋りは人を殺します。まだ死にたくないですよ。」


「…全くだ。アイツはどうして、あんなに言葉が続くのか分からん…。」

 棚倉先輩はそう言うと横の椅子に書類をおいて朝食を取りに行く。


 俺はご飯をおかわりして、半分ぐらい残して置いた生卵をかけた。


 先輩は朝食のトレイをテーブルに置いて俺の横に座った。

「お前は最近、泰田や守とか牧埜達に誘われまくってるよな?。大丈夫か?。相当に気に入られているようだが?。」


 飯を食いながら先輩の問いに答える。


「実行委員会のバレーボールのチームに組み込まれてしまってるので、泰田さんや守さん、山埼さんや仲村さん、天田さんは連帯感が必要だからと強弁されて誘われてしまうのです。体育祭が終わるまでの土日は特に振り回されるでしょうね…。」


 あえて、練習のことは伏せた。

 これを言ってしまうと、先輩達が練習の邪魔をする。


 そうすると厄介になるのが明白だったからだ。

 特に泰田さんや、守さんのお母さん達は恐い。運動神経が良くない棚倉先輩が遊びに行った途端に怒られて終わりだろう。


「ははっ、そんな事だろうと思っていたぞ。守や泰田、仲村は去年も相当に熱心だったらからな。」


「あの3人は特に熱いですねぇ…。」

 俺はこれ以上、ボロを出さないように飯を掻き込むと早々に立ち上がった。


「先輩、講義に行く前に少し課題をやらなきゃダメなので、お先に失礼します。それと、この件に関しては、後に俺たちの負担になるのは気にしないでください。さきほど言った通り、毎年、お約束でやる催し物に関してはデータさえあえれば、惰性で1~2時間もかからずに作れますから。」


 棚倉先輩は笑顔で俺を見た。

「おお、分かった。本当に悪かった。忙しいところ助かった。」


 ささっと食器を片付けると、食堂を後にした。

『危ねぇ、あのままいたら練習のことを突っ込まれそうだった…』


 俺は部屋に戻って、部屋にある小さなテレビを見ながらキャンパスに行くまでの時間を潰した。


 ◇


 ―その日の午後―

 午後の講義が終わると何時ものように俺たち4人は実行委員会が始まるまで間に課題をこなす。


『今日は2つだけだから時間までに速攻で終わりそうだ。』

 宗崎や村上は、いつ練習の声がかかるのか分からないので、講義を必死に聞くようになったし、課題の取り組み方もいつもよりも熱心になっていた。


 課題をやていると、良二が俺のほうを見て羨ましげな目で訴えかけた。


「恭介。お前、あんな美人な寮長さんと毎回のように顔を合わせているのか?」


「良二、止してくれ。お前は惚れちゃってるかも知れないが、俺は死ぬほどウザイ存在なんだよ。あれだけ喋られると普通は精神力を削られるよ。お前らが会った新島先輩だって昨日の寮の打ち合わせで、三鷹先輩の弾丸トークで精神崩壊を起こして死にそうな顔をしていたらしいし。」


 俺は三鷹先輩が盗み聞きしていた件を思い出して、疲れたような表情で良二に答えた。


「俺はなんとも思わねぇなぁ…。それよりも美人さんだから、俺の心が勝ってしまうのだ。はははっはっっ!!。」


 良二の最後の笑いは三流RPGのラスボスみたいな笑い声だったが、あえてスルーした。


「その笑いはともかく、俺はマジにダメだ。まともに聞いていたら精神が持って行かれる。」

 宗崎と村上は俺と良二のやり取りをニヤニヤしながら聞いている。


「その辺はやっぱり三上様たる由縁だよなぁ。お前の嫁はいつ来るのか。春はまだまだ遠いなぁ…。」

 なぜか良二は俺に向かって手を合わせている。


「良二よ、その案件は皆に言えているぞ。この学部では、彼女ができた途端に、彼女のルックスやスタイルなんて関係なく羨ましがられて、腹いせにスープレックスをかける奴がいるぐらい女性に餓えてるからな。俺なんか彼女ができた途端に身の危険を感じるぞ。」


 そう言い放った本人は、この数ヶ月後に、学部の仲間から羨望の目を向けられてしまう事案が起きたことは言うまでもないが…。


「さて、そろそろ、みんな終わるかな…?」

 俺がみんなに声をかけた、その時だった…。


「三上さん??」

 聞き覚えのある女性の声…?。いや、守さんの声が聞こえた。


 講義室には、まだ俺たちのように居残って課題をやってる学生が複数いた。


 ハッと講義室の出入り口を見ると泰田さんと守さんがいた。

 そうすると2人が俺のそばまで来た。


 それと同時に俺のことを学部の連中が羨ましそうに見ている視線が痛かった。


『ヤバイ』


 そう思ってると守さんから話しかけられた。


「三上さん、取り込み中にごめんね。今日の委員会だけど、棚倉さんが寮の所用でいなくて、三上さんにブリーフィングをして欲しいと伝えられたの。また本館の図書室でやろうと思って迎えに来たの。講義中だと携帯なんて出られないだろうし…。」


 学部の連中はその話を聞いて、ある意味でホッとした表情を浮かべた。


 連中は、俺の彼女だと勘違いをしたのだろう。

 しかし、明日は連中から、知り合いの女の子を紹介しろだの、どんな関係なのか?なんて聞かれまくって突っ込まれるのは確実だと思われた。


「泰田さん、守さん、5分だけ待ってください。もう少しで課題が片付くので…。」

 俺たちは最後に間違いがないか、お互いに課題を確認をすると、今日、出された課題を全て終えた。


 良二が周りの空気を読んで咄嗟に気を利かせた。


「あ、泰田さん、この前はどうも。うちの恭介が忙しそうで申し訳ないです。もう少し余裕があれば、こんな男苦しいキャンパスまで来ることは無かったのですが…。」


 泰田さんがニコニコしながら良二に話しかける。

 ちなみに、良二に内緒で宗崎と村上が練習に参加している件を2人とも知っているので、泰田さんの笑顔はそれを誤魔化すためでもあった。


「三橋さんっ、お久しぶりです。三上さんは忙しい人だから迎えに来ただけですから。途中で三上さんの担当委員の教授にばったりと会ったので、ここの講義室が分かったのよ。」


 村上が咄嗟に場を誤魔化すように良二に嘘をつく。

「泰田さん、お久しぶりですね。ほんとに三上は大変そうで…」


「村上さんっ、宗崎さんもお久しぶりぶりよね。ごめんね、三上さんを借りるので許してねっ。」


 泰田さんがそう言うと、俺は立ち上がってバッグに終わった課題や専門書を詰め込んで本館のキャンパスへ向かうことにした。


『良二と村上に助けられたな。あれがなかったら、明日は集中攻撃だっただろう。俺らのグループの知り合いの認識だろうから彼女疑惑は晴れただろう。』


 俺たちは工学部のキャンパスを出てバスに乗ると本館キャンバスへ向かった…。

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