俺が洗濯をベランダに干し終わって、少し仮眠をして目を覚ますと、7時30分を回っていたから、着替えて練習に行く準備を済ませるた。
そうすると、こんな早朝から寮内放送がかかる。
『ピン ・ ポン ・ パン ・ ポン~』
お約束のチャイムと共に、寮監の松尾さんの声でアナウンスが流れた。
「201号室の三上君、202号室の村上君、受付室までお越しください。ご友人がお見えです。」
『宗崎か?ヤケに早いな。』
村上と一緒に受付室に行くと宗崎がいる。
「すまない、暇だから早く来ちゃって。」
宗崎の気持ちが何となく分かったから、苦笑いしながら宗崎が時間よりも随分と早めにきたことを、笑って許す。
「ああ、別に構わないよ。俺たちも暇だったし…。」
村上と宗崎を連れて俺の部屋で時間を潰そうとしたところで、松尾さんに声をかけられる。
「三上君、さっき棚倉君と新島君が、駅前にある朝から空いている学生向けの食堂で朝食を食べに行ったけど、棚倉君が三上を守らなければ、なんて独り言のように言っていたよ。相当に面倒になっているようだ…。」
俺は松尾さんの言葉に、ここにはいない、先輩たちへの本音を思いっきりぶつけてしまった。
「はぁ…。松尾さん、これに対して私は言いたいことが沢山あります。下手に隠すよりも、寮長会議で普段通りに私が振る舞えば、三鷹先輩達から邪推されずに済んだ筈です。これは逆効果ですよ。私は先輩達に何も言えない立場ですが、実際問題として時間が無駄になってしまうのですから。」
松尾さんは俺がこのことに対して、怒っていることを踏まえて、激しく同意をするようにうなずている。
「私もそう思うよ。だけど、棚倉君が言って聞かないからなぁ…。困ったモンだ…。」
その後、松尾さんと月曜日からの予定について、軽く会話をした後に、村上や宗崎が俺の部屋に入って、お茶を飲みながら、練習がある時間までゆっくりと過ごそうとした時だった。
再び寮内放送があったから、俺はかなり嫌な予感があった。
『ピン ・ ポン ・ パン ・ ポン~』
「201号室の三上副寮長、寮監室までお越しください。お客様がお見えです。」
その放送に3人は顔を見合わせたが、3人とも半ば呆れたような顔をしているから、ろくでもない事態になるのが目に見えている。
「あ゛???。絶対に嫌な予感しかしないぞ!!。」
俺は居酒屋でお母様方に絡まれた事が真っ先に思い浮かび、そのお客に心当たりがありすぎたので思わず部屋の中で叫んだ。
「三上、もしかして…。」
宗崎が口にした不安の言葉に、村上も同意して、心配そうに俺を見ているが、俺はとりあえず2人に言葉をかけた。
「宗崎、絶対にそうだと思うよ。悪い、宗崎はとりあえず村上の部屋で待っていてくれ。マジに面倒くさい。」
俺がそう言うと、村上は心配そうに俺を見ている。
「たぶん、お母さん達が謝りに来たんだろうなぁ。三上もマジに大変だ。俺たちも心配だから、一緒に行くよ。俺の部屋にいても、気持ちが落ち着かない。」
村上と宗崎と一緒に受付室に向かうと、寮の玄関に女性の靴が4足あるのを認めて俺は溜息が出た。
『…はぁ…、勘弁してくれ。これは間違いないだろうな。』
「村上や宗崎は、松尾さんの指示を受けてから入ってきてくれ。それまでは、ここで、待っていてくれ。」
2人にそう告げると、俺が来るのを待っていた松尾さんが、受付室から顔を出す。
「三上君。昨夜の居酒屋の件でね、泰田さんと守さんの親子がお詫びに来ているのだよ。私も土下座されて謝られたのだけど…、君がいないとね。村上くんも宗崎くんは、ここで待っていてくれ。」
松尾さんは困惑の顔を浮かべているから困った。
「松尾さん、困りましたよ。私は怒ってないですからね。今回は人生勉強だと思って、とりあえず笑い飛ばすつもりでいます。」
松尾さんは俺の言葉にニッコリと笑って俺の背中を強く叩いたが、力が強かったからビクッとする。
「それが三上君らしくて良いところだ。ただね、私は君が許している旨を伝えた上でね、4人には私の立場から少しだけ釘を刺したておいたよ。そうそう、4人は寮監室の隣の休憩所にいるからね。」
俺はうなずくと、村上や宗崎を受付室に座らせておいて、俺は寮監室の横にある休憩室に入った。
隣の休憩室は昔、寮監が寝泊まりしていた名残で8畳ぐらいの畳の部屋があるのだが、休憩室となって殆ど使われない部屋になっていた。今は寮の隣に寮監の家があって、寮監室の裏口から寮監の家に繋がっている。
すると、4人が正座をして声を揃えて俺に謝罪をしてきた。
「三上さん。昨日はすみませんでした。」
俺は穏やかな表情を作って、4人を許して言葉をかける。
「守さんや泰田さん親子も、揃って謝らなくて大丈夫ですからね。こっちが疲れてしまいます。お母さんたちも、お酒の席だから忘れましょう。もう済んだことです。」
4人はホッとした表情を浮かべているが、ただ、俺も表現を柔らかくしながらもチクッと釘を刺す言葉を考えた。
「今後も私は犠牲になる可能性があるので割り切っていますよ。ただ、できる限りやめて下さいね。それに、あと、1時間もしたら練習だし、気持ちを切り替えないとダメだから忘れましょうよ。」
俺がそう言って親子を許していると、、松尾さんが苦笑いしながら、休憩室に入ってくる。
「三上君。大変だよ。バレーボールの全メンバーがここに来てしまったよ。みんな三上君のことを心配して、寮に来てしまったから困ったよ。」
「え゛???」
その状況に吃驚すると共に、棚倉先輩と新島先輩が食事に出掛けてしまったことに安堵をしていた。
先輩たちが、この場にいたら、とても面倒な事態になっていたのは明らかだ。
そうなると、この休憩室では狭いので、みんなを食堂に集めて、俺は少し気を入れてみんなに、言葉をかける。
「みんな、心配してくれてありがとう。そしてね、2人のお母さんの件は笑って許すつもりだから安心して下さい。これからバレーボールは無論だけど、みんなが俺のことを心配するかわりに、俺の分まで頑張って実行委員会の仕事をして欲しかったりします。」
「三上さん…、本当にごめんなさい。みんなに迷惑をかけてしまって…。」
2人のお母さんは今にも泣きそうだ。
その子供は下を向いて何も言えない状態になっている。
「守さんのお母さん、そうじゃないですよ。みんなが俺のことを心配してくれた事を前向きに考えましょうよ、それだけ、このチームが団結している証拠でもあるのですよ。」
泰田さんのお母さんは、俺の言葉にハッとした。
「4人とも、そんなクヨクヨしないで下さい。その代わり、お母さん2人は、今後は失敗がないように。そして、泰田さんと守さんは、暴走した場合にお母さん達をしっかり阻止して下さいね。」
俺の言葉に4人は笑顔を取り戻したと同時に、ここにいる全員が、俺の言葉で安堵をしているのが明らかに分かる。
この後、みんなでバスに乗って早めに運動公園に行くことになった。
4人の親子はショックで朝飯もろくに食べていなかったので、近くのコンビニでご飯を食べながら時間をつぶすことにしたのだ。
そうして、日曜日の練習が普段通りに始まったのは言うまでもない。
2人のお母さんは、体育祭が終わるまで泰田さんのお父さんから禁酒を言い渡されたらしい。
まぁ、母親たちの肝臓と健康の為には良かったかも知れないが…。
色々とありすぎたが、実行委員チームが結成してメンバーがこの騒動をきっかけにして一致団結する環境が整ったのだ。
このメンバーが卒業してからも顔を合わせる事になり、互いが家庭を持ってもSNSで繋がるなんて、この時は思いもしなかったのだが…。
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そして、時は現代に戻る。
ここまでのことを、話すと、あそこのスーパー銭湯のことを思い出して懐かしんでいた。
「そうよ!。あのスーパー銭湯は穴場なのよ。練習後のシャワー代わりに、あそこを使う発想が、あなたらしいわ。いま思うと、この住み慣れた環境なら大きなお風呂が恋しくなる理由も分かるわ。」
「そうなんだよ。日中なら駅前までシャトルバスが出てるし、アクセスが良いから陽葵もすぐに電車に乗れるしね。」
陽葵は、あそこで俺たちとゆっくり過ごした時間を思い出していたようだ。
「あそこは良すぎたわ。あなたは歩いて寮に帰れるから便利すぎるのよ。あなたが村上さんと宗崎さんや私にだけ教えて、秘密にしたのは納得だったわ。」
俺は陽葵の言葉に激しくうなずく。
「さっきも話したけど、バレーボールの練習の打ち上げになると、絶対にお母さん達がお酒を飲むでしょ。みんなに教えたら、お母さん達は酔いを醒ますなんて理由で入り浸りになっただろうね。それで、俺たちが見つけた安息の地が蹂躙されるのを恐れたんだ。」
やっぱり陽葵も俺の言葉に激しくうなずいている。
「確かに、あそこの大きな休憩所で、お母さん達がビールやお酒を飲み始めたら、あなたや村上さんが絡まれてしまうわ…。」
「しばらくしてから、泰田さんのお母さんが村上のことを可愛がって、俺と同じぐらい絡むようになったしなぁ。だから、村上も1人になってホッとできる空間が必要だったんだ。」
「あっ、そうよね。村上さんも泰田さんのお母さんに絡まれるから、疲れた心を癒やす目的もあったのね。」
俺は陽葵の髪をなでながら、陽葵との会話を続ける。
「そうなんだよ。陽葵と付き合う前までは、俺ばかりが標的だったけど…。その後は、陽葵も知ってる通りだ。」
「それにしても…あなたは大変だったと思うわ。…そうそう、泰田さんと守さんのお母さんが酔っ払って、わたしに初めて抱きついてきた時のことを覚えてる?。わたしを娘に欲しいと抱きついてきたわよね。」
陽葵は、あの時の事を思いだして、疲れたような表情を浮かべながら、あの時の様子を思い出していたようだが、あの酔っ払ったお母さん達に絡まれたら、簡単には抜けられない。
「あの、お母さん達はさぁ、酔っ払うとスキンシップが異常なんだよ。なんであんなにオーバーになるのかよく分からない。あれは対象人物を間違えれば、ホントに大変な誤解を受けるぞ。」
陽葵はあの時の状況を思い出しすと、可笑しくなって笑い始めてしまう。
「ふふっ、あなたは2人のお母さんに抱きつかれて困ってるわたしを見て、俺と婚約をしている陽葵を奪わないでください。奪うなら俺を奪って下さい…。なんて言ったから、泰田さんや守さんを慌てさせたのを思い出したわ…。ふふふっ。あの言葉は傑作だったわよ。」
守さんと泰田さんのお母さんは、俺の言葉を聞いてターゲットを自分に変えたのだ。
その言葉で陽葵から2人が離れたが、あのお母さん達は自分達の娘に羽交い締めにされながら「三上さんを奪えば、こんなに可愛いすぎるお嫁さんも来るのよ!!」と、言っていたことを思いだした。
まぁ、陽葵も徐々に慣れてしまって、しまいには自然に抱かれていたが、男性陣は親と子も離れた歳の女性なので、絶対に間違いが起こらないと言い切れるが、抱きつかれて、とても居心地が悪いのは間違いない。
「いや、そうでもしないと、2人のお母さんが陽葵を抱きっぱなしで、何もできなかったでしょ。それに、あのお母さん達、俺が酔っ払っている時のお喋りも物理的に止めてしまうから恐い。最強すぎるんだよ。」
陽葵にそう言うと、何やら閃いたらしく目をパッと開いた。
「そうよ!!、あなた!!。あなたが酔っ払ったときに、わたしは守さんのお母さんのようにズッとあなたを抱きしめていれば、全て解決できるわ…。そうすれば、あなたのお喋りは止まるのよ!。」
俺は、陽葵の突拍子も内作戦に、頭を抱える。
「…陽葵さぁ。それって人前だと凄く恥ずかしくないか?。俺は可愛い陽葵から抱かれて嬉しいけど、チョット恥ずかしいなぁ…。」
その言葉に陽葵は顔を真っ赤にしている。
『やっぱり陽葵は可愛い。』
俺は陽葵の頭をなでて可愛い妻を愛でることにした。