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~エピソード5~ ⑯ 実行委員チームの団結力。 ~1~

 ―実行委員チームの決起集会にて、ほとんどのメンバーが抜けた後。―


 仲村は牧埜や天田と一緒に駅のホームで電車を待っていた。

 彼は、三上が2人の母親に絡まれていないか気になって電話をかけてみた。


『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか電源が入っていないため…』


「仲村さん、三上さんと電話が繋がりました?」

 天田が心配になって仲村に問いかける。


「あそこの居酒屋は携帯が通じにくいから、たぶん、三上さんは拘束されてると思う…。」


 牧埜は腕時計を見て焦りを隠せない表情を浮かべた。

「もう11時を回ってますよ。三上くんは仲間を逃がして犠牲になるつもりでしょうか?」


「あの時にそんなことを言っていたからな。俺はそれが心配だ。三上さんなら、みんなのために体を張る男だから、明け方まで居酒屋にいる覚悟かも知れない。」


 仲村の言葉に天田は相当に心配になっていた。

 あの母親達の暴走によって、明日の練習に三上が来られないばかりか、下手をすればチームから離脱してしまうリスクがあるからだ。


 自分たちの母親の年齢に近い女性に、酒の席で絡まれて抱きつかれたら、三上が変態趣味でない限り、誰もが一目散に逃げたくなるのは当然のことだ。


「俺たちが家に帰っても三上さんと連絡が取れないようなら、朝から彼の寮に行ってみましょうか?」


 仲村は心配になった。あのときは抱きつかれそうになって、守や泰田が体を張って止めてくれた。

 しかし、三上の場合は両方の母親から相当に気に入られているので、2人の娘の抵抗を振り切って、2人同時に抱きつかれてしまう可能性が大いにあった。


「天田、そうしよう。彼がホントに心配だよ。守と泰田の母親に三上さんが殺されてしまう。牧埜も一緒に行くよな?。」


 牧埜は天田の問いに激しくうなずいた。


「仲村さん、もちろんですよ。天田くんは道を知らないだろうから、私が寮に案内しますよ。明日は8時過ぎに行ってみましょうか?。あの寮からバスを使えば、運動公園まで15分ぐらいでしょうから。」


「牧埜、そうだな。本当に無事でいてくれ!!。明日、寮に行ってみて三上さんが被害に遭って死んでるようなら、俺は守と泰田の親子に厳重に抗議をして彼を守る。バレーボールのチームどころで騒ぎではない、これは実行委員会すら危うい。」


 仲村は祈るような気持ちで後ろ髪を引かれながら電車に乗り込んだ。


 一方で松裡は山埼と2人で例のファミレスで談笑をした後に家に帰っていた。

 彼女は三上のことが急に心配になって彼の携帯に電話を入れてみた。


『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか電源が…』


「三上さん、電話に出られないようね。もう12時を回っているのよ。あそこの居酒屋は電話が繋がらなかったから、まだ、泰田さんと守さんのお母さん達に捕まってるのだわ…。」


 このとき、松裡の予感は的中していた。

 三上は2人のお母さんに物理的に拘束されていて電話に出られない状況だった。


 松裡と山埼が店を出たときに、三上の同期の2人は店の外で三上を待っていたことを思い出した。

 2人に声をかけると、しばらくしても三上が店から出てこなかったら帰ると言っていたが…。


『まさか、外で待っていた村上さんや宗崎さんも捕まったのでは?』


 彼女はためしに三上の同期の宗崎と村上に電話を入れてみた。

『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため…』


「え???」

 松裡は嫌な予感がした。

 あの2人のお母さんに宗崎や村上も捕まった可能性を心配した。


『まさか…。三上さんばかりか、宗崎さんや村上さんも捕まってしまったの?』


 実はこのとき、宗崎と村上は宗崎の家にいたが、お腹が空いてきたので、歩いてコンビニに行くために、近道となる地下道を歩いていたので電波が届かずに通話不能だった。


 これがメンバーの騒ぎをさらに広げた。

 松裡は慌てて、決起集会の時に三上の目の前に座っていた仲村に電話を入れた。


 松裡は三上の同期の2人が店の外で待っていたこと、そして三上や同期が今も電話に出ないことを仲村に伝えると頭を抱えだした。


「それはまずい!!。松裡、明日の8時過ぎに牧埜や天田と一緒に三上さんの寮に行って様子を見にいこうと思って…。」


「仲村さん、わたしもそうするわ。これから山埼さんと連絡をとって8時過ぎに寮に向かいます。ホントに心配だわ。」


 松裡は電話を切ると山埼に電話をかけて、その話を伝えると彼女は吃驚した。

 明日、山埼が利用する駅で待ち合わせをする約束をして電話を切った…。



 ―そして午前1 時 30分― 


 ここは居酒屋の座敷。

 三上が4人から逃げ出して1時間後のことだった。 


 守が突然、悲鳴にも似た声をあげた。

「あれ????。三上さんがいないっ!!!」


 守と泰田の親子は、言い争いをしているのに夢中になって、肝心の三上が帰ってしまったこと気付かずにいたのだ。


「…どうしよぉ…。」

 泰田は相当に焦りながら三上の携帯に電話をかけた。ボタンを押す手が震えていた。


『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか電源が入っていないため…』


 このとき三上や村上、それに宗崎の家族は、スーパー銭湯にいて、大浴場でお湯に浸かっていた。

 携帯は貴重品のロッカーに入れてあるので、そこにいる全員の携帯が繋がらない状態だった。


「三上さんが電話に出ない!。もしかして怒って携帯の電源を切ってしまったの???。さっきから何度かけても同じよ。ホントにどうしよう…。」


 泰田の言葉に4人は大慌てになった。


 もしも今回の件で三上が激怒してしまったら、二度と練習に来ないばかりか、実行委員会も辞退してしまう危険性があった。


 その言葉で2人の母親の酔いが完全に覚めた。


「しまった!!!!。やってしまった!!!!。」

 泰田と守の母親は同じ言葉を同時に発した。


 2人の母親は後悔の言葉を発した後に、酒の席で、やらかしてしまったコトを悔やんでその場で沈んでしまった。


 4人はうなだれながら、店を出て泰田の家に向かった。

 日をまたいで飲んだ時は決まって泰田の家でシャワーを浴びて仮眠をすることになっていた。


 泰田の母が家に戻ると旦那が出迎えた。

「結衣子?。そんなにしょげてしまって…。ん?なんだ、清美ちゃんもか?。」


 泰田の父は高校時代に泰田の母の結衣子と付き合って、そのまま結婚をした。

 守の母は高校時代の先輩・後輩だったので知っていたし、亡くなった旦那とは友人だったのだ。


 ただ、お互いの旦那はバレーボール部ではないので、彼女達の練習をたまに見に行くことはあるが、詳しいルールなどは分からない。


「ただいま…。あなた、お酒でまた失敗してしまったの。結菜やわたしが、この前から話していた三上さんをやってしまって…」


 泰田の父はそれを聞くと眉をひそめた。

 同時に2人にはきつく釘を刺しておく必要性も感じた。


 特に清美守のお母さんのほうは、亡くなった友人の為にも一緒に釘を刺すべきだろう。


「結衣子、それに清美ちゃんもまたか?。結菜も和奏ちゃんも、とりあえず中に入って落ち着いて話を聞こう。」


 泰田の父はリビングに4人を座らせて、暖かいウーロン茶を出すと4人から事情を聞いた。

 そして、自分の妻と守の母に向けて強い言葉で戒めた。


「結衣子、それに清美ちゃん。特に清美ちゃんは亡くなった健二の為にも俺は言いたい。」


 泰田の父は一呼吸おいた。


「お前達は、お酒に気をつけろと嫌ってほどに俺たちから叱られているだろ?。これで何度目だ?。これは男女を間違えたら完全に犯罪だし、若い男の子が嫌がるに決まってるだろ!!」


「…ごめんなさい…」

 結衣子と清美は同時に声をそろえて泰田の父に謝った。


「その言葉は、三上さんに向けるべき言葉だよ。俺に向けても仕方ない。あとな…結菜、それに和奏ちゃん、もしかして絡まれていた三上さんを放置して、コイツらと言い合っていただろ?」


「…ごめんなさい…」

 こちらも声を合わせたように謝った。


「お前達も結衣子と清美ちゃんと同じか?。謝るのは三上さんだよ。」

 泰田の父の言葉に4人は完全にしょげていた。


「あのさ、お前達の言い合いを、何も知らない男性から見たらね、もの凄く居づらかったと思うよ。その場から逃げるのに決まってるだろ!!!」


 泰田の父の説教は長い時間続いた。


 娘たち2人は早々に解放され、風呂に入った後に泰田の部屋で仮眠をしたが、2人の母親への説教は明け方まで続いた。


 そして、説教が終わった後に5人が出した結論は、朝の8時前に彼の寮に行って、三上はもちろん、保護者となっている寮の管理人に謝罪をすることだった。


 ◇


 そんなことはいざ知らない張本人は…。


 俺と村上が寮に戻ると松尾さんが受付室にいた。


「三上君。偶然に荒巻さんと居酒屋で会ったのかい?」


 松尾さんはニコニコしながら俺に問いかけた。

「もうご存じでしたか。偶然に荒巻さん夫婦と会ったのですが、その後に酔ったメンバーのお母さんに捕まってしまって…。」


「三上君。荒巻さんから電話がかかってきて、詳細を聞いたから大丈夫だよ。君は本当に災難だったよ。君もお酒に呑まれないように気をつけるんだよ。これが男女が逆なら大問題になるし、まだ笑って許される範囲だけど、洒落にならないからお酒には気をつけるんだよ。」


 松尾さんは人生経験が豊富だから、嫌なことも沢山あったと推察した。


 俺はそれよりも棚倉先輩がどうなったのか気になった。昨夜は三鷹先輩達と俺のことを含めて、2ヶ月後の寮のコンパのことで仕事の押し付け合いがあったに違いない。


「松尾さん、ありがとうございます。ところで…、昨夜は棚倉先輩も遅かったのでは?」


「ああ、棚倉君は昨晩、三鷹さん達と夜遅くまで話し合いが続いたそうだよ。それで、結論がまとまらなくて棚倉君と新島君は7時過ぎになったら、女子寮に行って、三鷹さんや橘さんとまた打ち合わせをするようだ。三鷹さんの話が長いから、いつ戻ってくるか分からない。なんて言っていたような…。」


 案の定、そんなオチだと思った。


 基本的に三鷹先輩は酒を飲むと黙りだして鵜呑みになる傾向にあるが、橘先輩が相当に抵抗したと思われた。


 ただ、コレに関して、俺に負担を与えるなれば、逆に寮長会議で先輩達の命令を無視して、俺が本領を発揮して女性陣を徹底的に論破する覚悟もあったし、押しつけられるだろうから、既に手を打っておいた。


「三鷹先輩の話が長いでしょうから、結論を出すまでに時間がかかるでしょうね…。」


 松尾さんと話を終えると、村上と一緒に部屋に戻った。


「さて、洗濯をしようか…」


 俺は昨日、着ていたジャージや下着、それに少し溜めていた洋服を洗濯機に入れて洗濯をしようとしたら、村上も隣の洗濯機に洗濯物を入れ始めた。


「まだ朝の6時半だし、朝飯も食べちゃったから暇だなぁ。洗濯機が終わるまでやることがないし…」

 村上にぼやいていると、ポケットに入れていた携帯が鳴った。


 宗崎からの電話だった。


「三上、暇だから今から寮に行くから、一緒に運動公園まで行くか?。バッグにジャージやシューズまで入れてきたから、家に戻る必要もないし。」


「それは構わないよ。あ、そうだ、村上にも言うのを忘れていたけど、あそこのスーパー銭湯のことをメンバーには黙っていて欲しい。特に2人のお母さんにバレると、俺たちの安息の地が壊されるからさ。」


「その件は了解だよ。お前は災難だったし、たしかにあそこは癒やしの場だから、ぶっ壊されたら俺たちも困るよ…。」


 電話を切ると村上が俺の電話の話に同意した。


「三上。確かにそうだよな。あそこが、あの2人のお母さん達に蹂躙されたら俺たちは死んでしまうよ…。あそこは秘密基地みたいなモンだからさ。」


「そうなんだよ、だから俺は今まで誰にも教えてないし、先輩達にすら内緒だったんだぞ。俺はあの場所でストレスを発散していたわけだ。」


 俺と村上は部屋に戻ると洗濯機が終わるまで少しだけ仮眠をとった。

 そして、洗濯機が脱水まで終わるとベランダに洗濯物を干していく。


「今日は晴れてるから、すぐに乾きそうだな。練習が終わる迄には少し乾いているだろうし。」


 村上がベランダ越しから俺に声をかける。

「三上、それよりも、今日の練習はどうなるんだろうね。4人は手をついて謝ってくるだろうから。」


 俺も村上も話しながら洗濯物を干す手は止めない。


「まぁ、そのときは笑って許してやるつもりだ。ガタガタ言っても始まらないし、あの2人の酒癖は直らないだろうから、俺は慣れるしかないだろうし。」


「…お前さ…、それがスゲーんだよ。普通なら逃げてしまうよ…。」


 村上は驚きの声を俺に向けた。


「ははっ、村上、気にするな。実行委員会を引き受けた以上、引くに引けないし、お前達の将来がかかっているからな。俺なんて今のところ彼女ができなくてもいいし、そのうち気の合う女の子が見つかれば御の字だから。」


 俺はそう言うと、洗濯物を干すことに集中した。

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