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~エピソード5~ ⑮ マダムキラー三上恭介 ~2~

 俺が泰田さんや守さん親子の目を盗んで店を出ようとした時だった。

 テーブル席から思いもよらない人に突然、声をかけられたから、俺は吃驚してしまう。


「三上くん???。なんでこんな所に??」


 荒巻さんが奥さんと一緒に飲んでいたのだ。


 俺は荒巻さんにバレーボールの実行委員会チームの練習のことや、今日は決起集会であることを簡単に話すと、すぐに理解をしてくれた。


「荒巻さん、すみません。これで帰りますね。チームのメンバーのお母さんがコーチをしているのですが、私がとても可愛がられていて、このままだと酔ったお母さんに抱きしめられながら捕まってしまって、明け方まで付き合う羽目になるので…。」


 荒巻さん夫婦はそれを聞いて爆笑しいるが、俺は早々に寮に戻りたい気持ちでいっぱいだ。


「はははっ!!。みっ、三上くん。色男は辛いよねっ!!。きみは一生懸命にやるから、みんなに可愛がられてしまうんだ。私も、三上くんをここに座らせてお酒を飲みながら話をしたいよ。気持ちは分かるなぁ…。」


 そして、荒巻さんとの話を終えて、店の出口に体を向けた瞬間に、俺は後ろから誰かに抱きしめられた。


『まずい!!』

 …この感覚は守さんのお母さんだ…。


『しまった!!!。荒巻さんと無駄話をしすぎた!!!!。』

 それを見て荒巻さん夫婦は爆笑をしているが、俺はそれどころではない。


「三上さぁ~~~ん☆。もう逃げちゃ駄目よぉ~~~。探したんだから。ふふっ。今日は帰さないわ☆!!」


 これは夢だと思いたかったが、これが現実だから、世の中は甘くないことを俺は身をもって実感をしながら、精神的な死を迎えようとしていた。


「お母さん!!!。三上さんを帰してあげて!!!」


 守さんの母親は、娘の制止を振り切って俺を引きずるように席に戻すと、それを見た泰田さんが慌てて守さんの母親に飛びかかって止めに入る。


「守さんのお母さんっダメよ!!!。もう、三上さんの目が死んでいるわ!!。」


 2人の娘は必死に守さんのお母さんに懇願するが、かなり酔っているので、まったく話を聞いていない。


 そして…さらに状況が悪化してしまった。

 泰田さんのお母さんも近寄ってきて俺を抱きしめる体制に入っているから、俺は、ここで人生が終わることを覚悟した。


 俺は、その数ヶ月後に、とても可愛すぎる気立ての良い女の子と付き合って、やがては生涯を共にする事になるが、そんなことは知る由もないから、全ての人生が終わったと、諦めの境地に入っている。


「守さんずるいわっ。三上さんを独り占めしないで!!」


 そして泰田さんのお母さんが正面から抱きしめてきたから、俺は2人のお母さんから挟まれるようにして抱きしめられている。


『…終わった…』

 俺は、このまま(精神的な)死を覚悟した。


「ダメよ!!。三上さん、しっかりして!!。このままでは(精神的に)死んでしまうわ!!」


 守さんの言葉に俺は救われて、意識をなんとか保つのが精一杯だ。

 守さんと泰田さんは、俺と自分達の母親の間に無理矢理に入って。俺から親たちを引き剥がしたから、俺は九死に一生を得た。


 今は親子で、俺を巡って言い争っているようだが、そんなことに構っている余裕など何処にもなかった。


「…もうダメ…。」


 酔っ払った2人の母親から解放されると、俺はその場で横になって放心状態になった…。


 ◇


 ― そして時間が過ぎて0時30分頃―


「あのねぇ!!。三上さんが可哀想でしょ!!。嫌がるのを無理矢理に抱きしめたら、明日の練習にも来ないかも知れないのよ!!」


「だって…。もぉ~、彼が可愛いから仕方ないでしょ!!。」


 俺はその場で横になって倒れていたが、2人の親子が、言い方を一つ間違えれば喧嘩になりそうな感じの言い争いが未だに続いてるのが分かった。


『今のうちに逃げるか…』


 無論、俺はその場に放置され続けているから、逆に助かっていたのだが、これは、この場から逃げる好機だと察すると、徐々に身体を動かして、気付かれないようにソッと入口付近まで移動をする。


 そして、座敷の入口に置いてあった自分のバッグを持つと、居酒屋を出てようやく、あの場から逃げ出す事に成功した。


『やっと逃げられたよ…』


 この時間では、バスが止まってしまっているから、宗崎のアドバイス通り、ここの最寄りの駅まで、20分ぐらい歩いて向かうことにする。


 そして、駅のロータリーでタクシーを捕まえると、俺は寮の近くのスーパー銭湯まで向かう。


 寮に戻る頃には、時間切れで風呂に入れない可能性が高かったし、ホッとしたせいか、小腹が空いたので、スーパー銭湯内でお腹を満たしたかった気持ちが強かった。


 宗崎から声をかけられていたけど、彼らに心配をかけたくなかったから、俺は朝になったら1人で寮に戻ることを最初から決めていたのだ。


  1年の時に、大学から寮に帰る道を間違えて、偶然に見つけたスーパー銭湯は、俺にとって穴場だから誰にも教えていない。


 課題などが山積みで徹夜になってしまって、風呂の時間が過ぎた時に、早朝にコッソリと1人で行くのが密かな楽しみだった。


『俺にお金があって良かった…。』


 今は休日の飯代が、新島先輩のお陰で浮いているから、スーパー銭湯でゆっくりと時間を過ごすことができるし、練習で流した汗を風呂に入って綺麗にしながら、抱きつかれたことも忘れたかったのだ。


 これは、三上恭介の生まれた環境がそうさせていた事もある。


 実家は山と田圃ばかりなのだが、山に行けば温泉があるから、家族と一緒に、公共の温泉に頻繁に浸かりに行っていたから、辛い事があっても、精神面で良いリフレッシュになっていた。


 俺はスーパー銭湯に着くと、受付を済ませて、専用の浴衣に着替えて、ひとまず食事用の椅子やテーブルがズラッと並んでいる場所にポツンと座って、たこ焼きをつまみながら、飲み物を飲んでいる。


 深夜なので、お客はいるが閑散としているから、それが気持ちを落ち着かせていた。


『さて、そろそろ風呂に入るか。ここは温泉成分が入った風呂もあるから、筋肉をほぐすには良いだろう。』


 そう思って椅子から立ち上がると、俺の携帯が鳴って、村上から電話がかかってきた。


「三上。大丈夫か?。今は宗崎の家に泊まっているんだ。寮監さんには連絡してあるから無事だよ。三上も一緒に泊まる事を伝えてあるから、朝まで帰らなくても無事だぞ。」


「村上、それは助かったよ。」

 俺は村上の配慮に感謝した。


「それで…あの後、どうなった?」

 村上は相当に心配そうにしているような感じだ。


「参ったよ、村上。お母さん達に抱きしめられて捕まったけど、ドサクサに紛れて逃げてきたよ。今は寮の近くのスーパー銭湯にいる。こんな時間じゃ風呂も入れないし…。」


「え??。寮の近くにスーパー銭湯なんてあったっけ?。三上は棚倉さんや新島さんから、色々な店を教えてもらっているから侮れないよ。」


 村上は俺のいる場所を聞いて吃驚していた。


『こうなったら2人に教えても構わないだろう。』

 ここは、バレーボールの練習後に、体を綺麗にして疲れを取るための拠点にもなる。


 ちなみに後日談になるが、ここはバレーボールの練習が終わった後の休息と入浴場所として、3人の秘密基地状態になったのだ。


 それが暫く後に1人増えて4人になったのは言うまでもないが…。


「俺が1年の時に道に迷ってここが分かったんだ。寮から歩いて15分ぐらいかかるけどな。駅とか大学とは反対方向だから、寮のみんなは知らないよ。」


「あっ、宗崎が電話をかわりたいそうだから…。」

 村上がそう言うと、宗崎に電話がかわった。


「三上。うちの両親と一緒に村上もお茶を飲みながら今まで雑談をしていたよ。それで三上が心配になって電話をかけてみた。そのスーパー銭湯、うちの親が前から行きたかったから、今から行って朝までゆっくりしようか?。なんて話を村上の電話の脇でしていたんだよ。深夜だから空いてそうだし。」


「それは別に構わないけど…。」


「今からうちの親の車で行くよ。それと、村上とお前の銭湯代も親が持ってくれるって。俺もお前達に色々とお世話になってるからなぁ…。」


「いや、そんな気を遣わなくていいのに…。」


「三上、こういう時ぐらい甘えろ。お前はウチの親から見ると本当にシッカリしすぎて吃驚されているんだぞ。お前が副寮長までやってると言ったら、俺も寮にぶち込めば良かったと言われるぐらいだ。まぁ、それはともかく、入り口で待っていて欲しい。どっちみち兄貴は結婚していなくなったし、親も気が楽なんだよ。」


「宗崎、分かった。とりあえず入り口付近の椅子に座ってボーッと待ってるから。」


 俺は、村上と宗崎との電話を終えると、残っていた、たこ焼きを頬張って、飲み物を飲み干すと、トレイを返却口に置いた。


 その電話から20分ぐらいだろうか…。


 スーパー銭湯のロビーでボーッと宗崎たちを待っていると、突然に声をかけられた。


「三上さん、うちの息子がお世話になっています。」


 宗崎のお父さんが俺に気付いて挨拶をされたが声が掛かるまで気づかなかった。

 宗崎の家に、俺と村上、良二も一緒によく遊びに行っているから、家族から完全に顔を覚えられている。 


「いや、こちらこそ。気付かずにボーッとしていて申し訳ない。」


 慌てて立ち上がって挨拶をすると、少しだけよろめいてしまった。


「三上さん、ちょっとお疲れのようで。ごめんね…。」

 宗崎のお母さんが気を遣っている。


「いやいや、ボーッとしてただけですから。私は社会に出るための人生勉強をしたと思って、仲間のお母様方に絡まれたことを忘れていたところです。」


 俺は苦笑いしながら宗崎のお母さんに言葉を返すと、宗崎の両親は声を出して笑っている。


「三上さんは前向きで宜しい。大人になれば上司や気に入らない人に絡まれるからね。そうやって大人になっていくのさ…。」


 宗崎のお父さんから労いともつかないアドバイスを受けるが、正直、あれは勘弁して欲しいと心から思っていた。


 母親と同じ年代の2人の女性から、同時に抱きしめられるなんて生涯にわたって2度と経験しないだろうと思うし、再び起こったら確実に殺されると思うと、ゾッとして身震いもしてきた。


 俺が宗崎の父親に言葉を掛けようとしたとき、宗崎が俺に気を利かせるように、親に言葉を掛ける。

「親父、三上と話なんか沢山できるから、中に入ってゆっくりしよう。」


 そうすると村上も含めた4人がロビーで受付をして、各々が更衣室へ着替えに向かった。

 村上が着替え終わるとボーッと待っていた俺の肩を叩いた。どうやら先に着替え終わったようだ。


「三上、本当に災難だったなぁ。その疲れた表情から酷かったのが分かるよ。」


 宗崎も着替えを終えると、俺と村上の会話に加わったから、俺は、あの時の状況を2人に簡単に説明をした。


「俺が逃げようとしたらさ、店の入口の近くで守さんのお母さんに後ろから抱きしめられて連行されたんだ。連行された後に、こんどは正面から泰田さんのお母さんに抱きしめられて死ぬかと思った。俺は2人に挟まれるように抱きしめられた…。」


 村上は言葉を失っていたが、隣にいた宗崎が、村上のかわりに、やっとの想いで声を出したのが分かった。


「三上、よく生きてたな…。」


 宗崎と村上は俺を見て、何と声をかけて良いか分からないような顔をしているが、俺はあの時の状況の説明を続ける。


「守さんと泰田さんが助けてくれた後に放心状態で動けなかったよ。俺の情けない姿を見た守さんと泰田さんがさ、親子で言いあいをズッとしていたんだ。それで、その隙をついて逃げてきた。あれがなかったら俺は明け方までお母さん達に挟まれながら過ごしたよ…。」


 その説明に2人は震えあがっている。


「よく耐えたな…。マジでお前じゃなかったら死んでたぞ。」

 村上がようやく声を出したが、俺を慰めるような言葉が見つからないようだ。


 そこに宗崎の両親がきて、スーパー銭湯を満喫するために、一緒に行動をする。


 俺たちは風呂に入ったり、サウナに入ったり、マッサージなどを受けながら時間を過ごした。

 そのうち、好きな場所で仮眠をとって目が覚めると、朝の6時だったので、大きな座敷のような場所で、朝飯を食べた。


 食事中、宗崎のお母さんに、俺が話しかけられる。


「三上さん、隆行から話を聞きましたよ。バレーボールが上手くて、コーチのお母さんに可愛がられちゃったって…。でも、なんとなく分かるわ。三上さんは年上の男女問わず、とても可愛がられる性格なのよ。」


「お母さん、なんと言って良いのか分かりませんが、やっぱり絡み酒はキツイですよ。私は2人のお母さんに囲まれちゃって、抱きつかれたから困っちゃいました。酒の席だから、今日の練習で会うときは忘れますけどね。」


 少し元気になった俺は笑いながらお母さんに、あの時の状況を簡潔に話すと、宗崎のお父さんが俺に向いて苦笑いをしながら言葉をかけられる。


「ははっ。しかし、三上さんが運動不足の隆行を誘ってくれて助かりましたよ。それに、こういう交流の場は、社会に出てから必ず活きますし、チームには女性も多いと聞くので…。そういう機会を設けてくれて親としては有り難く思ってます。」


 朝食を食べ終わると、俺と村上は宗崎の両親が奢ってくれたお礼をして、歩いて寮に戻ることにした。

 宗崎の家族は、もう少しゆっくりしてから帰るとのことだ。


「村上さぁ、課題とレポートを終わりにして良かったよ。これを土日に回したら地獄だった。」


 村上が歩きながら俺に激しくうなずいている。


「三上の嫌な予感って的中する確率が高いからな。これで、何かを残していたら、今日なんて何もする気になれないし。」


 俺は話を雑談に切り替えることにした。これ以上、抱きつかれた話をするのは、少し気持ちが辛くなるからだ。


「あーあ。帰ったら洗濯でもするかな。寮にジャージを2枚持ってきていて良かったよ。これから暑くなるばかりだからなぁ。」


 2人の会話は、とても寮生らしい会話である。


「俺も洗濯が溜まってるからやろう。今の時間なら洗濯機も空いてるから待たされることもないしね。干したら練習に行く時間だろうし。」


『今日は暑くなるかなぁ…。』


俺は朝から晴れた空を見上げながら、村上と一緒に寮に帰る足を少し早めていた。

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