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~エピソード5~ ⑮ マダムキラー三上恭介。~1~

 俺たちは練習を終えると、何台かのタクシーに分乗して、泰田さんと守さんの母親が行きつけている居酒屋に向かっていた。


 俺の乗ったタクシーは牧埜が助手席に座って後ろに俺と宗崎と村上が座ったが、宗崎は俺の顔を見て、哀れに思ったのか、何とも言えぬ表情をしていたが、ボソッと俺に同情をするかの如く言葉を向ける。


「お前も災難だなぁ。女運がないというのか、あるというのか…。年齢・性別なんて関係なく、お前に好かれてる人間が多くて困るというか…。」


 俺は深い溜息の後に、周りから誤解を受けないように念を押した。


「はぁ… … …。宗崎。俺はこの歳にして、自分の母親とさほど歳が変わらない未亡人を好きになることは絶対にないから安心してくれ。」


「…三上。それは、絶対に分かるから大丈夫だぞ。お前にそんな趣味があったら、今頃、俺らはすでに三上を避けてるから。」


「ははっ!!。それは宗崎の言うとおりだぞ。大丈夫だよ、お前にそんな趣味がないことは明らかに分かる。」


  村上はそれを聞いて、俺に顔を向けながら、そんな心配を笑い飛ばしていたが、こんどは助手席に座っている牧埜が後ろを向いて俺に話しかける。


「しかし、三上くんは本当に凄いですね。守さんのお母さんが可愛がる理由も分かりますよ。少し教えただけで驚異的に上手くなるから。私も教師の卵を目指しているから、その気持ちは分かるなぁ。」


 俺は牧埜の言葉に、少しだけ誤解があることを察して、眉をひそめる。


「うーん。牧埜。そこはみんなが誤解している。守さんや泰田さんのお母さん達は理解していると思うけど、俺の場合は、中学でバレーボールをやっていたから基礎ができている。でも、背が低いから監督や先輩達からアタックやブロックができないと決めつけて練習をさせて貰えなかったんだ。お前がやっても意味がないと言われてね。」


 そこで俺の話に宗崎がハッと気付いたのが分かった。


「だから、守さんのお母さんが、お前を教えることに闘志を燃やしたわけか。それで凄く上達したから嬉しくなってアレになったわけだ…。」


「その通りだ。宗崎…。」


 そのやり取りに、皆が納得をした表情をしている。


 そんな話をしていたら、居酒屋に着いたので、店の前で皆を待っていると、別のタクシーも次々と着いた。


 そして、ボーッとしていた俺に仲村さん歩み寄ってきて、話しかけられた。


「ここは去年のチームの打ち上げで来た場所だよ。他のメンバーはやる気がなくてさ、俺と守と泰田の親子だけだったんだ。」


 仲村さんのその話を聞いて、俺の顔が少しだけ曇る。

「仲村さん。なんだか、それも寂しいですね…。」


「去年は実行委員会の4役が全部ダメでね、棚倉さんが1人で奮闘していたから。委員達のモチベーションが最悪だったんだ。今回は三上さんがいて本当に良かったよ。」


 仲村さんの気持ちは分かるが、自分のやってることは必要最低限の事しかしていない。

 本来なら、俺よりも適正格のリーダーが他にいるはずだし、俺は面倒くさがりだから、本来はこんな仕事に関して向いてないのが、自分でもよく分かる。


「いやぁ…俺はそれほど仕事ができる人間ではないです。それで、今回は棚倉先輩の人使いの荒さに振り回された挙げ句、後輩が生贄となって大変な想いをしてますけどね…。」


「ははっ。それは三上さんが棚倉さんと気が許せる後輩だから言えることだよ。棚倉さんは頭が切れるから、俺たちは色々な意味で、仕事の事になるとツッコミが厳しくて怖くて仕方ない部分もある。根は優しいのは分かるけど、三上さんは、癖がありすぎる棚倉さんを操縦できるから感心をしているよ。新島も同じような役割だけど、三上さんとはタイプが違う。」


 仲村さんがそこまで本音を語っていると、なんだか俺の顔を見て悲観的な表情をしている。


「…あっ、そうそう…、生贄で思い出したけど、泰田と守の母親はメッチャ飲むから要注意だぞ。去年は監督とコーチののスキンシップが凄くて困ったよ。今年は三上さんが集中砲火されるだろうから…。たぶん守や泰田が阻止すると思うけどね。」


 仲村さんはそう言うと、俺の目の前で手を合わせ始めたが、それを隣で聞いていた天田さんまでもが手を合わせているじゃないか。


「仲村さぁ~~ん、天田さんもさぁ、俺は今から即身仏になる僧侶と違いますからね。たぶん、そんな事が起こったら精神的に死ぬかも知れませんが…。はぁ…、困ったなぁ…。さっきみたいに抱きつかれて私の息子だから可愛いなんて言われたら、速攻で降参です。」


 俺が、2人に向かってそんな愚痴を吐いていたら、後ろから突然、誰かにパンと両肩を叩かれたので、 吃驚して振り向くと、後ろに泰田さんがいる。


「三上さん!!!。絶対にそれはさせないわ!!!。親の後始末は子供が責任を持ってするから安心して。三上さんを死守するからねっ!!。」


 泰田さんは、親の暴走を阻止しようと、相当な覚悟がある目で俺を見ているのがハッキリと分かった。

 そして、その隣にいた守さんも相当な勢いで闘志を燃やしているから、俺は、ある種の女の執念的な恐怖を感じて、脂汗をかき始める。


「あのクソ親がぁ~~~!!!。絶対に許さないから!!!。ぜぇ~~~たいに三上さんを近づけないからっ!!!」


『こっ、怖ぇ~よ…。』


 今の守さんは、近寄れないぐらいの殺気があるから、近寄りがたい。


 しばらく店の前で待っていると、守さんのお母さんが笑顔で俺に寄ってくる。

「三上さんは、私の隣の席よっ☆!」


 守さんのお母さんの誘いに俺が戸惑っていると、俺の横にいた守さんが顔を膨らませて怒っているから困った。


「お母さん!!!、それは絶対にダメ!!!。酔っ払うと泰田さんのお母さんと一緒に三上さんに抱きつくでしょ?。三上さんは、お腹が空いているのよ。それでは、ご飯が食べられないわ。」


 お母さんはそれを聞くと、すごく残念そうな顔をしているが、今は守さんの配慮がありがたい。


「和奏、そうよね。育ち盛りの息子に何も食べさせないのは母として失格だわ。一人娘しかいないから三上さんを息子として欲しいのよ…。」


『守さんのお母さん。それは絶対に、何か間違っている。』


 俺は藪をつついて蛇を出すのを恐れて、何も言わずに守さんの後ろについて店の中に入った。


 もう既に予約をしているようで、店員が守さんや泰田さんの母親を見ると、すぐに奥の座敷に案内されたから、かなり顔なじみの常連であることが、容易に想像できる。


 座敷に入ると、守さんの的確な指示によって、実の母親たちへの警戒態勢が敷かれた。


 6人掛けのテーブルが2つ連なっているが、男女でテーブルが別れる形になって、俺と仲村さんはテーブルの端のほうに座らされている。


 仲村さんは去年の被害者であるために守さんが考慮した形だ。

 俺の横に宗崎と村上が座り、向かい側に仲村さんや牧埜、天田さんが座る。


 女性側のテーブルは向かい合うように守さんと泰田さんの親子が隣り合って座って、泰田さんの横に山埼さんが座って、守さんの横に松裡さんが座る形になった。


 お互いの母親をテーブルの隅に追いやって、俺と仲村さんは母親の席から一番遠い形にしたのだ。


 これで、俺が2人の母親が、酔って俺に襲いかかっても2人の子供が阻止するフォーメーションが完成した。

 もしも、実の子供だけで止めるのが間に合わなければ、山埼さんや松裡さんも加わって阻止するらしい。


 守さんや泰田さんのお母さんが酔っ払って荒れる可能性があるために会費は事前に回収される。

 1人3,000円。守さんや泰田さんのお母さんが俺の会費は要らないと聞かなかったが、黙って守さんに会費を渡すことにした。


 俺だけ優遇されるのは、気分が悪いし、近頃は新島先輩に驕られっぱなしの状態なので、連続でコンパに出られるだけの財力がある。


 会費を渡すときに、隣の村上や宗崎にも聞こえるような小声で守さんに言われた。


「頃合いを見て村上さんと宗崎さんを連れて逃げてね。最後までいると夜が明けるわ。もしも三上さんが完全に捕まったら、村上さんと宗崎さんだけでも絶対に逃げて!。最悪の場合、三上さんが完全に捕まったらタクシーを呼んで寮まで送るわ。タクシー代なんて要らない!。会費も返して朝食代も合わせて倍にして渡すわ!!。これは、私たち、親の責任だからね!!。」


 守さんの話を聞いて、俺は青くなって真っ先に松尾さんに電話を入れる。

 ここは携帯の電波が繋がらないの場所だが、俺らは席の入口付近だから、何とか電波が繋がるので、ホッとしていた。


 チームの監督を務めるお母さんから気に入られて、朝まで捕まる可能性があるから村上と一緒に夜明けまで居酒屋に閉じ込められる危険性を正直に話すと、松尾さんが爆笑しながら承諾してくれたので、一安心をした。


 俺が松尾さんとの電話が終えると、村上が口を開く。


「三上、そうなったらマジに最悪だな…。お前が死んだら洒落にならないから、一緒に帰ろう。宗崎も一緒に帰って三上を守ろう…。」


 宗崎が本当に心配そうに俺の顔を見た。


「このままでは、三上が殺されてしまうから、一緒に帰りたい。もしも駄目なら俺の携帯に電話をかけろ。ここは俺の家なら、バスが無くなっても、タクシーが捕まらなくても、最悪は歩いて行ける。下手をすれば明け方に俺の家に来ても構わない。電話がなければ無事に帰れたと信じるから。」


「みんな、ありがとう。俺が2人の母親に捕まることは目に見えて分かっているよ。10時半になったらみんな逃げてくれ。もう、覚悟ができてるから。」


 宗崎と村上が、俺を哀れに思ったのか、俺に向かって両手を合わせて拝んでいる。


 俺は2人の母親に明け方まで捕まった場合に、寮の近くのスーパー銭湯に行って風呂に入ってから帰る算段を考えていた。


 あそこのスーパー銭湯は24時間営業だから、お腹が空けばご飯も食べられるし、寮生にも知られていない穴場だから、ゆっくりできるのだ。


 俺は寮生だし、ここの地理関係に詳しくないから、地元住民の宗崎に聞いてみた。


「宗崎さぁ、ここは、歩けば、何処かの駅まで行けるの?」


「うーん、ここなら、20~30分ぐらい大通りを歩けば、駅につけるよ。暗いけど、駅の方向は、すぐそこの大きな出たところの道路標識に書いてあるから、三上でも分かるよ。…ああ、そうか。タクシーを拾うのに一旦、駅前まで歩く算段か…。」


「そうだね、宗崎、最悪はそう考えている。何かあれば、電話をするとは思うけどね。」

「そうしてくれ。たしかに俺の家まで行くのにタクシーを拾った方が、お前の体力が温存できるはずだし。」


 宗崎とそんな話をしていたら、守さんがふと立ち上がって嬉しそうにしている。

「こう見ると、今年は人数が多いよね。本当に嬉しいわ!」


『女性陣は守さんや泰田さん親子で4人。それに加えて山埼さんと、松裡さんの2人を加えると6人。男性陣は…仲村さん、天田さん、牧埜、宗崎、村上に俺を含めて6人。総勢で12人か。去年の話を聞く限りでは、守さんや泰田さんも嬉しくもなるのも無理はない…。』


 そんなことを考えていると、反対側に座った仲村さんから声をかけられた。


「そういえば、三上さん。最近、新島はコンパにも、サークルにも出ずに寮で大人しくしてるそうじゃないですか。牧埜から聞きましたけど、学生課に恐い人がいて動けないとか…。それが新島らしいと思ってね。あいつ、最初は、あんな奴じゃなかったのに、学部の先輩に遊び好きな奴がいて、コンパに誘われたのが切っ掛けで段々とおかしくなって。ソイツは、もう、退学しましたけどね…。」


「仲村さん、その先輩の件は知りませんでした。ちなみに、牧埜や天田さんも新島先輩の被害者だってことは、ごく最近になって棚倉先輩から聞かされて分かりました。」


 ちなみに俺は昨日の棚倉先輩の雑談の中で、天田さんも牧埜や仲村さんと同じサークルにいたことが分かっていた。


 それについて仲村さんが答える前に牧埜が素早く答えたから、俺は少し吃驚している。


「三上くん、その通りですよ。学部内で新島さんの受けが悪いのが分かっているので、私たちは、それの罪滅ぼしで自主的に体育祭実行委員に立候補したのが真相です。偶然にも仲村さんが去年もやっていたから、私たちに声が掛かったこともありますが…。」


 そんな話をしていたら、お通しと飲み物が運ばれてきた。

 周りを見ると、泰田さん親子と守さんのお母さん以外はウーロン茶のジョッキだ。


「あれ?、仲村さんも飲まないのですね?。」


 俺が仲村さんに疑問をぶつけると、俺に笑みを浮かべながら、疑問に答える。


「三上さん、俺はお酒が弱いので極力、飲まないです。タバコも吸わないですし。ここに新島がいないから、とても開放的ですよ。みんなも吸わないみたいだし。三上さんや棚倉さんも、新島のタバコに苦労をしているでしょ?」


 その仲村さんの問いかけに、俺は激しくうなずく。


「仲村さん、そうですよ。棚倉先輩は、新島先輩よりも俺を真っ先に食事に誘います。新島先輩はコンパ続きで寮にいないことも多いですが、棚倉先輩はあまり食事に誘わないですね。2人は同郷の先輩後輩ですから仲は良いですが…。」


 その会話を終えた直後に店員が、お酒を持ってきたのだが、それを見て俺は相当に慌てた。


 守さんと泰田さん親子のテーブルに、ピールのジョッキが6本と日本酒の一升瓶が1本、それにウイスキーの瓶が1本置かれたのを見て、俺はかなり焦っている。


「あ゛???。あれを飲むの???」

 俺があちらには聞こえないぐらいの声で吃驚すると仲村さんが笑っているが、洒落になっていない。


「ははっ、三上さん、そうなんだよ。もうね、ザルだよあれは。新島とか棚倉さんと変わらないぐらい…、いや、それ以上かもしれないよ。」


 仲村さんと俺が話していたら、いよいよ乾杯らしく、守さんの母親が、監督としてビールのジョッキを持って立ち上がった。


「今日は、本格的な練習、お疲れ様でした。今年は去年の倍のメンバーが集まって私は嬉しいし、三上さんが相当にできる子なのが分かったので、本番の試合で一泡吹かせることがきると思うの。」


 守さんのお母さんはそこまで言うと俺の目をじっと見ている。


「欲を言えば、三上さんみたいな子がもう1人いれば、優勝候補のチームに勝てる可能性があるわ。だからみんなで、彼に追いつけるように頑張りましょう!!。そうすれば、そういうチームから1ゲームは絶対に取れるわ。今日はチームの決起集会よ。」


 そこまで言うと、お母さんは一呼吸置いて、乾杯の音頭を取るようだ。


「みんなの頑張りに乾杯!!」

 みんなでグラスを合わせて乾杯をする。


 その後は、お店のお任せコースの料理が出てきて、俺のお腹が満たされていく。


 どうやら、泰田さんのお母さんと店主が同級生らしく、知り合い価格でやってくれていたようだ。

 だから、この店で明け方まで飲んでも、店主は何も文句を言わないらしい。


 ◇


 今日は俺の腹が鳴った影響で、午後9時半までやる練習を午後9時で切り上げたお陰で、今は決起集会から1時間が経って午後の10時半だ。


 まだ二人のお母さんに抱きつかれることはないから、ホッとしていた。


 泰田さんや守さんが、俺に近寄ろうとするお母さん達をブロックしているし、席が離れていることもあって、何度かあった危機を乗り越えている。


 頃合いを見て、牧埜や天田さん、仲村さんがサッと抜けた。2人の母親は、どうやら近くのスーパーが安いなどの会話をしていて、その話に夢中で気づいていない。


 俺は、それを見て宗崎と村上を先に帰すことにした。


 そこで松裡さんと山埼さんが抜けたので、俺もソッと席を立って座敷の部屋を出た。

 幸いにも、俺が帰ったことは、誰にも見つかってない。


『よし!!。このまま、寮に帰れるぞ!!』


 しかし…、運命は非情だった。

 俺の人生は、基本的に、そんな甘くできてない。

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