一通りの練習が終わったあと…。
少し体育館の隅で休憩をしていると、守さんのお母さんがみんなを集めて、このチームのポジションとフォーメーションを発表した。
「フォーメーションは3-1-2のダブルセッターでいくわ。前衛のライトが和奏、もちろんセッターよ。センターを仲村さん、レフトが天田さんよ。そして、後衛のライトでセッターが三上さん、センターが結菜ちゃん、レフトが山埼さんよ。それで、バックオーダーで行くわ。」
『そうすると、初っ端は俺がサーブになるわけか…。』
そんな事を考えていると、守さんのお母さんがニヤニヤ笑い出しているが、それが怖くてたまらない。
「フフッ。無論だけど、このフォーメーションは三上さんのジャンプ力が半端ないから、ブロックやアタックもできることや、その守備力も重視した形よ。だから三上さんは頑張ってねっ☆」
俺は守さんのお母さんに、質問をぶつける。
「あのぉ…、監督。このポジションは相当に奇策ですよね。それとサーブレシーブの時のフォーメーションはM型かW型でしょうか?。」
「三上さん、その通りよ。セッターが2人いる時点で奇策だわ。もしかすると、結菜ちゃんを仮のセッターとして置いて、相手に意表を突かせるかも。」
『これはスゲーことだよ。マジに見たこともやったこともないわ。』
俺は、守さんのお母さん作戦を聞いて、苦笑いしか出ない。
「それとサーブレシーブはM型で行くわ。去年の試合を見ていると、経験者が強烈なスパイクサーブを打つ場合があるからよ。さらに言えば、2セッターで3-1-2をやるのは経験者対策で3ブロックが必要だからだわ。」
どうやら、体育祭当日は、保護者や教授、大学関係者なども午後から自由に見学可能らしい。
守さんのお母さんは、実行委員会チームの監督という立場で去年から見学をしているとか…。
「それと…三上さんは、これからバックアタックの特訓よ。それだけジャンプ力があれば面白くなるわ。もちろん、和奏も後衛に回ればバックアタックだからね。それが今回のチームの攻撃の生命線よ。とくに三上さんの存在は相手チームに対して初見殺しの目的もあるわ。」
明日も午前中に体育館が空いていたために、朝の9時から正午までの練習が決まった。
今度はフォーメーションの確認やアタックなどの連携を含めた具体的な練習が始まるのだろう…。
『これは随分と本格的だなぁ…』
そう思いながら、そろそろお腹が空いてきた事に気付いて、早く練習を終えたかった自分がいた…。
◇
俺は守さんと一緒にバックアタックを練習していた際に、打った球がアウトになってしまうので、守さんのお母さんが俺の横につきながら、どうすればアタックが入るのか、アドバイスを貰っていた。
「う~~ん、三上さん。少し手首を丸めるようにドライブをかけてみて。」
そのアドバイスを試してみると、最初はダメだったが、何度かやるうちに面白いようにバックアタックが決まりだした。守さんのお母さんが、しばらくそのバックアッタックを横で見守っていると、俺のそばに寄ってきて嬉しそうに声をかけてきた。
「三上さん、もしかしたらスパイクサーブ(ジャンプサーブ)ができるかも知れないわ…。」
そうすると、今度はサーブを打つエリアに行って俺にジャンプサーブのやり方を教え始めた。トスのあげかた、打つタイミング、そして俺の身長を考えるとドライブ回転をかけないとアウトになる危険性があることをアドバイスされる。
そして、何回も試行錯誤しているうちに、ドライブ回転がかかったジャンプサーブが決まりだした。
「三上さんっ!!。それは切り札になるわ。それだけで経験者が多いチームを圧倒できるわ!!。今年こそは一泡吹かせてやるのよ!!。」
そう言うと、守さんのお母さんは自分の娘と泰田さん親子、仲村さん共にコートの向こう側で俺のドライブサーブを受けるためにサーブレシーブの練習を始めているではないか。
俺は何度かドライブサーブを打ったが、トスのあげかたが悪くて幾つかネットに引っかかるが、ネットに引っかからなければ、アウトにならずにコートに入るようになっていた。
そこで、勢いをつければネットに引っかかる確率が減ると思って、アウトになるのを躊躇わずに、バックセンターに立っている守さんのお母さんに向かって、力いっぱいドライブをかけてサーブを打ってみる。
すると、守さんのお母さんの目の前に速いスピードで飛んできたボールが急に落ちて、慌てて目の前に飛び込んだが、レシーブが乱れてあらぬ方向にボールが飛んでいった。
「三上さんっ!!!。そのボールを続けて!!。その勢いでそのタイミングよ!。落差がもの凄いのよ!!」
それを幾つか続けると、コントロールは難しいが、鋭くて速いドライブ回転がかかったボールがコートに落ちていく。
「三上さん。もう、威力が前衛からアタックを打ってくるのと変わらないから怖いわ!!!」
泰田さんが、なかなかレシーブできないボールに悲鳴をあげている。
俺はそこで少しの悪戯心が芽生えてあることを溜めそうとした。
『ふふっ、ここでフェイント気味に無回転のジャンピングフローターサーブを打ってみるのも手だな。』
中学の頃にピンチサーバーでたまに起用されたのは、不規則に揺れたりする無回転のフローターサーブが武器だったからだ。
何食わぬ顔で、左手で回転を止めたトスをあげると、アウトにならないように少し打つ力を殺して、守さんのお母さんを狙って無回転のジャンピングフローターサーブを悪戯心で打ってみた。
フラフラッと揺れたボールが守さんのお母さんの目の前に飛んで、レシーブが真横に飛んでいった。
「三上さん!!!。なにそれ!!! 聞いてないよぉ~~~!!」
これが守さんのお母さんが不意を突かれたが、これが心に突き刺さったらしい。
「もともとは、このサーブでピンチサーバーだったのですよ…。普通のフローターサーブですがね。」
今度はジャンピングサーブをやめて、みんなをフローターサーブで狙いはじめる。
まずは泰田さんを狙ってみた。一瞬、揺れたかと思ったら不規則にカーブして落ちた。
「うぎゃぁ~~。なんだか分からないけど揺れて取れないっ!!」
次に仲村さん。今度は揺れながら急に目の前で落ちた。
「…これは…野球で例えるとナックルみたいなボールだなぁ…分からない。」
泰田さんのお母さんを標的にしてサーブを入れた。今度はホップしながら揺れていく。
「うわぁ~~。!!。」
泰田さんのお母さんは乱れたボールを返すのが精一杯だった。
最後に守さんを狙ってみる。ボールの変化としては守さんのお母さんと同じような軌跡を描きながらフラフラッと揺れる。慌てた守さんが、とんでもない方向にレシーブを飛ばした…。
「手元で揺れてとれない!!!。レシーブしてもマトモに当たらないわっ!!」
「三上さん。さっきのスパイクサーブ(ジャンピングサーブ)は、点差が開いた時の切り札だわ。そのフローターでも十分に通用するわよ…。」
「最後に、少しだけやらせてください。使えないと思いますが、中学の1年の時にやっていたサーブです。」
俺は女子がやるようなサイドハンドサーブを力いっぱいに振りかぶるように打つと、ネットギリギリに飛んだボールが、少し揺れながら守さん親子の間にストンと落ちた。
これは、お互いが顔を見合わせて取れない。
「うわー。このサーブ、ママさんバレーでも使えそうよ!。力がない女性陣に三上さんが教えてあげれば武器になるわ!」
俺は泰田さんのお母さんに言われて、松裡さんにそのサーブを教える。
最初は山なりのサーブが精一杯だったが、要領が分かると、全身の力を使って野球のバットを振るような感覚で打てるようになっていた。
力の加減が難しいので、ネットに引っかかったり、アウトになったりしたが、次第に少し揺れたサーブが入るようになったから、俺は安堵の表情を浮かべる。
「三上さん。なんだか楽しくなりました!。サーブで少しだけ貢献できそうです。」
今度は牧埜や宗崎、村上が進み出て俺にサーブの教えるように頼まれたのを見て、そこに守さんのお母さんや泰田さんのお母さんも加わってきた。
守さんのお母さんが牧埜を、宗崎に泰田さんのお母さんがついて、俺は村上に横に立ってサーブを教え始める。
村上は意外とセンスが良かった。既にトスを自分であげて綺麗なサーブの打ち方ができていたので、無回転の当てかたを教えた。
「村上、あの変化する球を打つには、打った瞬間に手首を曲げてはいけない。それとトスをあげるときになるべく回転を加えない、あと、打つときに、できる限り手のひらで当てるんだ。」
俺がそう言うと、村上は最初はネットに引っかかったり、アウトになったり、空振りもあったが、徐々に慣れてきて少しボールが揺れ始めた。
それになれた村上のサーブが泰田さんの目の前に飛んでいく。ボールは少し揺れながらもストンと目の前で落ちて、慌てた泰田さんが倒れ込むがレシーブが間に合わない。
「おおっ、村上。上手いぞ。」
驚いている泰田さんを横目に俺は村上を褒めた。
村上は苦笑いしながら俺に言った。
「三上、お前には及ばないよ。アタックにしても、さっきのサーブにしても、お前は凄すぎる。守さんのお母さんに可愛がられるのも分かるよ。」
俺は村上の言葉を否定しながら、アドバイスを続ける。
「いやいや、俺は部活でハブられても腐らずに、このサーブを練習し続けたからな。本当は手のひらの下の方で打てば変化が激しいのだが、これは難しいから慣れてきたら挑戦してみてくれ。あとは上に擦りつるように打ってしまってボールに回転を与えないように。そうするとサーブが単調な山なりのボールになって、いとも簡単に取られてしまうから。」
そんなアドバイスをしていたら、4人が各々が教えられたサーブを打ち始めた。牧埜と宗崎はドライブ回転のサーブを練習していたようで、まだ少し試行錯誤している。
俺は、村上にある程度、教えると、彼の自主的な練習に任せて、サーブカットの練習に回る。
そうすると、松裡さんが打ったサイドハンドのボールが少し揺れて入ってきたので、俺がレシーブをすると、セッターがいる位置とズレた場所にボールが返ったから、苦笑いを浮かべた。
「うぉっ、自分が教えたサーブに苦戦するとは、これは…、何とも言えねぇ。」
俺の独り言に仲村さんが苦笑いを浮かべながら、声がかかった。
「実践的なサーブレシーブの練習になっているところが三上さんの効果だね。三上さんがみんなに無回転を教え始めたから俺も真似をしてみたいよ。このサーブは取りにくいから、みんなでやれば相手のサーブレシーブを乱せるからさ。」
正面にいる仲村さんの本音に、俺は答える。
「今日は、練習終了間際だから、明日、3人に教えましょうか?。やってることは、そんなに難しくないです。当て方とトスの投げ方の問題はありますけどね…。」
そんな話を仲村さんとしていた時だった。
向こう側のコートに守さんのお母さんがいて、ジャンプサーブを打つ体制に入るのが明らかに分かる。
しかも相当にニヤついているから、始末におけない。
それをみて俺は叫んだ。
「みんな!くるぞ!」
相当にドライブ回転をかけてくるだろうから、今のポジションよりも少し前に出た。たぶん俺の顔を見てるから。バックセンターにいる俺を確実に狙ってくるだろう。
たぶん、あの力だと、他のメンバーが受けるのは非常に危険かも知れない。
バシンッ。
もの凄い音が体育館に響いて、ドライブ回転のかかった速くて鋭い球が俺をめがけて飛んできた。
咄嗟に前に出て脇を固めて前のめりになってレシーブをすると、高く上がったボールが前衛のセンターの目の前に落ちたから、俺は内心、レシーブができたことに、ホッとしている。
「危ねぇ…。前に出なかったらボールが取れなかった…。」
俺がそんな独り言を放つと、ネットの向こう側から守さんのお母さんにレシーブを褒められた。
「三上さん!!、ナイスレシーブよ!!。ドライブの回転をよく読めたわ!!」
「お母さんの本気のサーブを三上さんがカットできるのに感心するわ!。あんなの恐くて取れないわ!!。」
守さんが横から話しかけてきた。
「守さん、俺だって内心は恐いですよ。あれがオーバーで飛んでくれば、後ろに咄嗟に下がれずに下手すれば突き指しかねないですし。」
守さんにそう言っていた時だった。
今度はお母さんが不敵な笑みを浮かべて再びサーブの構えに入った。
先ほどと同じ勢いだが、ドライブ回転が斜めにかかったボールが俺に飛んでくる。
「マズい!!」
俺はレシーブを横に弾いてしまったが、これは仕方がない。
『流石に、あの回転は読めねぇなぁ…』
そうすると、守さんのお母さんは同じボールを続けてきたから、こんどは回転を読んで、ボールをセンターより少しズレた位置で返した。
やっぱり勢いがあるし、変な回転をしているから、レシーブのコントロールが難しい。
「ナイスレシーブ!!。もぉ、飲み込みが早いから、少しだけ悔しいわ…。」
守さんのお母さんが悔しがっているが、アレを素人がレシーブするのは難しいのは明らかだ。
俺は、少し疲れたので村上や宗崎と代わろうとして、サーブを打つエリアで監督と俺が細かい話をしようとした時だった。
ぐぅ~~~。
俺のお腹が相当な勢いで鳴って、横にいた守さんのお母さんまで聞こえてしまった。
「はははっ!!!。三上さん、もう限界なのねっ!!!。」
守さんのお母さんが爆笑をすると、そのまま俺を何故か後ろから抱きしめたのだ。
『え゛?????』
俺は、どうすることもできない…。
それを見た守さんが、形相を変えて、もの凄い勢いで俺のほうに飛んできたから助かった。
そして、守さんのお母さんが爆笑しながら今日の練習に終わりを告げる。
「ははっ!!!。今日の練習は終わりよっ!。もう、お祝いしたい気分だから、このまま飲みに行くわっ!!」
守さんのお母さんのテンションが相当に上がりすぎてて、実の娘が母親の暴走を止めるので精一杯だ。
「お母さん、嬉しいのは分かるけど、嫌がる三上さんを無理矢理に後ろから抱きしめながら言うのは止めて!!。相当に困っているわ!!。」
俺はその状況に、困り果てている。
「あのぉ…。お母さん、どうして良いのか分からないので困ります…はい…。」
守さんは必死になって俺と自分の母親を引き剥がして、かなりの勢いで怒っている。
「お母さん!!!。やめてっ!!。お父さんが生きてたら笑いながら絶対に止めるわ…。もぉ…!!。」
しかし、守さんのお母さんは娘から注意されてもまだ、喜びを露わにしているから、俺も困り果てた。
「この子は、私の息子と同じだわっ!!。もう可愛くて仕方がないのよっ!!。」
俺は苦笑いしながら、正面で喜びを爆発させている守さんのお母さんを諭すことに専念をする。
「お母さん…嬉しい気持ちは分かりますがね、とにかく落ち着いてください。気持ちは良く分かりましたが、俺には父母もいますから…。大学に入ったのも、父の跡を継ぐ為ですから…。」