新島は寮の受付室で頬杖をつきながらボーッと受付をしているが、もうすぐ高木さんが様子を見に来るのでサボれない。
無論、準備委員会の会合は、寮の仕事が多忙につき欠席するという名目がある。
村上は寮に戻って、受付室に新島がいることを認めると、すぐに声をかけた。
「新島さん、三上の件で、ちょっとお話が…。」
新島は三上の隣の部屋にる村上が、深刻そうな顔をしていたので、とても嫌な予感がした。
「…村上…、お前、そんな深刻そうな顔をして、どうしたんだ?」
「ここにいる三上の同期の本橋が、女子寮長から声をかけられて、あいつのことを根掘り葉掘り聞こうとしたのですよ。それをみんなが怪しんで、話の途中で用事があると言って、強引に会話を止めたのですが…。」
新島は村上の話を聞いて、怪訝そうな顔をしながら村上に本音を漏らす。
「あ゛~~~ぁ???。村上っ。それはナイスな判断だったぞ!!。話してくれて助かったぜ!!。三鷹は、三上の同期を捕まえて、アイツのことを探ろうとしてるのか。そうはさせるか!!。そうなったら三上が不憫でならないよ。」
村上は新島の言葉を聞いて考えた。
これ以上、三上の仕事を女子寮長の陰謀によって増やされたら、彼の体が危ういし、さらには、三上が多忙になることによって、自分たちの課題やレポートを教える時間がなくなって、自分たちの単位すら危うくなってしまう。
無論、単位が危うくなれば、プライベートでもバレーボールの練習どころではない。
そうなったら、泰田さん達のお誘いが消えてしまう懸念もあったので心配が募っている。
そこで村上は新島に三上のことを聞いてみた。
「新島さん、女子寮長さんが、三上のことで探りを入れるほど、何があったのですか?」
新島は眉間に皺を寄せて複雑な顔をして村上に別の質問を問いかけた。
「その前に、三上が体育祭の実行委員に入ってることは話してないよな?。」
新島にとって、この問いは重要だった。
これがバレたら、三鷹は三上のことを、ひたすら問い詰めるだろうし、三上の実力を知った女子寮の連中が、寮の細かい仕事を彼に押しつけるのが明らかに分かるからだ。
さらに高木さんキラーが分かれば、女子寮の連中が高木さんから怒られそうな時に、三上を上手いように利用するから面倒な事態になる。
この件は三鷹と直接、話をした本橋が新島に答えた。
「初めまして、三上の同期の本橋です。その件は話していませんよ。彼が大勢の人から信頼を受けていて、さらには真面目な女の子から、かなりモテている話ぐらいですかね…。」
新島は本橋の話を聞いて、とりあえずは安心したが、それと同時に、三上が真面目な女子にモテていることが、とても不思議だったので、自らの気持ちを3人にぶつける。
「ああ、それならまだ大丈夫!!。三上はマジに謎だよ。あんなにお堅くて恐ろしい女連中から相次いで気に入られて、オレはドン引きしているんだ。アイツにそんな能力があるなんて、マジに聞いてないよ!。」
村上は新島の話題も大切だったが、三上が心配なので会話を本題に戻すことした。
「新島さん、あの女子たちに三上は興味がなさそうだから、それはともかくとして、なぜ、女子寮長さんが三上のことを探るのですか?」
「悪りぃ、村上。本題をお前に話すのを忘れたよ。三上は寮長会議で紛糾した時の切り札として使う為に、三上が会議で発言するをあえて封じているんだ。今の状況で、あいつが本領を発揮すると、面倒な仕事を三鷹が押しつけようとするし、この状況では三鷹たちに振り回されて過労で三上が死んでしまう。だから、せめて、今だけでも、アイツを必死に守らないとダメだ。」
村上は新島の言葉を聞いて予想通りの事態だったので、内心はもの凄く嘆いている。
このままでは大切な友人が、過労で倒れてしまう事が確実だ。
「新島さん。とにかく三上を助けてやって下さい。アイツが過労死すれば、俺たちも悲しくて死にたくなります。」
「村上。それは分かってる。俺らも三上がいないと寮の運営が危うくなる。とにかく、みんなありがとう!!。助かったぜ!!。」
新島はすぐに棚倉の携帯に電話を入れる。
これは急を要する事態だし、仮に実行委員会の内容を三鷹に盗み聞きされた場合、次の寮長会議で自分と棚倉が問い詰められて、三上の仕事が相当に増えることが予想されるのは明らかだ。
それに新島は、個人的に三上を意地でも守りたかった。
しかし、新島の懸念は最悪の形で当たってしまって、事態が悪い方向に進行していたから、すでに三上の実行委員会のことは偶然にも三鷹にバレている。
三上が高木さんキラーであることも、荒巻さんがバラしてしまっているが、新島はそんなことを知る由もなかった。
三鷹が、三上の状況証拠を丹念に積み上げれば、次の寮長会議で、三上の真の実力について、棚倉や新島を問い詰めるのは時間の問題であろう。
村上や宗崎それに本橋が、新島との会話を終えて、村上の部屋に入ると、各々がくつろぎ始める。
そして、皆が落ち着いた状況で、最初に宗崎が口を開く。
「…やっぱりそうだったか。村上は新島寮長さんに言って正解だったな。三上が忙しすぎて、ぶっ倒れたら大変なことになるよ。」
宗崎のボヤキに本橋が呆れたような顔をしている。
「しっかし、まぁ…、あの寮長も棚倉さんも、恭介を飛び道具として使うとはね。それぐらいアイツが高性能だけどさ、とうの本人は、先輩たちに振り回されて、とても面倒くさいから不憫だぞ。」
村上も宗崎も、三上が大変なのは嫌ってほどに分かっているから、とても心配そうだ。
少し間があって、宗崎が重い口を開く。
「とにかく、今は、これ以上、三上の仕事が増えないように棚倉さんと寮長さんに頑張ってもらわないと。マジに三上が過労で死んでしまうよ。」
本橋は宗崎の言葉に反応して、悲観的な顔をしている。
「恭介がぶっ倒れたら、俺らは悲しみに暮れてしまうよ。ホントに…」
◇
その一方で三上は、昨日、実行委員会の結成式が行われていた本館の広い講義室で実行委員会を開いて、委員たちの様子をボーッと眺めている。
広い講義室なので、各委員長を中心にして、幾つかのグループが集まってミーティングをやっている状況だ。
講義室の中は常に声が飛び交っているので、少し大きな声を出さないと周りが聞こえないぐらいだ。
「先輩、こうなると、各委員長に任せっきりになるから、俺らは大してやる事がないのがお約束ですよね。組織が大きいから寮と違って楽だから、ひと息がつけますよ。」
俺は暇なので、教壇側の椅子に座りながら、委員達を見渡しつつ、棚倉先輩を相手に雑談をしていた。
「三上よ、その通りだ。俺は去年、総務委員長だったから、あの中に入って細かい打ち合わせが多くて面倒だったぞ。今年は泰田がいるから安心だし、お前もいるからな。この組織は実行委員長以下4役がお飾りでも運営できるようになってる。」
ちなみに、実行副委員長の牧埜は、泰田さんの脇について、実務を取り仕切る役割を担っているから、彼も相当な負担がある。
「そうなんですね…。この状況なら、合間に課題をやっても文句は言われなさそうですし。」
俺は委員会を見守っている最中に課題ができる期待を少し抱いていた。それなら1日ぐらいの徹夜で課題が終わりそうな気がしてきた。
そして、俺は課題ができる時間が作れる淡い期待を抱いたが、今はそのタイミングではない感じがして、棚倉先輩が誰かの委員と雑談をしていた話を思い出して尋ねてみた。
「ところで、先輩。牧埜や仲村さんって、新島先輩と同じサークルなんて言ってませんでしたか?。」
「ああ、それか。あいつらは新島がいるキャンプ系のサークル繋がりでね…。2人は新島に誘われたのだが、あのバカがサークルのハシゴとコンパ三昧だから皆の嫌気が差したのだよ。それで早々に彼らは辞めたのだが、その後も新島と縁が切れずにズッと交流していたのだよ。それで今回、新島の責任とって2人も実行委員に入った経緯があってな…。」
俺が新島先輩のことで色々言おうとした矢先に、企画実行委員長の逢隈さんが俺と棚倉先輩の元に駆け寄ってきた。
「三上さぁ~~ん、ウチの委員がモメてるから助けて!!」
俺は、逢隈さんと一緒に企画実行委員が打ち合わせをしている場所に行くと、企画を巡って男女の委員が言い争いになっているのが明らかに分かった。
言い争っていたのが俺が提案したゴミ拾い防止の為の企画だったから、内心は申し訳なく思いつつも、まずは、2人が冷静になるように呼びかける事にする。
「だからぁ、ゴミを持つのは企画実行の委員がやれば面倒くさくないし!!」
「違うって、参加者が集めたゴミを拾って所定場所に積み上げれば処理が楽だ!!」
「カラスとかが突いたら大変だよ、だから企画実行の委員を増やして…」
今までに前例がないからモメるのは当然だったから、内心は申し訳なく思う。
俺は 言い争ってる2人を冷静になるように制することに徹した。
「2人とも落ち着いて。2人の言ってることは両方とも分かるから、取りあえず、ゆっくりみんなで考えよう。」
2人は渋々、俺の言葉を呼びかけに応じて、一旦、言い争いを止めた状態である。
「逢隈さん。この企画を担当する2人はもちろん、男女1名ずつ他の企画委員を連れてきて、冷静に話し合う場を作りましょう。それと私は字が汚いので、この講義室の窓際にあるホワイトボードを使って逢隈さんが板書をする役割になってもらって良いですか?」
「三上さん。さっそくやってみるわ。流石は三上さんよ。」
そうすると、逢隈さんはミーティングを終えた男女の委員をここに連れてきたので、俺は逢隈さんの代わりに企画委員に指示を出すことにした。
「他の企画委員のみんなは、このままミーティングを続けて下さい。過去の流れと資料を見れば、スムーズに終わる事案が多いと思います。もしも、細かいことに詰まったら、私たちが戻るまで棚倉さんに相談して下さい。」
企画委員が一様にうなずいて、俺の指示に了解をしてくれている。
俺は、逢隈さんと、このゴミ拾いの企画を考える4人の委員を連れて、ワイトボードがある窓際に移動した。
4人の委員は、ホワイトボードのそばにある椅子に座って俺の指示を待っている状況だ。
俺は申し訳なさそうに言い争った2人を諭すことにした。
「溝口さん、雪輪さんも、言いたいことはよく分かります。ただ、少し落ち着いてください。この企画は元々、体育館のそばにある広場にゴミが散乱して毎年のように処理に困っているので、その対策として私が勝手に発案したものです。その私の身勝手な案に2人を巻き込んでしまってホントに申し訳ない。恨むなら私を恨んで下さい。」
俺は深々と2人にお辞儀をすると、言い争っていた2人が、とても慌てているのがすぐに分かる。
しばらく間があって、溝口さんが俺の前にきて、頭を下げた。
「いっ、いや、実行委員長代理の三上さんに、こんなことでお詫びをさせるなんて恥ずかしいです。熱くなって申し訳ない…。雪輪さん、熱くなってごめん。」
「わっ、わたしも熱くなってしまいました…。三上さん、ごめんなさい…。そして溝口さん、すみません…。」
『やっぱり、この学部の人は根が真面目だから、行動が大人だ。マジに助かるよ。』
そんなことを思いつつも、俺は自分の案や意見をあえて言わずに、企画委員が自らがベストな企画を出す為のお膳立てをする必要があると考えた。
「さて、議論が行き詰まっているようなので、私の勝手な判断ですが、企画発案をする人数を増やして冷静さを保ちながら、より良い企画を作っていきましょう。」
逢隈さんを含む5人が、俺の言葉にうなずく。
「まずは溝口さんや雪輪さんが考えている案を、駄目だと思っても、お互いが口を出さずに列挙していきましょう。逢隈さんは、それをホワイトボードに、有無を言わさず、とりあえず書き出してください。」
「三上さん、分かったわ。」
逢隈さんが、すかさず返事をしてくれる。
「それと…えっと、2人は申し訳ない。まだ、名前が覚えられなくて…。」
逢隈さんがニッコリとしながら俺に教えてくれる。
「三上さん。宇部さんと、菱沼さんだわ。」
「2人とも申し訳ない。宇部さんと菱沼さんには、案を書き出した後に、どの案が良いか逢隈さんと相談して、ジャッチをする役割を担って欲しいのです。」
宇部さんと菱沼さんは俺の指示に静かにうなずいている。
議論が正常軌道にのったら、私は棚倉さんと今後の運営の相談をしたいので、皆様にお任せする形になると思います。
『今後の運営の相談なんて嘘だけどね…。あまり深入りすると、こんどは俺に頼りすぎるから、自主的に決めて欲しいのさ。』
そうすると、溝口さんが自分の案や意見を語り出してホワイトボードに幾つかの案や問題点が書かれた。その後に雪輪さんが自分の案を述べて、同じぐらいの数の案や問題点が書かれている。
それらを宇部さんや菱沼さんを交えて議論を始めると、俺は逢隈さんを目線を合わせて、その場から抜ける事にした。
しかし、俺が棚倉先輩の元に戻ろうとしたときに、講義室の大きな入口のほうに人影が一瞬だけ見えたので、嫌な予感を覚える。
大きな入り口は常に扉が開かれた状態だったから、人が通ればすぐに分かるが、この講義室の廊下を歩いて素通りするような感じではないことが明らかだった。
『ん?。…あの人影…、もしかして??。』
俺は、その人影を追いたかったから、逢隈さんの元に再び戻ると、彼女に声をかけることにした。
「逢隈さん、ちょっと昨日のコンパで食べ過ぎちゃったのでトイレに行ってきます。皆さんが探していたら、よろしくお願いします。」
彼女は無論、二つ返事で承諾をする。
「ふふっ。三上さん、手助けをしてくれて、ありがとうございます。大丈夫ですよ。」
逢隈さんにトイレに行くなんて言ったのは嘘だ。
本当の目的は、あの人影を確認することにある。
その人影は、俺が嫌ってほどに見ている人物だから、誰なのかすぐに分かった。
『なんで、こんなところに三鷹先輩がいるんだ?』
俺は三鷹先輩が講義室の入口に隠れているのを見つけると、他の委員に声をかけながら、彼女の死角となるような位置に移動して、彼女がいる出入口と遠く離れた小さな出入口の扉を静かに開けた。
『三鷹先輩は何を考えてる?』
俺は講義室を出て、ドアの影から隠れて覗き見をしている三鷹先輩の姿を認めると、音を立てずにそっと近づいた。