「三上の実家はな、田んぼと山しかない場所でね…」
棚倉先輩がお約束のごとく、頼みもしない俺の自己紹介をやっているので、精神的に疲れが出てきた。
それぐらいは、自分でやらせてほしい。
棚倉先輩が、頼みもしない自己紹介をしているので、俺は牧埜にウーロン茶を注ぎながら雑談を始めた。
俺と牧埜は友人のちぎりを交わしたので、少しだけ言葉を砕いて会話をしていた。
ちなみに、俺と牧埜はボソッと話しているので、先輩は俺達が何を話しているのか分かってない。
「牧埜。この話だけど、先輩は自分のことのようには言っているけどさ、俺の家には1回も行ったことがないよ。」
牧埜は驚きながら俺の顔をじっと見た。
「棚倉さんの件はおいといて、三上くんの実家は凄いところですよ。車でしか生活できないなんて、本当に考えられませんよ。」
溜息をつきながら牧埜の感想に答えた。
「これは面倒になるから黙っているけど、親父もお袋も車を各々が1台ずつ持っていて、俺も自分の車があるよ。ここは交通の便が良すぎるし、周辺の駐車場代が高すぎるから、自分の車を寮には持ち込めないからね。」
「みっ、三上さん、それって凄くないですか?」
俺のボヤキに、人の話が同時に聞ける山埼さんが、棚倉先輩には聞こえないぐらいの声で会話に入ってきた。
彼女は牧埜の正面に座っているから3人で内緒話みたいな状態だ。
他の人は棚倉先輩の話に夢中で、俺たちのボソッとした会話なんて耳に入ってこない。
まして、棚倉先輩の声は大柄だから声が通るので、こんな小さな声の会話なんて、他の人には余計に耳に入らないだろう。
山埼さんは複数の会話を同時に聞いて理解できる凄い技を持っていて、3グループぐらいの話を同時に聞いて理解できるらしい。
俺は、そんな彼女のの疑問と感想に俺の実家の実情を話した。
「もうね、車がないと生活ができないから。電車もバスもないし近くのスーパーなんて歩いて行ったら1時間も掛かる。だから基本的に車がないと無理なんだよ。」
山埼さんと牧埜は俺の話に吃驚している。
「うわぁ、本当に失礼ですけど…相当な過疎地域だわ。だから高校を卒業したら運転免許ですか…。」
「山埼さん、実際にその通りだから気にしないで。これも先輩に言ってないが、山に行けば温泉もあるから、ちょっとした観光地になっているし、車で1時間も走れば海に行けるので美味い魚が食えるし…。」
牧埜は俺に羨望のまなざしを向けたが、こんなド田舎に憧れても心底、困ってしまう。
「三上くん、そういう意味では何でもありですね。なんか人生に疲れたら癒やされそうな場所ですよ…」
「牧埜、今から人生に疲れないで欲しい。ちなみに、いま、先輩が語っている俺の実家の件、これで何回目だと思う?」
彼は首をかしげながら考える。
「いやぁ…分かりません。せいぜい4~5回でしょうか?」
溜息をつくと牧埜に正解を言った。
「これで28回目だよ。もうウンザリなんだ。俺は人生に疲れる前に、先輩に疲れて死にそうなんだ。」
その言葉を聞いて山埼さんがお腹を抱えて爆笑した。
「みっ、三上さん。やめて~。それがわたしのツボなのよ~。わたしが両方の話が聞けるから狙ってるでしょ?。もう駄目よっ。腹筋が持たないわっ!!!」
山埼さんの笑い声で棚倉先輩の話が中断されたので、周りも、ようやく山埼さんが爆笑をしていることに気付いた。
「三上よ、お前は牧埜や山埼と、なにを話しているのだ?」
俺は顔色を一つも変えずに先輩にシレっと言い放つ。
「先輩、何らやましい話はしてません。今の気持ちを、
それを聞いた山埼さんが、またお腹を抱えて笑い出して、牧埜も手を叩いて笑っていた。
「みっ、三上さん、上手すぎる!!マジに上手すぎる!!!。もうね、腹筋が痛いほど笑ったわ!!。」
「棚倉さん。三上くんは嘘を言ってないので大丈夫です。彼の話がおかしいので、私も笑ってしまいました。このシュールな感じがたまりませんよ。」
牧埜が笑いながら棚倉先輩にさりげなくフォローを入れる。
「お前ら、三上の世界にハマるなよ、俺みたいに永遠と三上の話を語り続けることになるからな。」
棚倉先輩はそう言うと、さらに俺の話の続きを始めた…。
「はぁ…先輩は勝手にハマらないでくれ。俺はもっと至極まっとうな普通で平和な人生が送りたかった。無理矢理にハメられて矢面に立たされて、望みもしない自分の自己紹介を他人がやっちまうのだから…」
俺は先輩に聞こえないように愚痴を吐き出すと、2人が俺の言葉に笑っているのを見ながら、近くにいた店員を呼び出して注文をする。
「すみません、この炒飯と、焼きそばと、コロッケと、イカ焼きをください。」
山埼さんが俺の食欲に驚く。
「うわぁ、三上さんって、さっき棚倉さんが言っていた通り、凄く食べるのですね。」
「山埼さん。この前の準備委員会結成のコンパで、三上くんは相当に食べていましたよ。無茶苦茶に食べます。私は敵わないですからね…。」
そんな会話をしていたら、棚倉先輩が俺のネタをぶちまけてるが、完全に放置した。
「三上は、一昨日、大学のトラックを借りてな…」
牧埜と山埼さんは棚倉先輩の会話を聞きながら、俺のツッコミを期待している雰囲気で俺をチラッと見た。
その期待を背負って、先輩に聞こえないようにツッコミを入れていく。
「うーん、マニュアル車が運転できるのは家業の死活問題だからです。それに道案内を頼んだのは、俺の実家が田んぼと山しかない田舎なので、都会のゴチャゴチャしてる道路で、少し戸惑うから道案内が必要だっただけです。こんなの、当たり前すぎて自慢にもならないですよ。」
2人は俺の愚痴を聞いて思わずクスッと笑った。
そして泰田さんが、俺が車の運転ができると聞いて、俺を見てニコッと笑って口を開いた。
「三上さんっ、心強いわ。体育祭開催直前になって看板を運ぶときに、マニュアル車のトラックを運転できる人が少ないので、大学から看板を運ぶのに苦労しているのよ。この件は三上さんに任せっきりになるわ。」
俺はこのまま棚倉先輩をいじり続けるのは危険と判断して、泰田さんの話に乗っかった。
「別に構いませんよ、皆さんからの頼みとあれば、きっちり使命は果たしましょう。ただ、相変わらす私は
「三上よ、そんなもの、俺がやるに決まってるだろ。」
棚倉先輩から当然の返答を貰って内心はウンザリしていると、隣のテーブル席にいる守さんが俺を見て話しかけた。
「わっ、わたしも棚倉さんと一緒に乗るわっ!!。この周辺に住んでいるし、わたしはオートマ限定だけど、車の免許を持ってるから、一方通行の道も分かるわ。」
俺はそれを聞いて少し安堵をしていた。
車の運転ができる人が道案内をしてくれるのは凄く楽だし、大きな道路で渋滞した場合の回避方法なんかも知ってる事もある。
お礼に慣れないリップサービスもやってみようと決意した。
「守さん、有り難いです。是非、お願いします。先輩、たまには浮気させて下さいよ。確かに先輩は体が大きいから荷下ろしには適役ですが、守さんのように車の運転ができる人の道案内は心強いのです。まぁ…綺麗な女性が脇に乗るのは別な意味で緊張しますけどね。」
守さんは俺の言葉を聞いて顔を少し赤くして、うつむきがちになった。
「みっ、三上くん…!。じょ、冗談が上手いわっ。もうっ…!。そんなことを言っても、なにも出ないよっ!」
「ははっ…。守よ、これは三上のリップサービスだから気にするな。彼はそういう感情で動く人間じゃないからな。三上も体に似合わず相当に力持ちじゃないか。一昨日の棚なんて、重かったのに、あれをヒョイと運べるのは何故だ…。」
棚倉先輩の言葉が終わるのと同時に、焼きそばや炒飯、コロッケやイカ焼きが次々と運ばれてきた。俺は、炒飯を食べながら先輩の問いに答えた。
「あれはですね。俺が親父の手伝いをしているときに、下手すると30~40kgもあるような鉄の塊を常に持ち上げて機械に乗せる仕事をやっているうちに、親父に重い物を持つコツを教わったからです。普通の人が真似をすると腰をやるので、真似をしないでくださいね。」
その言葉に泰田さんが反応する。
「え゛???、三上さん、本当に凄そうだわ。それで仲村くんが体幹が良いと言っていた訳よね…。」
俺は、泰田さんの話に適当にうなずきつつ、炒飯を食べ終えると、焼きそばに手をつけた。
そして、棚倉先輩や他の人に聞こえないように、眉間に皺を寄せて2人にボソッと話した。
「参ったな、油断しすぎた。俺の自己紹介ネタを積み上げてしまった。だから新たなネタの投下は危険なんだよ。これ以上、色々と話されると精神力が削られるから勘弁して欲しい。本音は、恥ずかしいし、面倒から、すぐにも止めて欲しいよ…。」
2人は手を叩いて笑っている。それに棚倉先輩が反応した。
「お前ら、本当に何を話している?」
俺は腕を組んで先輩にとぼけるように言葉を返した。
「2人に今の心の声をそのまま聞いて貰ってるだけですよ。とても健全でピュアな心で話してるのに、笑われるのは何故でしょうね…。うーん。」
それを聞いて2人は爆笑してるので、さらに棚倉先輩が怪訝そうな顔をした。
喉が渇いてコップの中に入ったウーロン茶を一気に飲むと、笑ってる牧埜や山埼さんを横目にウーロン茶の瓶を持って手酌をして飲む。
それを正面に座った泰田さんが気付いて、アッという感じで見たが、俺はニッコリと笑って右手をかざして制した。
『やっぱり酒のツマミだから味が濃いな…。』
「お前の健全でピュアな心って何だ?。コイツは何を考えているか分からないから、そんな心を持っているとは到底、思えない。」
棚倉先輩が俺が座っている方を向いて怪訝そうな顔をしているが、俺は笑顔で無視を決め込んだ。そうすると山埼さんが、笑いを堪えながら、俺への助太刀をしてくれた。
「みっ、み、三上さんのお話はとても素直でしたわ。それは…とても純粋でしたよ!!。素直に話しているのに笑っちゃうのは何ででしょうね~~~。もう、わたしったら…。ふふっ。」
棚倉先輩は自分がネタにされているとも知らず、俺に一瞥をくれて、話をそのまま続けしまった。
「山埼さん、とてもナイスなフォローでした。張本人の私は問い詰めらたら言葉が詰まって、最後には白状する羽目になりましたからね。」
俺はホッとしながら、山埼さんの気を利かせた返答に感謝をした。
「三上くん、棚倉さんとの関係を弁えながら、いじるのが上手いですね。普段から一緒に生活してるとはいえ、相手を傷つけることなく上手く言葉を使えるのは、浜井教授のやり取りからも感じられて、とても感心しているのです。」
牧埜の返答に少し考えながら、彼のコップにウーロン茶を注いで、笑いすぎて喉が乾いたらしい山埼さんにも注いであげた。
さらには正面にいた泰田さんにもビールを注いだが、泰田さんは棚倉先輩の話に夢中で気付いていない。
そして俺はウーロン茶を瓶に持ち替えて、松裡さんにもウーロン茶を注いだが、彼女も棚倉先輩の話を聞くことに夢中で俺が注いだことすら気付いていない。
ちなみに、棚倉先輩は、話に夢中でビールが減ってないので無視する事にした。
隣のテーブルにいる、広報の守さんがいるほうを向いて語っているので、俺の会話なんて一つも耳に入っていない。
俺はビールやウーロン茶を、周りにつぎ終えると、牧埜に自分の素直な気持ちをぶちまけた。
「牧埜。俺としては、先輩のように頭の切れる人に対して、どこに隙があるかを見極めている部分があるよ。ただし、日頃から世話になってる人だから、無論、感謝もしてるけどね。ただ、先輩はちょいと人使いが荒いから抵抗をしたいわけで…。」
牧埜は俺の返答にうなずくだけだったが、山埼さんが、首をかしげながら俺にストレートな質問をぶつけた。
「三上さん、あの時の挨拶って原稿を暗記したのですか?。それに泰田さんや、牧埜くん、松裡さんまでが笑いをこらえていたのが、すごく謎なの。」
横にいた泰田さんが、偶然にも山埼さんと俺との会話が耳に入ったらしく、棚倉先輩の話を聞くのをやめて、こちらのコソコソ話に参加してきた。
『これは面白くなりそうだ…』
俺のテンションがさらにあがった…。