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~エピソード5~ ⑨ 三上さんの求心力。

 俺はこの手の会食は少し面倒なので、棚倉先輩と新島先輩に任せることにした。


 かなり人が多いので、誰かがこの場から抜けたしても、分からないぐらい騒がしいし、みんな雑談などに夢中になっていた。


『すこしかったるし、無駄に駄弁ってる時間が勿体ないから、昼にやり残した電気・電子基礎の課題をやってしまうか。不謹慎だが30分ぐらい抜けても問題はないだろ…。腹が痛いからトイレに籠もっていたと誤魔化すか。』


 俺は隙を見て、バッグを持ちながら講義室の出入り口付近でふらついて、1人ぼっちな状況を自ら作り出した。委員は50人以上いるので、ドサクサに紛れて1人ぐらいいなくても分からない状況だった。


 そして、講義室をそっと出ると、人がいない隣の小さい講義室に入って課題をやり始めた。

 隣の広い講義室のざわめきが、この部屋まで聞こえているが、勉強をする環境としては申し分ないし、集中できそうな環境だ。


『これで今日、出された課題やレポートが全部終わるから、このあと、コンパがあっても、とりあえず無事なはずだ。』

 俺は学食で昼飯を食べながらやっていて時間切れで終わらなかった課題のプリントを見て問題を解き始めた。


 <図のような回路でe1が30V、e2が20V、r1が8Ω、r2が1Ω、r3が4Ωの回路がある。i1・i2・i3を求めよ。>


『これはキルヒホッフの第2法則か…』


 問題を解き始めて、しばらくしたら足音が聞こえてきた…。


「こんな所で課題をやっていたのですか?。三上さんがいないので、心配になって探してしまったわ。」


 松裡さんが、俺がこんなところで課題をやっていたので吃驚したような顔をしている。


「ごめんね、松裡さん。どっちみち、このあとコンパだろうしね。この課題を片付ければ、出された課題が全て終わるから。明日からは毎日のように、実行委員の打ち合わせがあるだろうから、溜めちゃうと死んじゃうし。」


 そうすると彼女は、脇に座って課題のプリントや脇の置かれた専門書をチラッと見始めた。


「うわぁ、さすが理系よね。専門書を見ると2年から専攻科のような講義なのね…。このプリントの問題、たぶん高校の物理でやったような気がするけど、私は文系だから全く分からなかったわ…。」


 そんなことを松裡さんと話していたら、牧埜さんまで来てしまった。

 真っ先に俺がやっている課題のプリントを覗いている。


「トイレに行って戻ろうと思ったら、ここから聞き覚えのある声が聞こえたので…。こんな所で三上さんは課題ですか?。いやぁ、私は完全に文系だから物理は捨ててまいしたよ。」


『こうなったら、早々に解いてしまわないと…。』


「これは、電気や電子分野で言えば基礎的な部分ですからね。この問題はキルヒホッフの第2法則で連立を組まないと解けない奴です。そんなに時間が掛からずに解けるし、このプリントで課題が完全に終わるから、待っていてくださいね…。」


 俺は何時も寮にいる時と同じ調子で、2人と雑談をしながら問題を解き始めた。

 この時、棚倉先輩がスッと入ってきて後ろにいたが、問題に集中しているから気づかなかった。


「三上さん、こんなに際どい時間の隙間で課題やレポートをやるのね…。それに、これをサラッと解いてしまうのが羨ましいわ…。」


 松裡さんが、俺の課題を解いているのを見ながら、感心してそれを見ている。


「学食で昼飯を食べながらやったり、仕送りが途絶えたときは、昼飯抜きでキャンパスのラウンジとかでやってしまうことが多いです。あとは講義後に時間が少し余ると、仲間同士でその場で課題を片付けてしまったり…。」


 雑談をしながらも、問題を解く手は止めない。

 2人と話しながら全て問題が解き終わった直後に、後ろから聞き覚えがありすぎる声が聞こえる。


「三上よ。俺が見ている限り、答えが合っているから無事だぞ。お前はこれがスラッと解けて、数学ができないのが謎だ。向こうはコンパの話が出てるから、そろそろ戻れ。参加せずに帰る奴が大量にいるだろうが、こっちは実行委員幹部だから逃げ出す訳にもいかないからな。新島は寮に戻らないと高木さんに殺されるだろうし。」


「先輩、いたのですか…。すみません、見直す手間が省けました。」

 俺は棚倉先輩がいたのに気づかなかったが、後ろから答え合わせをしてくれた事に感謝した。


「お前は、さっき牧埜や松裡に話していたが、そんな時間の隙間に課題やレポートをやっているのか。それに、いつも仲間達と寮で熱心に勉強していると感心しているのだよ。おまえは寮で色々と俺達に頼まれるから、本業の時間を削ってしまって、本当に申し訳ない…。」


 どうやら松裡さんや牧埜さんと雑談をしていた時に、すでに後ろにいたようだ…。


「そもそも、うちの部屋は寮生のたまり場になるから、まともに課題ができない事も多いですから。仕方ないから、部屋でみんなと会話しながらでも集中して課題をやる技を鍛錬して磨きました。」


 俺の話を聞いた牧埜さんが吃驚する。

「みっ…三上さん…何気にそれって凄くありませんか?。さっきも喋りながら問題を解いてるスピードが変わらなくて、あれっ?…と、思ったのですが。」


 棚倉先輩は腕を組んで牧埜さんに自慢そうに話す。

「こいつは、何をやらせても器用すぎるのだ。本人は不器用で俺は駄目だと言うが、変に器用すぎてよく分からない。」


 その言葉に牧埜さんが目をぱちくりとさせているが、先輩は言葉を続けた。

「ここで駄弁っても仕方ないから戻るとしよう。泰田がビールを飲みたいと五月蠅くてね。」


 バッグに課題のプリントや専門書などを入れると、まだ会食をしていて騒がしい講義室に戻る。


 講義室に入ろうとすると泰田さんが入口で待っていた。今の泰田さんは飲みに行けるから凄く機嫌が良さそうだ。

「三上さぁ~~ん。何処に行ってたの?、もぉ…心配しちゃったわ…。」


 俺が言う前に牧埜さんが泰田さんに話してくれた。

「泰田さん。三上さんは隣の講義室で課題をやってたのですよ。私が高校時代に文系で全く駄目だった物理の問題を、私達と雑談をしながら、あっさり解いてて目が点でしたよ。さすがは理系ですね。」


 それを聞いた泰田さんが悔しそうな顔をしている。


「牧埜さん、松裡さん。それはずるいわっ。わたしも見たかった。お互い文系だから理系の課題なんて見たこともないし、流石は三上さんだわ。サボる誰かさんと違って合間に課題なんて…。」


「泰田よ、それよりもコンパの参加人数は何人だ?。この人数だと駅前の大きな雑居ビルにある、あの居酒屋ぐらしかないだろう。あそこは、ウチの大学のコンパの稼ぎ頭だからな。会費は3,500円程度で設定して、飲み放題のプランにすれば無事か?」


 棚倉先輩は泰田さんに急かせるように人数を聞いた。人数がたくさんいるので席を押さえたいのだろう。


「棚倉さん、いまのところ私達も含めて28人です。今年は三上さんの効果もあって参加人数が多いわ…。半数が参加希望だし。」


 それを聞くと棚倉先輩は携帯で居酒屋に電話を入れて予約をし始めた。もう慣れている雰囲気だ。この種のとりまとめは総務委員長の泰田さんがやるらしい。棚倉先輩も過去に総務委員長だったので流れもよく知っているのだろう。


「泰田さん。私の効果ってどういう事ですか?」


 俺は泰田さんが棚倉先輩と会話していた事が気になって問う。自分の事だから余計だ。


「今回は相当に凄い人が実行委員長代理になってて、しかも新島くんとのギャップが凄いからよ。みんな三上さんを頼りにしているのよ。実行委員長って押しつけられて嫌々やる人も多いから、あんなにアドリブで挨拶ができる人もいなくて…。」


 泰田さんは苦笑いしながら答える。

「はい?。あれが当然じゃないかと。」


「いやいや。場慣れしてる人が挨拶するのは今までなかったわ。フフッ、しかも、棚倉さんにアドリブで振ってしまうなんて、余裕がないとできないわ…。」


 そんな会話をしていると、電話を終えた棚倉先輩がやってきた。

「先輩。新島先輩の姿が見えないから寮に戻ったのですか?」

 俺は今の話を誤魔化したくて、新島先輩の話を振った。


「その通りだ。さっき、お前がいない間に、ここに高木さんがきて連れて帰った。もうコンパの代金も新島から預かってるから気にするな。ちなみに浜井教授は高木さんと少し話をしたあと、青くなってゼミがある部屋に戻っていった…。」


 俺は先輩の話を聞いて高木さんと共に帰った新島先輩にと浜井教授に合掌をした。


「棚倉さん、それでコンパの席はどうなりました?」

 泰田さんはコンパの件があるから焦っている顔をしている。この人数で幹事だと、忙しすぎてあまり飲めないだろう…。


「おっと、三上のことよりも、こちらが先か。泰田、席は押さえられたから大丈夫だ。無論、この人数だとバラバラになるから、各委員別になって上手く振り分けてくれ。俺らは準備員会のメンツで席を囲もう。」


 俺は泰田さんに相当な負担がかかることを心配して声をかけた。この大人数での幹事疲れをして、二次会がやむを得ず設定され、彼女が酔い潰れるまで飲みまくる危険性があるような気がしたからだ。


「泰田さん、私は金勘定はダメですが、少し手分けして手伝いましょうか?。席の誘導ぐらいは俺でも可能ですし、集金は早速、経理委員を使って手分けしたほうが楽でしょう。一人で抱えると飲めなくなりますから。」


 泰田さんは俺の言葉を聞いて万遍の笑みを浮かべながら、ほんのりと顔を赤らめた。

「三上さん…流石だわ。そういう気遣いが嬉しいのよっ。ただね、実行委員長代理さまに、そんな仕事をさせる訳にはいかないわ…。」


 それを、俺のそばを通りかかった松裡さんが話を聞いていて、すぐさま反応をする。

「泰田さん。集金は私達二人がやるわ。大丈夫よ、これだけの人数だから三上さんの言うとおり、幹事役が何人かいないと大変だわ。三上さんはホントによく見ているわ…。」


 松裡さんの横に経理委員の女子の委員が脇にいる。

『あれ?誰だっけ?。自己紹介をしていたが、とうの昔に名前を忘れてる…。』


 その女子委員が俺の姿を認めると、そばに偶然にいた男子委員に声をかけた。

「あ、三上さんいたっ。ほら、天田くん、三上さんがいたよ!」


 その二人が俺の前に立つ。

「三上さん。わたしは2年で経理委員の山埼 咲良やまざき さくらです。こちらは同じく2年の企画委員で天田 良和あまだ よしかず。広報委員長の守さんに誘われて一緒にバレーボールのチームに入ることになりました。よろしくねっ。」


 俺は天田さんから握手をされる。

「三上さん、よろしくね。まともな経験者は三上さんぐらいだから、頼りにしてますよ。」


「うわぁ~~、もう、バレーボールのメンバーが決まったの??。やっぱり三上さんのお陰よ!!。これで今度の土曜日の夜から、あそこの体育館で、お母さんがやってるママさんバレーのチームと一緒に練習ができるわ。」


 泰田さんは本当に嬉しそうだ。もう笑顔が止まらない。


「泰田さん…マジに練習するのですね…。それは聞いてなかった。まぁ、コンパで色々と食いすぎている部分もあるし、最近は体が鈍っているので体力作りとしては有り難いですけどね…」


 泰田さんと話をしながら、あたりを見回すと、棚倉先輩は俺たちのそばを離れて誰かの委員と雑談をしていたから聞いていない。


 俺は先輩達に話して下手に一緒についてこられても困るので、これは内緒にしておいたほうが得策だと考えた。寮の門限を超えたとしても、松尾さんに事情を話して棚倉先輩や新島先輩達には内緒にしておいてくれと言えば大丈夫な筈だ。


「酔わないうちに伝えておくわ。わたしと、守さんのお母さんが同じチームでママさんバレーをやっていてね、去年もそうだったけど、実行委員チームの仲村さんと一緒に練習していたの。練習する体育館は、体育祭の運動公園だから大丈夫だわ。詳細は明日、委員会が終わった後にチームで集まりましょう。」


「泰田さん。棚倉先輩と新島先輩には、この練習の件を話したくないのです。彼ら、バレーボールもしないで冷やかしに来るだけで何もしないですから。」


 俺はあえて、微笑みを浮かべながら泰田さんに懇願した。真面目な顔をすると棚倉先輩に悟られて突っ込まれる事もあるからだ。

「三上さん、よく分かってる!!。球拾いもしないでボーッとしてるのは邪魔なのよね。わたしもそれには大賛成だわっ!」


「泰田さん。わたしと牧埜さんも補欠2人として練習に加わっていいですか?。」

 松裡さんが泰田さんに決意を固めたかのような顔をして泰田さんを伺った。


 その話をズッと黙って聞いていた牧埜さんも口を開いた。

「三上さんが泰田さんとバレーボールの話をしている間に、松裡さんと補欠で一緒に練習をしないかと相談していたのですよ。今は棚倉さんも遠く離れているから聞いてないでしょうしね…。」


「二人とも…いいわよっ!!もう嬉しいわっ!。三上さん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、誰も見つからなくて、わたしが強引に引っぱってくるしかなかったのよ。今回は何かあった場合の補欠まで見つかって嬉しいのよ。」


 俺は泰田さんに固い握手を強引にされる。とにかく嬉しそうだった。泰田さんと固い握手が終わると、今度は仲村さんもやってきた。


「なんだ、泰田。バレーボールのチームがすぐに結成できたのか?。今回は三上さんがいて、みんな安心感があるから参加しやすい雰囲気ができたのだろうな…。去年は無理矢理に実行委員長にさせられた人だったから、実行委員達にモチベがなくてね…。」


「あ、仲村くん。三上さんが練習に参加する件だけどね、新島くんや棚倉さんには黙っておいてだって。冷やかしにくるだけで、ボールの一つも拾わないのは確実だから…。」


 仲村さんは泰田さんの話を聞いて、拍手をして激しくうなずいて同意をしている。


「三上さん。それは言えてる。あまり悪口は言いたくないけど、二人はマトモにやるとは思わないからなぁ。棚倉さん、体は大きくても運動音痴な部分があるから、こういう場面は逃げ腰だしね。」


「仲村さん。それは初耳でした。あれだけ勉学ができても、やっぱり何処かに弱点はあるのですね。」

 俺は仲村さんから棚倉先輩の弱点を聞き出せて嬉しくなった。


「三上さん、その通りなんだよ。去年も一昨年も棚倉さんは体が大きいからバレーボールのチームに誘われて、試しに少しだけ大学の体育館でやったけど運動全般が苦手っぽくてね…。背が高いからアタッカーとかブロッカーに向いてそうだけどさ…。」


「俺も、バレーボール部で補欠の類いだから、ダメならハッキリと言って下さいね。チームから降りて補欠でも構いませんからね。」


 仲村さんは首を横に振った。

「いや、三上さんはそんな事はないと思うよ。体は小さいけど、体幹が良さそうだし。」


 仲村さんと話をしていたら、守さんが、俺たちその様子を見て飛んできた。


「三上さん、いや…、同期だから三上くんと呼ばせて。泰田さんが嬉しそうにしてるから、様子を見にきたらバレーボールのチームができたのねっ!。これも三上くんのお陰よ。だって、あんなやる気のある挨拶を聞いたら、みんなだって、それなりに動くもん。」


「いや、守さん、あんな大したことない挨拶ぐらいで…。皆さんに話しましたけど、棚倉先輩や新島先輩に、練習の件は黙っていて下さい。彼ら、たぶん、冷やかしに来るだけで何もしませんから。」


 守さんも俺の言葉に激しくうなずく。


「三上くん、マジに分かってるわ!!。本当にその通りよ。チームに参加しないのに手伝いも練習もしない人なんて必要ないわ。みんなで、できる限りの練習をして、少しはマシなゲームにしましょ。いつも実行委員チームは負け役になるけど、今年こそは一泡ふかせたいわ。」


 守さんの「三上くん」は、この日だけが限定だった。

 やっぱり、彼女の中では、実行委員長代理に対して気軽に「三上くん」なんて呼べる立場ではなかったからだ。


 それはともかく、俺たちはその後、バレーボールのチームが結成されたことで不思議とテンションがあがってチーム内の絆ができてしまって雑談をしまくっていた…。

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