-時は現代に戻る。-
ここまでの経緯を陽葵に語ると、陽葵が何とも言えない表情をしているのが分かって、俺も複雑な気持ちになった。
「あの時は、先輩達に小間使いにされていたから疲れていたから、それが嫌になって1人になりたかったし、陽葵も分かるとおり、あまりに褒められると辛いからね。でも、陽葵と付き合うようになって、会うたびに疲れを忘れさせてくれたのは感謝しているよ。」
少しだけ顔が曇っている陽葵に向かって、俺は気を遣うように言葉を続けた。
「ただ、ごめんね。あの…もの凄く忙しかった時に、1日だけ、どうしても1人になりたい事があったけど…。」
陽葵があの件を思い出して、バツが悪そうにしている。
「あのとき、あなたとデート…。いや、あなたに見つかるまで、コッソリとあとを追ったことがあったわよね。それで古書店街や、当時の秋葉原に行ったことがあったけど、そういう趣味も悪くないわ。それに、あんなに忙しいと精神的に参っちゃうから、息抜きしなきゃ駄目だと思うもの…。」
陽葵と付き合いだしてしばらく後に、新年度になってから、殺人的に忙しい時期があって、あまりの忙しさに、1人になりたい時があった。
それもあって、半ば強引に就かされた役職に関して、大学の偉い人から引き留められたのに関わらず、背に腹は代えられなくて、辞表を出した出来事もあったのだが…。
それで、かなりの忙しさに嫌気が差した俺は、全てのコンパや会合などを断って、さらには陽葵の家で食事をする誘いも夜までは無理だと言って、こっそりと秋葉原や古書店街に行ったのだ。
まぁ…、結局、陽葵に見つかってしまったのだが…。
俺は当時の忙しさを思い出して溜息がでてきた。
「だいたいさ、あの件は特にそうだけど、あんな大役を強引にやらされて、ことある毎にコンパや無駄な会議なんてしていたら、仕送りが途絶えがちな貧乏寮生なんて、一発で飢えてしまうよ。そういう事が楽しい人もいるのは認めるけど、今は可愛い陽葵をみてるだけで満ち足りているからなぁ。」
陽葵は俺のノロケを聞いて、ほんのりと顔を赤らめている。
この件に関しては、会話を微妙にそらさないと、あのときに陽葵を置いていった事を思いだして、少しばかり悲しい顔をされてしまう。
「もぉ~~、あなたは、わたしを褒めまくっているけど、何も出ないわよ♡。」
俺は、陽葵に追い打ちをかけることにした。
「何も出ないだって?。そこから陽葵の可愛さが出てるじゃないか。そのモジっとして顔を赤らめるところなんて可愛くて仕方ないから、今にでも抱きしめたいぐらいだよ。」
「… … … …」
陽葵は、とうとう恥ずかしくなって顔を隠している。俺は、そんな陽葵が可愛すぎて、たまらなくて頭をなでていた。
「やっぱり陽葵は可愛い…。」
俺は陽葵の頭をなで続けながら、先ほどの続きを語り始めた。
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-時は19年前に戻る。あれから4日後-
有坂教授の午後の講義が終わった後、いつものメンバーでお約束の如く課題をやっていた。
「みんな、すまない。今日は4時までに例の体育祭実行委員の会合があって、それまでには終わらせたい。」
俺の予定が詰まっていることに、良二が心配そうに見つめながら溜息をついた。
「恭介はホント…忙しいよなぁ。お前は最近、目が死んでるから、息抜きできる時間が欲しいだろ?。先輩達の無茶振りで、いまにも、ぶっ倒れてしまいそうで心配になるぞ…。」
良二とそんな話をしていたら、有坂教授がやってきた。
「いやぁ…三上君。君は浜井教授に会ったのか。電話で教え子を少し借りるぞ、なんて言われたから、吃驚したけどね。聞いたぞ。君はバレーボールができるそうじゃないか。もしかしたら、私も時間があれば、浜井教授に会うついでに君を応援しに行くかも知れない。うちの学部を代表して頑張ってくれ。」
有坂教授がバレーボールの件を知っているとは思わなかったし、そんなところまでバレていることに、内心は嫌だったが、それをグッとこらえて、作り笑顔をして誤魔化していた。
たぶん、棚倉先輩や泰田さんなどが、浜井教授に話をしたのだろう。
「教授にまで、その話が伝わっているとは思いませんでした。私は、中学の部活でバレーボールをやっていましたけど、この身長なので、補欠もいいところですよ。ちなみに、今日の4時から実行委員会の初会合なのですが、しばらくの間は忙しそうです。」
良二や村上、宗崎は、有坂教授とのやり取りをジッとニヤつきながら聞いている。
『お前ら、勘弁してくれ。俺はバレーボールをやりたいために、実行委員をやってるわけじゃないぞ。』
そんな心の叫びを心中に抱きながら、教授を見ると目が少し泳ぎながらも俺の言葉を継ぐ桁。
「三上君。高木さんから念押しされているし、浜井教授からもよろしくと頼まれているから、私としても全力で君をバックアップしないといけない。それに、浜井教授と電話で高木さんの昔話で盛り上がってしまってね…。三上君が相当に苦労してるかと思うと、胸が痛いよ…。」
その後、有坂教授が村上や良二、それに宗崎が課題をやっているのを見て、分からない場所を教えはじめた。
そのお陰で、あまり時間をかけずに課題を終わったので、少しだけ時間にゆとりを持って、面倒な初会合に臨めそうだ。
すでに有坂教授は講義室を出て、自分の研究室に戻って行ったし、講義室は俺たち以外、誰もいなくなっていた。
課題がおわったので、バッグにノートや教科書などを入れていたら、宗崎が俺のほうを向いて、申し訳なさそうに声をかけた。
「三上。この前のお好み焼き屋で、松裡さんや泰田さん達と携帯の電話番号の交換をしたけど…。マジに良いのか?。学部外の交流どころか、男所帯の工学部で女の子の連絡先なんて交換できるのが奇跡だから少し嬉しいぞ。」
宗崎の話から、この前の泰田さんの怖さを思い出して、さりげなくアドバイスをする。
「宗崎。2人は真面目な人達だけど、間違っても怒らせないほうが良いからな。俺は、そういう感情はないから、お前らがどう接しようが構わないし、そんな事を考えていたら仕事にならないから興味がない。体育祭が終わった後に縁が残っているかが問題だな。そこは上手くやれ。良二はともかく、お前ら2人は俺と同じで不器用だからな。」
俺は、宗崎にそうアドバイスをすると、机の上に置いてあったペットボトルのお茶を口に含んだ。村上も宗崎に追従しつつ、俺をうらやましがるように、問いただした。
「三上がうらましいよ。お前は友人に出会いの場を譲るほど、この学部の中では、女子との交流が多すぎるよ。それに、女子寮生の幹部は、聞いたところによると、綺麗な子が多いなんて噂もあるけど、実際はどうなんだ?。」
「ブッ…」
俺は村上が問いただした件で、三鷹先輩の姿が真っ先に浮かんで、口に含んでいたお茶を少し吹き出してしまって、慌ててバッグに入れていた小さなタオルで拭きながら、うらやましがる村上に答えた。
「村上、人は見かけに囚われてはいけないと思う。今の女子寮長なんか、とても綺麗な人だけど、メッチャ喋りまくる人だから、俺は死ぬほど辛くて仕方ないよ。寮長会議なんて精神が削られるから地獄なんだ。」
村上がお茶を吹き出して愚痴を放った様子を見て、顔を曇らせると、良二がそれを見て、村上や宗崎に上手くフォローを入れた。
「恭介、お前はよく人を見てるから、安心できる子を友人に勧められるのが良いところだ。お前の縁なら、まず、性格面で困った子を持ってこないことは確実だ。俺なら、その喋りまくる子であろうと、好みなら、別に構わないけどね…。」
「良二、あれはマジに五月蠅いぞ。本題に入る前に30分ぐらい余計なことを喋りまくって、会議がよく混乱する。俺は今のところ会議を聞いてるだけの立場だけど、新島先輩や棚倉先輩が、かなり手を焼いているから困る。」
それに対して、良二が俺に何か話そうとした瞬間に、俺の携帯に棚倉先輩から電話がかかってきた。
「三上。講義は終わったか?。人数が多いので、少し早めに始めようと思うから、今から向かってくれないか?」
「分かりました。講義は終わってるので、今からバスに乗り込んで本館に行きます。たしか…え~と、3階でしたよね?」
「そうだ。ひときわ広い講義室があるから、すぐに分かるぞ。それと、少し軽い会食もあるから、途中で何か買って食うのは止してくれ。」
「分かりました。あと20分程度、待ってください。」
俺は棚倉先輩との電話を終えると、長い溜息をついた。
「みんな、悪い。そろそろ行かないとダメだ。明日以降は、これが毎日のように続くから、ハッキリ言って地獄だと思う。」
「三上。本当に大変そうだよな、体に気をつけてくれよ。お前がぶっ倒れたら、俺らの単位も大変だし、バレーボールが見に行けないからな…。」
宗崎が俺に向かって、そんな事を吐いたが。今の俺には、それを否定する時間がなかった。
「はぁ…。お前らなぁ…、そういう問題じゃねぇぞ…。」
俺は、そう言い残すと、急いで講義室を飛び出した…。
◇
俺は、実行委員会の委員が勢揃いをした初会合の場にいた。
講義室の教壇には、浜井教授が立っていて、その脇に新島先輩と牧埜さん、棚倉先輩と俺が実行委員四役として横一列に立つ形になった。
広い講義室に各委員別に集まった数を確認して,俺は少し緊張をしていた。
総務は泰田さんを含めて10人、経理は松裡さんを含めて7人。守さんの広報が5人。逢隈さんの企画実行は16人。仲村さんの外販は15人。
マニュアルに書かれた最低人数よりも随分と多いことは一目で分かった。
しばらくして棚倉先輩の司会で、実行委員の結成会が始まった。
「これより、教育学部体育祭実行委員会の結成会を始める。まずは実行委員長挨拶。」
新島先輩は教壇に立ってマイクに向かって原稿を見ながら挨拶をしている。
その原稿を横から見ると、棚倉先輩の字で書かれているのが分かった。
そして、俺は、棚倉先輩が浮かべた不適な笑みに嫌な予感を覚えていた。
『たぶん、先輩は絶対に俺に挨拶をふってくると思う。今から速攻で内容を考えろ、そして仕返しを考えなければ…。』
ここで挨拶をすることは聞かされてないから、たぶん、この前の準備委員会の結成でアドリブをやった仕返しを先輩がするだろうと予想をしていた。
生徒会の経験から、こういう場は慣れているから、俺はあえて油断しているフリをした。
ただ、あまりボーッとできないので、今の俺は初期型寮長モードで150%ぐらいの状態だ。
この寮長モードが原因で、可憐で可愛すぎる女の子と永遠の愛を誓うことになるなんて、この時点では誰も思わなかったのだが…。
挨拶をする内容を考えていたら、新島先輩の原稿が読み終わって拍手がおきた、新島先輩はホッとした表情で俺の前を通り過ぎて立ち位置に戻ってきた。
棚倉先輩が少し笑みを浮かべので、その笑みで自分が挨拶をする事を悟った俺は、初期型寮長モードを350%まで上昇させた。
「今回は実行委員長の新島さんが学生寮長で相当に多忙な為に、やむを得ず、実行委員長代理をおく運営になりました。ここで外部委員兼、実行委員長代理の三上さんより挨拶をお願いします。」
棚倉先輩の言葉に準備委員会のメンツが、笑顔で思いっきり拍手を送ってきたが、俺は頭の中で挨拶の内容を考えつつも、棚倉先輩に仕返しをする内容を頭の中で描いていた。
先輩は不敵な笑みを俺に送っているが、同じく不敵な笑みを送り返したので、先輩の額から汗がでるのを確認した。
俺は壇上に立つと深く一礼をした。
「このたび、外部委員兼、実行委員長代理を承りました、工学部2年の三上恭介と申します。よろしくおねがいします。」
俺のことを知っている泰田さんや松裡さん、牧埜さんが期待の目を込めてこちらを見ているが、俺はそれに構っている状況ではない。
すでに泰田さんは笑いを堪えているような感じもする。
ちなみに今の三上恭介は、初期型寮長モード350%なので、1/Fの揺らぎが言葉の端に出ている。
この程度の軽い挨拶ではあるが、みんなが俺の話に聞き入っているようだ。
「私は、実行委員長の新島さんが寮の仕事で多忙な為に、外部委員でありながら、実行委員長代理を務めさせて頂く事になりました。この体育祭を無事に成功させられるように、皆さんを影から支えることが、私の役目だと認識しています。」
そこで、俺は棚倉先輩に穏やかな笑みを送った。先輩のギクッとした表情をしたのを見逃さなかった。
牧埜さんや松裡さんが、俺の企みに期待をして笑みを浮かべているのが分かった。
「もしも、皆さんが不安に思ったり分からない事があれば、私達に屈託なく申し出て頂くのと同時に、私に分からない事があれば、ご指導とご鞭撻のほど、よろしくお願いします。そして、この体育祭を実りあるものとするため、力を合わせて委員長の新島さんや、補佐である棚倉さんを支えていきましょう!。そして参加した皆さんから良かったと言われる体育祭にしましょう!。」
そこまで挨拶をした時点で、棚倉先輩を横目でチラッと見ると、額から大粒の汗が流れているのが確認できた。
それと同時に、泰田さんが下を向いて笑いをこらえているのも見えた。
「私の挨拶を終わりにしたいと思います。」
俺の挨拶が終わって、一礼をすると、大きな拍手がおくられた。
拍手が少し止んだところで、俺は言葉を続けた。
「ここで、私や新島さんを補佐して頂く棚倉さんより、ご挨拶をお願いします。」
この言葉と同時に、泰田さんは声を殺しながら笑いをこらえ、右手で机をドンドンと叩く真似をしているし、松裡さんや牧埜さんも笑いをこらえている。
実はこのとき、ショートカットで見た目は綺麗だが、無茶苦茶にお喋りな人が、偶然にも、この講義室の前を通りがかった。
そうすると聞き覚えのある声が耳に入ったので、入り口付近で立ち止まって聞いていたなんて、誰も知る由がなかった。
『三上クンって…、本当になにもの??。原稿なしで堂々とあれを喋るなんて、寮長会議であんなことはあり得ないわ…。教育学部の体育祭って確か、当日は学部自由参加だったはずよね。実行委員会も、ここで暫くやるだろうから、ゼミ帰りに様子を見たほうが良さそうだわ…。』
そして、彼女は、しばらく様子を伺った後に講義室を後にした…。
俺は、そんなことなどいざ知らず、すました顔で壇上の立ち位置に戻った。
そうすると、棚倉先輩は、あの時と同じように一瞥をくれたが、俺は平然とした表情で無反応に徹した。
先輩は司会に徹しているから、挨拶など考えてはいなかったのだろう。
「え~、このたび、実行委員長代理の三上さんから、特別職アドバイザー兼、実行委員長補佐に任命された棚倉結城です。2人の後輩を支えるべく私も微力を尽くしますので、どうか、新島と三上を温かい目で見守ってやってください。私からは以上です。」
先輩が一礼をすると、皆から拍手がおくられた。
その後は浜井教授から挨拶があって、各委員が立って、各々が自己紹介をした。
それが終わると、各委員たちが集まって、ブリーフィングを開始したところで、浜井教授は何処かへ行ってしまった。
俺は教壇近くの椅子に座ると、周りの様子を見渡したいたら棚倉先輩に声をかけられた。
「三上よ、お前って奴は本当にわからない。突然に挨拶を振られて、すぐさまあの台詞が出るなんて聞いてないぞ。しかも、俺に振りやがって。」
生徒会をやっていたから慣れてるなんて言ったら、このあとの仕事での無茶ぶりが怖いので嘘をついた。
「先輩、別に大したことはしてませんよ。俺の役職なら当然、挨拶があるのかと、バスの中で台詞を考えていましたから。まぁ、事前に声をかけて貰えば、新島先輩みたいに原稿がある状態で読みましたがねぇ。」
それを聞いていた新島先輩がマジマジと俺を見た。
「三上、お前は何かやってねぇか?。マジに慣れてねぇと、アドリブなんかで、あんな言葉は出てこねぇぞ。俺もサークルなんかの挨拶は、原稿なしでも少し前から頭の中でイメージするぞ。今回は棚倉先輩が無難なことを喋れと言ったから、先輩の書いた原稿になったけどなぁ…。」
そんな話をしていたら、浜井教授がやってきて声をかけた。
「棚倉君。準備ができてるから、幾人かの委員を連れて、下の購買から会食用の食事や飲み物を持って、ここに来てくれ。」
俺たちは、何人かの委員にお願いをして、1階の購買から、飲み物や食べ物を講義室に持ち込んだ。
『さっきの新島先輩の問いは危なかったぞ、浜井教授が来てくれたから、運が良かったし助かった…。』
俺はペットボトルが入った段ボール箱を抱えながら、ホッと胸をなでおろしていた…。
各委員のブリーフィングが終わると、机の上に飲み物や簡単なお菓子などが並べられて、会食のような形になった。
さっそく、泰田さん、松裡さん、牧埜さんが寄ってきて、最初に泰田さんから声をかけられた。
「三上さん、ホントにあの挨拶は最高だったわ!。棚倉さんの悪戯から堂々とアドリブで挨拶をやるなんて。あの場は実行委員長の挨拶ぐらいで、三役なんて全員が挨拶しないのよ。それで、三上さんは棚倉さんに無茶振りをするのが面白かったわっ。」
俺は3人に対して適当に会話をした後、お菓子を食べながら、時折、委員から声をかけられて、それに普通に反応しつつ、握手を求められながら、面倒な会合を過ごした。
『ああ…面倒だなぁ…。疲れるから早く終わって欲しい…。』
俺はそう思いながら、この会食を平穏無事に過ごせるように祈っていた。