寮の仕事や準備委員会が終わったので、俺はかなりホッとしていた。
食堂に松尾さんもやってきて、松尾さんの奥さんが出してくれたご飯を食べながら、みんなで雑談をしていた。
俺は、課題も終わってるし今夜は風呂に入って早々に寝て、明日は羽を伸ばしたかった。
「三上よ。明日はどこか空いてる時間はあるか?」
棚倉先輩から悪夢のような声がかかる。
『もう勘弁してくれ。』
そう思いつつ、明日は都合がつかないことを伝える。
「先輩。あいにく親類に呼ばれてますから、夜の7時頃までは寮に戻れないですよ。」
俺は1人になる時間が欲しかったから親類に呼ばれている嘘をついた。
何か突っ込まれても、うちは親類が多いので、伯父叔母を頼れば、ここから電車で1時間も経たないところにあったりするが…。
「なら、ちょうどいい。広報や企画、外販の委員長などの内定者と顔合わせをしたくてね。夜に顔合わせのコンパをする話が出ているのだよ。」
『…こんな非効率なコンパは、いつまで続くんだ…?。』
俺はとても憂鬱になっていて、逃げたい一心で、断る理由を考えていた矢先だった。
「棚倉君。コンパ続きでみんな疲れているだろうし、ここで寮の幹部とバイト達でたまにやる慰労会のような形式で初顔合わせを開いたらどうだろう?。」
俺たちと一緒に、ご飯を食べていた松尾さんが、一つの案を出してくれた。
内心、俺が色々な事をに振り回されて、疲れ果てていることを察して、松尾さんが気を回してくれたのだろう。
寮幹部やバイトの連中がやる慰労会は、2か月に1〜2回程度、休日になると調理師さんがやってきて、特別メニューで豪華な食事を作ってくれるのだ。
ちなみに、寮のコンパは寮内が禁酒なので、近くの宴会場を借りて行うのが慣例になっている。
寮内は禁酒だから、コンパとなるとお酒を浴びるように飲む寮生もいたりするのだが…。
「松尾さん、それは私としては、とても有り難いですが、会費は募ったほうが良いですよね?」
俺は、年度末になると寮の会計報告もあるから、少しだけ心配になって、松尾さんに突っ込んで聞いてみた。
「三上君。今回は大学側のバックアップがあってね、男子寮幹部が全員、教育学部の体育祭実行委員になったから、緊急事態として学生課が動いているのだよ。細かい件は、予備費で対応するから心配しなくても大丈夫だよ。」
棚倉先輩も、松尾さんの意見に同意したようで、少しばかりホッとした表情を浮かべているのが横目で分かった。
「みんな。明日の夕刻から、ここで顔合わせでどうだ?。ただ、寮内は禁酒なので、新島や泰田は辛いだろうが、それでも良いか?。今回の実行委員幹部は2年が多いから、飲めない奴のほうが多いし、ちょうど良いだろう。」
棚倉先輩が、ここにいるメンバーに明日の予定を聞くと、新島先輩が真っ先に答えた。
「オレは構わないよ。寮から出てコンパに行けば、高木さんに殺されてしまう。アルコールが出なくても、雰囲気だけ味わえるから、随分とマシだだよ。」
「新島くんの言葉はともかく、ここは居心地が良いし、三上さんの負担を考えれば、とても良い案だわ。しかも、大学や駅から近いし、気軽にみんなが集まれるのも魅力的だもの。」
泰田さんがそう言うと、牧埜さんは俺や松尾さんを見て、口を開いた。
「これだけ、ご相伴にあずかって、寮の皆さんには感謝です。三上さんはかなり忙しいし、親類に呼ばれているとあっては、予定を外せないでしょう。だから、相当に負担が掛かる事を心配しています。私と松裡さんは飲めないので、そのほうが気楽だから大賛成ですよ。」
牧埜さんの言葉に松裡さんが頷きながら、俺のほうを見て微笑みながら、明日の予定を話した。
「牧埜くんの言うとおりだわ。だって、こんな食事を出して頂いた上に、至れり尽くせりの環境で委員会が開けるなんて考えられないわ。それに、三上さんの負担を考えれば当然よね。わたしも飲めないから、このほうが気楽で良いわ。」
みんなの意見を聞いて、棚倉先輩はうなずいた。
「よし、明日の夜からの顔合わせはここでやろう。月曜日は、講義やゼミもあるだろうし、適度な時間で切り上げないと、学業に差し支えるからな。」
そこで、今日の準備委員会は散会となった。
松尾の奥さんが俺の顔色を見て、だいぶ青白かったので、相当に心配をしたことも、撤収を早めた原因の一つだった。
◇
-翌日の朝-。
俺は、寮から歩いて、まずは駅に向った。
『あ~あ、午後の6時までには戻らないといけないし、そこからが面倒だなぁ…。』
俺は、昨日のことを考えながら、少しだけボーッと電車に乗って、電車を乗り換えながら、秋葉原へ向かっていた。
この当時の秋葉原はオタクの街ではなく、真っ当な電気街であった。
俺は、秋葉原の駅に着くと、いくつかの店で、パソコンのパーツなどを見て、今の主流を確認することに専念した。
そのあよに、ジャンク品などの掘り出し物を見て回ったり、パソコンソフトを見て回った。
『今のところはこんなモンか。真新しいものはなさそうだな…。』
次に電子部品を売ってる店に行って、電子工学の実習で使いそうな部品を少し買い足したりした。
工業高校時代の余りもあるので、過剰に買わなくても、足りないモノを継ぎ足す程度で済むから助かっている。
『あそこは行列ができるほどに混むから、混まないうちに入るか…。』
俺はなじみの豚骨ラーメン屋に入って食券を買うと、トッピングを全部入りにして、それでも飽き足らず、替え玉をして満腹感を得た。
『さて、次は機械工学の専門書を取りにいかないと…。』
俺は電気街口と反対側にある大きな本屋まで歩いて、電話で取り寄せてもらった専門書を取りに行った。
「すみません。この前、電話で取り寄せをお願いした三上ですが…。」
俺は店員に声をかけると、仲間の分まで注文しておいた専門書を4冊分、購入した。
「三上さま。4冊ですね。」
すでに、代金は預かっているから、月曜日になって良二や村上と宗崎に、専門書を渡すだけだ。
『さて、この次は古書店街まで行って本を見ていくか。休日中の食費が浮いているので、たまには本を買っても大丈夫だろう。』
俺は秋葉原から古書店街まで歩いて行った。
好きな春秋戦国時代の関連の本を見ていたら、ふと、気になったタイトルを見つけた。
『夏姫』
夏姫は紀元前600年ぐらいの人で、絶世の美女であるが、彼女と関わりを持った男が次々と不運な事に見舞われると言われた人物である。
全巻を手に取ると、精算をしてバッグに本を詰め込んだ。
『さてと…。あんまりノンビリとしてるとギリギリになって慌てるから寮に戻るか…。精神的にリフレッシュするには少し足りないけど、まぁ…良いか。やらないよりはマシだ。』
もう日は暮れようとしていたし、本来なら夕食も、どこか美味しいところで食べたかったが、今日は体育祭実行委員会の顔合わせがあるから無理だったのが残念だった。
◇
時間よりも少し早く寮に戻ると、買った本を本棚にしまって、明日の講義の準備をした。
今日、購入した専門書もバッグに入れて、忘れ物がないか入念に確認をしたら、明日、着ていく洋服をハンガーに掛けた。
俺は購入した専門書を持って隣の村上の部屋のノックする。
「村上。教授に言われた本を買ってきたぞ。」
「おお、三上、サンキュー。こういう所がマメだから助かるよ。昨日は忙しかっただろ?。棚倉さんが今日も夜から、実行委員の仕事があるなんて言っていたのが受付室で聞こえたから、お前は相当に大変だよな。」
「大役を仰せつかってるからな。本当は面倒で逃げたくて、しかたない…。」
村上に本を渡すと、すぐに自分の部屋に戻った。
俺は、自分の部屋にある小さい冷蔵庫に入っている飲み物を開けて、少し休憩を取りながら買ってきた本を読もうと思った矢先だった。
「ん??」
誰かが俺の部屋をノックした。
ドアを開けると松尾さんがいる。後ろには牧埜さんや松裡さん、泰田さんがいた。
「三上くん。3人が早めに来てしまってね。寮の部屋を見たいというから、私が特別に許可したのだよ。君の部屋は模範になるほど綺麗だからね。」
男子寮の寮生の部屋は基本、女子禁制だし、女性は保護者や血縁者しか入室が認められていない。
ただし、寮監の特別な許可と、監視があれば、少しだけ入室を許可される場合がある。
どうやら松尾さんが機転を利かせたらしい。
「うわぁ~~、マジに三上さんの部屋…、わたしよりも綺麗かも…。」
泰田さんが俺の部屋を見て、率直な意見を言ってきた。
「三上さんは準備が良すぎるのよ。もう、明日の着る服をハンガーにかけてあるし、キチンと片付けられてビシッとしてる部屋を見ると、男子寮生とは思えないぐらい綺麗だわ。」
松裡さんが具体的に俺を褒めちぎると、牧埜さんも、部屋が綺麗なことに感心しまくっていた。
「私なんかと違って、部屋が月とすっぽんですよ。綺麗に片付けられる人が、うらましくて仕方がないです。」
「牧埜さん。そんなことはないと思いますよ、私だって、寮生が誰もこなければ、こんなに綺麗に片付けませんから。あっ、申し訳ないけど、いましがた汗だくで帰ってきたばかりなので、下着を着替えたいから、食堂で待っていてくれますか?。」
俺がそういうと、皆は部屋から出て、食堂に向かってしまった…。
『女性がいるから、俺の着替えなんて見せられないからなぁ…。』
ちなみに、この約半年後に、すぐにでも抱きしめたいぐらい可憐で可愛すぎる女の子が、恥じらいながらも自分の着替えを手伝ってくれるなんて、思いもしなかったが…。
『さて、食堂に行くか。』
俺は、汗だくになって湿っていたシャツを真新しいものに着替えると、部屋の鍵を閉めて食堂に行くと、泰田さんたちは、寮の食堂の調理師さんが出してくれたフライドポテトをつまんでいた。
「すみません、待たせちゃって。」
泰田さんはフライドポテトをつまみながら俺に話しかけてきた。
「三上さん、そんなに待ってないわ。みんなには内緒だからって、調理師さんがコッソリと出してくれちゃったから、わたしたちは、美味しく頂いているわ。これはビールが欲しくなるわよ。」
「早々に食べて下さいね。しばくして棚倉先輩がきたら、小言の一つでも言われるだろうし、新島先輩なんか、犬がおやつを欲しがるようにウルッとした目で、ずるいと訴えてきますからね。」
俺の冗談に、一斉にみんなが笑いはじめた。
それから20分ぐらいフライドポテトを食べながら、ゆっくりとしていたら、棚倉先輩と新島先輩が見知らぬ3人を連れてきた。
料理も一通りできあがったようだ。
フライドポテトや唐揚げ、春巻きやソーセージ、海老フライやピザなど…。
いわゆるパーティーセットのメニューが並んだ。
最初は棚倉先輩から、言葉を切り出した。
「では、実行委員会本部の初顔合わせを始めますか。新島は、あの時に顔を合わせてるから、自己紹介なんて要らないだろう。三上、お前から先に自己紹介だ。」
棚倉先輩がそう言ったので、まず俺が自己紹介をする。
「このたび、外部委員兼、実行委員長代理に任命された、工学部2年の三上恭介です。何も分からないので至らぬ点があると思いますが、どうか、よろしくお願いします。」
俺が初対面の3人に深々とお辞儀をしたあとに、男子学生が一歩前に出て、挨拶をしてきた。
「私は教育学部3年の外販委員長の
次に女子学生が2人いて、そのうちの1人が前に出た。
「わたしは、企画実行委員長で2年の
そして最後に残された女子学生が前に出て挨拶をした。
「2年で広報実行委員長の
各々が席に着くと、棚倉先輩から聞かされたのは、今回は実行委員の正式な発足会ではなく、単に顔合わせの会合であることが告げられた。
4日後に正式に委員が決まって、委員達が初会合で集まるらしいので、そのそれまで普通の生活ができてホッとしていた。
みんなは、少し豪華な料理をつなみながら、雑談に入った。
真っ先に新島先輩は、内心は精神的な疲れを出さずに必死に隠していピザを食べている俺に、眉をひそめるような言葉をかけてきた。
「しかしなぁ…。三上さまは、ホントに謎ですなぁ。これだけお堅い女子に好かれまくるなんて、オレには分からんよ…。」
その新島先輩の茶化しに、仲村さんがすかさず言葉を放って、新島先輩に注意を呼びかけた。
「おいおい、新島。大きな声でそんなことを三上さんに話したら、また、泰田にはたかれるぞ。あいつ怒ったら、マジに恐いから少しはセーブしろよ…。」
俺や新島先輩、それに仲村さんが、息を呑むように泰田さんを見ると、守さんや牧埜さん達と一緒に話し込んでいたので胸をなで下ろした。
泰田さんたちは、俺が、一昨日に話していた改善案について、事前に打ち合わせをしている様子だった。
仲村さんが泰田さんの様子を見て、かなり安堵をした表情を浮かべながら、さきほどの話を続けた。
「三上さんは面白い存在だよ。ゼミで浜井教授を知ってるけど、あの教授を説得して納得させるなんて難しい部類の人だからね。どんな手を使ったのかは知らないけど、それだけでも、みんなから一目置かれる存在になることは間違いないからね。」
「仲村さん。私は運が良かっただけですよ。あんまり過剰評価して貰っても困りますし…。」
俺は周りの過剰評価に精神的な疲れを覚えていたが、仲村さんは微笑みながら、さらに俺に話しかけた。
「それはそうと、泰田から聞いたけどさ、バレーボールを一緒にすることになりそうだから、よろしくね。三上さんは補欠だから駄目なんて言わないで欲しいな。経験者がいるのはとても助かるからさ。私の他にも泰田と守さんが一緒だよ。他のメンバーは泰田が見つけるだろうけど、去年も集まらなくて大変だったからね…。」
俺がバレーボールをすると聞いて、新島先輩はもの凄く驚いていた。
「え?、仲村、それはマジか?。三上は、部活でバレーボールをやってたのか?。お前、それなら早く言えよ。強制競技をサボってやり過ごしてから、午後から絶対に見に行ったぞ。お前は、いつも、つれねぇよなぁ。」
新島先輩の台詞は、俺の隣にいて黙って話を棚倉先輩もシッカリと聞いていた。
「棚倉先輩、だから言った通りだったでしょ?」
「三上よ、お前が恐い。新島の台詞や思考を、このようにズバリ当ててしまうのが恐すぎるのだよ。」
とうの新島先輩は口をポカンと開けたままだ。
そんな新島先輩を横目で見ていた仲村さんは、苦笑いしながら俺に話しかけた。
「棚倉さんから聞いていたけど、三上さん凄さの一端が見えた気がしますよ。新島の思考をズバリ言い当てるぐらいだから、かなり頭のキレる人が三役にいるのは心強いですね…。」
それを否定しようと、慌てて言葉を考えている最中に、なにか気配を感じ取って、後ろをふり向くと、いつの間にか、笑みを浮かべた泰田さんが俺の後ろに立っていた。
「フフッ、その通りだわ。2度も新島くんの言動を完全に読んで当てるなんて、誰もできないわよ。それよりも三上さん。わたしや逢隈さんと少し打ち合わせをしても大丈夫かしら?」
「私は構わないですよ…。」
逢隈さんや松裡さん、牧埜さんや守さんが囲んでいる席の一角に俺も一緒に座った。
俺は手に持っていたペットボトルのお茶を一口飲むと、逢隈さんから問題点を打ち上げられた。
「三上さん、泰田さん達と悩んでいるのですが、体育館とテニスコートの間に芝生になった広場がありますよね?。毎年のことだけど、この広場にゴミが散乱してしまうのが問題になっていて、去年は企画委員をやってゴミ拾いに追われて手を焼いているですよ。三上さんなら、名案がでるかも…、なんて、みんなが考えたので…。」
俺は企画書にあった運動公園のマップに書かれた、各企画や競技の配置や屋台の位置などを確認しながら少しだけ考えた。
「うーん、総務や企画の委員が常にゴミ袋を持って、休憩時間や食事の時間を削ってまでも、ゴミ拾いをするのは辛いですねぇ…」
そう言いながら、色々と策を巡らせると、少しだけ良い案が浮かんだような気がしてきた。
「企画委員に負担をかけて申し訳ないけど、この芝生の広場で、誰でも気軽に参加できるようなレクリェーション的な競技を企画するのはアリですか?。」
俺の突拍子もない発案に全員が注目していた。
棚倉先輩が、俺のコトを見てニヤッとしながら、いつもの台詞を吐いた。
「三上よ、また何を企んでいる?。」
「先輩。簡単なことですよ。ここで、競技をすればゴミを捨てにくいでしょう。この芝生が競技をする場として使えるかどうかは、運動公園の管理事務所に問い合わせが必要かも知れませんが…。」
「三上さん。たぶん許可はすぐに下りるはずよ。前にも何かレクリエーション的な企画で、っこを使ったことがあるから大丈夫なはすよ。」
俺は泰田さんの話にうなずくと、もう一つの案を出してみた。
「うーん、ゴミが出るのは避けられないですが、競技終了の1時間ぐらい前に、ゴミ拾い競争を企画してしまうとか。そうすれば、私達の手を煩わせることなくゴミが一気に集まりますよ。いちばん多くゴミを集めた人は、少し豪華な景品で釣りましょう。」
俺の案に、仲村さんがとても驚いたように、少し大きい声を出した。
「うぉ~~~、三上さんは、この状況を逆手に取ったよ…。しかも…ゴミ拾いを競技に入れて、みんなに拾わせてしまうとか…。」
「自由参加のほうは、学部外の学生も来るから、マナーを徹底したところで限界がありますからね。それなら、状況を逆手に取ったほうが楽でしょうね…」
結局、コンパなんて言いながら、こんな話をしながら、初顔合わせのコンパの時間が、あっという間に過ぎていった…。