俺たちは、お好み焼き屋で食べた後に寮の食堂で準備委員会の会議の続きをやっていた。
当然、新島先輩も一緒にいるが、泰田さんと新島先輩は水と油のような存在で、2人が会話をすると、かなり険悪なムードになるから、内心は勘弁して欲しかった。
「三上はこういうのに向いてるんだなぁ。手厳しい泰田たちと上手くやれてるのが信じられないぜ…。」
新島先輩が両手を広げながら俺に凄いと言わんばかりの顔をしている。
「新島くんっ。だ ・ れ ・ が 手厳しいって??。」
泰田さんが恐ろしい形相をしている。
今日は休日だから夕飯もないし、この会議が長引いて、食堂を占領しても問題はないが、こんな無駄な言い争いは勘弁して欲しい。
「うっ。やっ、泰田。そんなに怒るな。オレが悪かったから。さっき、コイツらが話をしていた高木さんに相当に絞られているから辛い。今は寮から一歩も動けねぇんだよ。だから、三上さまに全てを任せないと駄目なの。もしも、俺がコンパなんかに行ったら、高木さんに殺されてしまう…。」
泰田さんは、新島先輩とのやり取りを聞いていると、同期のまとめ役になっているような感じだ。
新島先輩みたいな存在がいると、真面目な人が多い教育学部から見れば、かなりの問題児なのだろう。
「あんたも、三上さんの半分でもいいから、仕事を真面目にやれば、わたしだって文句はないのよ!。今回の実行委員会の担当教授を、うまく説得したのは彼よっ!。もう〜っ、いくじなし!!。」
泰田さんは、もの凄い剣幕で新島先輩に怒っていたが、このままでは、新島先輩が泰田さんに潰されてしまうのは明らかだ。
そこで、あえて彼女の気持ちを、少しそらしてあげる必要性を感じたので、俺は横から口を挟むことにした。
「泰田さん、そう言わずに…。新島先輩にも良い所はありますから。私は、みんなに声をかけたり、もめてる委員たちを上手く説得して、対処するのは少し苦手です。そういう部分は、新島先輩に助けてもらいたいのですから。」
彼女は俺の説得を聞効いて、対象的にニコッとした顔を向けたが、新島先輩は、泰田さんに噛みつくような言葉を続けた。
「う゛わぁ~~ん。三上さまは俺の良いところを分かってくれるのね☆…。コイツが憎めないのは、良い所はちゃんと褒めてくれるところだならなぁ。だから、誰かさんのように…」
…ベシッっ!!!
泰田さんは俺に向けていた笑顔を崩さずに、実行委員会の分厚いファイルを持って、新島先輩の頭を思いっきりぶっ叩いた。
『お~~恐っ…。泰田さんを怒らせてはいけないな。高木さんは例外だが、女の人が怒ると、やっぱり恐いから気をつけよう。』
俺は顔色は変えなかったが、泰田さんの扱いを少し見直す必要性があると考えた。
あのバレーボールの強制勧誘を、頑なに断り続けたら、泰田さんが今のように怒ったかと想像すると身震いがしてきた。
女性が怒ると下手すれば男性から怒られるよりも精神的にキツイ場合があるから、細心の注意を払わなければいけない。
泰田さんに思いっきり叩かれた新島先輩は、頭の上にヒヨコが飛び回っていて、しばらくは何も喋れないだろう。
「まぁ、まぁ、泰田、この辺にしておけ。普段は動じない三上だって、泰田が新島を責め続ければ、お前におびえて、仕事がやりにくなるぞ…。」
泰田さんは棚倉先輩の言葉を聞いてハッとして我に返って、棚倉先輩や俺に、何か言おうとして、慌てた様子だったが、俺はすぐさま、準備員会の本題を切り出した。
「その件は、とりあえず置いといて、私が、なんで準備委員会を開こうと言ったのか、理由を説明しましょう。」
俺が本題を切り出したことによって、牧埜さんが、ここぞとばかりに口を開く。
「おおっ、三上さんなら時間効率だけではなく、何か策があると見ていました。」
「牧埜さん。その通りです。1つは私の時間節約の問題もありますが、ここの寮で新島先輩と一緒に準備委員会を開くことに意義があるのです。」
その言葉に棚倉先輩が真っ先に、俺に突っ込んできた。
「それはなぜだ?」
「俺もそれは聞きたいぞ?。こんな俺いることが役に立つなんて、初耳だし、三上は何を企んでいるのか分からないからな…。」
ついでに新島先輩も、俺の考えに疑問を持つのは当然であるので、俺はすぐさま、理由を説明した。
「先輩達、ここで準備委員会を開くことによって、新島先輩が、会議に出られない緊急事態であることが色濃くアピールできるからです。多忙な寮長だから、準備委員会の面々が、やむを得ず寮まで行って準備員会を開かなければならぬ事を議事録にも書きましょう。まぁ、実際、新島先輩は高木さんのお陰で、一つも動けないのは事実ですから。」
松裡さんが俺の言葉に率直な感想を述べる。
「やっぱり考えていることが三上さんらしいわ。ただ単に惰性で委員会を開くわけじゃないものね…。」
「だから、ここで、いがみあっても仕方ないので、できる範囲の仕事をやりましょうよ。当然、新島先輩もできる仕事を、シッカリとやってもらいますからね。先輩が、かったるいなんて言ったら、泰田さんから拳の一つでも飛んでくるでしょうし。」
俺が新島先輩に向けた忠言を聞いて、張本人の泰田さんが顔を赤くして、慌てた様子で否定をした。
「三上さん、それは新島くん限定だからね。お淑やかで、可愛いわたしに怖いイメージを持たないでね…。」
「はっ…、はい…。」
俺はとりあえず、泰田さんに向かって素直に返事をしておいた。
ここは従わないと、とても危険だと本能的に察しつつも、やっぱり女性って、怒ると恐いことを改めて認識した自分がいたのだ…。
それをニンマリしながら見ていた新島先輩は、俺に向けて、褒め言葉ともつかない感想をぶつけたが、俺はシレッとした表情を崩さなかった。
「しっかし、三上は寮であろうと、こんな大きな仕事であろうと、やってることは同じだなぁ。俺は棚倉先輩と一緒に狐につまされながら、お前の言うことを聞くことになる。それで、滅多に失敗することがないから怖くて仕方ねぇ。」
「とにかく、そこに書かれたマニュアルの手順に従いながら、議事録を書き上げてしまいましょう。それで準備委員会の立ち上げが終わって、本委員会の発足に移行できるはずですから。そこに、私が言った新島先輩の特別理由を添えるだけで説得力が増すはずです。」
一通りの説明が終わって、準備委員会を進めようとしたときに、新島先輩が俺に向かって手を合わせて、いつもの如く、何かお願い事をするポーズを取ったが、面倒な予感しかしない。
「そういえば、三上さま。それをやっている間に、例の洗濯機の故障申請をやってくれないか?」
俺は新島先輩がいる視線の先に、なぜか寮監室にあったパソコンが食堂に移動しているのを認めた。
「先輩。どうして、寮監室にあったパソコンが食堂の隅にあるのですか?」
「ああ、寮監室にあった棚が壊れてしまってさ。一時的に床に書類を積み上げているから、パソコンが邪魔になって、こっちに置いたんだ。受付室も狭いし、そばにある食堂が広かったから、少しぐらい置いといても邪魔にはならないだろう。」
新島先輩がそんなことを言っていると、次に棚倉先輩が俺に頼みごとがある予感がして、内心は嫌気を覚えつつも、先輩の言葉を待って身構えた。
「三上。準備委員会の進め方はマニュアルになっているから、新島でもできる。俺らが、準備委員会をやってる間に、この前の寮長会議の議事録も、ついでにやっておいてくれ。議事録を書いたのが木下じゃなくて三鷹だから、お前はいつもの通り、悲鳴をあげるはずだ。」
俺の嫌な予感が的中したが、これをやらないと、寮の仕事が先に進まない。
寮長会議では、先輩たちに発言を封印されているから、基本的にはボーッとしているしかないし、将来のためにも議事録をまとめて、俺が寮長になったときに活かすのも手だろう。
そこに寮監室のパソコンがあるし、プリンターもあるから仕事はすぐに終わるはずだが、三鷹先輩が書いた議事録は酷すぎて、俺が議事録を作っている書いている最中に、あまりの酷さに、ぼやいてしまうぐらい酷かったりする。
「皆さんに、今から言っておきます。私は作業中に、議事録の酷さに、愚痴と独り言が増えると思いますが、皆さんは気にしないでください。書いた本人には言わないでおきますが、あれは少女漫画のコマ割りで議事録を書いているから洒落になりません。同人でもやっているかと思うぐらいに酷いです。」
松裡さんが、俺や新島先輩とのやり取りを聞いて、少しだけ口を挟んできた。
「三上さんは寮の中でも信頼されているのですね…。それだけ色々と頼まれるって、やっぱり頼りにされているからよ。それに、少女漫画風の議事録って相当に酷いわよ。わたしも、見た瞬間に文句が出るのは分かるもの。」
俺は松裡さんの言葉に苦笑をいしつつも、棚倉先輩に議事録を持ってきてもらうように頼んだ。
「松裡さん、私を褒めるのは恥ずかしいから止して下さいね。あと、棚倉先輩、この前の寮長会議の議事録を化して下さい、三鷹先輩の議事録は地獄だけど、なんとかしますよ。そうだ、ついでに棚が壊れた申請書も書いてしまいますからね。明日は所用があって出かけざるを得ないので、今日のうちに全部、片付けてしまいたいから余計です。」
明日は所用があって出かけるのは嘘だが、明日は完全にオフにしたかったので、1人でぶらっと出掛けることにしたのだ。
何があっても、誰にも邪魔をされたくなかったし、それが俺のメンタル面での癒しになっていた。
「ああ、分かった。お前のことだから、これが終わるまでに、全部、片付けるのだろうから。」
棚倉先輩は俺にそう言うと、食堂を出て、寮長会議の資料を取りに寮監室に向かった。
その間に俺は、食堂にあるパソコンに電源を入れて、起動を待っている間に、食堂にある椅子を拝借して、故障申請の書類を2枚を書いてしまおうと考えた。
準備委員会の形式上の議題をやっていた面々が俺に注目をする。
「三上さん、キーボードを打つのが早っ…。画面しか見てないよ…。」
準備委員会の議事録を書いていた泰田さんが、俺を見て口をポカンとあけているが、構っている余裕がない。
ここで雑談を始めたら、この人達の話は長いし、棚倉先輩が頼んだ三鷹先輩が書いた議事録をまとめる時間が足りなくなってしまう。
「これが三上さまの力だっ。寮幹部であんな事ができるヤツなんて初めてだからなぁ。最初はオレらも仰天しながら見ていたけど、今は慣れっこだ。」
新島先輩が、そんなのことを言っているうちに書類が1枚でき上がったので、プリンターで印刷しながら、今は棚の修理申請の書類を書いていた。
洗濯機は、たまに壊れるから、書式が保存されていて日付と壊れた症状を簡単に書くぐらいで済むが、書類の棚が壊れた案件は、流石に前例がないから、詳しく書かなければいけない。
「いやぁ、凄いですねぇ…。あれなら頼られて当然ですよ…。」
牧埜さんが俺をジッと見ながら、率直な感想が出たところに、松裡さんが、また同じ感想を俺に向かって言っているようだが、やっぱり構っている余裕がないから、シレッと無視をすることにした。
「わたしなら電算室でキーボードと睨めっこしながら打つのが精一杯だわ。キーボードを叩く音も凄いし、画面を見たら、人がゆっくり話しているスピードで文字が流れていくのが、ここからでも見えるもの。」
食堂の扉が空く音がして、棚倉先輩が食堂に入ってきて、三鷹先輩が書いた寮長会議の議事録を持ってきた。
「三上、待たせた。」
俺は、それをチラッと見ると、とりあえず最初に愚痴を吐いた。
「先輩。何時ものことですけど、議事録と美味しい店のリストを分けますね。この議事録、マジに嫌ですよ。どこに何が書いてあるか分からなくて、1年の時から、これを見るだけで、細かい文字で書かれた少女漫画を何ページも読んだかの如く、精神的に疲れるのですよ。」
そんな愚痴を棚倉先輩に吐いていたら、泰田さんが、俺たちのところに寄ってきて、議事録を見て、呆れたように俺の顔をのぞいた。
「三上さんは少女漫画も読むのね…。ホントにジャンルなんて関係なしだわ…って、この議事録、マジに酷すぎ!!。」
俺は酷すぎることは当然なので、少女漫画の件をとっさに誤魔化すだけにした。
「泰田さん、私は妹がいたので、少女漫画に抵抗感がないだけですからね。」
泰田さんとそんな話をしている間に、棚の修理申請の書類が終わってプリントアウトをして、とりあえず新島先輩の頼み事を全て片付けた。
次に、お約束の面倒な案件に立ち向うことにした。
前回の寮長会議は、寮のコンパについて話し合われていたから、余計に面倒だった。
以前は、文化祭の他にも夏休み前に、寮祭なんてイベントがあって、ご近所をさんを招待して、焼きそばやカレーを作って振る舞うようなことをやっていたが、時代に合わなくなって、かなり前にやめてしまった。
そのかわりに男女の寮が合同で、近くの大きな宴会場に集まって、寮生一同で慰労会をやることになっていたので、その時の細かい打ち合わせが議題になっていたのだが、あまりの議事録の酷さに、俺は悲鳴をあげた。
出し物とかゲームなどは、前からのお約束があるから、前例を見ればすぐに分かるのだが、とにかく議事録が読みにくいから、詳細が全く分からない。
俺は、準備委員会で話し込んでいる棚倉先輩を横目に、サッと寮監室に駆け込んで、過去の寮長会議のファイルを引っ張り出してきた。
おれが分厚いファイルを持ってきたことを棚倉先輩が認めると、すぐに声をかけられた。
「三上よ…やっぱり駄目だったから、過去の資料をみたほうが早かったか?」
「先輩、やっぱり駄目です。過去のファイルから議事録を拾って、三鷹先輩の議事録を見つつ、想定しながら書きます。これを見るだけで、時間が勿体ないです。」
それを見ながら、前にパソコンで作った寮長会議の様式をファイルから呼び出して、過去の分厚いファイルをめくりながら、寮長会議の議事録をまとめなおした。
「うぎゃぁ…。三鷹先輩が書いてない一昨日まで遡らないと駄目か。棚倉先輩が書いた議事録を見ますからね。」
「三上よ、俺の議事録は見やすいだろ?。たぶん、やってることは変わらないから、それを参考にして、この前の議題に合わせた内容にしてくれ。」
棚倉先輩の議事録を見ながら、俺は、この前の寮長会議の内容を思い出しながら、議事録をの作成を進めた。
もう、三鷹先輩の議事録は、全く見ていないと同然のような感じになっている。
準備委員会の進行はかなり早く進んでいるようだ。
あっちのほうが早く終われば、俺のうしろに全員が集まって、余計な話をされるから、かなり邪魔になるのが嫌だった。
『俺のほうが間に合わないか…。嫌だなぁ…。』
俺は、タイプミスするのを覚悟で、タイプスピードをフルにあげたが、やっぱり俺の方が遅かった。
案の定、みんなが後ろでアレコレと言い出しているが、それがとても邪魔だから早く終わらせたかったのだ。
「三上さん、この議事録は酷すぎるし、体育祭実行委員会でこれをやったら、絶対に担当教授から叱られるわよ。しかし、三上さんはこれを見て、よく議事をまとめられるわよね…。」
松裡さんが、三鷹先輩の議事録をボロクソに言ったが、簡単な愚痴を吐くので精一杯だ。
ガチに話をしていると、時間が勿体ないから、早く終わらせたかった。
「私だって文句を言いたいですよ。ただ、先輩だから言うのをグッとこらえているだけです。」
『あともう少しだ…。美味い店をまとめるだけだ…』
もうヤケクソになって、誤字覚悟でタイプスピードを更にあげる。
「うわぁ…早すぎる。手の動きが分からないわ…。キーボードを見ないでよく打てるわ…」
俺はキーボードを叩くスピードも変えず、泰田さんの言葉に答える。
「泰田さん、両手の人差し指をFとJに置きます。大抵はキーボードに少し突起がついているから、感覚さえ掴めれば大丈夫ですよ。ただ、間違えると、今みたいに間違えて打ち直して戻ることになります。私もそれの繰り返しだったりしますがねぇ…。」
そんなやり取りをしている間に、ようやく議事録を全て打ち終えたが、最後に誤字がないかどうかを確認をして、タイプミスをしたところを修正していった。
かなり慌てて打ったので、今回は少しタイプミスが多かったが、それを修正するとプリントアウトをして寮の仕事を終えた。
外を見ると、すでに夕方で日が暮れそうだった。
少し、パソコンの目の前でボーッとしてると。松尾さんの奥さんが食堂に入ってきた。
「今日は特別に、みなさんの分の夕食も作っちゃったので、食べていってくださいね」
そういう松尾さんの奥さんの配慮が嬉しかった。
新島先輩の案件もあるだろうが、俺が相当に疲れている事を踏まえて、気を遣ってくれているのが明らかに分かった。
「ありがとうございます。ほんとうに助かりました。」
俺は素直に、松尾さんの奥さんに御礼を言った。
「三上くん、御礼なんていらないわ。私はあなたの頑張りに応えてるだけよ。」
そう言うと、奥さんは、夕食の準備をしに寮監室のほうに戻っていった。
『あ~、1ヶ月ぐらいこの状態が続くのか…。マジに面倒すぎる…』
俺は寮の食堂から外の景色を見て思わず溜息が出た…。