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~エピソード5~ ⑥ 三上さんの裏話。~2~

 俺は、麺が大盛りに入った塩味系のラーメンを、棚倉先輩や牧埜さんと小分けにしながら食べていた。

 松裡さんは、スープだけを底の深い小皿に入れると、レンゲで味わうように飲んでいた。


「おっ、これはアッサリしていて美味いなぁ。」

 このラーメンは、俺が好みの味だったので、素直な言葉が口から思わず出た。


「三上は、こういう味が好きなのは分かるぞ。お前は脂っこいやつを嫌う傾向にあるから、俺と少し好みが違う。これも悪くはないが、少し物足りない感じがする。」


 棚倉先輩との味覚の違いに、牧埜さんが少し反論を見せた。


「いや、棚倉さん。なんとなく三上さんの味の好みは分かりますよ。このスープは素材とかダシがきいているから、私は三上さんと味覚の傾向や趣味も合いそうな予感がしています。」


 この段階で、浜井教授を説得した際の説明が終わったので、面々の話題が雑談に傾いていた。

 ラーメンの感想にスープを味わっていた松裡さんも、その話に加わってきた。


「わたしもスープだけ飲んだけど、三上さんが、こういう味を好むのが、なんとなく分かるわ。ほどよい塩分で、素材とかを活かした味が好きそうな感じがするもの。そうそう、趣味といえば三上さんは、どんな趣味を持ってるんですか?」


「うーん…、私の…」

 松裡さんの質問に対して、俺がどう答えるか悩みながら、話そうとしていた時だった。


「コイツの趣味というか、できることが多彩すぎるから本人も悩むのだよ。パソコンなんかは寮生から助けてくれと頼まれるぐらいにやるし、キーボードを打つスピードは凄く早い。それに読書だって、漫画をサラッと読んだと思えば、ラノベ系の小説も読むし、小難しい歴史小説も好んで読む。修理できるものも多彩すぎる。この前もバイク乗りの先輩に声をかけられてエンジンまでバラしていたし、工学部の専攻科の先輩と電子部品を見ながら、アレコレ言っていることもあった。」


 棚倉先輩は、酔うと会話の反応が異様に早くなるから、相手が言いたいことや間合いを考えずに、喋りはじめてしまうことが多い。


 まして、俺の事となると、先輩が先に話してしまうことが多いから、寮のコンパで、とても困ったことが多かった。


 新島先輩がいれば、棚倉先輩の悪いところを止めたのだろうが、今は俺が1人で対処するしかない。

 とりあえず俺は、先輩が言ったことを捕捉するだけに留めた。


「棚倉先輩の話に捕捉すると、逆に皆さんが好みそうな映画とか、今、流行りの芸能人とか歌手みたいなのは苦手なですよ。テレビはバラエティーをボーッと見てるか、野球を見てるぐらいですからね。あとは柴犬の観察ぐらいで…。」


 柴犬の観察と聞いて、真っ先に反応したのは、かなり酔いが回ってきた泰田さんだった。

 あと、2~3杯ぐらいビールを飲んだら、棚倉先輩が泰田さんに飲ませるのを止めさせるぐらい、けっこう飲んでいる感じがする。


「三上さんは、やっぱり理工系の趣味だなぁ~~と、思っていたら、読書の幅も広くて面白そうだわ~。えっ?。柴犬観察???。なにそれ?。ちょっと聞きたいわ~。」


 その泰田さんの言葉に松裡さんも同意して続けた。

「フフッ、三上さんにしては意外だわ。その柴犬の話を聞いてみたいわ。」


 彼女たちは、俺の柴犬好きが意外だったらしく、微笑んでいるが、俺は、実家で生活している時には、なんてことはない日常的な話を淡々とした。


「うちの実家は山と田圃しかないド田舎ですから、当然、庭も広いのですが、小さい頃から柴犬をズッと飼ってまして。先代犬は大学に合格した頃に亡くなってしまったのですが、再び柴犬を飼い始めたので、それが可愛くて仕方ないのですよ。ただ、日本犬って随分と癖のある犬ですから、飼い主にしか従わない、すぐに飽る傾向にあるし、意外と制御が難しい犬ですからね。」


 泰田さんが、俺の話に随分とくいついてきた。


「柴犬って、尻尾がクルンってしていて、小さめの犬だよねぇ~。あれは癒やされるわ~~」


「泰田さん、そうですよ。犬も尻尾の動きで感情が分かることもあるので、あまり表情がないぶん、飼い主にとっては重要な情報源だったりします。上手くしつければ、お座りやお手の他にも、飼い主がワンと言えば、ワンと吠えてくれるし、投げたおやつを空中でキャッチしたりもできます。」


 泰田さんや松裡さんと、そんな話をしていたら、その話に棚倉先輩がくいついた。


「それは初めて聞く話だが、寮の近所にいる秋田犬が、散歩中にウチの寮に迷い込んだ時に、寮生が近寄ったら滅茶苦茶に吠えられたり、新島が威嚇されたりして、誰も近寄れない中で、お前だけに秋田犬がなついて、飼い主が来るまで上手く対処できたのは、そういう理由か…。」


「先輩、日本犬って、大きくても小さくても、大抵、その間合いが同じなのですよ。下手に犬との接し方や距離感を間違えると、噛まれたりもするから、実は飼うのが難しいと言われています。あのとき新島先輩が思いっきり、威嚇されて噛まれそうになったのは、完全に距離感や接し方を間違えたからです。」


 俺は残っていたラーメンを全て平らげながら、棚倉先輩の質問に答えていると、俺の食いっぷりに牧埜さんが目を見張った。


「さすが、三上さん。とても、食いっぷりが良いですね。」


「まぁ、お腹が空いてましたからね。寮の食事よりも栄養が沢山取れそうだから、今のうちに力をつけておかないと…」


 牧埜さんに、そんな感じで言葉を返すと、歴史関係の話題に牧埜さんが触れてきた。


「私は柴犬の話よりも、歴史小説のほうに興味があります。実は三国志好きなので…」


「おおっ、私も三国志も好きですが、それよりもズッと昔になる春秋戦国時代が好きでしてね。漢文の授業で孔子とか、晏子の御や、管鮑の交わりが出てきた時代の話ですね。無論、三国志もわかりますよ。」


「三上さん、それって、その系統のゼミにいる学者肌の女子院生がいたりするけど、その読書趣味はその雰囲気がするわ…。」


 松裡さんは、その系統の院生を知ってるようで、記憶をたぐり寄せるように俺に答えた。

 それに対して、棚倉先輩は、俺が松裡さんに答えるよりも先に口を開いた。


「松裡、そうなんだよ。コイツの読んでる本を、眠気を誘うのに勝手に部屋から借りて読んでみたが、さっぱり読めない。こいつは、寮の受付をやっていて暇なときに、それに集中して、シレッと読んでいる事が度々あるから、こいつは怖い。」


 牧埜さんが棚倉先輩の話を聞いて驚きを隠せない表情をしながら、俺に単純な質問をぶつけた。


「三上さん。なんで、そんなマイナーな趣味を?。とても、渋すぎますよ。」


「牧埜さん、これは三国志好きだからこそです。諸葛亮が敬愛した軍師の中に晏嬰や管仲がいましてね、それがどんな人物なのか知りたいと思って本を手に取ったら、そっちにハマったのです。極めて個人的な感想になりますけど、その時代は、まだ中国に本音と建て前があったので、日本人にとって馴染みやすくて、私としては読みやすかったのですよ。」


 牧埜さんが、俺の言葉を聞いて、驚いたような表情をして感心をしていたようだ。


「これは三国志も随分と掘り下げて読んでいますね。分野を問わない探究心の深さが、今の三上さんを作り出していそうです。私は、そこまで掘り下げて三国志を読んだことなんてないですから。」


 俺は。牧埜さんと話しながら、店員を見つけて、呼ぶと、新たに注文をした。

「すみません~。この春巻きを1つ。」


 俺が春巻きを頼んだついでに、棚倉先輩と一緒にビールを頼んだ泰田さんが吃驚している。

「まだ食うか~~。マジに凄いよ、三上さん、食いっぷりが凄すぎて惚れそうだわ。」


「泰田さん、こんな、しがないオタクの食いっぷりに惚れられても困りますよ。寮では、もっと私よりも大食いの人がいますし、うちの学部も男所帯だから、俺よりも大食いの人が沢山いますから。」


 棚倉先輩が俺が言葉を放った後に、泰田さんにお約束の言葉を放っていたので、俺は内心は長い溜息をつきたいのをこらえていた。


「泰田。お前も三上の魅力にとり憑かれたか?。こいつがいると俺もその話題だけになる。それぐらいコイツは面白い。」


 そんな棚倉先輩の奇妙な褒め言葉に、松裡さんが激しくうなずいた。


「棚倉さん、それは絶対に分かるわ。今日のコンパは三上さん一色だったもの。教授を説得したインパクトが強すぎて色々と聞きたいわ。三上さんって話し方が独特だけど、面白い人だわ。」


 そして、松裡さんが俺に向けた感想について、牧埜さんも大きくうなずいて口を開いた。

「松裡さん。私も次の日のお好み焼きに便乗したいぐらいですよ。それぐらい三上さんともっと話したいですよ。」


 俺は、そんな言葉を聞かされ続けたので、激しい精神的な疲労を覚えながらも、もう、勘弁して欲しいと祈っていた。


 そして、酔いが回って、ろれつが回らなくなってきた泰田さんが、率直に俺への意見を言い始めたので、いよいよ逃げたくなる気持ちを抑えきれなくなった。


「よっ~~、酔っ払ってる勢いだから言うけどねぇ~~、三上さんの性格が分かれば、女の子からモテるわぁ~~。年上の女の子が見たら、三上さんを守ってやりたい気持ちになる子もいるわ~~。」


 俺は酔っ払っている泰田さんの褒め言葉を聞いて、苦笑いしながら、モテるなんて言った台詞を否定した。


「泰田さん、煽てるのは止めてくださいよ。男所帯の工学部で彼女を作ること自体が至難の業ですよ。」


 棚倉先輩は、泰田さんのろれつが回っていないので、相当に酔っ払っていることを感じて、さりげなく時計を見て時間を確認した。


 俺も時計を見ると、もう2時間は店にいただろうか?


「泰田。そろそろ帰りの電車の時間もあるし、お開きにしよう。それ以上、飲むと足腰がふらつくから危ないぞ。さっきトイレに立ったときに、少し危なかったから。」


 棚倉先輩の言葉でコンパはお開きになったが、帰り際に、みんなから携帯の電話番号やメールアドレスの交換を求められた。


 店から出て、寮に帰るバスの中で、先輩からボソッと言葉を掛けられた。

「三上よ、ホントにお前らしくて良かった。みんなから信頼を得られて、俺は満足したぞ。」


 俺は、それについては、うなずいただけで何も答えなかった。

 今は、コンパが終わって、寮に戻って1人でゆっくりするのが、いちばんの疲労回復に繋がると思っていたからだ。


 ***********************

 さて、時代は現代に戻る。


 食事が終わって、俺が食器などを洗って片付け終わると、恭治が自分の部屋でオンラインゲームをやりだした。


 そして、陽葵が葵を寝かしつけた後に、俺は夕方まで話した続きを陽葵に語っていた。

 ここまでの事を陽葵に話すと、さっそく俺が読んでいた本の話題になった。


「あなた、あの本は何が書いてあるか分からないわ。まず、名前も地名も読めないのよ…」


「あれは好きな人じゃないと読めないよ。その時代に興味がないと、まず、無理だよ。」


「それにしても、あなたの食べっぷりは本当に惚れるわ。今は歳がとってきたから、あの頃と比べると食べなくなったけどね。あと、その当時は、牧埜さんや泰田さんや松裡さんも、あなたに対しては普通の対応よね。ただ、就任当初から、信頼されていた様子が分かるわ。」


 そんな話を陽葵としていたら、柴犬の『きなこ』が近寄ってきた。


 あの当時の犬は、5年前に老衰で亡くなってしまった。

 とくに、亡くなった時の恭治のショックが大きかったので、新たに同じ柴犬を飼ったのだ。


 きなこは、完全に陽葵になついていて、俺よりも陽葵のほうが、家のボスだと認識しているようだ。

 まぁ、俺も可愛い陽葵には逆らえないので、犬は、そういう部分もよく見ているのであろう。


 きなこが陽葵の顔を見て「わん」と吠えた。どうやらおやつが欲しくて、ねだっている感じがする。

「きなこ。おやつは、さっきあげたから駄目よ。それ以上、食べたら、太るわよ…。」


 陽葵が、きなこに、そう言い聞かせると、きなこは、なんとなく寂しそうに何処かへ行ってしまった。

 それを見ながら、俺は先ほどの話の続きをしようと、言葉を続けた。


「しかし、この時の俺は、かなり鈍すぎだよね。彼女たちの微妙な心の動きを分からずにいたから。」


「あなた、それが良かったのよ。その鈍さが謙虚さになって、わたしの恋心を直撃したのよ。それがなかったら、わたしはあなたと生涯を共にしてないわ。いまも、あなたのことが大好きなのよ。」


 そう言って、陽葵は俺の頬にキスをしてきた。


『やった!!。今日も陽葵成分を補充できた。』


 内心、俺は喜びを爆発させたが、もう、表だって大喜びするような年じゃないので、表向きは、陽葵が行った言葉に留めた。


「俺は陽葵が伴侶で良かったと心の奥底から思うよ。俺が辛いときも、ズッとそばにいてくれる人が陽葵で良かった。だから陽葵を愛してやまない。そういうお前が好きすぎる。」


 陽葵は、俺の心からの本音を聞いて、頬を赤らめながら嬉しそうにしていた。


 この夫婦は、お互いが好きすぎることが日常になっている。


 それは、年を取っても相変わらずに、お互いの愛が熱すぎるのだ。

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