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~エピソード5~ ⑤ 軍師・三上恭介。~2~

 俺たちはエレベーターを降りると、学生課の近くにある購買で飲み物を買って学生課に戻った。


 フラフラになりながら荒巻さんに一声かけた。

「荒巻さん、戻りました。」


 荒巻さんは右手をかざして答える。


「三上くん、お疲れさま。いつもの疲れきった表情から見ると上手くいったようだね。最初は戸惑ったけど、それに慣れると納得するよ。三上くんが全力を出しきった表情だからね。」


 俺は眉間に皺を寄せて、荒巻さんに本音を吐いた。


「ありがとうございます。上手くいきましたよ。荒巻さんの言うとおり、これは禁じ手ですね。教授に悪いことをした気分になりました。それに、色々な意味を含めて良心の呵責があります…。」


「今回は仕方ないと思うよ。新島くんがマトモにやるとは思えないから三上くん頼りになるのは確実だからね。新島くんは真面目に取り組めば、相応の仕事ができる子だし、もっと違うのにね。」


 荒巻さんは、俺にそう言答えると、穏やかに笑っていた。


「そういえば、荒巻さん。高木さんはいつ帰ってきますか?」


 俺にとってこの質問は最重要事項だった。

 何も知らない3人に、教授を説得させた真相を詳しく語っている最中に、高木さんが帰ってきたら大変な事態になるからだ。


「うーん、そろそろ戻るはずかな。新島くんは高木さんがいなくても、寮から外に出ることはないだろうから、徹底的な監視なんて必要ないだろうからね。彼が無断で寮から出れば、松尾さんから高木さんへ連絡が入るだろうし…。」


 高木さんが、そろそろ帰ってくることを聞いて、俺は少し無念に思いながら気持ちを切り替えて、棚倉先輩に、準備委員会の結成を片付けてしまおうと声をかけた。


「先輩、時間的に、浜井教授を説得した詳細を説明できないのは仕方ないですが、とりあえず準備委員会の結成をやりましょうよ。教授から承諾をいただきながら、今日の議事録がないと突っ込まれる可能性もあるから、少しでも前に進めないとマズいのでは…。」


 もう夕方だし、少し急がなければ、会議が前に進まない。

 俺は先ほど座っていた相談コーナーの椅子に座ると、棚倉先輩も隣の席に座って、俺の勧めに激しく同意をした。


 そして、少し遅れて3人が、先ほどと同じ位置に座った。


「三上、それは仕方ない。お前が、高木さんのことを話している時に、本人がきたら、俺もお前も殺されてしまう。結成の議事録が終わったら、寮のイベントの打ち合わせのように過去の企画書を見て、色々と指摘をしてくれないか?。」


 棚倉先輩が言った事は分かるが、この分厚い企画書を見ながら問題点を指摘するのは少し時間が掛かる。


 俺の気持ちとしては、これを早々に終えて、今日は自分の部屋でゆっくりしたかった。

 それぐらい神経がすり減っていたが、今後のことを考えて、これを先延ばしをすれば今度はレポートや課題をやる時間が削られるから、一気に片付けてしまおうと考えて気合いを入れ直した。


「荒巻さん。いまから1時間ぐらい、ここをお借りできそうですか?」


 天秤にかけて、時間に余裕があるうちに面倒な仕事を片付ける事を選択した。

 準備委員会編成の議事録を作る作業は、結成時のマニュアルがあるから15分程度で終わるから、最低でもこれは、すぐに進めたかった。


「三上くん、大丈夫だよ。私は久しぶりに三上くんがフル回転した仕事ぶりが見えるから、今から楽しいよ。寮長会議では棚倉くんと新島くんの影に隠れてしまうから、力が発揮されないからね。でも、理由は分かってるから大丈夫だよ。」


 寮長会議に出席した際に、2人の先輩から積極的な発言を止められていた。

 要するに、議題が相当に紛糾した時の切り札的に俺を使いたい思惑があったからだ。


 先輩達から荒巻さんに事情を話していちおう納得はしてもらっているが、そうなると、会議中、俺はボーッとしている事しかできないから、会議はつまらないものだった。


「荒巻さんありがとうございます。今は封印状態ですからね…。」


 続いて俺は、棚倉先輩のほう向いて、分厚い資料を見て、細かく突っ込む作業をする事に決めた。


「先輩、1時間ぐらいあれば無事でしょう。この手の大きな企画は、だいたいやる事が固まってるから、突っ込むところが少ないですよ。俺の立場上、ここでアドバイスをしておいたほうが、周りから嫌な顔をされなくて済みますしね。」


「おお、三上。そう言ってくれると助かる。お前の意見は、俺らにとって貴重だから、これから先も助かると思うよ…。」


 棚倉先輩は俺が承諾をしてくれたコトを喜ぶと、分厚い資料を見ながら、荒巻さんにコピー機を借りるために声をかけた。

「荒巻さん。少しコピー機をお借りして良いですか?」


「少しぐらいなら構わないよ。こういうコトなら、学生のために使用しても構わないと思うし、今の時間なら、うるさい上司もいないから大丈夫だよ。」


 棚倉先輩は席から立つと、過去の資料を見ながら準備委員会結成の手順が書かれた紙を抜き取って、コピーをとっていた。


 コピーが取り終わると、それを俺達に配って詳細な説明をしはじめた。


「みんな、この資料のを見てくれ。設立準備委員会の議事の進め方が書いてあるマニュアルだ。今回は実行委員長代理が加わるので少し厄介になるから、過去にあった議事録も添えたてみた。これを基にして俺が上手く喋るので、それに乗ってくれ。それで、泰田は議事録を作ってくれ。」


 俺は、その資料をじっくりと読むと、ニコッとしながら悪戯心で手をあげた。

「先輩!。そこにアドリブを入れて良いですか?」


 棚倉先輩は訝しげに俺のことを見た。

「三上よ。お前は何を企んでいる?。碌でもないことを考えていたら、お前の仕事を倍に増やすぞ!」


 3人は、それを聞いて一斉に笑い出した。

 こんな感じで棚倉先輩を、扱える後輩なんて初めてみたような感じだったことも幸いして、みんなは暫く笑っていた。


 笑い終わると、少しだけ涙目になった泰田さんが俺に承諾の意を伝えた。


「それは、ぜひやって欲しいわ。だって、これだけイレギュラーなことが起こっているのよ。少しぐらいアドリブを入れないと、予定調和と思われてしまうわ。さすが三上さんだと思うわ。」


 泰田さんが棚倉先輩を見ながら、凄く良いフォローをしてくれたので、これをダシにして、俺はすぐさま、棚倉先輩に承諾を得るために、強引に許可を貰ったと解釈した。


「泰田さん。それは良いアイディアです。では、心置きなくアドリブを入れさせて頂きます。」


 さらに棚倉先輩の顔が訝しげになって不安を口にした。

「三上よ…。お前のアドリブは恐すぎる。何を考えているのか分からない。」


 棚倉先輩は俺に一瞥をくれて、警戒しながら準備委員会の開催を宣言した。

「これから体育祭実行委員の設立準備委員会を棚倉結城が司会を担当し、開催を宣言する。」


 棚倉先輩が正式な開催を宣言した。総務委員長の泰田さんが、専用の議事録の用紙を取りだして、議事録を書き始めた。


 棚倉先輩は泰田さんが議事録を書き始めた様子を見て、言葉を続ける。


「まず、準備委員会の組織編成にあたり、実行委員長の新島涼が学生寮業務により多忙のために、今回の準備委員会は欠席となった。」


 その言葉に、みんなが思わずクスッと笑ってしまった。


「外部委員の三上恭介より指摘があった通り、このままでは準備委員会はもとより、体育祭実行員会が滞ってしまう可能性があり、担当の浜井教授の許可を得て、今回は実行委員長代行を置く事にした。」


  学生課は夕方で人も少なく静かなので、泰田さんが議事録を書いているペンの音も聞こえる。


「特別職アドバイザーの棚倉結城、副実行委員長の牧埜雅人、総務委員長の泰田結菜、経理委員長の松裡莉子は、外部委員の三上恭介を実行委員長代理として推薦する。なお、その理由としては、過去に実行委員長が不在による原因で起こった不正の反省も踏まえて、外部委員に実行指揮を委ねて、運営の健全性を図ることが目的である。」


 棚倉先輩の言葉が終わって、俺はその場で起立をする。

「まずは、三上君の実行委員長代理に賛成の人は挙手を。」


 俺以外の全員が手をあげる。


「満場一致で可決する。なお、欠席した実行委員長の新島涼からは、事前に議事進行に関しての意思決定を私達に委ねる承諾書を頂いている。」


『おいおい、棚倉先輩は、もう、数日前から動いていたのかよ!!!』


 俺は、このまま先輩に横やりを入れたかったが、それをグッとこらえた。

 そして、アドリブを使って棚倉先輩へ意表を突いた反撃をすることをじっくりと考えた。


「ただいま、ご指名に預かりました、外部委員の三上恭介です。実行委員長の新島さんが不在がちの為、その代行を務めさせて頂き、微力を尽くしてまいります。」


 そこで俺はそんなセリフを言って、一礼をした。

 ここまではシナリオ通りだ。


 その後、笑顔になって、当初、考えていたものとは全くアドリブを意表を突いて入れる事を決意した。


 過去の議事録を見ると、棚倉先輩の実行委員長補佐は、自らが申し出て、それを全員の同意で決めた形だが、今回は俺の権限で棚倉先輩を指名して、さらに全員の同意を得るシナリオを思いついて、棚倉先輩を動揺させようと企んだ。


「なお、私は実行委員長代理でありますが、外部委員であるため、実行委員会の運営・指揮が混乱する事を懸念し、実行委員長代理の権限を持って、過去に総務委員長を経験した特別職アドバイザーの棚倉結城さんを実行委員長補佐として指名・推挙します。」


「うぐっ」

 予想外のシナリオに棚倉先輩が動揺した姿を見て、3人がクスッと笑い始めた。


「私の指名に賛成のかたは挙手を。」

 俺を含めて4人が笑顔で手を挙げる。


「満場一致により、実行委員長代理の私が棚倉さんを特別職アドバイザー兼、実行委員長補佐として任命いたします。」


 それを聞いて3人から笑顔で拍手が起こった。

 この拍手は、間違いなく俺のアドリブに対しての拍手だ。


 議事録には、外部委員兼、実行委員長代理の三上恭介が、棚倉結城が過去に総務委員長を経験した理由から、実行委員長代理の権限を持って実行委員長補佐に指名し、満場一致で可決された。と、書かれていた。


 通常は過去の定番を真似て、簡単に終えてしまう議事録だったが、体育祭実行委員の準備委員会の歴史に、新たな1ページを刻んだ瞬間だった。


 それが、三上恭介の悪戯心によって行われたことについては、次世代に実行委員を受け継ぐ者は、知る由もないだろう。


 俺のアドリブで、少し困った表情を見せたのは棚倉先輩だった。

 相当に筋書きが違うから、先輩は戸惑っていただろう。


 席から立ち上がると、俺に再び一瞥をくれながら、必死に考えたアドリブでその場を乗り切った。


「え~と、こっ、このたび、実行委員長代理から指命を受けた棚倉結城です。実行委員長及び実行委員長代理を支えるべく微力を尽くしてまいります。」


 俺が微笑みながら拍手をすると、みんなが笑って強い拍手をした。

 棚倉先輩は俺のアドリブを警戒し、これ以上は危険と判断して、少し強引に準備委員会の設立を宣言た。


「たっ、ただいまの拍手をもって、実行委員四役は、実行委員長に新島涼、副実行委員長に牧埜雅人、外部委員兼実行委員長代理に三上恭介、特別アドバイザー兼実行委員長補佐の棚倉結城となった。それに、総務委員長の泰田結菜、経理委員長の松裡莉子を加え、設立準備委員会の結成を宣言する。」


 4人は、準備委員会の設立が終わって、悪戯っぽい笑顔を浮かべながら拍手をした。

 泰田さんと松裡さんは拍手を終えると、お腹を抱えて笑っていたので、議事録が少しだけ進まなかった。


 牧埜さんは笑顔を崩さずに立ち上がって、俺に握手を止めてきたので固く握手をした。


「いやぁ、三上さん、最高でした。たしかに何も分からない外部委員だから、経験豊富な人を補佐に指名したいですからね!!!」


 その、牧埜さんの言葉に、俺にしてやられた棚倉先輩が渋い顔をして、俺をたしなめた。

「三上よ。お前はなぁ…。牧埜も三上をおだてるのをやめろ。」


 俺は笑顔になって、棚倉先輩に、こじつけに近い強引な言葉で事態を正当化した。


「いや、先輩。台詞が少なくて助かったでしょ?。それに議事録に違和感はないはずですよ。ね、泰田さんっ?。」


 泰田さんは笑いすぎて涙目になっていたが、声を絞り出すように俺の問いに答えた。


「みっ、三上さん。その通りだわ。この議事録に書かれていることは真面目なことだし、三上さんは真面目に発言しているのに、なんで、笑っちゃうんだろうねっ。おかしいわっ!!」


 松裡さんも、泰田さんの言葉に同意するような感想を述べて、一緒に再び笑い始めた。


「しかも、三上さんのアドリブに凄く正当性があって、異例な事態がわかるぐらいの強調性があるわ。でも…おかしいわっ!!」


 それを見ていた棚倉先輩は、怪訝そうな顔をして、泰田さんや松裡さんをたしなめた。


「お前ら、そういう問題じゃないぞ。それに三上、こんなところで、筋書きを大きく変える想定外のアドリブを入れるのではない!。しかも、明確な正当性があるから始末におけない。お前はたまに、意表を突いてこういう悪戯をするからタチが悪い。」


 しかし、三上の悪戯心から端を発したアドリブは、泰田の言うとおり『予定調和』という懸念を吹き飛ばす良い材料となった。


 棚倉が後日、この議事録を浜井教授に提出したときに、教授から「今回のケースは過去に不正があった兼念を突っ込まれそうだが、三上君が棚倉君を指名した形で、周りに異例のケースである事を印象づける議事録で安心したよ」と、言っていたのだ。


 棚倉は三上の思慮深さに内心は感嘆したが、本人はそのつもりではない。

 後から三上にそれを問いただすと「それは、予定調和を懸念した泰田さんの功績です」とシレッと言い放ったのである。


 それを自分のデスクから聞いていた荒巻さんは、棚倉先輩に本音をぶちまけた。


「ごめんね、口を出して。やっぱり三上くんは面白いよ。分かってて上手くやるからね…。棚倉くん、そろそろ三上くんに寮長会議で発言権を与えて欲しいよ。本当に勿体ないよ。」


 棚倉先輩は荒巻さんの言葉に、腕を組んで少しだけ考えた後に、こう答えた。

「うーん、荒巻さん。もう少し、三上をそのままにさせて下さい。これを見ていて、余計に秘密兵器としてとっておきたい気持ちが強くなりました。」


 俺は、とても疲れているので、早くこれを終わりにしたかったから、少しだけ、話を次に進めようとしてみなに声をかけた。


「それはともかく、私は資料を見ますから、次を進めましょう。」


 ***********************

 -時は現代に戻る-


 陽葵はここまでの俺の話を聞いて笑いながら俺の頭をポンと軽く叩いた。


「あなた。高木さんを利用して浜井教授を説得した上に、棚倉さんに意地悪しては駄目よ。上手くやりすぎよ。」


 俺は疲れた表情をしながら陽葵に言い訳を始めた。


「いやねぇ、陽葵。俺は後輩だから、こういう時にしか、文句があっても反撃できないよ。だって、先輩には基本的に頭が上がらないし、この時は、俺が外部委員にさせられた事を少し根に持っていたから余計だった。しかも、棚倉先輩が用意周到にやった計画だって分かったから、余計に反撃したくなった…。」


「もう…、そういう意地悪なところが、あなたの良くない所でもあるし、良いところでもあるのよ。まったく…、分からない人だわっ。」


 陽葵はクスクスッと笑って、俺の右腕を少しだけ抱きしめた。


「そろそろ、夕方で恭治も帰ってくるし、次の話で後は夜、みんなが寝てからかな?」


 俺は時計を見て、次の話で切り上げて、夜に続きを話してしまおうと考えていた。

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