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~エピソード5~ ⑤ 軍師・三上恭介。~1~

-時は19年前に戻る。-


 浜井教授に説得するときに、どう言葉をかけるべきか悩んでいたので、荒巻さんに問いかけてみた。


「荒巻さん。浜井教授を説得するときに、最初から高木さんことを話したほうが良いのか、それとも切り札にしたほうが良いのか、少しだけ悩んでいます。」


 荒巻さんは笑い終えて息を整えると、俺の質問にこう答えた。


「それなら、三上くんが有坂教授の教え子であることを含めて、浜井教授に真相を語ったほうが早いかもしれないよ。三上くんなら上手く話せるし、まだ、浜井教授はゼミで大学に残っている筈だよ。」


 俺は棚倉先輩や泰田さんたちに対して、浜井教授に何を話すのか全く説明をしていないから、みんなは意味がわからずに呆然としままだ。


「棚倉先輩。時間がなさそうなので、浜井教授と交渉をしてみましょう。」


 無論、棚倉先輩は、かなり疑問の持ちながら俺を再び問いただした。


「三上。荒巻さんがそう言ってるから、説得の見込みが高そうだけどな。浜井教授のゼミの場所も知ってるし、本館にあるからすぐに行けるぞ。そろそろ終わるだろうからタイミングも良い。しかし、お前は何を隠し持っている?」


 ニッコリしながら俺は棚倉先輩の問いに答えた。


「それを説明したら、とても長くなってタイミングを逃します。とくに3人は、基本的な部分から説明する必要があるから説明が長くなります。終わった後で種明かしをしたほうが早いし、私がとても楽です。」


『ここで説明をしていたら、相当に時間が食ってしまう。それに、これは騙し討ちに近いから、申し合わせてしまうと教授に怪しまれるかもしれない。今は詳細を話さないほうが、手の内が分からなくて、とてもやりやすい。』


 俺はそんなことを思いながら、棚倉先輩に言葉を続けた。


「棚倉先輩は、教授に新島先輩が寮長をしているから、実行委員の出席が難しい概要を説明して下さい。そこから私が上手く言葉をかけます。」


 荒巻さんは何だか楽しそうだ。


「棚倉くんもよろしくね。説得させるにはそれが一番かも。今はタイミングが良さそうだから、すぐに行っておいで。」


 俺は、3人が自分を警戒してしまうことを嫌って、あらかじめ念を押すことにした。


「皆さんに先に言っておきますが、たまたま運が良かっただけで、私は策士ではありません。この辺は誤解のないように。私はもともと不器用すぎる人間ですからね。」


 荒巻さんも、すかさず俺のフォローしてくれた。

「三上くんは運を味方につけてるし、考え方が本当に面白いよ。」


「よし、みんなで行きましょう!!」

 俺は、テンションをあげて、みんなに声をかける。


 みんなが学生課を出ると、棚倉先輩が、先頭に立って浜井教授のいる場所を案内した。


「浜井教授がいるのは、ここの6階だ。エレベーターを使うぞ。」


 棚倉先輩がエレベーターのスイッチを押して待っていたときに、怪訝そうな顔をして、俺を再び問いただした。


「三上。俺は相当に疑問を持ちながら、教授に会うことなるが、学生課に戻ってから洗いざらい聞くぞ。お前は時々、突拍子もない発想をするから、今回も例に漏れずにそうだろうと思う。まぁ、荒巻さんのお墨付きを得てるから、お前の言われた通りにするけどな。」


 牧埜さんは笑顔になって俺の横に立って話しかけてきた。


「しかし、三上さん。手品でも見ているかのようです。これから起こる事が楽しくて仕方ありません。私も泰田さんや松裡さんも、渋々、実行委員を引き受けた格好ですが、三上さんがいるから、この活動が楽しくなりそうです。」


 泰田さんもニコッとしながら俺に話しかける。


「わたしは、少しドキドキだわ。何が起こるのか今から緊張しているの。それと、どうやって説得するのかも含めて期待してるわ。」


「ほんとうに、そう思うわ。三上さんが外部委員でよかった。」

 松裡さんは、そう言いながらも少し緊張しているようだ。


 棚倉先輩が少し呆れたように、3人に向かって話す。


「こいつは、何を考えているのか分からない時がある。それが結果的に正解であることが多いから、俺は三上を信用せざるを得ないのだ。間違っていれば、こいつは素直に謝るから、それを叱れないような可愛さもあるからな。」


 俺は褒められるのが好きではないので、先輩を黙らせるために、少しだけ話をねじ込んだ。


「先輩は俺が教授に話し始めたら、タイミングを見て最大限のフォローをください。それだけで説得は終わります。駄目なら本当にすみません。」


「ほら、こんな感じだよ。三上は何を考えてるのか分からない。こいつは、もう、オチまで見えてるのだよ。」


 そんな会話をしているとエレベーターの扉が開いて5人が乗り込む。


「なんだか、すごく緊張してきたわ。」

 松裡さんは緊張しているようだ。


 俺は苦笑いしながら、緊張している松裡さんに声をかける。

「大丈夫です。なるようにしかなりません。駄目なら、私の外部委員が不適格になるだけです。」


「それは困るわ。三上さんにいて欲しいわ。」

「このまま縁がなくなるのは切ないですよ。」

 松裡さんと牧埜さんが不安な声をあげたが、駄目な場合は仕方がないのは明らかだ。


 棚倉先輩が自慢げに笑う。

「ははっ。お前ら、もう三上の虜か。こいつがいると妙に安心するだろ?。」


「三上さんは、なんだか度胸があるわ。全然、緊張していないようにも見えるし。」

 泰田さんが俺を見て率直な感想を言い出した。


 俺は泰田さんの褒め言葉を真っ向から否定しながら、いつもの自虐的な自分に戻っていた。

「いや、内心は緊張してるのですがね。ほどよい緊張があった方が俺の場合はミスが少ないです。普段はボーッとしてる、しがない理工系のオタクですから。」


 泰田さんが、それを聞いてクスッと笑った。

「フフッ、三上さんは面白そうな人だわ…。」


 エレベーターが6階について扉が開いいて、少し廊下を歩くと浜井教授がいる部屋についた。

 棚倉先輩がみんなを促すように言葉を掛けた。


「ここだ…。」


 ゼミが終わった直後で学生が部屋から相次いで出てきたところで、浜井教授は、棚倉先輩の姿をみて声をかけた。


「棚倉君、どうした?」


 俺らは、その声と同時に教授がいるゼミの部屋に入った。

 浜井教授は眼鏡をかけていて、スラッと背が高く少し痩せている。いかにも陸上選手をやっていたような体つきだ。


「浜井教授。体育祭実行委員の件なのですが、じつは実行委員長の新島が学生寮の寮長でして、寮の所用で不在しがちなので、準備委員会が思うように開けない状態なのです。もう、外部委員が決まって、ここに来ているのですが、時間的な問題もあって、不在のまま進めたいのです。」


「うーん、棚倉君。それは、あまり宜しくない…。」


 棚倉先輩の言葉で教授の顔が曇って、4人は残念そうに、少しうつむきがちになっていた。


 そして、浜井教授が俺の顔をじっと見ると声をかけられた。

「君は外部委員の学生かな?」


「はい。私は工学部2年で、一般学生寮の副寮長をしている三上恭介と申します。」


 あえて副寮長という言葉を出したのは、俺が考えた作戦の一つだった。

 俺が工学部と聞いて、教授の顔が少し明るくなった。


「工学部? 君は有坂教授を知っているか?」


『これは上手くいった!。有坂教授の話を引き出す手間が省けた!』


 この状況で俺は心の中でガッツポーズをしていた。


「有坂教授は、私の担当委員の教授でして、機械工学の講義でお世話になっています。」


 浜井教授は嬉しそうな顔をしている。


「なんだ、有坂君の教え子か!。有坂君は陸上部の後輩で、寮の仕事を一緒にしていたのだよ。奇遇だなぁ。」


 そうして、俺は本気を出して身振り手振りを交えながら浜井教授と会話を始める。

『ここは一つもミスをできない!!、上手くいってくれ!!』


「教授、そうなのです。それで、今回の外部委員の選出に関して、私は棚倉さんや新島さんから推薦されたのですが、学生寮の副寮長もしていることから、実は学生課にいる高木さんからも推されまして…。」


「えっ???、高木さん???、あの、高木さん!!」


 浜井教授が驚きを隠せずに目が泳いでいる。

 棚倉先輩の顔をチラッと見ると、驚いたような顔をしていたから、相当に意表を突かれたのだろう。


「そうです。高木さんです。」

 俺は高木さんが推薦していることを強調した。


 棚倉先輩や他の3人は、俺と浜井教授の会話を不思議そうに聞いて顔を見合わせている。

 とくに3人は事情を知らないから余計だろう。


「これには理由がありまして、うちの寮長の新島さんと棚倉さんは、私も含めて寮の幹部です。先日、先輩2人が、寮の提出書類や寮内の仕事を滞らせてしまい、私と共に高木さんに絞られました…。」


 俺の言葉に浜井教授が頭を抱えだした。

「うあぁぁぁぁ…、三上君。それは大変だ。本当に大変だ!。」


 教授は、首を静かに振りながら、再び頭を抱えだした。

『よし、これで畳みかけるぞ!!』


「それで、寮長の新島さんが、書類処理を含めた仕事に専念するように厳しく命じられて、今も新島寮長は寮内の受付室で高木さんと一緒にいる状態なのです。恐らく体育祭の準備期間中は、高木さんの監視下に置かれて、身動きがとれない状態になっています。」


 浜井教授の顔が、俺の説明をきいて、より青くなってしまった。

 恐らく、昔のことを鮮明に思い出したのだろう。


 俺は、それを内心は良心の呵責に苛まれるがら言葉を続けた。


「そこで高木さんから、私が外部委員になって新島寮長を助けろと命じられたのです。しかも、有坂教授にまで根回しをしている状況でした。私は有坂教授から講義後にそれを伝え聞きまして、本日、取り急ぎ、学生課にてブリーフィングを始めた次第です。有坂教授は私にその件を伝えるとき、私の両肩に手を置いて、それはもう、戦地に学生を送り出すような雰囲気でした。」


 浜井教授は俺の説明を聞いて、明らかに震えだしている。

『策は成功したが、教授には気の毒なことをしてしまった…。』


「これは相当に大変な事態だ!!。棚倉君。きみが学生寮の幹部なら、先にそれを言ってくれたまえ。私が寮にいた頃、有坂君も含めてだが、書類などが滞ると、高木さんからコテンパに絞られてね。あの怖さは一生、忘れられないよ。」


 そこに水を得た魚のように棚倉先輩が会話に入ってきた。

 こうなれば、棚倉先輩に任せても大丈夫だろうと、俺はホッとした表情を浮かべていた。


「教授。大変に失礼しました。まさか、浜井教授が高木さんを知っていると思いませんでした。先日、三上と新島と共に、私達に不手際があって高木さんに怒られてしまって。…もう、大変でした。」


 棚倉先輩は、ここぞとばかりに、生き生きと表情で、教授にそのことを語っている。


「棚倉君、そうだろう…。あれは本当に辛いよ。」

 教授は先輩に同意をしながら首を静かに横に振った。


「しかし、三上は、私たちが高木さんに怒られているところを、説得して助けてくれたのです。あれがなかったら1時間以上はお説教を喰らっていたかと。」


 浜井教授は吃驚して素っ頓狂な声をあげた。

「なにぃ???、あの高木さんを説得?!!」


 こうなったら棚倉先輩の語りは止まらない。


「そうなのです。三上は今回の実行委員入りを理由にして、なんとか高木さんのお説教を回避したのですが、それに伴って、高木さんが細かい部分まで見るようになって、このような事態になってしまいました。」


「いや、棚倉君。それよりも、そこの三上君が高木さんを説得したのに驚いているのだよ。」

 まだ教授は、俺が高木さんを説得して怒るのを止めたことに、驚いた余韻が残っているようだ。


 棚倉先輩が、してやったりの顔をしている。


「私も驚かされています。あのような勇気を私は持ち合わせていません。そこで、彼の胆力を長所として重用したいのです。動けない新島の代わりに、三上を外部委員兼、実行委員長代理に任命し、私がフォローとして実行委員長補佐にすることをブリーフィングにて発案していたのです。」


「棚倉君、それは君に任せる。事態は相当に深刻だろうし、あの、怒った高木さんを説得できた学生なんて今まで聞いたことも見た事もないから、三上君は相当な手腕の持ち主だと思うよ。」


 教授の顔は青いままだ。相当にトラウマなのであろう。


「浜井教授、分かりました。準備委員会の議事録としては、新島が寮内業務多忙による特別な事情の為に、代理を置く形で進めさせて頂きます。」


「それはやむを得ない。私が許可をしよう。」

 もう、教授は棚倉先輩の言葉を了承するだけになった。


 棚倉先輩の言葉が終わると、浜井教授が俺に近寄ってきて、何か話したい感じが漂っていた。


「それにしても…、三上君。有坂教授によろしくと伝えておいてくれ。私からも有坂君に電話を入れよう。君は、あの高木さんを説得したのだから、相当に肝が据わっていると見た。普通はそんなことできないよ…。」


 俺は笑顔を浮かべながら否定をする。

「教授、あれは運が良かっただけです。私も高木さんから怒られれば肝を冷やします…。」


 その言葉に教授は首を静かに振った。


「いや、あの怒られた状態では言葉を発するのも難しい。厳しい先輩や、監督やコーチであっても、高木さんの怖さには勝てない。ラグビー部員ですら震えあがるのだぞ。」


 そして、有坂教授と同じように俺の両肩に手を置いて、浜井教授から頼み込まれた。

「三上君。寮内も大変だろうけど、棚倉君と、ここにいるみんなと一緒に頑張ってくれ。頼んだぞ。」


「はい。微力を尽くします。」

 俺は笑顔で教授の頼みを受けた…。


 その教授の言葉が終わると、みんなは教授がいる部屋から出た。


 廊下を出てしばらく歩くと、エレベーターの前で4人が喜びを爆発させた。俺は4人と対象的に教授とのやり取りで神経を使い果たして、ぐったりしていた。


 4人が喜んだ後に、棚倉先輩は俺に向かって、かなり驚きながら、俺に向かって本音を吐いた。

「三上よ。あれは究極の奇策だ。お前は、なんてことを…。」


 俺は思わず溜息が出る。

「はぁ…。先輩、だから言ったでしょ。学生課でグダグダ説明するよりも行った方が早いって。これは精神力が半端なく削り取られます。怒った高木さんを説得するのと同じぐらい疲れましたよ。」


 棚倉先輩が俺の頭をポンと軽く叩いた。

「だから、荒巻さんが爆笑していた訳か。お前の計算は恐ろしい。頭の中を割って見たいぐらいだ。」


 俺はみんなが飛び上がって喜んだお陰で、誰も押していないエレベーターのボタンを押す。

「とにかく学生課に戻って話をしましょう。それと購買で飲み物を買わせて下さい。少し休みたいです。」


 みんなは、俺の言葉にうなずきながらエレベーターに乗り込んだ。

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