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~エピソード5~ ④ 実質の実行委員長始動。~1~

 -時は現代に戻る-


 俺はそこまでの昔を、陽葵とお茶を飲みながらダイニングで語っていた。

 時間は夕方にはまだ早いし、葵も昼寝をしていて熟睡しているから、もう少し続きを語れるだろう。


「陽葵。そういうことだったんだよ。」


 陽葵はなんだかガッカリしたような表情をしていたから、俺がサラッと引き受けたのかと思ったらしい。


「あなた、その当時は、荒巻さんや高木さんにまで引きずり込まれて渋々、引き受けたのね。」


 俺は陽葵に溜息をつきながら言い訳をはじめた。


「だって単位が死ぬし、断る理由しかなかった。後からゆっくり話すけどね、教育学部の体育祭が終わって、溜まっていた課題やレポートを消化する為に、当日にあった打ち上げコンパにもロクに出ずに、良二や宗崎が俺の部屋に寝泊まりする特別許可を貰って、隣の部屋の村上も加わって徹夜をしたんだ。」


 陽葵は俺の言葉に驚いた顔をする。


「…え~~~??。」


 あの時の事を思い出して、相当に疲れたような表情を浮かべる。


「土日だったから、寮監の奥さんが3人にご飯を出してくれて、2人は寮の風呂まで使わせた特別措置だったんだよ。あれは死んだぞ。ちなみに3人は、俺のために教授や色々な仲間に分からない所を聞きながら、何時ものペースと変わらずに全部の課題とレポートを終わらせて、俺が溜めていた課題やレポートを教えるために付き合ってくれたんだ。」


 陽葵の顔が青ざめている。たぶん、山積みになった課題やレポートを想像したのだろう。

「…あなた。わたしなら寮生じゃないし、そういう仲間がいなかったから泣いて放棄していたかも…。」


 俺はやれやれ…という顔をしながら陽葵の頭をなでているから、もう完全に癖だ。


「理工系に入る場合は、レポートや課題をお互いに教えられながら共存していく能力がないと生き残っていけないよ。まぁ、俺よりもズッと頭の良い奴は、サラッと1人でやり遂げてしまうけどね。でもね、俺は特別措置をできる限り使いたくなかった。それをやってしまえば楽だけどさ。だから講義の欠席は避けて、その時間は実行委員の会合に加わらなかったんだ。」


 陽葵は今度は嬉しそうな顔をしている。

「そういうところが…あなたらしいわ。だって、あえて優遇措置を使わなかったのは偉いわ。」


「まぁ、全ての教授が提出期限遅れを見逃してくれたぐらいの措置で済んだ感じだよ。体育祭が始まる1週間前は、準備で忙しすぎるからね…。」


「それであっても凄いわ。提出遅れぐらいなら減点で済んでるはずだし、補講や追試を免れているから、あなたは優等生の部類だったのね。」


 俺は首を横に振った。


「陽葵、ちょっとそれは違う。理工系は追試や補講が多発することになった途端に、時既に遅しの状態になるからね。だからそれがない状態を維持しないと基本的には大変なことになる。補講や追試があるってことは、余計にレポートや課題を追加されるから死ぬんだよ…。」


 俺は陽葵に、先ほどの話の続きを始めた。


 ***********************

 -時は19年前に戻る。-


 しばらく俺は高木さんと荒巻さんと雑談をしながら待っていたら、学生課に男子学生1人、女子学生2人が入ってきた。


「教育学部2年の牧埜です。工学部の三上さんは?。」


 荒巻さんが声をかける。

「牧埜くん。三上くんは、ここにいますよ。」


 俺は、その姿を見て、慌てて席を立った。

 俺が座っていたテーブルの近くに3人が寄ってきたので、先ずは自己紹介とお詫びの言葉をかけた。


「私は工学部2年、一般学生寮副寮長の三上 恭介です。荒巻さんや高木さんの説得を受けて、教育学部の体育祭実行委員の外部委員をお引き受けする事になりました。私が悩んでしまい、皆様にご心配をお掛けして申し訳ないです。」


 俺がそう言って、深くお辞儀をして迷惑をかけたことを謝った。


 そして、男子学生が、引き連れてきた女子学生2人を俺に紹介した。


「いえいえ、三上さん。私は教育学部2年の牧埜 雅人まきの まさとです。こちらは3年の泰田 結菜やすだ ゆいな、そして2年の松裡 莉子まつうら りこです。」


 この時点で高木さんは所用があるらしく席を立った。

 学生課の相談コーナーの小さい机をくっつけて、俺が荒巻さんと隣に座って、3人が向こう側に座っている。


 荒巻さんは、真っ先に俺のことをフォローしてくれた。

「三上くんは、こう見えても寮内では、新島くんの代わりに寮長を実質的にやってる存在だし、高校時代は生徒会もやっていたので、かなり不安になっている皆さんを引っぱってくれると思いますよ。」


 3人は顔を見合わせた。彼らは、そういう経験に乏しい状況で体育祭実行委員に推された背景もあって、彼の存在は相当に貴重だと一様に考えていた。


「荒巻さん。皆さんも、私が過去に生徒会をやっていた話はここだけに留めて下さい。そうしないと、棚倉先輩や新島先輩に酷使されてしまうので、ひた隠しにしているのです。…いや。もう、実行委員に取り込まれている時点で手遅れか…。」


 俺は『やれやれ』という表情を見せると、3人はクスッと笑ってくれた。


「三上さん、わたしは総務委員長の泰田です。本当に無理なお願いをしてしまって、申し訳ないです。」

「私は経理委員長の松裡です。ごめんなさいね、無理なお願いで…。」


 俺は慌てて言い訳をする。


「いえいえ。高校は底辺校でしたが、なまじ生徒会なんかをやっていたので、棚倉先輩から話を聞いて、仕事の内容がサッと浮かんでしまうこともあって、勉学との両立が難しいことが真っ先にきてしまって。過去の経験から、放課後は会合が続いて、実行委員と共に夜まで籠もりっきりだし、開催前になると準備で夜までやる事もありましたし。ただ、お引き受けしたからには、しっかりやらせて頂きます。」


 3人は一斉にお詫びを込めた辞儀をする。


『やっぱり教育学部の人は学校の先生を目指しているせいか、根が真面目な人が多い。新島先輩が例外なだけで、なんとか、一緒にやれそうかなぁ…。』


 俺は3人の表情や態度を見て相手がどんな人なのかを見定め始めた。 

 泰田さんが、言葉を続ける。


「三上さんを是非、外部委員に招聘したかった理由の一つは棚倉さんの強い推薦からでした。わたしは新島くんと同期ですが…、おそらく三上さんがいる寮内でも同じだと思いますが、彼はあの状態なので、実行委員長としての役割を全うできるのか…、そのぉ…。」


 彼女は笑いながら、そのあとの言葉を濁す。

 俺はそれに激しくうなずく。残りの面々も、もの凄い笑顔でうなずいて同意をしている。


 それを見て、俺は右手をかざして、泰田さんに話の続きを促した。


「そこで、後輩で実行副委員長になった牧埜くんや、経理委員長の松裡さんと共に、とにかく三上さんとお話をしてみよう。と、なりまして。学生課の職員さん達が協力的だったので本当に助かりました。」


 俺は一旦、大きく息を吸い込んで、少し吐き出した。

 これは、少しの緊張をほぐすことと、相手の間合いを計るための時間だった。


「私は、この件にあたって、寮内の仕事と工学部のレポートと課題の数との戦いになりそうですが、その辺は学生課の職員さん達のお陰で、一応ですが、クリアできそうな状態です。あと、寮に関しての問題点と言えば、新島先輩が真面目に仕事をするかどうかに、かかっているのですがねぇ…。はぁ…。」


 俺は天井を見上げて疲れた表情をして、両手を開いて首をゆっくり振って本音を吐いた。


 3人は声を出して笑い出した。

『よし、掴みは良いぞ!。このさい、新島先輩は仕事をしない罰もあるしダシにしてやれ。』


「三上くん。大丈夫だ。それに関しては高木さんが、よ~~く、見るそうだから。」

 荒巻さんが苦笑いをしながら言う。


「高木さんが、ここにいないから、あえて言いますけど、新島先輩の魂が抜けきった状態で寮の仕事をやりそうですね…。」


 今度は荒巻さんが声をあげて笑う。他の3人は顔を見合わせている。

「みっ、三上くん、高木さんがいないから良いけどさ、そういうことを言うと大変になるよぉ…。」


 これ以上の冗談は時間の無駄なので、俺は早々に本題を振ってしまうことにした。

「すみません。調子に乗りました。あ~、本題に戻しますが、早速、ブリーフィングをしたいのですよね?」


 俺が問いかけると、牧埜さんが紙袋から分厚いファイルを取りだした。

「三上さん。本当に事前連絡なしで申し訳ないのですが、早速、ブリーフィングを行いたいと…。」


 ここで荒巻さんは学生課にある自分の席に戻った。


 少しファイルを横目に見ると、どうやら、過去にあった体育祭実行委員の資料のようだ。

 会則や組織のこと、サッと見た感じで過去に行われた競技についても詳細が書かれている。


 牧埜さんが開いたページを、彼から説明を聞く前に、サッと俺は読んだ。


 -----

   …組織は以下の通りにする。


   実行委員三役 (特別職含む4役)

   実行委員長・実行副委員長・外部委員 (2名まで)

   特別職 (1名まで)


   総務 (5名)・経理 (3名)・広報 (4名)・企画実行 (8名)・外販 (10名)

   各委員の括弧は最低人数である。

   欠員が出た場合は、できる限り補充すること…


   …実行委員会を設立するにあたり、実務役員として実行委員三役に総務・経理の各委員長を加え、設立準備委員会を事前に開催することとする…。


 -----


『なるほど、これで背景が分かった。ここに書かれていることがブリーフィングにあたるわけか。新島先輩がこんな会合に出るわけがないし。』


 牧埜さんが、さらに詳しい説明を俺にしはじめた。


 開催規模として250名以上。先に説明されたのは組織のことだった。

 棚倉先輩から聞いていた通り、以前に不正があって学部外から外部委員を招聘して行う形になっている事が丹念に説明された。


 教育学部の体育祭は大学の施設を使わず、本館キャンパスの近くにある市営の運動公園を借りて行っていることや、午前中の3競技の年次対抗リレーや、対抗綱引き、玉入れなどは学部として強制参加らしい。


 当日は飲み物や焼きそば、お好み焼きなどの食べ物なども販売することなど…。


 強制参加の後は、参加自由で学部外でも参加できる自由競技になる。8人制サッカーやバレーボール、バスケットボールやテニスなど、お約束の競技が並ぶ…。


 その他にも運動が苦手な人に向けて○×クイズとか、ちょっとした借り物競争のようなレクリエーション的な競技も体育館で行われたりもするようだ。


 俺は個人的に気になった点があって、牧埜さんに苦笑いしながらツッコミを入れた。

「すみません。3競技の強制参加ですが実行委員は参加するのですか?」


「いえ、実行委員は参加せずに出席扱いになります。この強制参加に関しての準備は、私たちで行う事になっていて外部委員は見学ですよ。」


 俺は左手で頬杖をつきながら思考を巡らせた。

「そうですか…。なるほどなぁ…。」


 牧埜さんが、俺の奇妙な反応を不思議そうに見ている。


「三上さん、どうしました?」

 今のところ、あまり発言する場がない松裡さんも不思議そうだ。


 俺は頬杖をやめて、ニコッとして3人に自分勝手な推測を語り始めた。


「いやね、違ってたら申し訳ないです。新島先輩のことだから、たぶん…ですけどね。タバコの吸いすぎで俺なんか走ったら疲れて死んでしまうし、ダルい競技なんかサボりたいしなぁ…。なんて、ふざけた動機から実行委員長に推し上げられた…。そんなオチですか?」


 泰田さんがお腹をかかえて爆笑をしている。


「みっ、三上さん…その通りですっ…。凄いっ。それも一字一句、同じですよ!!!。それを言い当てるのは普段から新島くんと一緒に寮にいるからですよねっ!!。ははっ!!!」


 俺は呆れた顔で溜息をつきながら本音を吐いた。

「いやはや。そんな不純な動機で実行委員長になった先輩に振り回されて、後始末をしていく後輩は理不尽なモンですよ…はぁ…。」


 松裡さんが俺のぼやきに激しくうなずいて、同じように本音を吐いた。


「三上さん、その気持ちは本当にわかるわ…。だから先輩の棚倉さんが必死に動いたのもよく分かるのよ。三上さんはしっかりした人だし、新島さんと真逆みたいだから良かったわ。」


 牧埜さんは松裡さんに同意しながら、自分の思っていることを口に出した。


「私はよく分からないけど、新島さんと三上さんが真逆なお陰で、寮の中が上手く成立してるようにも思えます。今回は三上さんは実務的な影の実行委員長、問題が起きた場合の説得役は新島さんで…。という役割でしょうか。いや、これは私じゃないですよ。これは棚倉さんが私たちに言っていたことですけどね。」


 俺は牧埜さんの意見に激しく同意する。


「実際、そうなるでしょうね。新島先輩と私の性格の問題は置いといて、私は基本的に余所者なので何かあった場合、皆さんに強く言えない立場です。だから、そうなった場合は皆さんの力が必要なのです。」


 そこに棚倉先輩が学生課にフッと入ってきた。

「すまん、遅れた。泰田の笑い声が外まで聞こえたと思ったら…。三上はこれだから分からんのだよ。」


 俺は、棚倉先輩の顔を見ると、たっぷりと皮肉を言って、不満をぶつける言葉を考えていた。

 そうしないと、俺の気持ちが収まらなかったからだ。


「はぁ。先輩。開口一番、それっすか。噂をすれば影って言いますが、本当にスッと来るとはねぇ…。」


 棚倉先輩は俺が相当不満げな顔をしていたので察したらしい。


「三上よ、お前の気持ちは分かったから、後でお前が出す交換条件は全て承諾する。ここは矛を収めてくれ。」


 俺は、棚倉先輩が言ったことを保険ににして、愚痴を言わせてもらった。


「先輩。矛は納めますが、愚痴だけは言わせてください。このままでは俺は浮かばれませんよ。新島先輩を呪いますからね。全体競技がダルいからなんて、ふざけた理由から、結果的に無関係な俺を引きずり込んだなんて。新島先輩から体育祭終了までの休日の全ての飯代や、このコンパなどの金を出して貰うぐらいの事をしないと許しませんよ。」


 俺は疲れた表情を浮かべながら棚倉先輩を見て、相当に不満を爆発させてぶつけたのだ。


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