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~エピソード5~ ③ 三上くん包囲網。

 学生課で俺が高木さんを説得して、なんとかピンチを切り抜けた件から2日後…。


 午後の機械工学の講義が終わって、俺や良二、村上と宗崎の4人は、講義中に教授から出された課題をこの場で終わらせてしまおうと講義室に居残っていた。


 今日は金曜日だから、これをやってしまえば土日はゆっくり休める。俺らはそんな未来予想図を描いていた。


 ここで課題を済ませてしまおうと考えたのは、先日、寮内で課題やレポートをやっている最中に、俺が何回も呼び出しを喰らったことを思いだして、みんなが俺の身を案じたのだ。


 午後なので、誰も講義室を使う人もいないからチャンスだった。


 講義室には他の学生が教授に講義や課題の内容に関して質問をしているし、俺らを含めて複数の学生が残っているし、俺たちと同じことを考えて課題をやっている学生も複数いるので気楽に課題ができた。


 4人は雑談をしながら課題を始めた。雑談中でも手は止めない。


「恭介。そういえば、学生課の恐い人に怒られに行ったみたいだけど、あの後、なんとかなったのか?」


 良二が心配そうに俺に声をかけたので、俺はあのことを思い出して、疲れた表情を浮かべながら答えた。

「ああ。15分ぐらい先輩達が怒られたけど、俺が説得して切り抜けた。あれは死ぬほど辛かったよ。俺の説得がなかったら1時間以上、お説教を聞く羽目になっていた。」


「お前なぁ、恐い人を説得って普通はできねぇぞ?。恐すぎて黙ってるのが精一杯だからな?。お前はどれだけ度胸があるのか分からねぇ。」


 良二の褒め言葉に俺は溜息をつきながら話しかけた。


「良二、ときたま運が良かっただけだよ。それよりも、こんどは先輩達が俺に厄介な用事を押しつけようとして困っているんだ。俺は断り続けているが、昨日の朝も頼み込まれて大変だったんだよ。もう、断り疲れたよ。」


 俺は昨日の朝、寮の食堂で朝食を食べていたら、棚倉先輩と新島先輩に寮監室に来るように呼ばれた。

 朝のクソ忙しい時に、呼ばれるのは勘弁だと思ったが、とりあえず先輩達の顔を立てるために我慢して顔色を変えずに寮監室に入ったのだが…。


 案の定、高木さんに怒られて死にかけの新島先輩から、体育祭実行委員の外部委員になるように土下座されて頼みこまれて、棚倉先輩からもやるように説得されたが、俺は懇切丁寧に断って、その場を切り抜けていた。


 俺がそんなことを思い出していると、今日の講義がさっぱり分からなかった村上から声がかかる。


「三上ぃ~。運動方程式がサッパリ分からない。俺は高校で物理が苦手だったから死んでる…。」


 この分野に初めて触れてパニックになってる村上に専門書の図を見せながら、基礎的な部分から村上に詳しく教えていった。


「上下に物体が繋がっている場合、加速度は等しいんだ。これは連立方程式を組まないと解けない。紐で繋がってるお互いの力をFとして置いといて、物体1と物体2が繋がっている事によって掛かる物体2の重力は2mgになる。この問題は物体1の紐を引っぱる力を求めたいから…」


 村上に教えていたら、学生からの質問に答え終わった教授が、俺たちの様子を見に来てくれた。

 教授はパニックになっている村上のこと教えだした。


 それを見ていた良二や宗崎が、教授に質問をしたりして、課題をサラッと終える事ができた。


「有坂教授、ありがとうございます。私は上手く教えられなくて…。少し不安なところがあったで、私も勉強になって助かりました。」


 俺は有坂教授にお礼を言った。

 有坂教授は俺たちの担当委員になっているから、高校までの学校なら、担任のような役割も担っている。


「いえいえ。これが私の仕事だし、君らみたいな熱心な学生を教えるのはやりがいがある。いやぁ…、それにしても三上君。あの恐いことで有名な学生課の高木さんに可愛がられているみたいだね。」


 教授から高木さんの話が出てきたことに俺は吃驚した。


「えっ??、教授が高木さんを知っているのは意外でした。」


「私は昔、陸上部の寮にいたことがあってね。2人いた副寮長のうちの1人だったのだが、大会に出たときの書類や、寮の関係書類に提出遅れがあったりすると、あの高木さんにはよく怒られたよ。あの人、怒ると本当に恐くてね。ははっ。体が大きいアメフト部員やラクビー部員なんかも、高木さんに怒られたら怯えてしまうからね。」


「先日、先輩達のミスの尻拭いで、高木さんに怒られたばかりです。あれは肝を冷やします。」


 俺は教授の話を聞いて高木さんの怖さに関しては、昔からそうだろうと思っていた。

 高木さんならラグビーやアメフト部員も関係ないと思うし、あの怖さは超絶級だ。


「三上君が一般学生寮の副寮長をしてると聞いて、大変なことは分かっているよ。私のときは高木さんが若くして入ってきたばかりだったから、とても威勢が良くてね。今も変わらないと思うけど、相当に恐かったよ。」


 教授も笑ってはいるが、怒られたときの事を思い出して、どこか表情が怯えているようにも感じる。


「今でも高木さんは相変わらず健在ですよ。脇で怒られていた先輩達は相当に震え上がってましたから。」


 俺はこれで教授の話が終わりかなぁ…なんて思っていたら、教授は想定外のことを言い出した。


「ははっ。高木さんは相変わらずか。ところで、三上君。昨日、夕方になって本館に所用で行った時に、高木さんに声をかけられたのだよ。教授、たしか工学部2年の三上くんの担当委員ですよね?と。きみは、寮の先輩の推薦で、教育学部の体育祭実行委員の外部委員に推されているらしいじゃないか。」


 それを聞いていた3人は一斉に俺を見る。


「え?、教授。なんでそれを?。いや、先日、高木さんに、その件を話したのは間違いないですが、なんで高木さんが有坂教授に?」


 これは嫌な予感しかしない。


「高木さんは、三上君がうちの学部の課題やレポートが多い事を理由に、実行委員を頑なに辞退し続けているが、きみを実行委員にしないのは勿体ない。そこで、配慮を…とのことだ。あの高木さんのお願いだから、聞かないと私も殺されそうでね。君が仮にその件で講義を休んだとしても、大学側の要請となるので、規定上は部などで大会に行くときと同じで、特別欠席の扱いになる。」


 俺は教授の話を聞いて頭を抱えた。


「教授、驚きを隠せません。ここで初めて聞く話なので、私は吃驚してて、なんと言ってよいのか、分かりません。」


「三上君、きみの気持ちは私もよく分かる。高木さんは恐すぎる。だからよく分かる。」


 俺にとって高木さんはあまり恐くない存在だ。

 俺が吃驚しているのは、実行委員入りを頑なに拒む俺を、意地でも実行委員に入れる為に、棚倉先輩や新島先輩が、高木さんを使ったことが確実だったからだ。


 面倒になるから、俺は教授に話を合わせようと思ったら、良二が横やりを入れてきた。


「教授。三上は、その先輩達が高木さんから怒られているのを説得して止めたそうですよ。私たちは三上の寮の部屋で課題を一緒にしていたのですが、寮の先輩達が三上の部屋に入ってきて彼に助けを求めていました。彼はそういう所があるので、高木さんから気に入られたのでしょうか?」


『良二、余計なことを言うんじゃない、これはマズいぞ。』


 有坂教授は目を見開いて驚いた。


「なに!?。本橋君、本当か?」


 宗崎や村上も有坂教授の問いに答える。


「私もその場にいたので見ています。」

「三上は寮幹部から高木さんの件で、救世主と崇められています。」


 俺は3人に文句を言いたいが、この状況では言えない。

『お前ら、よりによって、ここで面倒くさいことを言うな!!』


 教授はさらに驚いた。


「きみは相当に高木さんから気に入られているじゃないか!!。私もそれはできないよ。あの恐い高木さんを説得させるなんて。」


「いえいえ、あれは偶然ですよ。ははっ…。」


 俺は咄嗟に話を有坂教授に合わせるように軌道修正を試みた。

 これは、話を引きずると、色々とマズいと思ったからだ。


「有坂教授もご存じの通り、高木さんからのお願いなんて絶対命令です。断ったりしたら恐ろしいので、今から怯えております。」


 教授は激しくうなずいて同意している。


「三上君…。」

 俺は教授から肩を叩かれた。


「実は高木さんから今日の午後4時頃までに、学生課に来るように伝言を預かったのだよ。もの凄く…大変だろうけど行っておいで…。」


 教授は教え子を戦地に送るかの如く悲壮な顔をしていた。昔の高木さんへの恐怖が甦ったのであろう。


「はっ…はい…。」


 俺は高木さんに殺される訳でもないし、先輩達のように高木さんに叱られる為に死地に赴く訳でもない。

 単に高木さんから話を聞いて、上手く説得させて実行委員入りを拒否すれば良いだけのことである。


 仮に説得できなければ、やるしかないだろう。

 その場合は有坂教授に、勉学面で色々なお願いをしなければいけない。


 有坂教授はそう言うと、俺たちに手を振って講義室を去った…。


 教授が去ると、俺は3人に向かって、高木さんのコトについて少しだけ注意を促した。


「お前らなぁ、あの高木さんは元々、高校の時にグレて怒ると不良の言葉がダイレクトに出てくるから震え上がるほど恐いんだ。何も知らないでチョッカイを出すんじゃない。アレは筋金入りだから、アメフトであろうがラグビーであろうが、高木さんに怒られたら誰だって恐くて逃げ出すぞ。例えるなら暴走族の総長から激怒されて、怒鳴られているようなもんだ。」


 3人は顔を見合わせた。村上も高木さんが恐い話は寮内で噂だったから聞いていたが、具体的なことは知らなかった。


「…三上…。マジか?」

 宗崎が想像して震えだした。


「いやぁ…。棚倉さんや新島さんが震えあがって、お前に泣きつくのはソレだったのか…。」

 村上はそれを想像して手を合わせた。


 良二は講義室の天井を見上げて溜息をつきながら俺を見た。

「…なぁ…恭介。お前はたぶん普通じゃない。俺なら一目散で逃げるわ…。それであの情けない寮内放送になるわけだな。」


 俺は良二の言葉に反応したかったが、腕時計を見て時間を確認した。

 高木さんに呼ばれた以上、急いで行かねばならぬ。


「悪い。そろそろ学生課に行かねばいけない。一昨日、仕送りも来たし、課題やレポートも全て終えたから、みんなで寮の先輩から教えてもらった、お好み焼きの食べ放題の店でも行こうと思ったけど、厄介な話になりそうだから無理そうだよな…。」


 俺は溜息をつきながら、この事態を嘆いた。


「恭介、しょうがないよ。どう考えても今日は話が長くなりそうだから無理だろ?。そしたら明日の昼にお前の寮に集まって、その店にみんなで行こうか?。」


「悪いな、良二。そうしようか?」

 皆がそれに同意する。


 俺は学生課に向けて工学部のキャンパスを出ると、バスに揺られながら本館キャンパスへ向かった。

『しかし、先輩達が高木さんを使うとはねぇ…。』


 俺は先輩達の執念に対して、呆れを通り越して、とても疲れ果てていた。


 急いでバスに乗ったこともあって、約束された時間まで20分ぐらい余らせていたが、このさい早々に用事を済ませようと思って、学生課に乗り込んだ。


 高木さんの都合が合わなくて、学生課で待たされても良いとも思っていた。


「一般学生寮、副寮長の三上です。高木さんはいますか?」

 俺は学生課に入って高木さんを呼んだ。


「あら、三上くん、少し早かったわね。」

 そう言うと学生課の相談コーナーにある椅子に座るように促される。


 俺は椅子に座ると単刀直入に言った。


「高木さん。棚倉先輩と新島先輩が、私を教育学部の体育祭実行委員に入れたがっているのは分かりますが、高木さんを巻き込む必要はないと思いますし、有坂教授まで巻き込むのは、私としては皆さんにご迷惑をおかけして心苦しいです。」


 高木さんは、俺の担当直入な話に答える前に、ニッコリと笑った。

「昨日のお昼過ぎにね、棚倉くんと新島くんが来て、三上くんを説得して欲しいと私に頼んできたのよ。」


 俺は眉をひそめて、再び担当直入に断りを入れた。

 これが棚倉先輩たちなら、怯えて否応なしに引き受けるのだろうが、俺にとって高木さんは、あまり恐くないので、こういうコトができるのも俺の持ち味なのだろう。


「いや、私は、高木さんのお願いであっても、それはお断りしたいのです。」


 高木さんは穏やかな表情のままだ。


「三上くんの気持ちは分かるわ。でもね、私は、三上くんが辛くてもやって欲しいと思っているのよ。ここだけの話、今の新島くんに大役を任せられる実力はないわ。無理矢理に押されて彼が否応なしに引き受けたのは、私でも分かるもの。新島くんの性格まで分かって、影の実行委員長になって支えてあげられるのは、三上くんしかいないのよ。」


 そこに荒巻さんが俺の姿を見つけると、高木さんの隣の席に座って、荒巻さんも俺の説得に加わった。


「いやね、私も棚倉くんや新島くんに泣きつかれてね…。何とか三上くんを入れて欲しいと。その後にね、棚倉くんが、実行副委員長や会計、総務などの委員たちも連れてきて、三上くんを説得したいと言い出してね…。」


 俺は相当に困惑した。

「え??、それは…。それだけ私を推されても困りますよ…。」


「三上くんは、高校時代に生徒会をやっているから実力はお墨付きだ。それに、父の家業を継ぐ上で、リーダーシップをここで勉強しておくことは君のためになる。さらには学生課…いや、大学側として、この影響で単位が危ういことがあれば、完全にサポートするので、なんとか引き受けて貰いたい。」


 俺は、これは流石にまずいと思った。

 この案件で、学生課…いや、大学側まで巻き込んでしまっている。


 あとで先輩達には、俺に有利な交換条件を出すにしても、ここはひとまず引き受ける事に決めた。


「分かりました。荒巻さんや高木さんの説得を受けて、私も微力を尽くしましょう。ただ、条件があります。」


 俺は息を大きく吸い込んだ。


「1つは、新島先輩は寮を離れてコンパや合コンなどに行かず寮の全ての仕事を全うすること。もう1つは、課題やレポートをやる時間を設けるために、寮の雑用をできる限り少なくして欲しいことです。工学部は課題やレポートが多いので、仲間同士でそれを片付ける事も多く、そういう場を邪魔されたくないのです。」


「大丈夫よ。新島くんは…ま・か・せ・て…。ふふっ☆」


 高木さんはニッコリ笑っているが、これから新島先輩は、高木さんの管理下に置かれて、寮から脱出してコンパに行けば、怒られることが確実だ。彼は死んだ目をしながら寮の仕事をやることになるだろう。


「三上くん。それで早速で申し訳ないが、実行副委員長の牧埜くん、総務委員長の泰田さん、経理委員長の松裡さんが、あなたから承諾さえ得られれば、ここでブリーフィングを行いたいと申し出ていてね。」


 俺は少し疑問に思って荒巻さんに突っ込んだ。


「初会合の前にブリーフィングですか?。大抵、この手の実行委員は、やることが決まってるケースが多いから、難しい立ち上げなんて要らない筈ですが…。」


「三上くん、初会合は来週らしいけど、新島君が駄目なので3人は君に頼りたいらしい。学生課として、この場所を貸すことは問題ない。棚倉くんは既に、院生の試験に向けて色々とあるので、少し時間をおいてから参加するらしいが…。」


「いや、荒巻さん。棚倉先輩の差し金でしょうが、顔も見てない人に頼られても私は困るのです。まずはブリーフィングの内容をみないと分かりません。」


 俺はかつて、高校時代に生徒会をやっていたような顔になってる。


 これが三上恭介の初期状態の寮長モードだ。

 それだけでも250%程度の状態なので、服がオタクでもリーダーとして通用するような雰囲気が漂っている。


 仕送りが一昨日入ってきたので、散髪に行ってボサボサ頭だけは回避できてる。

 身なりはともかく、彼は周りから説得力のある顔をしていた。


『参ったなぁ…こんな大役を引き受けて、俺は単位が死ぬぞ。しかも仲間の単位も危ない…。』


 俺はできる限り効率が良い形で、学業と実行委員の両立をするための策を考えていた…。


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