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~時が流れても変わらぬ仲間の絆2~ 棚倉結城と新島涼。

 ある連休の夜だった。


 棚倉結城は家族を連れて新島涼の家に泊まっていた。

 馴染みの後輩とサシで飲むときは、決まって彼の家に家族で泊まって飲むことにしていた。


 棚倉と新島は同郷の先輩後輩の仲だし、互いの妻は友人同士だった。だから家族も子供も気兼ねなく泊まれる関係であった。


 彼らの妻はリビングで女同士で何やら子供の思春期に悩みや、料理などの話をしているし、子供たちは、それぞれの部屋でパソコンでFPSゲームやスマホゲームなどをやっている。


 もはや親戚の家族が泊まる感覚と同じだ。


 それで旦那同士は、いつもダイニングで語り合うことにしている。

 冷蔵庫からつまみを取り出しやすいし、語り終わったあとの片付けも楽だからだ。これは新島の妻の負担を減らす配慮でもあった。


 彼らはお酒が相当に強い。

 三上は付き合い程度にしか飲めないが、棚倉と新島は飲みはじめると止まらない。


 2人は数本のワインを開けながら昔話に花が咲いた。高校も一緒だったので、その話が一通り終わると、今度は大学時代のことになる。


 無論、大学時代の後輩である三上恭介は、彼らの中で最重要登場人物である。


 新島は、三上のDMのことを、いきなり問い詰めることはしなかった。


 まずは学部の体育祭実行委員長をやった時のことを語り始めた。


 外部委員の三上が大活躍したこともあって、実は密かに三上に想いを寄せていた同じ学部の女子が数人いたことや、三上と陽葵のイチャついた話で盛り上がっていた。


 話が盛り上がったところで、新島は三上のDMに書いてあったネタを問いかけた。


「先輩。ぶっちゃけて言いますが、三上が陽葵ちゃんと出会ったときに、なんで彼が怪我したことを俺に今ままで隠していたのですか?」


「…うぐっ。」

 新島の問いに棚倉は、遠い昔にあった痛いところを突かれて、心に突き刺さるものを感じた。


 新島はその棚倉の様子を見て、たっぷりと嫌みを込めて彼に語りかける。


「もう、いい加減に時効だろうと、三上がカミングアウトしましたわ。三上のダイレクトメールを読んでいて、とても楽しかったですよ。彼はちょっとした小説のようにネタを書くから、読んでいて飽きないですからね。」


「…あいつ、密かに根に持っていたのか…。」

 棚倉はあの時のことを思い出して、冷や汗が出た。


「ははっ、それはそうでしょう。病院に押しかけて高木さんに絞られたことなんか、面白く書いてありましたよ。」


 新島は笑いながら、棚倉が返答に詰まりそうな部分を思い出して語り出した。


「三上のダイレクトメールは傑作でしたよ。高木さんにYes Ma’amなんて言ったら、絶対に殺されますわ。」


 新島の言葉に当時の恐怖を思い出して、棚倉は酔いが覚めた気がした。


「新島。あれは俺の生涯の中で指折りの失態だった。あの恐怖からYes Ma’amと言ってしまって、生きた心地がしなかったぞ。」


 新島は腹を抱えて笑い出した。


「せっ、先輩、それは絶対に駄目ですわ。あ~~っ、お腹が痛い!!!」


「それにな、俺の後ろに三上がいたから、高木さんに聞こえないようにボソッと言ったアイツの声が聞こえたんだ。イエス・マムは絶対に駄目だとか、俺は完全に終わったとか…。高木さんから滅茶苦茶に怒られている時にボソッと言えるアイツの根性が分からない。」


 棚倉はバツが悪いので三上をネタにして何とか話題を変えようと必死だった。


 さらに新島は大声で笑いだした。

「みっ、み、三上のやつ、ホントにスゲーや。高木さんが怒れば、周りは怖すぎて言葉なんて一言も出ないのに!!!」


 しかし、棚倉の話題を変えようとする試みは失敗に終わる。新島は長年の付き合いから彼の性格を分かっているから追求を止めない。新島は笑い終わって息を整えると棚倉に切り出した。


「あー、笑った。ところで先輩。俺はその三上の仇を取ろうとしているのですわ。いやぁ、諸岡や牧埜にも口封じをしてたのは酷いっすよ。それに、三上の話は無尽蔵にネタが出てくるから、そこに逃げるのは卑怯ですからね。」


 棚倉は観念して自供し始めた。


「分かったよ、新島。あの当時、後輩に俺の不注意で怪我をさせたことや、高木さんに滅茶苦茶に怒られたのが恥ずかしくて、とても言えなかったのが真相だ。ついでに言うと三鷹も同じだ。」


「先輩、時は既に遅しですが、三上は体を張って陽葵ちゃんを守ったから相当に疲れているのに、先輩達の押しかけが凄かったから、とても辛かったなんて、ダイレクトメールに書いてありましたよ。あの時はフラフラだったと、ぼやいてましたし。」


 新島はこの件に関してあえて真顔になった。


 三上のことを思えば、彼は後輩という立場から先輩の棚倉や三鷹に強く言えないのは明らかだし、自分のように棚倉に踏み込んで言えないだろうから、さすがに可哀想だと思ったのだ。


 あの当時、自分がいれば高木さんに怒鳴られる前に、気を利かせて棚倉や三鷹を寮に連れ戻しただろう。だから、彼らが高木さんに怒鳴られるのも無理はないと思った。


「あの時、あいつは相当に疲れていた上に、強い痛み止めの副作用で眠気があって昼寝もできずに辛かったと高木さんに言っていたらしい。あいつには悪かった。」


 棚倉はこのことを申し訳なさそうに語り出したので、後輩への仇をとったと考えて、新島は彼が引きずらないように自分のことを持ち出して、彼の気を紛らわそうとした。


「俺は亡くなってしまった高木さんに怒られまくったからなぁ。ただ、三上は俺のことを、できる限りかばって、高木さんに怒られないように上手くやってくれた。あれは、ありがたかったなぁ。」


 棚倉はホッとした表情で新島の話題に乗った。


「三上は度胸と根性がありすぎる。見かけは、あんなボーッとして温厚そうな子が、シレッとした態度で、何を言われても動じずに、あんなに恐い高木さんから可愛がられてしまうから、あれは手品みたいだった。」


 棚倉はそこまで語ると、グラスに残ったワインを飲み干した。この次の言葉を発する為には、お酒の力が必要だった。


「…しかし…。高木さんが亡くなって2年か。三上もショックだったと陽葵ちゃんからDMで聞かされたよ。」


 新島もこのことに関して、お酒の力が必要だった。

 自分のグラスのワインを飲み干すと、彼は棚倉のグラスが空になったのが見えてワインを注ぎ、同じく棚倉が新島のグラスにワインを注ぐ。


「そういえば、高木さんが亡くなる前に、三上と陽葵ちゃんは子供を連れて見舞いに行きましたっけ?。もう、緩和病棟に入って余命もなかった時に…。」


 新島はそこまで語るとワインを少し飲むと、棚倉も同じようにワインを口にして、新島に悲しそうな顔を向けた。


「ああ、そうだよ。あいつは仕事の都合もあって葬式に出られなかったが、高木さんのご子息からね、こんな話を聞いたんだ。」


「…それは初耳ですよ。どんな話を?」


 新島はなんとも言えぬ複雑な表情をしている。

 当時、新島は、かなりの頻度で怒られていたとはいえ、高木さんには世話になったし、彼女から人生の勉強をした部分もあったので、とても敬意を払っていたのだ。


「三上たちが見舞って帰った後にな。高木さんが涙を流して、ご子息にこう言ったらしい。わたしが一番、思い出に残っている学生に会えて良かった…。と。」


 涙もろい棚倉は、すでに涙ぐみながら話している。


「三上はさぁ…。ホントに人の心を掴むのが上手いんですよ。だって、木下に向かって、高木さんは怖い人かもしれないけど、根は素直だし、心が綺麗な人だから、怒られたとしても筋を通して誠心誠意、心を入れて話せば分かるとか真顔で言う奴ですよ。高木さんは三上の態度をみて、可愛くなったのでしょうなぁ…。」


 新島はグラスにあるワインを全部飲み干した。

 あの当時、怒られた時に三上が、自分をかばおうとした時の高木さんとの会話を思い出していた。


 それが新島にとって彼女との思い出の1つだった。


「新島。あいつは人たらしの天才みたいな所がある。俺には絶対にできない。」

 棚倉は高木さんへの弔いをかねてグラスにあったワインを飲み干した。


「俺は、三上のそういう部分で助けられましたわ。しばらくして高木さんの良いところに気づいて、残り2年間は、たまに怒られたりするけど、とても上手くやれたのですわ。これは三上のおかげなんですよ。」


「新島よ、なんだかシンミリとしてしまったな…。」


 棚倉が涙ぐみながら新島と語っていると、双方の妻が彼らの話を聞いていて、さりげなくダイニングでつまみを作り始めた。彼女たちは会話を変える必要性を感じていた。


 棚倉の妻が新島の妻と料理をしながら、この会話に風穴を開けた。


「結城さん。そういえば晴斗が小学生だった頃に、三上さんの家にうちの家族全員で泊まった事があったわよね。」


「加奈子、そうだった。あの時は楽しかったぞ。三上に色々な所に連れて行って貰ったな。あいつ、大きめのワゴン車に乗っているから、みんなが乗れてよかったんだ。」


 棚倉は三上の家に家族で泊まって過ごした事を思い出していた。彼は仕事の都合をつけて3日間、自分たちの家族のために尽くしてくれたのだ。


「三上さんのお宅は広かったわ。会社でバーベキューをやったり、三上さんの息子さんと、うちの晴斗が虫取りや川遊びをしたり、近くに温泉があるからと言って車で30分ぐらいのところで日帰り入浴をしたのも癒されたわ。」


 棚倉の妻の加奈子は、旦那たちが悲しみに暮れる負のスパイラルに入らなかったことに安堵をしながら、三上の家に泊まった時のことを思い出していた。


 加奈子の言葉に棚倉は涙を拭ってニンマリと笑顔になった。


「ここもそうだけど、都会だと自然に触れ合う機会なんてないからな。あいつが当時から言っていた通り、三上が住んでいる所は田圃と山しかないが不思議と気持ちが落ち着く場所だった。うちの子供にとっても貴重な体験で良かったぞ。」


 棚倉はワインを少し口にしながら、その時の事を思い出して上機嫌になってきた。妻が気持ちの切り替えをしてくれた事を察して心の中では感謝していた。


 その会話に新島の妻も入ってくる。


「三上さんって私達の結婚式の時に、あなたの同僚の長い挨拶にみんなが飽きたタイミングで、先輩、おめでとうございます。学生時代は1人の後輩として色々とヒヤヒヤしましたが、先輩がようやく落ち着いてホッとしましたよ。なんて挨拶をして、全員を笑わせて拍手の渦にした人じゃなかったっけ?。」


 新島の妻の言葉に、その場にいた全員が笑う。


「アイツは皮肉を込めながら、しれっと場の空気を読むからなぁ。」

 新島はあの時に久しぶりに彼の言葉を聞いて、内心は嬉しかったことを思い出した。


「棚倉さんやあなたが、よく三上さんの話をするから、三上さんの家に行ってみたいわ。ウチの子供が小さい時に三上さんの家に行けば、子供達も楽しめて良かったかも知れないけど…。」


 新島の妻の言葉に加奈子がにっこりと笑った。


「美里ちゃん、三上さんは私達よりも早く結婚したけど、子供がすぐに出来なかったから、うちの子供達とさほど変わらないわ。今は中学生じゃなかったかしら。息子さんはゲームを良くやると言っていたわ。それに10歳違いの3歳の娘さんもいるわ。」


 新島の妻の美里は少し驚いたような顔をした後に、ホッとした表情をうかべた。


「それなら子供達同士で気が合いそうだわ。三上さんのお子さんはもう、高校生か大学生ぐらいかと思っていたの。」


 加奈子はさらに三上の家に行った時の事を続けた。

 それを聞けば、美里がさらに安心するかと思ったからだ。


「そういえば、三上さんは車で1時間ぐらいかけて海まで行って水族館や魚市場に連れてってくれたわ。魚市場では、もの凄い大盛りの海鮮丼が出てきて食べきれなかったの。都会だと、あんな体験なんて、子供たちも含めてできないわよ。」


 美里は加奈子の話を聞いて、三上の家に行く気が湧いてきたようだ。

「加奈子さん、それはホントにいい所だわ。旦那も刺身は大好物だし。わたしも水族館は好きよ。」


「美里。三上の家は随分と辺境にあると学生時代から聞いていたが、保養地としてはベストだよなぁ。タイミングを見計らって家族を連れて押しかけてみるか。」


 新島も海鮮丼と聞いて食指が動いたようだ。

 会話をしているうちに、双方の妻が料理をした即席の海鮮炒めができ上がる。


「あなた。三上さんがよければ、棚倉さんたちと一緒に行きましょうよ。あとは三上さんの仕事の都合次第だわ。棚倉さんの話を聞くと、自営業で相当に大変そうですし。」


 新島は海鮮炒めを箸でつまみながらうなずく。

 美里の話で棚倉が何かを思い出したような顔をした。


「あっそうだ。諸岡はSNSで三上と連絡を取り合って、2~3年に1度ぐらい、家族を連れて長距離運転をして三上の家に行くそうだ。あいつはあの時の恩をまだ忘れてないらしいぞ。ただ、数年前から三上の両親が相次いで病気になって看病に追われたので、その時は駄目だと言われたらしいがなぁ…。今は随分と落ち着きを取り戻して、前よりも強くなった。」


 新島は数年前、彼が両親の看病で必死になり、SNSで悲痛の投稿が押し寄せていたことを思い出した。

「先輩。あのときの三上はいつになく辛そうでしたわ…。あれは見ていられなかった…。」


 棚倉はワインを少し口に含んで、その時のことを思い出していた。


「三上の母親が亡くなったときに俺に電話を掛けてきてな。やっと俺は楽になりました。悲しいけどホッとした感情なんて訳が分かりません。なんて語っていたのが印象的だったよ。アイツは本当に壮絶だった。」


 新島は棚倉の話を聞いて、今後、自分に降りかかるであろう将来のことについて、身につまされていた。


「あいつは本当に苦労人ですわ。俺らがまだ体験したことのないような事案を、俺たちよりも先に経験して、アドバイスをくれるから本当に助かる。」


 棚倉も海鮮炒めを箸でつまみながら新島の話に答えた。


「あれは陽葵ちゃんがいなかったら、三上は精神崩壊を起こしていたと俺は思っているぞ。彼女の下支えがあって、あいつはギリギリのところで踏ん張れた。あれは凄かったよ。」


 新島はワインを飲みながらこの話を切り替えようと試みた。

 この件は本人の口から聞いたほうが、今後、自分のためになると考えたからだ。


「俺は三上と先輩と一緒に飲みたいですよ。三上が少し弱いのは知ってますが、あいつは飲むと饒舌になるし、普段よりも色々と聞けますから。」


 棚倉は、海鮮炒めをつまんで、苦笑いしながら新島の言葉に答えた。


「あいつ、あまりに飲み過ぎて、話がとまらなくてね、陽葵ちゃんに怒られた事もあったぞ。あまりにも三上が喋るから陽葵ちゃんがね、恭介さん。あれだけ飲んだから今度は食べて下さいね♡、なんて言い出して、陽葵ちゃんは三上の口元まで箸を差し出して、色々なものを食べさせながら口封じをしていたよ。あいつの口は封じられたが、こっちが見ていられなかったぞ。」


 その場にいた全員から笑いが起こる。

 新島は、お腹を抱えて笑いながら棚倉に答えた。


「今でも、あいつは、SNSで当ててくるから困りましたよ。この前、嫁成分をあますことなく吸収したい、などと言いだして、こっちは当てられまくられて大騒動ですわ。もうこっちは、『ご ち そ う さ ま。』としか言いようがないから困りましたよ…。」


 2人の会話は、三上の話で止まることを知らず夜が更けていく…。

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