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~エピソード4~ ⑰ 三上さんに平穏な休日をください。~2~ 

 俺と陽葵はとても愛がこもった朝食を終えると、歯を磨いて身なりを少し整えた。


 看護師に出された薬を飲んだあと、陽葵と少し雑談をしていたら、親父とお袋が病室に入ってきた。


「恭介。昨日は、よく眠れたか?」

 親父が心配そうに俺に声をかける。


「親父、昨日はありがとう。あの先輩たちを引きつけてくれなかったら、俺はぶっ倒れてたかも知れない。友人なら強く言ってるところだけど、寮で世話になってる先輩達だから強く言えなくて。」


 俺は素直な気持ちを親父にぶつけた。


「恭介、お前はそういう場合の逃げ方を学べ。お前は根が優しすぎるから、あのような場合に駄目になってしまう。少し強く出ても相手は傷つかない。」


 親父は眉間にしわを寄せて、俺にこのような事をよく言うのだ。


 俺はその親父の話をよく聞いて今までの糧としている部分がある。長期の休みになると親父の仕事を手伝うこともあるが、親父は職人気質なので仕事のことになると厳しく接するので恐い人には慣れていた。


「分かったよ。今度は上手くやってみる。」


 こういう場合、俺は素直に聞くようにしている。

 親父の言葉が終わると、お袋が小さいバッグから束になったお見舞の袋を俺に渡してきた。


「恭介、そういえば、親戚からのお見舞をもってきたよ。お前、昨日は先輩達に絡まれていたから渡せなくてね。これを仕送りと合わせて陽葵ちゃんのデートに使って頂戴。」


 親父は兄弟が8人いるので、親類が相当な数になる。俺の従兄弟が20歳違いで親子と変わらないとかもザラなのだ。


 親類にそういう事があると本家が親父の親類達に連絡を入れる仕組みになっていて、緻密な連絡網ができあがっている。


 当然、遠方の親類もいるが、お見舞などは本家が親類達に連絡した際に立て替えて、正月や何かの休みで親類が帰省した際に本家に清算するシステムもできあがっている。


 うちは車で運転して30分ぐらいの距離に本家があるので、両親が病院に来る前に本家がうちに駆けつけた事が安易に予想できた。


 俺は大量に貰った御見舞の数に困惑する。

「これ、お見舞のお返しはどうすんの?」


「大丈夫、誰から貰ったかはメモしておいたから、お返しは、母ちゃんがやるから安心しな。これは陽葵ちゃんを彼女にしたご祝儀だからね。親類達は電話で御礼をしてあるから下手な事はしなくていいよ。こういう事がないと、親類同士が疎遠になるしね。」


 陽葵はその会話をじっと聞いていて率直な感想をおれにぶつけた。

「恭介さんの親戚…、凄い数ですね。」


「ああ、親父の兄弟が8人もいるから、従兄弟が親子みたいな年の差だったりして色々と吃驚するかもね。」


 俺は苦笑いしながら陽葵に答える。


「…え????。それは凄いわ…。」

 陽葵は目をぱちくりさせて絶句している。


 陽葵が絶句している間に、お袋が俺への要件をテキパキと伝えてきた。


「恭介。昨日、あの大学の職員さんが言っていたけど、退院の細かい手続きは大学や寮監さんがやるから、うちは手が掛からないよ。楽だったわ。ただ、お前は退院後に色々と手続きがあるらしいから、親の代わりに全部、判子を押しておいて頂戴ね。」


 俺はお袋に聞いておきたいことがあった。それをストレートに言うことにした。


「それは良いけどさぁ。陽葵の家でお世話になっちまって、ご両親にも悪いことをしているような…。いったい、どうしたの?」


 お袋は笑いながら、俺のストレートな質問に答えた。


「恭介、これは将来を見据えた親戚付き合いよ。うちと陽葵ちゃんのご両親で意気投合しちゃってね。こっちは勝手に盛り上がってるから。」


「はぁ…。盛り上がってるとかの騒ぎじゃねぇと思うけどなぁ。俺らはまだ付き合って数日だぞ?。」


 俺がお袋に質問した答えを聞いて、長い溜息をついた。

 …みんな焦りすぎだ…。


「大丈夫だよ。お前はこのまま陽葵ちゃんと最後まで行くのは確実だろ?。そうじゃなかったら、お前を勘当するよ!!。こんなに良い子を貰っておいて、お前には、もの凄く勿体ないぐらいだよ!!。」


 お袋は俺の性格を見抜いて確実に痛いところを突いてくるから困った。


「それは陽葵と最後にはそうなる自覚はあるさ。…ああ、分かったよ。こっちは陽葵とうまくやるからさ。」


 もう完全にお袋に見抜かれているから正直に俺はヤケクソな気持ちも表に出しながら、白状をした。


「陽葵ちゃん。そういう訳だから、恭介をよろしく頼みました。陽葵ちゃんが面倒を見てくれるから、うちはとても安心だわ。こんな馬鹿息子だけど、しっかりと面倒を見てくれて嬉しいのよ。」


 陽葵は微笑みながら俺を見て、次に俺のお袋と親父に目線を合わせた。

「はい。恭介さんの面倒は任せてください。このままズッと一緒ですから。」


 彼女の決意はかなり固い。


「陽葵ちゃん。正月休みになったら、うちに遊びに来いよ。恭介が家まで車で送り迎えするから、細かいことは気しなくて良いよ。なんなら、家族全員で遊びに来てもいいぞ。」


 親父も完璧に将来は決定モードだ。


「ありがとうございます。ぜひ、恭介さんの家に行ってみたいわ!。」


 陽葵はかなり乗る気である。

 しかし、うちの両親に対して、俺がいない間に陽葵が相当に慣れ親しんだ様子だったので不思議になった。


 このときは何も知らない恭介だったが、最初に親同士が打ち解けた事によって、恭介の親に話し掛けやすい状況が急速に作られていった。


 陽葵は恭介の性格や趣味嗜好、彼の小さい頃の話まで色々と聞いていた。恭介から言わせれば『もう余計なことをしてくれるな』状態であった。


「…それは送り迎えするけどさ…。陽葵、ウチの家はめっちゃ遠いぞ?。」


 送り迎えは少し大変だけど、親父の仕事の手伝いをしていて、納品で長距離運転は慣らされてる。


 旅行や遠出をしたことがない陽葵は、長い時間、車に乗っていられるかが問題だ。

 高速でもサービスエリアで休憩をとりながら、見どころがあれば寄っていくようなプランにしないと、車で酔ってしまうかも知れない。


「恭介さん、家に車もないし、お父さんは車を少し運転できるけど、車で旅行なんて、殆どしたことがないから楽しみだわ。それに恭介さんの運転も見たいの。」


 陽葵は今から楽しみにしていそうだ。


 お袋は俺に対して、一通りの要件を伝え終えて最後にこう締めくくった。


「陽葵ちゃん、ご両親から伝言を預かってて、このままお昼をご一緒するので、陽葵ちゃんも来てね、と言っていたよ。それで私達は旦那の仕事も詰まってるから帰るけどね。恭介は放っておいても大丈夫だから。食事が終わったら、ここに戻っても時間は沢山あるよ。」


 俺は戸惑ってる陽葵をみて、お袋の言葉に一押しをした。


「陽葵は朝ご飯も食べてないから、家に戻ってご飯を食べてきてよ。昨夜から家に帰ってないから、ご両親も心配してるだろう。両親の公認だから、色々と気を遣わなくて良い気もするけど、このまま飯も食わせないで俺の面倒を見て貰っても俺が困るし…。」


 陽葵は俺の言葉を聞いて決断した。


「では、少しだけ帰りますね。恭介さん、無事でいてくださいねっ!!」


 陽葵は少し考えた後に、俺と今生の別れでもするかのように涙ぐんでいる。


「大丈夫だよ、俺は死にはしないから。」


 もう苦笑いするしかない。


 陽葵と親が別れの言葉を告げると、俺の両親や陽葵は病室を後にした。


「ふぅ…」


 しばらく本を読んで暇を潰していると、看護師さんが昼食を持ってきた。


「あら、三上さん。彼女さんは?」


 陽葵がいなかったので、看護師さんにかなり心配されてしまったようだ。


「彼女は食事と身支度もあって家に戻っているので、午後に戻ると思います。それに、いつも食べさせられているので、寮に帰ったときに、自分が困るから、食べる練習になるから、前向きですよ。」


 俺の答えを聞いて看護師さんが、かなり安心したような顔をした。


「喧嘩をしたかと思って心配したのよ。それなら良かった。」


 俺はもう笑うしかなかった。


 トレイにはいつもの如く2つのスプーンと2膳の箸がある。

 それを見て、なんとなく寂しい気持ちになった。


「さて、食べるか。」


 食べ始めようとしたときに看護師さんは、なぜか手を振って部屋を出た。


 お昼はパンだった。

 これなら片手でも食べられるし、スープもスプーンですくえば時間はかかるが何とか食べられる。


 このまま寮で生活しても食事をするスピードは落ちるが、不自由なく食べられる自信がついた。


 食べ終わると看護師さんがトレイを回収して薬を持ってくる。

 それを飲み終わると、まだ疲れが残っているのか、しばらく本を読んでいたら眠くなってきた。


 今日は誰も見舞いには来ないだろう。

 昨日は先輩達が高木さんにあれだけ絞られたので、押しかけて来るなら明日以降だろう。


『やっぱり疲れてるのだろうな。薬の副作用もあると思うが眠すぎる。それに今朝も早かったし…。』


 俺はそのまま深い眠りに入った。


 ◇


 …どのぐらい寝ただろうか。この感覚だと相当に寝てしまったと思う。


 目を覚ますと、もう夕暮れだった。


 上半身を起こして起き上がると陽葵がいた。

 着ている服は朝と違っているから着替えてきたようだし、お風呂も既に済ませたような感じもする。


 陽葵はベッドの横にある小さなテーブルの上で課題のプリントをやっているようだ。

 彼女は俺が起きた事に気づいていない。


 夕暮れ時で窓から日が差して陽葵の綺麗な髪が反射して少しだけ眩しく見えた。

 俺はその姿の陽葵が、とても綺麗に見えて、ポカンと口を開けながら見ていた。


 陽葵が相当に集中しているので、そっとしておくことにした。


 ここで集中を切らすと、精神力がプッツリと切れて、ろくな事にならないことは、嫌ってほどに経験をしている。


 入院したおかげで、陽葵は課題をやりそびれているから、ここでやっているのだろう。

 家の中も俺の両親が泊まったから、ロクに課題ができなかったかも知れない。


 俺は1年の頃から寮の自分の部屋を綺麗にしていたせいで仲間の溜まり場になることが多く、部屋の中でざわついてる状況でもレポートや課題ができるように訓練をしていた。

 普通の人が、俺と同じ事をやるのは無理だろう。


 陽葵がやってる課題は経済史かな?。経済学部らしいと思いながら遠目で見ている。

 それを横目に俺は工学部らしくない本を読む。


 読んでる本は『しん文公ぶんこう』。彼のいみな重耳ちょうじと言い、紀元前600年代、中国の春秋戦国時代の名君主の物語である。


 その時代の周王朝は衰えており、各国の諸侯が力をしのぎ合ってる戦国時代であった。


 衰えた周王朝にかわり諸国を仕切った名君主を5つ挙げる事があるが、その春秋五覇しゅんじゅうごはと呼ばれる中でせい桓公かんこうと晋の文公重耳は屈指の名君主である。


 殊に二人の君公は 斉桓晋文せいかんしんぶんと略されて呼ばれることも多い。


 晋の文公は、公子王侯の子族であったが、政争によって自害を迫られたり暗殺されそうになりながらも19年もの間、諸国を放浪して亡命した後に晋に帰って君公となった人である。


 暫く本を読んでいると陽葵が課題のプリントを終えて俺が起きていることに気付いた。


「恭介さん。起きた事に全く気付かなかった。かなり疲れていたのね。よく眠っていたわ。」


 俺が起きてきたので何だか陽葵は嬉しそうだ。


「課題は終わったのか?。起きたら陽葵が集中して課題をしていたから、そっと見ていたよ。ここで陽葵に声を掛けると、集中力が切れそうだと思って声がかかるまで待っていたんだよ。」


 陽葵に課題が終わっているか聞いてみる。これで中途半端なら、そのまま最後までやって終わらせないと引きずってしまうことも多いからだ。 


「恭介さん安心して。いま終えたところよ。恭介さんが寝ていたから時間を持て余していてね、恭介さんの真似をしてみたの。時間の隙間を使って課題をやってしまうのは、良いアイディアだわ。」


「陽葵。俺の場合は色々と忙しいから、時間の合間を使わないと、課題やレポートが間に合わないので仕方なくやってるだけで、あえて真似をしなくても…。」


 俺は陽葵に自分の方法を無理に押しつけないことにした。

 工学部より課題やレポートが少ない筈だから、陽葵は何時でもやる気になれば、課題をやる時間は十分にあるはずだ。


「恭介さん。わたし、単に経済学部に入っただけだったけど、恭介さんのお陰で目的ができたわ。単に勉強をするだけじゃなくて、恭介さんが色々なものを背負って勉強をしている気持ちが少しだけ分かったの。私の勉強しようとしていることは将来的に恭介さんの下支えになるわ。」


 陽葵から言われてハッと思った。

 俺は細かい事が苦手だ。


 だから将来的に親父と共に仕事をやりながら、その後に陽葵と結婚をすれば、彼女が学んできたことを活かして、経理や細かい事務仕事をまかせて、自分は現場の仕事だけに集中できる。


「陽葵。あまり背負い込むと疲れるから程々に息抜きをしなきゃ駄目だ。あまりのプレッシャーに他の事を考えすぎて勉強の手が止まることもある。でも、2人で一緒に歩めば、少しはその負担がも減るかもしれない。それに陽葵が勉強しようとしている事は、俺の将来にとっても助かると思う。」


 恭介は自分が苦しんでいる経験上から、陽葵に色々とアドバイスをしたに過ぎなかったが、恭介が無意識のうちに、陽葵と結婚するまでの未来予想図を描いている事が分かって、陽葵はとても嬉しくなっていた。


 この言葉は陽葵にとって『恭介さんが生涯、わたしを頼ってくれる決意と証拠』だった。

 陽葵はこれと決めたら、絶対に曲げない一本気な性格だから、この時点で恭介と結婚することは彼女の中で確実に決まっている。


 だからこそ、恭介の何気ない言葉は、今の陽葵にとって自分が間違っていないと後押しする言葉でもあったのだ。


 既に、この2人は、出会って数日のうちに婚約者を超えて、夫婦みたいな関係性を帯び始めていた。


 「ふふっ、恭介さんったら…。」


 陽葵はベッドの上にいる恭介を後ろから軽く抱きしめた。

 俺は陽葵の頭を優しく右手で軽くなでた。


 そうして、平穏で静かな休日が過ぎていったのだ。

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