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~エピソード4~ ⑯ 三上さんのドキドキ入院生活。

 やっと静まりかえった病室で、俺と陽葵が雑談をしていたら夕食が運ばれてきた。トレイには、お約束の如く2膳の箸に2つのスプーンがある。


「あのぉ…そのぉ…、陽葵さんの夕飯と朝食は、ど、どっ、どうするのですか?」


 俺は緊張のあまりに敬語になっているが、とりあえず抵抗を試みる。


「わたしは下にあるコンビニでなんとかするわ。このあと、わたしは談話ルームで食べるから、恭介さんは遠慮しないでくださいね♡」


 すでに彼女の語尾にはハートマークがついている。


「やっぱり、陽葵…。」

 匙を差し出す陽葵を止めようと思ったが、言葉が見つからずに諦めの境地に入った。


「恭介さん。恥ずかしがらずにアーンしてくださいね♡」

  …俺は我を捨てて食べることに専念した。食べている時に体が熱くなって頬の赤らみを感じる。


 ついに、食べさせられている途中でいたたまれなくなり、陽葵に対してささやかな抵抗を決意した。スプーンを持って、ご飯をすくうと陽葵の口元に運んだ。


 彼女が恥じらうことによって、食べさせられるのを少しでも阻止できることを期待したのだ。


「もぉ~。恭介さんったらぁ~♡。わたしのご飯は後から食べるのにぃ~♡」


 彼女は顔を赤らめて恥じらいながらもパクッと食べる。

 作戦は大失敗に終わった。余計に陽葵を焚きつけてしまった。


 その後はお互いが匙を出しあって食べるのが続いて、やっと食事を終えた。

 彼女の食べる時の顔が可愛いので、つい食べさせたくなってしまう。


 その陽葵の愛くるしさが俺のハートに大直撃していた。このさい、飯が少ないとか腹が減ったなどは関係がない。


 俺はご飯を早く食べることで、陽葵ちゃんが大好きなことによる精神的ダメージをできる限り防ぎたかった。このままでは陽葵が可愛すぎるし、時間が経てば経つほど、頭のてっぺんからつま先まで陽葵が好きすぎて悶えてしまう。


 嬉しいのか恥ずかしいのか、よく分からない食事が終わると、陽葵は病院内にあるコンビニへ夕飯を買いに病室を出た。


『よし、今だ。』

 着替えとタオルを持って病棟のナースセンターに行って、シャワールームを使うことを看護師に告げる。


 俺は陽葵がシャワールームまで入ってきて背中を流されることを恐れたのだ。それはもう少し付き合いが深くなってから…と、思うのが一般常識である。


 幸いにもシャワールームは空いていた。


 看護師さんに患部をビニール袋で覆ってもらって、シャワールームに駆け込んだ。シャワールームは1人がやっと入れるぐらいなので陽葵が背中を流せるようなスペースはない。


 しかし、俺の作戦は半分は成功して、半分が失敗に終わった。


 陽葵は夕飯を談話スペースで食べた後に、俺が病室にいないことが分かると、看護師さんを探してシャワールームにいることを突き止めた。


 それは、俺がシャワールームから出て、片手をでタオルで体を拭いている時だった。産まれた姿のままで陽葵と脱衣所で鉢合わせをしてしまった。彼女は俺の背中を流すために化粧を落としてラフな部屋着に着替えていた。


 薄い化粧を落としても陽葵は可愛いままだ。そのままでも魅力が存分に伝わるぐらい可愛い。彼女との雑談の中で学部内の男子から言い寄られていることを聞かされたが、その理由も分かる。


「恭介さん、シャワーに入るならわたしに声を掛けてね。もう…遠慮しないでください♡」

 彼女はモジモジしながら俺に言う。


 陽葵よ、とても恥ずかしいのなら無理にやらなくてもいいのだ。

 こっちも相当に恥ずかしいから困る。でも、陽葵の気持ちを考えると、その事を言わずにいた。


 しかし、ここからが陽葵が普通の女の子と明らかに違っていた。

 陽葵は顔を赤らめつつもタオルを横取りして俺の体を丁寧に拭いていった。その後、なすがままに着替えをさせられる。


 脱衣所で鉢合わせしたとき、彼女には恥じらいがあったが、俺を手助けをしている間は無我夢中になっていて羞恥心を片隅に追いやっているようだ。


 そういう彼女の良さに俺は惚れ込み始めていた。

 ドキドキの着替えタイムが終わったので病室に戻った。何も言わなくても陽葵は俺の脱いだ服などを持ってついてくる。


 部屋に戻ると夕飯のトレイが片付けてある。そうすると看護師さんがきて薬を持って来た。


「三上さん、薬が強めなので眠くなるかもしれません。痛みが緩和してきたら前の薬に戻す事を先生が言っていたので、その時はお願いします。」


 看護師さんの言葉に俺は思考を巡らせて、先生に伝われば良いぐらいの調子で看護師に伝える試みをした。


「分かりました。今のところは強く痛むのでこの薬でも良さそうです。ただ、来週からは大学の講義に出ないといけないので居眠りする訳にはいかないから、退院後はあの薬に戻して下さい。」


  俺の言ったことを看護師さんはボールペンで手に軽くメモをしながら返事をして部屋から出て行った。


「恭介さん。ボーッと看護師さんを見ていたけど…何かあったの?」

 陽葵が素朴な疑問を投げかける。


「いやね、俺が高校の時に入院していた時にも見かけたけどね…。忙しすぎてボールペンとかで自分の手とか腕をメモ帳にしてしまう看護師さんって意外といたりするからさ。」


 俺は何気なく看護師さんの様子を見ていた感想をぶつけた。


「恭介さん、ボーッとしてるようで、そういう所を鋭く見てるのが恐いわ。三鷹さんが言っていたけど、これからは、恭介さんに会うときは化粧とか手を抜けないと震えていたわ。」


 陽葵は少し俺に何か細かい事を言われるそうな感じで緊張して見ている。

 陽葵の誤解を解く必要があると俺は考えた。


「いや、俺は女性のそういうことに詳しくないから何も言えないよ。化粧だって分からないけど、それぞれ個性があるし、その人の好みもあるだろうから何も言わない。正直に言えば俺が面倒だから、細かい事は知らないし気にも掛けないよ。」


 陽葵はその言葉を聞いてホッとした表情をしている。


「ただ、陽葵が例えば美容室に行って髪を切ったのを見たら可愛いぐらいは言うとは思う。陽葵に可愛いなんて毎日のように言うかも知れない。それに陽葵は化粧を落としても本当に可愛い。可愛すぎて俺が悶えそうなぐらい可愛すぎる。」


 俺は陽葵の誤解を解くために、力を入れすぎて余計な本音を吐いてしまった。


「恭介さんっ…。もの凄く嬉しいけど、とても恥ずかしいわ。わたし、そんなに人から褒められたことないわ…。」

 陽葵を見るとかなり顔を真っ赤にしている。


 『しまった、やりすぎた。』

 俺は後悔して、次の言葉をどう繋ぐかを考えようとしたが、動揺しすぎて言葉に詰まった。


 一方で陽葵も、恭介の言葉を聞いて、とても恥ずかしすぎるので、少し真面目な話題に転換しようと試みた。このままでは恭介に褒められすぎて自分が溶けてしまって、自我を失う気がしたからだ。


「そういえば、三鷹さんや棚倉さん、木下さんと談話ルームにいたとき、棚倉さん達が恭介さんを隠していたみたいな事を言っていたけど…。それはなぜなの?」


 陽葵はこの話題なら、恭介が自分を褒めてこないと思って会話をふった。これ以上、可愛いなんて褒められたら、嬉しすぎて彼をギュッと抱きしめてしまいそうだ。今もその衝動を抑えるのに必死だ。


「ああ。三鷹先輩が会議中で話を脱線させるから、俺が駄目な人間だと女性陣に油断させておいて、議題が紛糾した時に俺を最終兵器として使うつもりだったらしい。」


 俺は陽葵が真面目な話題をふってくれて助かったと思っていた。このままでは際限なく陽葵を褒めてしまって、事態の収拾がつかなくなりそうだったからだ。


「副寮長の時に2人の先輩から会議での発言を極力、控えるように言われていたから、ボーッとしている事が多くてね、今となれば先輩に反発すれば良かったのだけど。」


「恭介さん、本当にボーッとしてる時は何を考えているのか分からなくて、少し恐いときもあります。見てないようで、見ているというか…。」

 陽葵は何と表現したら良いのか分からなくて首をかしげるような仕草を見せた。


 その問いに答えようとしたとき、あくびが出た。


「ああ…、ボーッとしてるときは本当に何も考えていない。それで色々なストレスを抜いてる事もあると思う。ただ、必要最低限の注意だけは払うようにしているので、陽葵の言ってる事は当たりかも知れない。」


 そこまで喋るとあくびが止まらなくなった。


「恭介さん、相当に疲れてるわ。」

 陽葵は心配そうに俺を見る。


「うん。薬のせいで眠くなってる事もあると思う。かなり早いけど、今日はこのまま寝るよ。」

 もう眠くて言葉を発するのもダルい。


「わたしは、談話ルームで携帯のメールを見たりして過ごしてから隣のベッドで寝るわ。」

 そう言うと、陽葵は少し残念そうな顔をして病室を出て行ってしまった。


 俺は5分と経たないうちに眠りについてしまった…。


 ◇


 どれだけ寝ていただろうか。

 日付が変わって明け方に近い頃、それは突如、俺の理性を激しく襲った。


 早く寝てしまったので、明け方に目が覚めてしまった。でも、なんだか違和感がある。とても温かい感触と共にフワッと良い香りがする。


「ん?????」


 気づくと陽葵が俺のベッドで添い寝をしていた。彼女は熟睡していて、俺に抱きついて寝ている。しかも、彼女の胸がしっかりと俺に当たっていて、理性のタガを外す事に拍車をかけようとしてる。


「あ゛~~~~???」


 俺は、押し殺した声で心の叫びを発した。

 大きな声をあげたかったが、陽葵が寝ているのを起こしたくない。


 それは俺の理性と本能の戦いでもあった。もう晩秋に近づいた明け方は寒いので、彼女はとても温かくて柔らかい。男の本能として、そのままいて欲しい気持ちもある。


 寒くなると人間は布団から出られないが、今の俺は霧島陽葵から出られない。


『今は絶対にマズい。色々とマズい。ここは理性を保て!!!』


 そして、俺の理性が勝った。


 念の為に自分と陽葵の服の両方に乱れがない事を確認すると、熟睡している彼女を起こさないようにソッとベッドから抜けた。


 陽葵が寒くないように布団をかぶせると、充電してた携帯を片手でケーブルから引き抜いて、ズボンのポケットに入れた。貴重品入れの引き出しから財布を取り出して、携帯を入れた反対側のポケットに入れる。それから右手で本を2冊持って談話ルームに向かった。


 誰もいない談話ルームのテーブルに本や携帯を無造作に置くと、財布をテーブルに置いて片手で小銭を取り出して温かい紅茶を買った。


 俺は目を覚まして、このまま理性を保つことに専念する。


「はぁ…。危なかった。マジに危なかった。あれは反則だ。」

 独り言を小さい声でつぶやいた。


 その後、痛みをこらえながら、左手をペットボトルに添えてキャップを開ける。


『ああ、この方法なら何とか左手も使えるか。』


 陽葵は俺に対して至れり尽くせりなので、自力で何とかする方法が試行錯誤できないこともあったので、逆に良かったかも知れない。 


 俺は紅茶を飲みながら、本を右手に持って朝までここで過ごすことを決意した。


 ◇


 一方の陽葵は朝になって、恭介のベッドで寝ている事に気付いた。

『しまった!!!!!。わたし、トイレで起きた時に寝ぼけて恭介さんのベッドに!!!!!』


 あまりの失態に陽葵は飛び起きた。恭介は病室にいない。とりあえず少し指で髪を整えて、談話ルームに行くと、1人で本を読んでいる恭介を見つけた。


「恭介さん…。あっ、あっ、そ、その…。トイレに行くのに起きたら寝ぼけて間違えて入ってしまって…。」


 恭介は笑いながら答えた。


「起きた時には吃驚したけど、陽葵の寝顔が可愛いからそのまま寝かせておいた。大丈夫、何もしてないから。」

 彼はそう言うと、再び本に目線を向けていた。


『恭介さんだけあって、シッカリわきまえる人なのね。逆に安心したわ。』

 陽葵は恭介の姿をみて、着替えるために病室に戻った。


 恭介は陽葵が談話ルームから出るのを確認すると、長い溜息をついた。


『…マジに危なかった…』


 ***********************


「あの時は、あなたに抱かれることも覚悟してシャワーを浴びて下着まで着替えてきたのよ。だけど、あなたが相当に疲れていて無理だと思って高木さんや木下さんが来る前に既に諦めていたのよ…。」


 いきなり陽葵の声が聞こえて、俺は飛び上がるぐらい吃驚した。ふり返ると陽葵の顔は真っ赤である。


「いや。。。あの…その…。」

 俺はもの凄く慌てた。


 いきなり話しかけられた事と、当時の彼女の気持ちを今になって知り得た両方に慌てた。

 だが、すぐに平常心を取り戻して陽葵にあの当時の気持ちを正直に暴露した。


「あの時のことを正直に話せば、可愛いお前が寝ぼけて俺のベッドに間違えて入ってきた時点でね、男として相当に我慢したさ。あれは反則だよ。病院じゃなかったら俺は頂いていた。あの状況は流石に無理だよ。怪我もしていたし看護師さんが夜中に巡回しているからなぁ…。」


 俺は溜息をついた。


「その気持ちが早く聞きたかったわ。あなたは随分と奥手だったから、あの当時は心配したのよ。」

 陽葵は俺の頬をツンと突いた。彼女がそれ以上、何も言わないのは色々と釘を刺しておいたお陰だ。


 葵は玩具で遊んでいるから俺たちの会話なんて気にもとめていない。

 恭治も部屋でゲームでもしているのだろう。


 …はぁ…。

 あの当時の事を考えると溜息が出てきた。


 俺は新島先輩のDMに関して退院までの経緯を書く時間がなかったので、次の話で切り上げようと決めていた。

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