しばらくすると俺の両親と棚倉先輩や三鷹先輩が談話ルームに入ってきた。
高木さんは俺の両親と挨拶をすると、談話ルームの端のほうで、入院関係の書類や保険の手続きなどの細かい手続を説明している。
それを横目で見つつ、陽葵と木下、棚倉先輩や三鷹先輩に昨日の件について話すことにした。
「まず、陽葵と三鷹先輩に、一つ言っておきたいことがあります。」
俺はこう切り出した。
「俺と棚倉先輩がヤツを追いかけることを陽葵が伝えた後に、3人が荒巻さんの跡を追ったのは危険すぎました。」
三鷹先輩はバツが悪そうにしている。
陽葵は俺が事前に話をしていたのでうなずく程度だ。
「護身術も知らない、力のもない女性が、あのような場に駆けつけると大変な事態になります。あの場合は離れて見ているか、誰かに助けを求めることが大切です。三鷹先輩や陽葵は、俺のお袋から聞いたと思いますが、このような暴行沙汰について、高校の時に嫌ってほどに味わっているので…。」
俺は疲れている体に鞭を打って声だけはしっかりと出した。
そうすると、棚倉先輩は俺に感心したように俺を褒めた。
「アイツが俺から逃げ出したときに、羽交い締めは駄目だから奴の上に乗ってくれと言ったのは間違いなくその手の経験があると察したよ。」
「棚倉先輩。あれが喧嘩に慣れてるような不良だったら、間違いなく駄目でした。それに、スタンガンを持っていたから尚更に駄目だったでしょう。」
あれは本当にギリギリだった。
俺は体が小さいから体格差があるので、不利な状況を覆すのが難しい。
「そういえば、三上。なんでスタンガンを持った相手に対して、噴水に向かって一緒に飛び込んだのだ?。あれは少し謎だ。」
棚倉先輩が1つの疑問を呈した。
「スタンガンは水中でスイッチを押しても、その電気の性質上から電撃を受ける事がなくなります。」
俺は疲れた体を誤魔化すように大きく息を吸い込んで言葉を続けた。
「それに、俺のタックルが駄目だったしても、相手が濡れることに期待していたのです。スタンガンを持った奴が水に濡れることによって、スイッチを押した途端に自分が感電してしまうこともあります。あとはスタンガンの防水性なんてたかが知れてるので、しばらく水に浸かったら、使えなくなることの3つから決断しました。」
それを聞いた、みんなは目を見張った。
「恭ちゃん、マジにクールすぎる。流石は理系よね。あの場でスタンガンを振り回されたら動揺して、普通の人は動けないわ。」
三鷹先輩は俺の説明に対して驚きを隠せないようだ。
だだ、俺はもう少し彼女に釘を刺す必要があった。
「それは少し置いといて、陽葵が最初に襲われた理由は、ヤツが陽葵を人質にとって俺らを脅そうと思ったのか、陽葵や女性の先輩2人にスタンガンを当てて、俺たちから逃げる算段を取ったのか…だと思います。」
「恭ちゃん…本当にごめん。それで、この話を引っ張るのには理由があるのよね?」
三鷹先輩は本当に申し訳なさそうにしている。
「先輩。その通りなので釘を刺すわけです。」
「今回の案件が単独犯なら良いかも知れませんが、相手が闇営業的なサークルだとすると、今度はその仲間から報復措置をされる可能性が考えられます。闇サークルだろうから大学の登録なんてしてないでしょう。だから、こんな事が繰り返される可能性が捨てきれないので、今後の対策として話をしています。」
心底、俺は疲れてきた。その表情をみて陽葵がかなり心配そうになっている。
「あと、俺が怖かったのは、奴が棚倉先輩の羽交い締めから逃げた瞬間です。骨を折っても、あそこで踏ん張ったのは、後ろに3人の女性しかいなかったからです。ここで足止めをしないと、暴れまくった奴が、先輩たちを襲っていた可能性が非常に高かったから…。」
俺は目を閉じて、ため息をついた。
「恭ちゃん、あの気力がどこから湧いてきたのか不思議だわ。普通は骨なんか折れたら、その場で倒れ込むわ。」
三鷹先輩は目を輝かせながら俺に質問をしてる。
「三鷹先輩、あれはマジに気力だけです。あれで俺が防ぎきれずに先輩達が襲われたら、男としての面目が立ちません。仮に俺達が3人を守れなくて、襲われそうになったら、俺は目の前に立ちはだかって殴られ続けたと思います。」
俺は少し天井を見つめて言葉を続けた。
そして、離れた席にいる高木さんと両親は、諸々の手続きで書類にサインや住所を書いているようだ。
「ただ、少しだけ打算がありました。駆けつけたメンバーの中に木下がいなかったからです。あのとき、木下は俺の高校時代の話を聞いていました。だから俺が言ったことを真似してくれて、警察や俺よりも強い人を呼んでくる可能性に期待していました。」
ここまで言い切ってようやく息をつく。
「三上くん。私がもう少し判断が良ければ、あなたに怪我もなかったかも知れないと思うと、私に後悔があるの。」
木下があのときの行動を振り返って、もっと良い判断ができなかったのかを反省している。
「木下。あれは凄くベストな判断だ。これ以上は何を言っても始まらない。あまり自分を責めるな。お前が誰かを呼んでこなかったら、間違いなく陽葵や先輩たちに危害が及んでいた。」
俺はあのときの状況を思い出して、冷や汗をかいていた。木下がいなかったら防ぎきれずに誰かが傷ついていただろう。
「ところで三上。あのまま奴を逃がしていたら…どうなっていただろう?」
棚倉先輩の質問は良い質問だった。
「棚倉先輩。逃がしていても実は厄介だったと思います。忘れた頃にまた強引な勧誘被害が相次いだでしょうし、あいつがスタンガンを持っていたことを考えると、仲間がいるならば、同じように持ってる可能性が高いでしょうね。」
俺の気力が少しずつ削られている。陽葵が本当に心配そうに見ていたので、目線を合わせて少し微笑んだ。他の人達はそんなことに気づいていない。
「先のことになりますが、寮長会議にて、この案件は形骸化しても議題にあげておかねばいけません。闇営業的なサークルだった場合、今は大人しくても、忘れた頃に何らかのアクションを取ってくる可能性もあります。」
陽葵が用意してくれた水を口に付ける。気立てが良くて本当に助かる。みんなにもお茶が配られている。
「まぁ、こんなことを言っても始まりませんが、交流関係が広い新島先輩がいれば、あのサークルの一端が分かったかも知れません。」
俺は陽葵が用意した水にもう一度、口をつけて、少し離れた席の高木さんと親を見た。そろそろ手続きの書類の書き込みも終わりそうだ。
三鷹先輩が激しくうなずく。
「恭ちゃん。それは分かるわ。涼くんがいればサークルとコンパ三昧だったから色々と顔も広いし、なにか手がかりはあったかも知れないわ。」
棚倉先輩が腕を組んで考えながら発言した。
「たしかに新島に聞けば、ヒントぐらいは分かると思うが、今は、隔離病棟だろうし、連絡もつかないからな。あのサークルのことは、高木さんや荒巻さんも詳細に調べてみないと分からないと思うが、十中八九、大学側に申請してないような闇営業的なサークルっぽいもんな。」
俺は疲労感が更に増してきた。
陽葵をチラッと見ると、俺のそばに寄りたいのを堪えているように見える。
「棚倉先輩、そうなんですよ。それに気に掛かったのは、アイツが陽葵を勧誘するときに言っていた波動なんて言葉は、カルト系だし、もっとタチが悪いかも。俺は例の関係で、新島先輩のサークルの仲間を少し知ってるし、怪我をした事を知れば見舞にくる可能性もあるので、その周辺から何らかの手がかりがないか探ってみたいです。」
三鷹先輩が、何か言いたげな表情をしたかと思ったら、ジト目で棚倉先輩を見ながら言った。
「恭ちゃん、あの件ね。涼ちゃんが結核になる直前に具体的に聞いたのよ。わたしが探りを入れる前に聞いていれば、恭ちゃんの扱いが変わっていたわ…。棚倉さんも、涼ちゃんも黙っているのは反則よ。」
そんなことを話ているうちに書類のサインを終えた親父がやってきた。
「恭介。体は大丈夫か?。寮の仕事があるのは分かるが無理はするな。今日は陽葵ちゃんの家に泊まって明日、またここに来て帰るからな。今はゆっくり寝ろ。」
そう言い終わると、親父とお袋は高木さんや周りに挨拶をして陽葵の家に行ってしまった。
親父の声かけは絶妙なタイミングだったし、書類をまとめ終えた高木さんが、不敵な笑みを浮かべながらこちらにやってきた。
俺はそれを見て席を立って陽葵のそばに寄った。
その方が陽葵の精神状態を考えると、最良だと判断したからだ。
木下も席を立って俺のそばに寄ってきたが、これは、これから起こることが容易に予測できたからだ。
俺はささやくような声で陽葵に話しかけた。
「高木さんは怒ると凄く怖いんだ。」
木下が陽葵の顔を見ながらうなずく。
陽葵は席を立って俺の腕を軽く抱き寄せて息をのんた。
高木さんが、ずかずかと歩いて、棚倉先輩と三鷹先輩に近寄った。
「棚倉っ!!!、三鷹っ!!!」
高木さんは、こめかみをピクピクさせながら相当な勢いで怒っている。
2人は、その恐ろしい声を久しぶりに聞いて跳ね上がった。
高木さんは普段はお淑やかな人だが、高校の時に少しグレたことがあって激怒すると地が出るのだ。
「はいぃい~~~っ。」
三鷹先輩は恐ろしさのあまりに語尾が半音上がった。
「いっ、
棚倉先輩は恐ろしさのあまりに言葉を間違えた上に敬礼をした。
「あー、棚倉先輩は戦争映画の見過ぎだ。これは終わった…。」
俺はささやくような声で先輩の無事を祈った。
「棚倉ぁ!!!。いつからテメーの上官になった?。」
高木さんの目が怖すぎる。筋金入りなので迫力が違う。
棚倉先輩の大きな体が縮こまった。
「テメーら、三上が体張ってくたばってるのに、まだコキ使う気か?。ざけんじゃねぇよ!!」
俺は高校時代で不良と接してるから慣れてて聞き流せるが、大抵の人は洒落にならないだろう。
余談だが、高木さんの旦那さんは夫婦喧嘩を絶対にしないと誰かの話で聞いたことがある。
あまりの怖さに陽葵と木下が俺の後ろに隠れた。
「あーあ、もう知らねぇー。イエス・マムは絶対に駄目だ。」
俺は高木さんに聞こえないようにつぶやいた。
「高木さん、怒ったら怖すぎだわ…。」
陽葵が俺と同じような声で後ろからささやいた。
高木さんから怒られた2人は震えあがってる。
その後、休日中で誰もいない病院のロビーで絞られた後に高木さんと一緒に電車で帰ったらしい。
相当に地獄だったに違いない。筋金入りだと俺でさえも内心は怖い。
その後、木下から聞いた話によると、三鷹先輩は寮に戻った後、翌日まで魂が抜けて一言も喋らなかったという。
同じく諸岡から聞いた話によると、初動で大きくミスった棚倉先輩は、寮に戻ってきたら魂が抜けていつもより背が小さくなっていた。その後、夕飯も食わずに部屋に引きこもって翌日まで無表情であったという。
高木さんと棚倉先輩や三鷹先輩が去った後、俺と陽葵、木下は、談話ルームで気持ちを落ち着かせることにした。
そうしないと、高木さんが怒った姿をマジマジと見ていた木下の動揺が激しくて、1人で寮に帰れないだろう。
「陽葵も木下も無事か?」
俺は苦笑いをしながら彼女達に声を掛ける。
「三上くん。久しぶりに高木さんのアレを聞いたわ。あなたは、新島さんが怒られていても、横でいつも冷静だったわね。あの時はボーッとしてるだけだと思っていたけど、いま考えると流石だわ。」
木下は少し震えながら、自分の気持ちを落ち着かせようとしている。
「いやね、あの経験をした俺でも高木さんは筋金入りの怖さだ。内心は怖くて仕方ない。ただ、高木さんは筋を通せば分からない人ではない。怒ったときには誠心誠意、謙虚になって謝って心を持って事情を話せば分かってくれる。高木さんは怖いけど、心は綺麗な人だし、信頼を得られれば、かわいがる人だよ。」
俺は木下の気持ちを理解しながら高木さんに対してのアドバイスもする。
「恭介さん、それを言って実践できるのは、恭介さんだけです。」
陽葵が俺の目を見て微笑みながら言う。
「三上くん、私も霧島さんの意見に同意するわ。昨日、寮から戻ってきた三鷹さんが私に語っていたけどね、三上くんは高木さんキラーだと棚倉さんが言ってたことを永遠と聞かされたのよ。」
木下が陽葵を見ながら珍しく笑いながら答える。
これは木下が、三上の変貌理由を三鷹に説明した際に、一夜を明かした時の副産物だった。
「木下。確かにね、新島先輩が寮長の時に、高木さんに怒られまくらる先輩をかばうために、回避するテクニックはあるけどさ…。結局は、新島先輩が怒られるのを先延ばしにするだけで、事情が分かった途端に、高木さんからメタメタに怒られてしまうのがお約束だったし、意味がないよ。」
俺は苦笑いしながら木下に裏事情を語ったが、木下は自分の言いたい事はそこではないと言わんばかりに首を横に振った。
「ふふっ、それは、やっぱり三上くんだからできるのよ。私は副寮長だけど、三鷹さんや橘さんが高木さんから怒られた時に、上手く回避するなんて絶対に無理だわ。」
そうすると木下が立ち上がった。
「そろそろ気持ちも落ち着いたし、三上くんから面白い話しも聞けたから帰れそうだわ。ありがとう、三上くん、それと、お大事に。」
彼女は談話ルームのそばにあるエレベーターに乗って去っていく…。
「さて、俺らも戻ろうか。」
陽葵と一緒に、重い足を引きずりながら病室に戻った。
俺はベッドに入って上半身だけを起こして小さいテーブルに置いてあった水を一口飲んだ。
陽葵はベッドの脇にある椅子に座る。
「恭介さんって面白い人ですね。わたしは高木さんの怒った姿をみたら、次からは怖くてなかなか話かけられないわ。でも、恭介さんは物怖じせずに話すから…。」
陽葵が俺に高木さんの話をしながら、右腕に軽く抱きついてきた。
そして、ふと横を見ると、陽葵の付き添い用のベッドが置かれていたことに気づく…。
普段なら部屋に入った瞬間に気付いたが、あまりに疲れているから、ボーッとして周りが見えていない自分を責めた。
それと同時に、俺は奇妙な緊張感に襲われて、単純な質問を陽葵にぶつけた。
「ひっ…ひ、陽葵…。今日は俺と一緒に寝るつもりなのか???」
「はい。」
陽葵は俺の問いに対して、当然の如く即答だったので、俺は病室の天井を仰いで溜息をついていた。