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~エピソード4~ ⑭ 三上さんに休息を与えてください。~2~

 …どれぐらい寝たのだろうか…。


 足音が聞こえてフワッと良い香りがしたような気がした。

 ボーッとして思考が働かないが、俺はこの香りの記憶をたどると、大好きな陽葵だと確信して、完全に目を覚まして起きた。


「ん?。…陽葵…?」


 俺が体を起こすと、横の椅子に陽葵が座っていた。


「恭介さん、目が覚めたのね。」


 寝てから時間がそんなに経ってないように思える。ここは寮の部屋や実家ではないので、環境が変わっているから熟睡ができない。


 まだ頭がボーッとして、思考が働いていない。

「陽葵…、いたのか…。だいぶ疲れていたみたいで、みんながいないうちに寝ていたよ。」


「恭介さんが心配だから途中で抜けてきたの。さっきここに来たばかりだわ。」

 ボーッとしてるうちに、陽葵は俺が聞きたいことを先に答えた。


「そんなに心配しなくても…。でも、ありがとう。」

 俺は自然と陽葵の頭を撫でていた。そのたびに彼女の甘い香りがする。


 彼女は食事が終わった後に一旦、自宅に帰ったらしく服も違っていた。依然として動きやすいカジュアルな服装だ。


「恭介さん、かなり疲れているみたいだし…心配だわ。」

 陽葵は本当に心配そうだ。


「ごめん。寝不足だったし、朝も早かったからね。寝たいけど寝られなくて。」


 陽葵は少し微笑みながら俺の頭をなで始めた。

 その表情から俺の疲れを癒やそうとしている気持ちが伝わった。俺も負けじと陽葵の頭をなでる。


「うちの両親と恭介さんのご両親が三鷹さん達を食事に誘ったのは、恭介さんのお父さんが、恭介さんが疲れているのを見て、私のお母さんに、みんなでご飯に行こうと声をかけたのよ。」


 陽葵の話を聞いて、内心は『親父のそういう所が上手いんだ』と、感心をしていた。俺が身につけるべき性格は、人に気付かれないうちに、そっと行動できるような細やかな心遣いだ。


「あれだけ色々な人と接して、真面目な話しをすれば俺もくたびれる。今は体を休める時間が欲しい。せめて明日はゆっくりしたい。これから高木さんがくるので俺の親は細かい話があると思うし、うちの親はすぐに帰れないだろう。」


 俺は陽葵に疲れ切った表情を見せて本音を吐き出した。

 それを見た陽葵の顔がかなり曇りだした。


「このあと、先輩達がくるのは確実だと思う。橘先輩は食事が終わった後、寮に戻って木下と交代すると思う。高木さんと木下がきたら、一気に話しを終わらせて全員を帰させたい。たぶん、昨日の案件で幾つか俺に聞きたいことがあると予想している。引きずると俺が辛い。」


 『もう、勘弁して欲しい。』

 木下はともかく、せめて3人の先輩達は日を改めて欲しかった。


「恭介さん…本当に大変です。みんなから頼りにされているから、負担が大きすぎるわ。うちの両親も押しかけちゃって、恭介さんに悪いことをしたことを反省しきりだったわ…。」


 陽葵は本当に心配そうだ。


「ごめん。愚痴をこぼして。陽葵の家族は、俺が陽葵を守った御礼もあったから仕方ないよ。でも、3人の先輩は少し考えて欲しかった。俺を心配してくれているから、嫌だと声に出さないだけだよ。」


 俺は陽葵に愚痴をこぼしていた。

 陽葵が俺にとって安心できる存在だったから、自然と愚痴が出てしまっていた。


 将来を見据えれば、陽葵は最良のパートナーだと言える存在になっていた。

 この件は陽葵が愛する人を支える素質が垣間見えた瞬間であったし、このカップルはこの時点でそれを持ちあわせていた。


「恭介さん。私に本音を吐いてくれて少し嬉しいの。恭介さんが普通の人間で良かったわ…。」


 陽葵は俺に体をそっと寄せた。彼女なりに気遣ってくれているから、それが嬉しかった。


「そう言ってくれると助かる。俺は元々、もの凄く面倒くさがりなんだ。だから、本当に信頼できる人がいると反射的に頼りたくなる。ごめんね。こんなズボラな男でさ。」


 俺は自分を陽葵にさらけ出した。


「陽葵もさ、本当に無理をするな。陽葵がここにいてくれるのは凄く嬉しいし、愚痴を聞いて貰って気が楽になった。でもね、俺はものぐさだから陽葵に頼りたくなってしまう。陽葵が好きだから無意識のうちに頼ってしまう。」


 陽葵は首を横にふった。


「わたしは恭介さんが好きだからここにいるのよ。連休が終わって大学が始まったら、講義が終わった後に駆けつけるわ。だから休みの間はずっと一緒に過ごしたいの。」


 そういうと陽葵は俺の右腕を抱き寄せた。ちょっと…その…、胸が当たってドキッとする。


「恭介さんに頼られるのがホントに嬉しいの。あまりにも恭介さんが面倒な事を押しつけたら、その時はお仕置きするわ。でも…、今のところは大丈夫だわ。」


 陽葵は俺の右腕を抱いたままジッと俺を見た。

 その状態で、しばらく見つめ合って微笑んだ。


 俺は思い出したように悪戯っぽく笑いながら、もう一つの本音を吐いた。


「本音と言えば、陽葵さぁ…。あのぉ…、食事はせめて誰もいないところでお願いしたい。このままでは俺が恥ずかしすぎて死んでしまう。」


 陽葵は俺の言葉を聞いて急激に顔を赤らめた。


「恭介さん、ごめんなさい。わたしって、無我夢中になると周りが見えなくなってしまうの。今はそれを考えただけでも恥ずかしすぎて穴に入りたいぐらいだわ。」


 俺も恥ずかしくなっていると陽葵が何か思いついたようにハッとした。


「そうだわ、思い出したわ。恭介さんのご両親は今日、私の家に泊まる事になったのよ。両親と恭介さんのご両親が意気投合しすぎちゃったの。それでお父さんが、恭介さんのご両親が遠くから来てるから泊まれって強く勧めたのよ…。」


 陽葵は俺に申し訳なさそうな顔をしている。


「…え???」

 俺は絶句した。


「親父なんて仕事の納品になると1人で何時間も運転するから慣れているし、そのまま帰して良かったのに。陽葵の家族に悪いことをしてしまった…。」


 うちの両親が陽葵の家に泊まる事を聞かされて疲労が倍増した。


「とにかく、明日の午前中までが山場かな。あとの面々は、俺がどの病院に入院しているか知らないだろうし。うちの学部の仲間は講義が終わった後に、3人が代表で俺を見舞う事になっているから、明日までが山場かなぁ。」


 そろそろ人が来るくることが分かっていたので、2人は昼にアーン♡を大っぴらに見せつけてしまった反省点を踏まえて自然に離れる。


「先輩達や俺の親たちもここに戻ってくるだろうし、高木さんや木下も来る頃かな。」

 陽葵は俺を見てこくりとうなずいた。


「先に陽葵に言っておくけど、昨日の事で、特に三鷹先輩と陽葵に注意をしておかねばいけない事がある。その場で嫌な顔をされると困るから、陽葵には、あらかじめここで言うけどね。」


 陽葵は少し不安そうな顔をしている。


「いや、怒鳴ったりして怒らないよ。俺と棚倉先輩があの男を追いかけた時に、荒巻さんと一緒に俺たちを追いかけるのをやめて欲しかったんだ。」


 陽葵は恭介の言葉を聞いてハッとした。


「たぶん、俺の親から聞いたと思うが、俺は不良高校で修羅場を乗り越えている経験がある。あのような事があった場合は、力もないし、護身術も分からない女性が近寄ると今回のように大変なことになる。」


 陽葵の顔が段々と曇り出す。


「だから、今後、あのような場に出くわした時は、何とかしたい感情を抑えて、せめて離れて見てて欲しい。できれば周りに知らせて助けを呼んで欲しい。」


 陽葵は目をつぶって恭介の言ってることを飲み込んだ。


 彼女は高校時代の話を棚倉と恭介の両親から聞かされて「凄い」としか言いようがなかった。あんなことは誰にでもできないし、彼は相当な地獄を経験してこの場にいることに敬意を払って彼を見ていた。


「恭介さんは凄すぎるのよ。そんな経験なんてしたことがないわ。その時に恭介さんの彼女になっていれば私が支えてあげられたのに…。」


 陽葵は悲しそうだ。


「いや、俺は高校で苦しい経験をしたから、こうやって、みんなを助けられた。陽葵があの時にいたら、俺は陽葵に頼りっぱなしで弱いままだったかも知れない。」


 俺は無理矢理な笑顔を作った。


「わたしがあの状況に置かれたら絶対に退学して他の高校に転校しているわ。それを3年間、ずっと我慢してこられたのが本当に凄いわ。そこから抜け出すために必死に受験勉強をしてここに入った事も含めてよ。どうしたら、そんなコトができるのかと思うわ。」


 俺は陽葵に次の言葉をかけようとしたときに、廊下から足音が聞こえた。

 部屋に入ってきたのは高木さんと木下だった。


「三上くん、具合は大丈夫?」

 高木さんは心配そうだった。


「高木さん、おかげさまで手術も無事に終わりましたし、今は術後の痛みがありますが大丈夫です。脳も異常がなさそうですし、食事も取れてますから、今週いっぱいで退院だと思いますよ。」


 俺は疲れた表情を隠す為に無理矢理に笑顔を作る。

 高木さんは少し安心したような顔をしている。


「それなら良かったわ。一時期、気を失ったから吃驚してしまったわ。そういえば、三上くんのご両親は病院に来ているのかしら?」


「もうじき来ると思いますよ。棚倉先輩と三鷹先輩や陽葵のご両親と一緒に食事をしているみたいです。何時もの如く、誰かさんのせいで話しが長すぎて帰ってこられないだけだと思います。」


 俺の言葉に高木さんが苦笑いをしている。


「その張本人が来たら相当に騒がしくなりそうなので談話ルームに行きましょうか。このままだと看護師さんに相当な勢いで睨まれそうです。」


 一斉に笑いが起こる。

 俺は三鷹先輩の皮肉を言わないと誤魔化せないぐらい疲れていた。


 ただ、すぐにボロが出た。

 病室の廊下を歩いて談話室まで向かう途中で足がもつれて転びそうになった。


「ごめん、ちょっと足がもつれただけだから…。」

 陽葵と高木さんから真っ先に心配された。


「三上くん、本当に大丈夫?あなたらしくないわ。明らかに顔色も悪いし疲れているわ。」

 談話ルームの椅子に座って腰掛けると、木下にまで心配をされてしまった。


 仕方ないので木下にも本音を出した。


「木下。先輩達は俺の様子を見るために寮幹部でローテーションを組んで、毎日のように来ようとしてないか?」


 俺は疲れた表情を浮かべながら聞いた。


「三上くん、その通りよ。私と橘さんは反対してたのよ。だけど、三鷹さんと棚倉さんが言って聞かなかったのよ。実は高木さんと電車の中でこのことを話していたの。」


 冷静な木下が少し怒っている。今はそれが有り難かった。


「木下、本当にありがとう。今日は、陽葵のご家族と、うちの両親が鉢合わせになって、さらに3人が鉢合わせしてまったんだ。それで、うちの親父が疲れた俺を見て、先輩達と陽葵の親たちを食事に誘って俺が休む時間を作ってくれた。うちの親は俺を休ませるために時間を引き延ばしていると思う。」


 高木さんと木下が目を合わせた。

 陽葵は俺のことが心配でズッと悲しそうな目で見つめている。


「陽葵は俺の面倒を見てくれているから本当に助かっている。いなかったら着替えすらできなかった。ただ、食事風景を見られたのは恥ずかしかったけど…。」


 俺は勢いで余計な事を言ってしまった。


 しまったと思いながら、俺は顔を赤らめてしまった。

 ついでに陽葵の顔が赤くなったので、木下はそれを察して赤くなる。


 俺は気を取り直して話しを続けた。


「このタイミングで木下と高木さんは仕方ないと思う。高木さんは俺の親の件で色々とあるだろうし、木下はまだ俺の顔を見てない。ただ、明日からのローテーションは絶対に止めて欲しい。退院のする日は荷物があるので何人かで来て貰いたいけど、俺は重病患者でも危篤状態でもない。せめて日を置いて誰かが来るぐらいでちょうど良い。」


 ここまで言うと本当に身も心も疲れてきた。


「三上くん、本当に申し訳ない事をしたわ。入院直後でドタバタしているのに、2人を止められなかったのは私の責任でもあるのよ。あのとき、私が強くお説教できていれば…。昨日はあの対処で時間がなかったのでスルーしてしまったの。」


 高木さんは長いため息をついた。


「いいわ、2人は後でお説教よ。」


 高木さんのお説教は恐い。寮の手続きなどが滞って遅れたりするとマジに恐い。

 俺はそれが分かっているので、手続きや申請関係は無理強いしてもやっているのだ。


 余談だが、俺が寮長になったときに、新島先輩が滞らせていた寮内の洗濯機や部屋のエアコンなどが故障した際に出す申請を一気に処理をした。


 更に、寮内で壊れている箇所があれば、我慢せずに細かいことでも報告するように寮生に声をかけたら、次々と故障箇所が出てきて申請書が山になっていた。


 それをみた高木さんは、何も怒らなかったけど、顔がメッチャ恐かったのを覚えている。ちなみに、新島先輩は申請書類を滞らせがちなので、しょっちゅう怒られていた。


 さらに新島先輩は逃げるから事態を悪化させるのでタチが悪かった。


 新島先輩は遅れた申請書類を副寮長の俺に押しつける事が多かった。

 押しつけられた俺は字が下手くそだからパソコンで書いて申請をするので、高木さんは俺が書いた申請書が一発で分かる。


 それで、高木さんは「なんで後輩に無理強いして仕事を押しつけるの!!」と、新島先輩が怒られる。隣でそれを聞いている俺は生きた心地がしない。


 たぶん、先輩達はそういう悪夢を久しぶりに味わう事になるだろう。


 今までは俺が高木さんを上手く説得させて止めていた部分もあるし、女子寮幹部は木下が優秀なので完全に2人をカバーしているから高木さんに怒られるような要素が少なかった。


 何も知らない陽葵が口を開いた。

「恭介さん。棚倉さんや三鷹寮長さんは…どうなってしまうの?」


 俺は本人のいる前で具体的な事を言うのは恐ろしすぎるので言葉を選んだ。

「先輩達は、高木さんの言葉を謙虚に聞き入れて、背筋を正すことになると思うよ。」


 高木さんは無表情になっていたが、かなり怒ってるようでマジに怖かった。

 木下と俺は顔を見合わせて苦笑いをする。


 高木さんは、ものすごくニッコリとして俺に言葉をかけた。

 俺は背筋が寒くなった。


「三上くんは、その歳にして人間ができているのよ。私から何も言うことなんてないわ。2人は三上くんを見習うべきなのよ。ふふっ☆。」


 それを聞いた俺は身震いをした。怖すぎる。これは怖すぎる…。


 陽葵はその様子を不思議そうに見ていた…。


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 ここまでの話を新島先輩にDMを書き上げて送信したら、すぐに返信のDMがきていた。


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  いやぁ…、棚倉先輩と美緒が高木さんに絞られたのか。

  これは2人とも具体的な事なんて今でも言えねぇなぁ。

  高木さんは怒ると怖すぎるからなぁ。


  三上は人が良すぎるんだよ。

  俺だったらあの場で怒っていたぜ。

  ああ、でも、良いことを聞いた気がする。

  良いネタができたよ。


  これは、面白すぎる。

  三上よ、今になって面白いお土産をありがとう。

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 …そうですね…、俺が仕向けた先輩方への仕返しですから。

 陽葵とお義母さんと、2人が結託していた事を言わなかったお仕置きです。


 画面の前で独り言を俺は言っていた。

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