俺がここまで新島先輩にDMを送信した後に、しばらく経ってから返信のDMが届いた。
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お前は見かけによらず棚倉先輩よりも男気があるからなぁ。
この時点で親と約束できる根性が俺に欲しかったよ。
だから復学後に、お前らから滅茶苦茶に当てられるわけだ。
もう少しDMが届くだろうが仕事もありそうだし、時間がなければ後日でも良いぞ。
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『いま、ここで切ってしまうと区切りが悪すぎる。どっちみち中途半端で終わってしまうのは確実だけど…』
ダイニングを見ると、葵がやっと起きてきて、陽葵と一緒に教育番組を見ている。
新島先輩に送るDMが中盤から終盤に入りかけようとしていた。
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-時は19年前に戻る-
しばらく陽葵の両親と話をして互いに打ち解けてきたときに、弟の颯太くんが俺のそばにやってきて、不思議そうな顔をして、俺に純粋な質問をぶつけてきた。
「ねぇ、恭介お兄ちゃん。どうしたら、あんなに色々なものが直せるの?。昨日の夜ね、体の大きいお兄さんと、綺麗だけどお喋りなお姉さんがきて、恭介お兄さんの事をいっぱい喋っていたよ。」
俺は目の前にいる男の子を見て、この子と同じぐらいの時に、交通事故で亡くなった妹の事を少しだけ思い出した。
「颯太くんだっけ?。ちょっとだけ綺麗だけど凄くお喋りなお姉さんと、体の大きいお兄さんが、そんなことを言っていたんだ…。」
小さい子どもが相手なので、三鷹先輩のことを建前上、『お世辞』から『ちょっとだけ』に格上げして『凄くお喋り』に追加修正した。
三鷹先輩から、恭介と彼女のボケとツッコミの掛け合いを聞かされていた陽葵がクスッと笑うのが横目で見えた。
「うーん、そうだなぁ…。お兄さんは、颯太くんが学校でやる理科の実験のようなことを、もっと難しく勉強しているんだ。そうだ、例えばね…。」
俺はバッグの中に電気・電子の基礎講義で簡単な実習で使った際の余った部材に何があるか記憶をたぐり寄せていた。
その部材の中には、工業高校時代からそのまま流用して持ち込んでる道具や部材が多い。
だから他の学生よりも色々と揃っていたりする。
ここで簡単にできそうなモノが浮かんだ。
『ただ、磁石が…。あっそうだ、寮の玄関のホワイトボードに連絡事項を貼るときに、自前で買ったマグネットが筆箱に紛れ込んでたよな。時間がなくて連絡事項を貼ったときに、間違ってポケットに入れてしまったのを講義中に気づいて、筆箱に入れておいたから運が良かったよな。』
「颯太くん、もしも理科の実験でやってたら、ごめんね。ちょっとだけ面白い実験をお見せしましょう。」
颯太も陽葵や陽葵の両親も、俺の言葉に興味津々だ。
「陽葵、俺のバッグの中にある電子部品が入っているプラスチックの箱と、カッターとセロハンテープ、あと、筆箱とレポートを止めてあったクリップを2個用意してくれるか?」
俺は理科の実験などでよくやる『クリップモーター』を作ろうとしていた。
片手しか使えないので、陽葵と颯太くんで一緒にやってもらうつもりだ。
言葉では上手く説明できないので、レポート用紙に簡単な絵を描きながら、「エナメル線は少し伸ばして、乾電池を使ってぐるぐるに巻いて…」と、やり方を2人に教えていった。
「陽葵、紙やすりがないからエナメル線をカッターで削るのだが、こっちは半分だけ削って。反対側は全周エナメルを剥がしても構わない。手を切らないように気をつけてくれ。」
ここは俺がやるべきだろうが、姉弟の絆が大切だと思って少し離れて見ている。
俺はレポート用紙に絵を描きながら説明をしていく。
「あとはクリップを2個とも、こんな感じで曲げるんだ。」
どうやら、2人とも、クリップモーターは知らなかったようで、内心ホッとしていた。
姉弟は夢中になって作っているし、陽葵の両親も、それをのぞき込むように見ている。
「そうしたら、クリップを曲げて伸ばしたほうを乾電池の両端につけて、テープでぐるぐる巻きにして、乾電池の真ん中に磁石を置いて固定して…と。」
よし、完成した。
「颯太くん。可愛いお姉さんがグルグル巻きにしたヤツを、クリップのOの字の中に通してみて。」
俺は陽葵との付き合いが親公認になったので、さまざまな羞恥をかなぐり捨てて言い放った。
「恭介さんっ!。可愛いは嬉しいけど、今は恥ずかしいです!!!。」
陽葵は両親の目の前なので顔を赤くして顔をふくらませている。
余談だが、彼は既に周りにイチャラブを当てまくる危険性を帯び始めていた。
それのやり取りを見ていた陽葵の両親はクスッと笑っていた。
颯太君は、まだ小さいので、そんなやり取り事情が全く飲み込めずに、ポカンと口をあけつつも、コイルを手に取ると、俺の顔を見て「恭介お兄さん、ここに置くの?」と、不思議そうに聞いてきた。
「うん。やってごらん。」
颯太くんがクリップのOの字の中にコイルを入れて指でコイルをちょんと押すと、コイルがグルグルと回り始めた。
颯太くんは不思議そうに見ている。陽葵も両親もその様子を興味深そうにのぞき込む。
「いま、この向きでグルグルと回転してるよね?。これで磁石をひっくり返すとね…。」
俺は電池の上に乗っている磁石をひっくり返した。そうするとコイルが逆回転した。
「おおっ」
後ろから3人が少し声をあげる。
「お兄さんは、なぜ、こういうことが起こるのかを詳しく勉強している。」
そこで俺は
「颯太くんには…まだ分からないと思いますが、お姉さんやお父さん、お母さんに向けて、少し詳しく話すと、エナメルを片側だけ剥がすのはモーターでいうと整流子の役目を担っています。モーターって回転させるには電流の向きを切り替える必要があるのですが、これをエナメル線の片側を削る事によって上手く細工をしてるのです。」
左手であの形を作ろうとしたが、左腕の骨が折れて駄目なので俺はそれを悔みながら言葉を続ける。
「それと、磁石をひっくり返すとコイルが逆回転するのは、フレミングの左手の法則という奴です。ローレンツ力によってコイルは回るので自ずと磁石の極性が逆になれば逆回転します。」
そこで俺は颯太君に先ほどの質問の答えを出した。
「颯太くん、お兄さんが色々なものを直せるのは、こういうモノの仕組みや原理を勉強しているお陰なんだ。」
俺は
「熱っ…。あまり回し続けるとね、コイルが熱くなって火傷しかねないから気をつけね。」
俺は、これの欠点を先に話すのを忘れていた。颯太くんは俺がコイルを取り上げてしまって少し残念そうな顔をしていた。
「颯太くん、しばらく経ってコレが冷めたら、そのコイルが熱くならない程度に遊んでて良いよ。それはあげるから。」
彼は、しばらくそれに夢中になっていた。
「恭介さん、理科の先生っぽいです。姉弟で楽しく工作ができましたし。」
「いやぁ、いかにも理系らしい話で面白かったです。息子の為にもなりそうです。」
陽葵の父の言葉に後ろで母もうなずきながらニヤッと笑った。
「恭介さんは、うちの旦那と違って、色々な事を知っていて楽しそうだから、陽葵がうらやましいわ。」
そんな言葉を聞いた、陽葵のお父さんは凄く気まずそうだったから、話題を変えようと試みた。
「もう少し手持ちがあれば良かったのでしょうが、偶然にも、持ち合わせがコレしかなかったので…」
俺は陽葵の父さんの表情に苦笑いしながら、何を話そうか考えていた矢先だった。
「おい、恭介。大丈夫か?」
それは親父の声だった。俺は慌てた。陽葵のお義父さんと話をしていることに集中をしていて、足音なんて全く気付かなかった。
「私の両親です。」
陽葵や陽葵の家族に両親を紹介する。
「恭介さんのご両親ですか。この度はご子息に怪我を負わせてしまって申し訳なく…」
陽葵の両親が俺の親にお詫びを入れる。
「いえいえ、恭介は高校の時に後輩をかばって同じ事をしてるし、こんなの大したことないので、気にしないで下さい。」
親父がそう言うと、陽葵や両親が顔を見合わせた。この話は初耳だったらしい。
そこから話が長くなった。
こうなるとお袋は話が止まらないから三鷹先輩と同じだ。
こっちが話したくないことまで、根掘り葉掘り喋るから俺の精神力がメタメタに削られる。
そんな地獄の会話が一通り終わると、こんどはお袋が俺に近寄ってきた。
「恭介、お前はこんな可愛い子を貰っちゃって…。隅におけないねぇ。」
俺はお袋から頭をべしっと思いっきり叩かれた。
「うっ、痛ぇよ…。骨に響くからやめてくれ。」
俺は、叩いてきたお袋に、抗議の声をあげた。
「恭介。車から降りて病棟に向かっていたら、病院の入口に、ショートカットの綺麗な子がいてね、少し目を合わせたら、その子が近寄ってきて、もしかして三上くんのご両親ですか?なんて、声を掛けてきたのよ。」
お袋の言葉を聞いて、三鷹先輩であることが確定していた。俺は内心、これから起こりうることを考えて、激しい疲れを今から覚えて頭が痛くなってきた。
「てっきり、私に似て可愛い子だったから、その子がお前の彼女かと思ったわ。おまえ、家に帰ってきても大学の事なんてロクに話さないから、その子の話でよく分かったわ。その子はね、早く来すぎて誰かと待ち合わせしていたのよ。」
お袋の話を聞いていた陽葵は、思い当たる節がありすぎて恭介に尋ねた。
「恭介さん。たぶん三鷹寮長さんですよね?」
「100%そうだと思う。先輩や木下あたりと待ち合わせていると思う。」
俺はお袋の話を聞いて身震いがしてきた。たぶん三鷹先輩は、余計な話を山ほどお袋に喋った筈だ。
そうすると、颯太くんが俺によってきて、純粋な心を持って俺に質問をしてきた。
「ねえ、恭介お兄さん。お兄さんが言っていた、ちょっとだけ綺麗だけど凄くお喋りなお姉さんがくるの?」
「颯太くん。そうだと思うよ。あのお姉さん、お喋りが長いもんね。」
俺は、悪戯っぽい笑いを込めながら、颯太くんに向かって強くうなずいた。
正直、機転が回るし、よくできた弟だと思って、頭をなでた。
陽葵は颯太くんの『ちょっとだけ綺麗だけど凄くお喋りなお姉さん』のフレーズを聞いて、おなかを抱えて笑いだした。
「颯太。恭介お兄さんが言ったことを、そのまま言わなくて良いのよ。あのお姉さんはお喋りだけど、とても優しい人よ。」
陽葵は笑いながら三鷹先輩をいちおう擁護していた。
そんな会話をしているうちに、陽葵の両親と俺の両親は、親同士の語らいを始めてしまった。
このままだと病室が両家によって占領されるし、声が五月蠅くて周りにも迷惑だろうから、談話ルームに移るように俺は両家の親を促した。
うちの親は俺の小さい頃のことからアレコレと陽葵の両親に語り出した時点で、もう勝手に喋ってくれと放置状態にした。颯太くんもクリップモーターを持って談話ルームに行ってしまった。
病室が静かになった。
俺がホッとして、陽葵と何か会話しようとした時に、看護師さんが昼食を持ってきた。
俺は頬を赤らめて陽葵に真剣なまなざしで訴えた。
「ひっ、陽葵。せ、せっ。せっ…先輩達が来るかも知れないのに…あの…その…、やるのか?」
「はい。」
陽葵は間髪を入れずに即答した。その返事をした瞬間に、陽葵は匙を持っている。
そして、顔を赤らめながらも陽葵はニコッと笑った。
「恭介さん、アーンして下さいね♡。」
俺は為す術もなく、陽葵に昼飯を食べさせられている。
誰かが来たらヤバイので、急いで食べようと思うと「ゆっくり食べて下さい」と、怒られる。
遠くの方から聞き覚えのある声が3人ほど聞こえた。
幸いにも病棟のエレベーターを出るとすぐに談話ルームがあったので、三鷹先輩と棚倉先輩、それに橘先輩が、ウチの両親や陽葵の両親に会話をしてる声が聞こえた。
特に『ちょっとだけ綺麗だけど凄くお喋りなお姉さん』の声はここの病室まで届く。
その会話の内容なんて、目の前にいる陽葵への対応で、無我夢中になっているから、何を話しているのかなんて全く分からない。
「ひっ、陽葵さん…。もう…お腹がいっぱいで…。」
俺は羞恥心から逃げようとして、嘘をついた。しかし、彼女に簡単な嘘は簡単に見破られた。
「恭介さん、たくさん食べないと治りませんからね。しっかり食べましょうね♡。」
こんなに心臓に悪い食事は、生まれて初めてである。
陽葵は顔を真っ赤にしながらもニッコリと笑って絶対に止める気配はない。
俺はささやかな抵抗として、陽葵から怒られないギリギリの速度で早めに食べようと試みた。
-しかし、時は残酷だった。-
あと、5さじ程度で食事が終わる時に、廊下から複数の足音と共に聞き慣れた声が近づいてきた。
その声は急に止まり、まもなく3人が病室の目の前で呆然と立ち尽くしている姿が俺の横目に映った。
皆、顔は真っ赤になっており、その場で動けない状態だった。
俺は色々な意味で人生が終わったことを悟った。
そして『生まれて初めて心臓に悪い食事』から『生まれて初めて人生が終わった食事』に変わった。
陽葵は3人の姿を確認して自分の顔を尚更に真っ赤にしたが、相当に恥じらいながらも俺の口に食事を運ぶ事を絶対にやめなかった。
そして、この状況で、恥じらいなど捨てろと言わんばかりに、さらに言葉を強くして俺に迫った。
「…恭介さんっ、もぉ~~いやだぁ~~♡。恥ずかしがらずに前を見て下さいね♡」
俺は入り口にいる先輩の姿を見ることすら許されなかった。
最後の抵抗で、俺は真っ赤に恥じらいながらも早いスピードで食べようと試みた。
「もぉ~~、だめです♡。ゆっくり食べて下さいね♡」
早く食べることも許されなかった。
病院食は味気がないが、そんな味なんて全く覚えてない。
俺が味わったのは地獄だった。
たった数匙しか残っていないご飯が、大食いチャレンジのような山盛りのご飯のように感じた。
食べてもご飯が減らないかと思うほど永遠に時間が流れた。
一方で棚倉と三鷹や橘は、恭介と陽葵の愛に包まれた刺激的な状況を見て呆然としていた。
病室の空間は恭介と陽葵の熱烈な愛が漂い続けている。
さらに絶対的な愛によって、近寄れない障壁が存在して、病室への進入を拒んでいるのだ。
陽葵が顔をかなり赤らめながらも、積極的に恭介の口元に匙を出して、恭介は相当に恥じらいつつも、諦めの境地に入って、陽葵ちゃん大好きを全開にして開き直って食べていた。
その姿を見て、三鷹と橘は初々しい恋人の理想像が浮かんで、その場で悶えて動けなくなっていた。
棚倉はその姿を見て本音は逃げたかったが、誰から見られようと愛する女性の切なる願いを愛情をもって聞き入れ、開き直って最後まで食事をしている後輩の勇姿を見て、漢として逃げられなかった。
絶大なる愛の空間から発せられるエネルギーが、彼らの足の動きを奪っていたのだ。
だが、永遠に続くかと思われた愛の食事は終わりを迎えた。
恭介は、人生を捨てたかのような破れかぶれの笑顔で、陽葵から差し出された匙を口に入れ、それを喉に入れると、その場で横になって倒れ込んだ。
それに追い打ちをかけるかのように陽葵が俺の頭をなでてた。
「恭介さん♡。よく食べました♡」
俺の(精神的な)死亡が確認された。
棚倉は、倒れ込んだ俺の姿を見て、心の中で後輩の勇姿と激闘を讃えた。
まもなく、その場で棚倉・三鷹・橘の3人の(精神的な)死亡が確認された。
死因は恭介と陽葵の激しい愛によって生じた悶えによるものと推定された。