後日談になる。
恭介が奥手なのは彼本来の性格もあるが、恭介と陽葵が付き合った当初、周辺がお膳立てをしすぎた影響で、恭介は『自分の力で陽葵を手に入れたい』という感情が徐々に積もっていた。
お膳立ては本当にありがたいが、俺の気持ちも考えずに勝手にやりすぎるのは悔しい。
大抵は自分が訴える前に終わっていてレールが敷かれてしまっているのだ。
告白は仕方なかったが、親への挨拶や、病院の件もそうだが、周りの過剰なお膳立てに彼の心の中では「もう止してくれ」と、心の隅っこのほうで持ち始めていた。
ただ、あの当時、恭介の心理状況として言葉として何と言って良いのか解らぬ微妙な感情だったので、陽葵や、その周辺に対して、どう説明して良いのか分からなかった。
陽葵が大好きだったこともあって、心の隅にそのことを自然と追いやっていた部分もあった。
恭介は陽葵と付き合う間に『自分の力で彼女を手に入れられなかったが、せめて俺が陽葵をどんどん愛していきたい』との自然な気持ちが積み上がって相当な溺愛を作り上げてしまった。
今もそれが積み上がっていて、あのような状況になってしまっていた。
結婚後、陽葵は恭介が鈍いことや奥手だったことを相当に五月蠅く言ってきた時期があった。
たまりかねた恭介は、あの当時の自分の気持ちを話した。
恭介が、陽葵を心の底から好きで仕方がなくて、自分の力で陽葵を愛したかった事が、そういうお膳立てによって奪われていくのが悔しかった事を分かりやすく説いた。
それで、どうして良いのか分からず、自分の気持ちの整理がつくまで、陽葵に対して強引に行かずに保留にしていた事を話した。
陽葵は俺と付き合った当初から、学生時代も今も喧嘩もなかったし、別れることも当然になかった。俺も彼女も卒業まで充実した毎日を送っていた。今も喧嘩らしい喧嘩は起きていない。
彼女が大学を卒業する間は、恭介はそのことで相当に悩んでいた。
自分が為す術もなく、そういう状況に追い込まれた事に悔しさを感じていた。
心の底から陽葵は好きだ。
でも、陽葵を自分が納得いく形でゆっくり愛させてくれ…と。
その話を聞いて、陽葵は当時の恭介の心の動きが分からずに、彼が相当に悩んでいた事をようやく理解した。その夜になると恭介に抱きついて泣きながら三日三晩、謝った。そして、ことあるごとに思い出して泣き出した。
恭介はすぐに許したが、陽葵は、恭介の気持ちの整理がつかないまま彼の気持ちを聞かず、彼の優しさを勝手に解釈して強引に周りの環境を整えてしまった事をものすごく悔やんだ。
恭介は陽葵を出会ったときに、陽葵の性格を見抜いて彼女の心が一直線で綺麗な所に惹かれた。
彼女の気立ての良い性格から「俺には勿体ないぐらいだ」と思い、彼の優しさも手伝って、陽葵が自分に惚れてくれた事に男としてのけじめをつけた部分もあった。
でも、陽葵がそれに気づくには結婚が必要だったと恭介は思っている。
あの当時、それを言ったところで、彼女は完全に理解できなかっただろう。
これは陽葵の父が、恭介とは真逆だった事が原因だ。父が学生の頃は相当にモテて浮気性だった。
陽葵の両親が結婚してから、父の浮気は皆無だったが、陽葵の母親はそのことを根に持ってて、夫婦喧嘩の度に若いころの事を根に持って言っていたので、幼少から陽葵の心に植え付けられてしまっていたのが悪かった。
陽葵の母親も、父親もその反省から、娘をせかし過ぎてしまった。
結婚して、お互いを自然に愛し合う環境下で、心も大人にならないと気づかない事もある。
だから恭介はその時期をみて適正なタイミングで、そのときの事を素直に言って分からせる時を見計らっていた。これは陽葵への真の愛だと恭介は思っている。
恭介としては、子どもができる前に、このことを陽葵に伝えることで、自分の子どもたちには同じような気持ちを持たせたくない事への裏返しでもあった。
それを語った後は、陽葵は最初に恭介と出会った当初、伝説の告白で恭介が鈍かった事だけしか言わないようになった。
だから、棚倉先輩と三鷹先輩、陽葵と義理の母親が結託した事が分かったときに、恭介があのような行動に出た理由と計算があった。
また、あのことを責めてしまうと、陽葵が三日三晩、後悔をして泣いたことを思い出してしまう。
だから恭介が陽葵をとても愛している気持ちを込めてキスをして、それを思い出させたくなかったのだ。
さらに、陽葵の弟の颯太は、恭介と陽葵夫婦の家に遊びにくることが多々あった。
恭介は颯太から男同士の恋愛相談をされることがあった。
「自分だけがグイグイいくな、相手の心を読んで気持ちをくみ取れ。それが男の使命だ。」
恭介は颯太に対して恋愛で悩むと彼にこのことを言い続けた。
颯太はその義理の兄の話をきちんと聞いてくれて、霧島家の呪縛は恭介の手によって解かれた。
恭介は自分の恋愛経験を違う形での愛情に変えたのだ。