俺は陽葵の話を聞いて呆然としていた。
陽葵は、俺になにも言わなかったが、今までの色々な情報から点が線で繋がって、ようやく19年も経って分かった事実に呆然としていたのだ。
…さて…どうしようか…。
『陽葵と愛を込めた確認作業をしよう。』
俺は陽葵の方を振り返って彼女の目をジッと見つめて、とても優しい顔をした。
そして、あの告白の時と変わらないような愛おしい目をした。
「あっ、あなた???」
みるみるうちに陽葵の顔が赤くなる。
「とても可愛い陽葵さん。少しお話が抜けてる気がします。」
陽葵の顔が赤くなりながら、ギクッとしたのを見逃さなかった。
「陽葵さんのお話の中にもありましたが、当時、お義父さんが俺に対して少し不安になっていたことは、お義母さんから昔話として聞いています。もしかして、あのとき、棚倉先輩たちと、お義母さんと、今すぐにでも抱きしめたいぐらい、とても可愛いすぎる陽葵さんの4人で、お義父さんの説得に関して結託をしませんでしたか?」
陽葵は目線をそらしながらも顔が真っ赤だ。
「正直に答えないと、SNSで全世界に向けて、一緒にお風呂に入りたいと声を大にして書きます。」
俺はニッコリと笑って、左手で陽葵の頭を撫でて、右手は彼女の頬に手をあててキスをする準備をした。
陽葵は、顔を赤らめながらモジモジとしながら、消え入るような声で白状をした。
「あっ、あっ、あの…。そっ、そ…、その通りです…。」
陽葵の顔は耳まで真っ赤である。
「では…、お仕置きです…。」
俺は陽葵にキスをした。
そのあと、陽葵はぎこちない足取りで、俺の隣の椅子に座って俺の体に少しもたれかかった。彼女は正直に事実を吐いたと同時に、とても満足そうにしていた。
「荒巻さんがタクシーに乗り込んで別れた後、バス停まで歩いている時に、2人に三上さんの良い所を両親の前でお話して貰えませんか?と、わたしは頼んだの。2人は二つ返事で承諾したわ。棚倉さんは三上の話なら幾らでも話せるからと大喜びだったわ。それと、お母さんは電話で2人がくる事が分かってて、お母さんのウィンクは…。」
俺は陽葵の話を聞いて彼女の腰に手を回した。
「大丈夫。怒らないよ。ごめん。俺が鈍かったせいだから…。」
『さて、俺も先輩達にツッコミを入れる案件ができたから少しは武器が持てるか。』
俺が棚倉先輩あたりの理詰めを受けて、武装解除をされたら、陽葵への愛を全力でSNSにぶつければ全員に当てられるし、それで事態を誤魔化す事もできるだろう。
さてと…。
そろそろ新島先輩へのDMを書き始めるか…。
***********************
時は19年前に再び戻る。
俺は霧島さんが帰った後、時間を忘れるぐらい相当に余韻に浸っていた。
これは俺にとって、この時点での人生最大のインパクトであった。
『女の子から初めてキスされた…。』
その当時の恭介は相当に純粋だった。今のような大胆さはなく至って健全だった。
病室内は寮内よりも静かだ。1人なんて久しぶりだ。まして俺の部屋は常日頃から多くの寮生が遊びに訪れているから寝るとき以外、1人になる事は皆無だった。
俺は霧島さんの顔が浮かんで彼女の事で頭がいっぱいだ。
今日の付き添いをしてくれた彼女の行動を見て、この人と将来的に結ばれる直感はあった。
まして、女の子なんて1度も付き合ったこともないオタクな俺に惚れてくれて、入院するときに一生懸命に付き添ってくれる子なんて霧島さん以外にはいない。
俺は彼女が生涯にそばにいてくれるなら、大切にしないといけないと思った。
たとえ、親父がやってる会社が倒産しようが、彼女は離縁もせずに一緒についてくるだろう。そこまで彼女の意思が固いように見えたからだ。
だから、今は彼女との距離をどう縮めるかに専念しようとしていた。
「…陽葵さんか…」
俺は、どのタイミングで彼女を名前で呼ぶか考えていた。
そうして、色々と彼女の事を考えていると夜の10時を回っていた。
術後の腕は痛い。それに熱もあるので眠れない。
霧島さんが買ってくれたスポーツドリンクを全て飲んでしまったので、俺はベッドから立ち上がった。
俺はベッドの脇にある貴重品用の引出しから財布を取り出して小銭をポケットの中に入れた。左腕が固定されているので不自由を実感する。
その後、点滴スタンドを引きずって、談話ルームにある自動販売機で紙パックのリンゴジュースを買った。
これなら片手で何とか飲めるからだ。
『左手が利かないと不便だなぁ。』
咄嗟に彼女の顔が浮かんだが、今はいないので何とかするしかない。
そして、紙パックのリンゴジュースをパジャマのポケットに入れて、点滴スタンドを引きずりながら病室に戻ると、今度は病室にあるロッカーから微かにマナーモードで震える携帯の音に気付いた。
すぐ鳴り止んだのでメールだろうか?。
ロッカーには俺が学生課に置いてきたバッグが入っていて中に携帯があった。
恐らく三鷹先輩か荒巻さんが持って来たのだろうか?。話しに夢中で全く気付かなかった。
俺は携帯とパックのジュースをポケットに入れて、誰もいない談話ルームの椅子に座って着信履歴を見た。
実家からの着信が3回。
この事態で親に連絡しないのはマズかったが、この状況では電話に出るどころの騒ぎではない。
まだ、この時間なら親が起きているはずだから、俺は迷わず電話をかけた。
すぐに、お袋が電話に出て、俺は今までの経緯をザッと話した。
無論、霧島さんと付き合っていることは伏せてある。ここで、そのことを具体的に話すと、三鷹先輩と同じで話が面倒になる。
しかし、お袋は、具体的な話を知っていたので、荒巻さんがお袋に詳しく説明をしたのだろう。
「恭介、高校の時に後輩をかばったようなコトを、今度は女の子にやったのね?。それで、その女の子とは上手くいった?」
「あのさぁ、長話で喋り続けると看護師に怒られる。」
俺は、今の状況をストレートに伝えると、お袋はTPOを弁えた三鷹美緒のような人なので直ぐに察した。
そして、俺は手短に電話を切りたいので、観念して霧島さんのことを話した。どのみち、両親が見舞いに来れば、完全に分かってしまう。
「その女の子と付き合っている。さっきまで付き添ってた。明日も来るだろう。」
お袋は相当に喜んでいた。
もしかしたら親父の仕事の進み具合によっては明日、行くかも知れないことを言われた。
あとは細かい入院の手続きなどを含めて、お袋に要件だけを話して電話を切った。
今度は寮の仲間や、学部の仲間からの着信もあったが、今は積極的に電話をするのを控えたい。
俺と密に交流があって、電話に出られない仲間に関しては、ザッとその旨をメールに書いて送信した。
今度はメールを確認した。
受信56件。溜息が出る。受信したメールを見る。
パソコンとは違って、携帯は少し苦手だ。三鷹先輩のように素早く連打ができない。
隣の部屋の村上、後輩の諸岡、寮生の面々が続く。
村上や諸岡はゆっくり見たいから後回しにして、寮生の面々に軽くメールを返す。
片手なので、腕が疲れると机の上においてボタンを押す。
暫くは携帯を見られない旨も添えて無駄な返信をされるのを避ける。
学部の連中や学部のクラス委員長からもメールが届いている。
俺は内申書から委員長を推されたが、当時は寮で副寮長もやってるから副委員に回らせてもらった。
俺は学部の仲間達のメールを見て不思議に思った。
霧島さんを救って彼女になったことを詳細に知っている。何故だ???
告白の事は流石に知らないようだが、霧島さんが俺の彼女である事は完全に知れ渡っている。
他の学部なら霧島さんと付き合ってることを語っても『三上、良かったな』ぐらいだろう。しかし、男所帯で、彼女持ちが希少すぎる工学部なんかで、その話をするのは禁句に近い。
学部の仲間のメールは俺の怪我より霧島さんが主だ。
どのメールにも羨望の眼差しを向けられた表現がちりばめられている。
『これはフラグだろ、お前に彼女ができて羨ましい』
『お前はどうやってリア充を手に入れたんだ?ちくしょう、うらやましすぎる。』
男所帯の工学部で彼女がいるのは夢の世界に近い。
その相手が霧島さんのような可愛い子となれば余計に問い詰められるのは確実だった。
『はぁ…、大学へ行ったら、首を絞められながら聞かれる…。』
1週間後の未来を想像して身震いがしてきた。
俺は村上が気遣って相当に心配しているメールに返信した。
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村上、ありがとう。
なんとか生きてる状態だ。そして俺は疑問がある。
寮生が俺の詳細を知ってるのは分かる。
なんで学部の奴らが知っているんだ?
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しばらくしてから村上からのメールの着信があった。真相が明らかになった。
村上は俺に長文メールを送るためにパソコンのメールアドレスから返信をしてきた。
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三上、体は無事か?
午後の講義をやっていた有坂教授が、用事で本館キャンパスにきてたらしい。
所用が終わってパトカーと救急車が止まっていて何事かと思って見ていたら、遠くから担架で運ばれている三上と可愛い女子学生が救急車に同乗した姿が見えて急いで駆けつけたのが見えたらしい。
教授は、そこにいた女子寮長に事情を聞いたら、三上が彼女さんを助けて怪我をした件を含めて色々と話を聞いたそうだ。
工学部のキャンパスに戻った有坂教授は、単位が落ちそうになって遅くまで補講をやっていた連中に、三上は凄い事をやりやがった!!と、興奮気味に話して噂が広まったんだ。
うちの寮内と学部の両方で三上が英雄視されている。
ただ、三上、安心しろ。
宗崎が、お前が入院してる病院へ連中が凸するのを阻止したよ。
殆どの連中は、お前の怪我なんて関係ない。
三上の彼女さんを見たいだけだ。
宗崎と俺と本橋がお見舞いに行くからな。
寮でもお見舞いに行きたい人が沢山いたけど、それを棚倉さんが説得して止めたんだ。
寮の仲間たちは、お前の仕事ぶりを見て純粋な気持ちでお見舞いに行きたかったらしい。
代表で棚倉さんと諸岡だけになる。俺は寮の代表のお見舞いも兼ねている。
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俺は村上のメールを読み終わると長い溜息をついた。
そして短い返信メールを打った。
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ありがとう。受信が50件を超えて死んでる。
退院して戻ってきたら、学部の連中から確実に問い詰められる。
良二と、宗崎と一緒に助けてくれ。
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続いて学部のクラス委員長の宗崎に返信メールを入れる。
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すまない、宗崎。
学部の連中が凸るのを阻止してくれて助かった。
連中が押し寄せたら病院から追い出されていた。
生きてるが、しばらくは手が不自由だな。
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すぐに宗崎から返信がある。
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三上、詫びは要らない。怪我は大丈夫か?。
お前はウチの学部の英雄だ。
やっぱり委員長はお前がなるべきだと思っていた。
スタンガンを持った奴に怪我を厭わず彼女を守ったら、お前にイチコロになってそうなるぜ。
でも、羨ましい。お前って奴は…。
村上と本橋と一緒に講義後にお見舞いに行く。
あとの連中はお前の彼女に会いたいだけだ。
三上は色男だ。とりあえずゆっくり休め。
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俺は宗崎に手短に返信をした。
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なんとお礼を言って良いか分からない。
すごいメールの数で困ってる。
何とか生きてる。ありがとう。
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良二からもメールが届いていた。
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お前、怪我は無事か?。村上から聞いたぜ。
今は大変だろうから返信は要らねぇ。
スタンガンを持った奴によく真っ向から勝負したなぁ。
そういう姿に彼女が惚れ込んだのは間違いないな。
そのうちお見舞いに行くからな。
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俺はすかさず返信した。
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良二、ありがとう。とりあず生きてる状態だ。
彼女は、入院中、ずっと看病に来ると思う。
御見舞にきたときに紹介するよ。
来週、大学に行ったら手が不自由だから助けて欲しい。
あと、奴らのツッコミから俺を守って欲しい。
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諸岡の長文メールに返信する。諸岡には素直に謝った。
色々な人からメールがきてるから完全に読むことは難しい。
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諸岡、ありがとう。すまない。
多くのメールがきてて、まともな返信が難しい。
とにかく棚倉さんや松尾さんの言うことを聞いて、
自分のできる仕事を頑張ってやってほしい。
お見舞にきたときに色々と話すから、
今は棚倉先輩と一緒に踏ん張ってくれ。
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色々なメールに短文で返信をして返信不要の旨を伝える。
棚倉先輩や三鷹先輩などは「返信は要らない、またくるからそのときに話そう」ぐらいだったので助かった。
俺は、親に電話をしてメールの返信をしていたら時間を忘れていた。
時計を見たら、0時になりそうだった。
そして…最後に見覚えのないアドレスからメールが10分前に届いていた。
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三上さん、霧島陽葵です。
心配になってメールしてしまいました。
熱は大丈夫ですか。水分は取れていますか?
三鷹寮長さんからアドレスを教えて貰いました。
学生課に置いてあった三上さんのバックを
三鷹寮長さんが持ってきていました。
そのバックの中に携帯が入っているかもと
棚倉さんがメールで仰っていたので
試しに三上さんに送信しています。
今は眠っているかも知れませんね。
持ってきたバッグを見ておくべきでした。
三上さんに会いたくて夜も眠れません。
気づいていればいいな…。
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俺はすかさずメールを返した。
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霧島さん、起きていたのか…。
今日はありがとう。
なんとか自販機で飲み物を買って飲んでいるよ。
1時間半前にバッグの中の携帯に気づきました。
それで親に電話を入れて軽く話しをして
それから50件以上のメールを見てました。
いま、このメールに気づきました。
なんだか寂しくなってきました。
陽葵のことが好きです。
1人でいると余計に恋しくなります。
素直に白状すると直ぐにでも会いたいです。
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俺は無意識のうちに「陽葵」と書いた事に気づかなかった。しかし、送信した内容を見返した瞬間に気付いて「あっ」と、小さな声を出してしまった。
この時、陽葵は恭介のメールを見た瞬間、寝ていたベッドから飛び起きて部屋中を小躍りしながらグルッと回った挙げ句、彼に対する大好きを爆発させていたので返信が遅れていた。
そんなことは知らない恭介は彼女からメールが来ないか待っていた。
寝たと思って諦めようとした時に返信メールが届いた。
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恭介さん…大好きです。今すぐ会いたいです。
大好きな人に名前で呼ばれるのが嬉しいです。
でも、今日は疲れてるでしょうから寝てください。
明日までお預けです。
おやすみなさい。
大好きです。
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霧島さんも名前で返してくれた。
無意識でやったこととは言え、とても嬉しい。
明日は名前で呼ぼうと決めた。
携帯の電源を切って、病室に戻って寝ることにした。
もしもの為に入れてあった充電器を右手だけで試行錯誤しながらコンセントに刺して充電をしておく。
先程のメールで、かなり電池を使ってしまった。
ベッドに入る前に枕の横に本を置いた。
寝ながら本を読んで睡眠を誘うことにした。
今日の疲れもあったのだろう。俺はようやく眠りについた…。