『恭介さん、いまはどんな思い出を書いているのかしら。』
洗濯を終えて葵がまだ寝ているから、新島さん宛てのメールを書いてる恭介さんのところへ行ったの。
恭介さんが画面の前でメールの書く手が止まっている事に少し驚いたわ。
「あなた。かなり考え込んでいる様子だけど、どうしたの?。メールを書く手が止まるなんて珍しいわ。」
恭介さんは少し天井を向いて私の頭をなでたの。あの時から頭を撫でられるのが好き。でもね、それを正直に話しちゃうと恥ずかしいから、何も言わないで撫でられている。
彼の優しさが溢れてるから、大好きなのよ。
「俺が病院に入院した時に、荒巻さんに説得されて陽葵が病室から出てから翌日までのことでさ、後から陽葵に聞かされた事を思い出していてね。あの話は陽葵の家での出来事が含まれるから、流石に書けないと思ったんだよ。」
恭介さんは溜息をつきながら言葉を続けたわ。
「2日後に陽葵の家族やウチの親父とお袋が来た話を書いて、あとは暇がある時に続けて書くことにするか。これから仕事もやらなきゃ駄目だし。」
恭介さんは、新島さんに、かなり長いダイレクトメールを送り続けているから、少し疲れてるかも知れないわ。
たしかに、私たちの出会いは、いま、考えると本当に凄かったのよ…。
それで、あれだけの長文メールを短時間で打てる恭介さんも凄いわ。
あっ、そういえば、この前のことで恭介さんに釘を刺しておくのを忘れていたわよね。
「あなた、あの話は新島さんに書かないでね。わたしが恥ずかしすぎるわ。あと、あそこのSNSに陽葵成分が欲しいなんて書くのは絶対に駄目よ。あれも恥ずかしすぎだわ…。」
そう言うと恭介さんは、また頭を撫で始めたの。
「やっぱり陽葵は可愛い。」
わたしが恥ずかしがる姿が可愛くて仕方ないと恭介さんはよく言うけどね、それをじっくりと恭介さんに見られてるわたしは、とても恥ずかしいのよ!。
あの頃の恭介さんは、こんなに大胆ではなかったわ。
昔は少し恥ずかしがり屋さんだから、わたしその奥手で少し困っていたぐらいよ。
…なんで逆転しちゃったのかな…。
でも、絶対に恭介さんは浮気しないし、わたしを好きでいてくれるのが嬉しい。
こうしてると時間があっと言う間に過ぎちゃうし、恭介さんは仕事もあるから話を切り替えないと。
「わたしね、棚倉さんと三鷹さんが家に来たとき、お母さんは、もう将来の道筋が分かっていて安心したけど、お父さんのほうが少し心配だったの。」
「陽葵、お前からは…初めて聞く話かも…。」
恭介さんは少し驚いた様子だわ。
「話が長くなりそうね。葵はまだ寝てるし、恭治は2階の部屋でゲームをしてるから、ちょうどいいわ。」
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わたしは後ろ髪を引かれる想いで病院を後にして、棚倉さんや三鷹さんと一緒にバスに乗り込んでから、棚倉さんが語ってくれる三上さんの話に夢中だったわ。
棚倉さんの話に夢中になりすぎてて、辺りを見たら家の近くのバス停が見えたから慌てたの。いま、バスから降りて家に向かって歩いているけど…少し緊張してきた。
家に戻ったら両親に三上さんの事を話す勇気が欲しかったの。
わたしの後押しをしてくれそうな棚倉さんと三鷹さんを家に入れてくれるかが心配だったの。2人が三上さんの事を親に語り始めれば、とても良い雰囲気が作れるわ。
…だってね…。
はやく親の許しを得たかったのよ。
三上さんは背が少し低いけど、かっこいいし絶対に浮気をしないし、優しい人だわ。他の女の子だって、三上さんとお話すれば、わたしと同じ気持ちになる子も絶対にいるわ。
彼はあのとき、怪我をしても必死になってわたしを助けてくれた。それに…みんなのことも守ったのよ。そんな事ができる人なんて、いままでいなかったわ…。
だから…、だからね…。
わたしは彼と将来を誓いたい。
これは、お母さんの若い頃と同じだわ。
だから、心に決めたのよ…。
『あと…もう少しで家だわ。気持ちを切り替えないと。』
「三鷹寮長さん、棚倉さん、家までもう少しです。」
わたしはいまの考えごとを振り払うように2人に声を掛けたの。
「陽葵ちゃん、今日は疲れたよね。なんかボーッとしてるから心配だわ。」
三鷹さんは心配そうにわたしを見ていたの。たしかに疲れはあるけど…。
「三鷹寮長さん、大丈夫です。」
私は、あの考えごとを振り払うように誤魔化したの。
「恭ちゃんが心配だわ、あれだけ体を張ったんだもん。凄いわ。」
三鷹さんは私の背中をポンと叩いて、三上さんを心配しつつも、少し元気をくれるように話かけてくれたわ。
そんな話を聞いている最中にやっと家に着いた。
「棚倉さん、三鷹寮長さん、ここです。」
わたしは門扉を開いて2人を通して玄関のドアを開けたら家族が待っていたわ。
大学からの連絡を受けて、わたしの帰りを待ちわびたかのか、みんな安心した顔をしていたわ。
「こめんなさい。大変な事になってしまって…。」
まずは心配していた家族に謝ったの。
そうしたら、棚倉さんが、うちの両親に声をかけたわ。
「私は教育学部4年の一般男子学生寮 寮長補佐の棚倉結城です。こちらは文学部3年の同女子寮 寮長の三鷹美緒です。」
2人は棚倉さんの言葉が終わると頭を下げたの。
「当大学の要請により、構内で暴漢に襲われそうになった霧島さんを学生保護の目的で、ご自宅までご一緒させて頂きました。この度は、大学側の不手際により霧島さんにご迷惑を、そして、ご家族にご心配をおかけして申し訳ありません。」
そして棚倉さんの言葉が終わると、2人は深々と頭を下げたわ…。
「いえいえ、そんなに頭を下げないで下さい。娘は無事で良かったのですが…。大学からお話を伺いましたが、娘を暴漢から守った寮長さんが怪我をして意識を失ったそうで…。」
お父さんは、三上さんを心配そうに言ったの。
棚倉さんが、後輩に怪我をさせてしまったことに答えたわ。
「私の後輩で工学部2年 寮長の三上恭介は、暴漢と争った際に左腕の骨を折りましたが、今は意識を回復して異常がありません。骨折した左腕はプレートをはめる手術でしたが無事に成功したようです。彼の詳しい病状は、霧島さんが先ほどまで病院で見守っていましたので…。」
そうしたら今度はお母さんが2人に笑顔を作って声をかけたのよ。
「わざわざ陽葵を送って頂いてありがとうございました。みなさん、お疲れでしょうし、立ち話もなんですから…。」
そして、2人をリビングに通したの。
みんなに気付かれないように、お母さんは私にウィンクをしたわ。わたしはお母さんが私にウィンクした意味がよく分かったから嬉しかったの。
すると、お母さんの隣にいた弟の
「お姉ちゃん、助けられて良かったね。心配したんだよ。でも、こんどは助けてくれた人が心配だね。」
颯太は本当に心配そうだったの。
リビングに全員が座ると、わたしは紅茶を入れて、みんなの前に置いて私も椅子に腰掛けて話を聞いたの。
お父さんが少し厳しい顔をして2人に問いかけてたのよ。
「私も妻も大学のOBでね。学生寮の奴とも学友だが、寮長になるのは確か3年だったような…。」
棚倉さんがニヤッとした顔でお父さんに言ったの。
「三上は前任の寮長が病気で休学したために飛び級で寮長に抜擢されたのです。」
そこから話が始まって、彼のエピソードばかり。
わたしは凄く楽しかったの。三上さんって凄く面白い人よ。
三上さんから助けられた経緯は三鷹寮長も加わって話が長くなったわ。
もっ、もちろん、告白の件は伏せてくれた。
あんなのを親に話されたら、わたし…どこか一人で旅に出るわ…。
棚倉さんが語る三上さんの話題は尽きなかった…。
彼が副寮長の時に窃盗事件が起きて、休学した元寮長と共に1週間も自主休校をして徹底的に寮内を監視して犯人を捕まえたこと。
寮内で酔っ払った学生が暴れて暴行されていた後輩を身を挺して救ったら、その後輩からすごく慕われて、その子が三上さんの弟子になっていた件は彼らしくて良かったわ。
あとは、寮生の家族のフリをした悪質なセールスが寮にきて、受付をやっていた三上さんがそれを見破って追い返したことや、新入生がしつこいサークル勧誘にあって困ってる相談を受けて被害に遭った寮生と一緒にサークルまで乗り込んで抗議したのは凄かったわ。
1年の時に寮の中のバイトで同期のリーダー的な存在だったことに始まって、部屋が下手な女子寮生よりも綺麗だから寮生のたまり場になって、最近は少し疲れてると本人が言っていたり…。
寮生は苦学生も多くいて、三上さんも同じように仕送りが途絶えて苦労してることも語っていたわ。私が寮長会議に参加する前にお腹が空きすぎて、棚倉さんにお弁当を奢って貰った話などもあった。
三上さんって、あの体で、ものすごく食べる人なのね…。
あの髪型は、お金がなくて美容室で新人美容師さんのカットモデルをやったのは驚いたわ。
でも似合ってるからかっこいいし、仮にボサボサ頭の三上さんでも、わたしは大好きだわ。
便利屋さんの話も、バスの中で棚倉さんが話ていた事に加えて、寮のイベントでマイクにつなぐアンプが壊れたときに、電子工学専攻の先輩と一緒にテスターという道具で色々なところを計って、その先輩と話しながらハンダごてを持ってプリント板の小さい電子部品を取り替えて直した話もあったわ。
寮内で一部の水を井戸でくみ上げているところがあって、水が出なくなったと寮生が騒いでいたから三上さんが井戸のポンプを見て回ったらしいの。
そうしたら、ポンプにネズミが入り込んでいてショートしてるのを見つけて、ブレーカーを下ろして顔色一つ変えずにゴム手袋をはめてネズミを取って焼けた部分を掃除していた話なんて、私は絶対にできないと思ったわ。
うちの両親は興味深く聞いてて時には笑ったり、驚いたりしてた。
工学部で理系だから「色々と癖が強い」という表現に両親も笑ったり…。
颯太も何故か一緒に聞いてて、分かるところには反応してたわ。
三鷹寮長も知らない事ばかりで「三上くんをうちの寮に1台、欲しい」と、言ったのは笑ったわ。三上さん、何かあれば、何でもやってくれそうだし。
棚倉さんのお話の中で、特にお父さんとお母さんにとっては興味深い話があったわ。
昔の学生運動が色濃く残ってる悪質サークルの類があって、寮生がそれに絡まれことがあったしいの。そのときに、そのサークルの怖い人が寮に乗り込んできて、その寮生を出せと怒鳴って脅したらしいわ。
でも、受付をやっていた三上さんは、どれだけ怒鳴られようとも寮の玄関から一歩もその人を通さずに毅然とした態度を取ったらしいの。
「寮内での政治活動は禁止されているのでお帰りください。」
そう言い続けて、寮監さんや学生課の担当者がくる時間稼ぎをした話もあったわ。
その話を聞いて、お父さんとお母さんが顔を見合わせてしまったのよ。
もっと語って欲しかったけど、夜も遅かったしバスがなくなる心配もあったから、二人は帰ったの。ちょっと寂しかったわ。
夜遅かったので、颯太が寝た後で私はお父さんとお母さんに呼ばれたの。
リビングに座ってお父さんから単刀直入で言われたわ。
「陽葵。お父さんとお母さんの出逢いは知ってるよな。陽葵はお母さんの性格そっくりだから三上くんも将来は、お父さんと同じだろう。陽葵は何も言わなくていい。三上くんを支えて欲しい。」
私は嬉しかったわ。そしてお母さんも嬉しそうな顔でわたしに話したの。
「病院が家から近いから時間があいたら、お見舞とお礼を兼ねて三上さんに家族全員で挨拶に行くわ。たぶん、三上さんも、あの頃のお父さんと同じでびっくりすると思うけど、棚倉さんや三鷹さんのお話を聞く限り、陽葵のことを大切に想ってくれる人だわ。」
お母さんはニッコリと笑ったわ。
「陽葵のことだから、私と同じだと思うから、朝から病院に行くでしょ?思う存分に三上さんを助けてあげて。」
私は涙が出そうなぐらい喜んだわ。
「はい。ありがとう、お父さん、お母さん。」
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恭介さんは私の話を聞き終えると、パソコンの目の前で呆然としていたわ。
それで、一言だけつぶやいたの。
「… … … そうか … … …。」
それから、何も言わずに新島さんに出すメールを思案をしていたようだけど…。
…恭介さん、どうしたのかしら…。