―休憩中。―
しばらくすると高木さんと松尾さん、寮母さんは学生課とは別の部屋に移動して何か寮の運営上の打ち合わせを始めた。
霧島さんは三鷹先輩から解放されて俺のそばにやってきた。
三鷹先輩は俺と霧島さんの事で相当にテンションを上げて喋りまくっている。
俺は悲しいことに、みんなから霧島さんとお話しすることを許してくれなかった。
ここで2人が会話すると、部屋全体が激しい愛で包まれるなんて、訳が分からない理由から、三鷹先輩の相手をさせられていたのだ。
それでも霧島さんは俺の隣にいて、ニコニコしながら可愛い視線を合わせてくれる。
『霧島さんとお話しがしたい…。』
オタクな俺だって、あんなに可愛い子が好きになってくれて目の前にいたら当然の感情だ。
そう思いながら三鷹先輩の弾丸のように流れる話を受け流すように聞いて適当に答えていく。
俺は喉が渇いていた。あれだけ喋れば当然だ。
これでは休憩にならない。
棚倉先輩から貰ったお茶はすでに飲み切っていた。
「ふぅ…、ちょっと購買に行って飲み物を買ってきますよ…。」
三鷹先輩に色々と突っ込まれて聞かれてしまったので疲れていたので、死にそうな声でみんなに声をかけた。
霧島さんと棚倉先輩も席を立って、ミーティングルームを出た。
『さて、霧島さんと何を話そうか。』
頭の中では楽しみになっていた。
しかし…、そんな淡い夢は消え去った。
俺は何気にあたりを見渡したら、学生課の廊下側の窓に人影を見つけた。
部屋の奥から見える窓だから普段は誰も気付かないだろう。
声を押し殺して棚倉先輩の肩をソッと叩いて声をかけた。
「先輩。アイツです。」
霧島さんを勧誘をしていた奴が会議を盗み聞きしてるのを発見した。
俺が霧島さんを助けた時に学生課だと言ったので、サークル廃止の会議でもやってるかと思ったのだろう。
「…キャッ!!」
俺の言葉に霧島さんが反応して例の厳つい男を見つけると小さな悲鳴をあげた。
そして彼女は俺にそっと体を寄せた。少し身体が震えてる。
アイツが盗み聞きしていたのは告白後なのは明らかに分かった。
あの時、俺たちは廊下にいたから、仮に姿を見れば逃げるはずだ。
棚倉先輩は声を抑えて俺の背中をトンと叩いた。
「三上、引っ捕まえるか?」
この角度では相手から視界に入らず気づかないだろうし、あの距離では小さい声は届いていないだろう。
俺が購買に行くと言った声は、死にそうだったし小さい声だったことに加えて三鷹先輩のギンギンな声でかき消されていたと思う。
ちなみに、先程の霧島さん悲鳴も三鷹先輩の声よりずっと小さい。
三鷹先輩の声はここまでギンギンに聞こえる。
彼女は「お世辞にも…」などと言ってるが、今の俺は先輩に構ってる余裕がない。
それが相手を油断させていると感じた。
俺は棚倉先輩の問いにうなずいて、霧島さんに声を掛けた。
「霧島さんはここに残って、荒巻さんにこのことを伝えて欲しい。」
霧島さんは俺の言葉に少し震えながらうなずいた。
そして彼女がミーティングルームに向かうのと同時に俺たちは動いた。
迷いはなかった。
俺は棚倉先輩と一緒に学生課の入口を出ると廊下を走った。
それを見た厳つい男が慌てて逃げ出した。
本館キャンパスをの玄関を出て、しばらく男を追いかけると庭に逃げ込んだ。
そこで俺と先輩は男に追いついた。
一方でその頃、霧島陽葵は急いでミーティング室に戻った。荒巻さんは三鷹先輩と離れたところで書類などに目を通していた。彼女たちは話しに夢中で彼女に気づいていない。
陽葵は荒巻さんを見つけると声をかけた。
「荒巻さん、大変です!!。私に悪質勧誘をした人が、この会議を盗み聞きしていて三上寮長と棚倉さんがその人を追いかけてます!!」
それを聞いた荒巻さんは形相を変えて飛んでいった。
荒巻さんが形相を変えて走ったのを見て三鷹が気づいた。
「陽葵ちゃん、どうしたの?」
「三鷹さん、私に悪質勧誘していた人が、この会議を盗み聞してました!!。いま、三上さんと棚倉さんがその人を追いかけてます!!!。」
それを聞いて、木下理恵以外の全員が吃驚して三上たちを追いかけだした。
霧島陽葵は特に三上が心配でたまらなかったので全力で走った。
彼女は、女性陣の中で足がとても速かった。
これが後に俺の配慮ミスに繋がってしまった。
彼の高校時代では不良の暴力行為があって騒ぎになることが頻繁にあった。
その場合、当事者以外は教室から出ないか、見に行く場合は遠巻きにして見る。
巻き込まれるのが相当に危険だと分かっているからだ。
しかし、そういう経験のない、特に護身術も知らないような女子が無闇に行くのは危険すぎる。
その感覚の違いを俺は考慮に入れず判断ミスをした。まして、今は三上の為に心を動かされてる人達ばかりだ。
ただし、木下は、三上の高校時代の話を聞いていたので行動が違っていた。
まず、別室で打ち合わせをしてきた高木さん達に三上たちの状況を話した。
そして、外が見渡せそうな階段の踊り場まで駆け上がって三上たちがいないか探した。
この木下の行動が、後に俺たちを救うことになったのだ。
◇
もう辺りは夕暮れ時だった。キャンパスには殆ど人がいない。
三上と棚倉は庭の中ある噴水の付近で厳つい男に追いついた。
棚倉が少し息を整えながら厳つい男に向かって怒鳴った。
「おい!! 、なんで盗み聞きしていた!!!。」
厳つい男は息が荒かったが何も言わない。
そのかわりに小さいスタンガンをズボンのポケットから取り出して2人に向けた。
「…てめぇ…ゲスだな…。なめてんのか?」
静かに怒りを込めた声が棚倉から聞こえた。
聞き覚えのある声だが、こんな声色も言葉も今まで聞いたことがない。
棚倉は三上を見た。
彼が高校生の時、不良達に向き合った姿だったと安易に想像できた。
普段は穏やかな彼だが、静かに怒っているのがよく分かった。
一方で三上はそんな言葉を出しながら冷静に考えていた。
俺は水が張った噴水が側にあること気づいた。
そして、怒りの感情を少し抑えながら思考を巡らせていた。
スタンガンはドラマや映画などの影響で電撃を当てられれば気絶すると思い込んでいる人も多い。
俺は小型のスタンガンをみて、その手のオタクがネットの掲示版に書き込んでいたことを思い出した。
『あれは痺れたり、痛かったりするが気絶はしない。そんなスタンガンは市場で売られてはいない。』
それに加えて俺は工学部だ。電気工学の基礎は嫌顔でも工業高校で勉強をする。
『スタンガンは電圧は高いが電流は微弱だ。5mA以下だろう。』
俺は棚倉先輩の動きを見ながらスタンガンをもった厳つい男との間合いを取った。このへんは高校時代の経験が生きている。
『そのスタンガンを向けるのは、まず、体の小さい俺だろう…。』
厳つい男はスタンガンのスイッチを押した。
夕暮れ時なので青く放電した光がよく見える。
そして…予想通り、俺のほうに向かってきた。
!!!!!!
しかし、俺が身構えた瞬間に、厳つい男が横を見て思わぬ方向に動きだしたのを見て焦った。
厳つい男の目線には霧島さんがいる!!!
その先には三鷹先輩と橘先輩もいる。
『まずい!!!!』
俺は即座に動いた。
その位置は棚倉先輩から遠かった。
「霧島さん!!なぜ!!!」
棚倉先輩は声を出して動き出した。
霧島陽葵は厳つい男がスタンガンを持っているのを見た瞬間、怯えて止まってしまった。
「…っ、ちくしょう、間に合え!!!!」
俺はスタンガンの電撃を喰らう覚悟で厳つい男の胸ぐらを掴んだ。
スタンガンが霧島陽葵の顔の5cm程度をかすめていく。
間一髪だった。
そして、その勢いで体勢を低くして力の限り男を押し倒し一緒に噴水に飛び込んだ。
男を押し倒した衝撃で、厳つい男が持っていたスタンガンは水中に落ちた。
『スタンガンの防水性なんてたかが知れてる。水に浸かればお仕舞いだろう。』
スタンガンは水中でスイッチを押しても殆ど効果がない。
三上恭介はこのことを知っていた。
そして体の大きな棚倉がくるまで時間稼ぎの為に体を張ったのだ。
しかし、不運なことに噴水に落ちた衝撃で俺は左腕を骨折したようだ。
左腕の激しい痛みを堪えて、女子達に向かって俺は声をあげた。
「お前ら、俺たちから離れてろ。それ以上は近づくな!!!」
その言葉で霧島さんはようやく体が動いて、遅れてやってきた三鷹先輩のもとに駆け寄った。
噴水の浅い水の中で厳つい男は奇声を出しながら、もがいた。
左腕を骨折をしていたが、俺は上に乗ってなんとか男を制した。
暴れるたびに激痛が走る。
その間に棚倉先輩がきて噴水から男を引きずり出して、男を羽交い締めにして取り押さえる。
俺も男も噴水の水でびしょ濡れだ。
俺は噴水から出ると、激しい痛みをおぼえて苦悶の表情で堪えながら左腕を押さえた。
しかし、油断はできない。先輩が男を取り逃がした時に備えた。
後ろは霧島さんや三鷹先輩、橘先輩の女性しかいない。
これは俺らにとって非常に不利だ。
こんな場所に護身術もないような女の子が来ては駄目だ。
『あとから3人を説教するか。』
俺はそんなことを考えながら厳つい男の正面に立つ。
その時だった。
棚倉先輩が後ろから羽交い締めにしていたが、暴れていた男が先輩の腕から抜け出た。
「三上ぃぃぃ!!」
棚倉先輩は悔しそうに声をあげて俺に叫んだ。
彼の目から見ても三上は左腕を骨折してるか、何らかの負傷をしていることは明らかに分かった。
後輩を守ってあげられなかったのが悔しかったのだ。
厳つい男は奇声を発しながら、俺に近寄って殴りかかってきた。
その殴りかたで高校時代の不良と違って、単なる素人であることが分かった。
激しい痛みに耐えつつ相手の拳をかわすと、ガラ空きになった男のみぞおちに向かって力を込めて殴った。
殴った瞬間に左腕から激痛が走って俺は顔を歪めた。
「グハッ」
殴った瞬間に相手の何とも言えぬ呻きが聞こえて、男は腹をおさえた。
「先輩っ!! 奴の上から覆い被さって下さい!!。その方が逃げません。俺もなんとか奴の上に乗っかれます。」
その様子を離れたところで女性3人が怯えながら見ていた。
誰も怯えて声を発することなどできなかったし、陽葵も恐くて震えを抑えるのに精一杯だった。
女性陣も三上の左腕が負傷していることは分かった。
大柄な棚倉も凄かったが、厳つい男よりも小柄な三上が凄まじかった。
陽葵を守る為に自ら男と一緒に噴水に落ち、負傷しながらも相手に臆することなく拳を入れた。
それを全員が息を呑んで見ていた。
---
一方の俺は、とうの昔に限界を超えていた。
棚倉先輩も暴れまくる男に手を焼いていた。
男はさらに奇声をあげなら激しく暴れている。
俺は棚倉先輩と2人がかりで男を制しているが、そこから抜け出すのも時間の問題だと焦っていた。
男が暴れる度に俺の左腕の痛みが伝わった。
-その時だった。-
男が俺たちの拘束から抜け出しつつある中で、もう駄目かと思われた瞬間、思いもしない方向から荒巻さんが飛んできて男をおさえた。
少し遅れて松尾さんも駆けつけて、3人の女子に危害が出ないように守った。
状況が悪くなったことが分かった男が、奇声をあげなら激しく暴れだしたので、その反動であらぬ方向に俺の左腕の骨が動くのを感じた。
その瞬間、激しい激痛と共に吐き気を覚えた時だった…。
俺は意識を失った…。