これを読んでいた陽葵が涙ぐみながらギュッと俺を抱きしめた。
俺は暫く新島先輩へのDMの続きが書けなかった。
そして陽葵は泣きながら俺に言った。
「あなたが高校生の時に私と出会っていれば良かった。苦しんでいるあなたを助けてあげたかった。…なんで、なんで、そうならなかったのっ!!!」
陽葵の頭を優しく撫でながら優しい気持ちで答えた。
「俺と陽葵がその時に出会っていたら駄目だった。おそらく陽葵を、あの時に助けてあげられなかった。その時の俺は、あの時よりも弱かった。」
俺は泣いてる陽葵の頬に優しく触れる。
「陽葵…。今から新島先輩に綴るDMだけどね、俺の心の中を覗いてみないか?。こんなこと陽葵にも話したこともない。たぶん、今からは書くことは悲しい事にならない。」
陽葵は泣いていたが、俺の心の中に興味があるのか隣の椅子に座った。
陽葵の視線は画面ではなく俺の顔に向いている。
だが、俺がキーボードに手をかけた途端、陽葵の視線はディスプレイにうつった。
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俺の語りを聞き終わって荒巻さんが問いかけた。
「三上くん。霧島さんを好きになったのは、そういう事か。だから、ありがとう。なんだね。」
俺は「はい」と答えた。
松尾さんも笑顔になったが、人生経験の浅い棚倉先輩が不思議がっている。
俺は不思議がる棚倉先輩に説明する前に木下を呼び寄せた。3人に語り始めた時から影が見えていたから分かっていた。
「木下。俺は怒らないし、そこにいた理由は分かるから出てきな。」
木下が申し訳なさそうに出てきた。
「三上くん…その…。」
「木下。気にするな。三鷹先輩の話が長いから助けて欲しいのだろ?」
彼女はうなずいた。
俺はまず、4人を目の前にして言った。
「荒牧さんや、ここにいる人が私の話に付き合ってくれたこと、霧島さんの想いに応える環境と時間を作ってくれて、ありがとうございます。」
「三上君。みんな、霧島さんと三上くんを一緒にさせたくてね…。」
松尾さんは、ニコニコしながら言った。
俺は少し恥ずかしくて頭をかいた。だが、恥ずかしさを振り払うように覚悟を決めた言葉を言い放った。
「学生課に戻ったら、霧島さんへの気持ちを伝える公開告白です。霧島さんが好きだと言ってくれたことに男として責任を取ります。」
もう覚悟を決めた。
「荒巻さん、松尾さん、棚倉先輩と木下に話をして構いませんか?。気持ちを整理して簡潔に霧島さんと話がしたいので…。」
一度、息を大きく吸い込んで、今度は棚倉先輩や木下に話しかけた。
「先輩達。霧島さんが下心も何もない三上恭介に惚れているのは分かりますよね?。彼女に下心を見せた時点で嫌われて恋心も終わるでしょう。」
2人はうなずいた。
「だから、霧島さんは、それぐらい真っ直ぐな人です。逆に霧島さんが俺に下心を込めて言い寄ってきたら、その場で切って捨てます。霧島さんは、そのあたりが俺とよく似てるのです。その彼女の真っ直ぐな心と純粋さに気持ちが揺さぶられています。この気持ちが彼女への好意でしょう。」
この時点で二人は気づいた。
「三上…。お前って奴は…。」
棚倉は喜びを隠せない。
「今までの苦しかった経験が今の三上恭介を作っています。下心も名誉も見返りもナシにして皆の為に動く三上恭介ができたのは、みんなのおかげです。」
そこで自分が自然と笑顔になるのが分かった。やっぱり彼女を好きな証拠だろう。
「そこに彼女が好意を寄せてることが嬉しくて仕方ないのです。だから…、ありがとう。なのです。」
棚倉先輩は嬉しくてたまらなかった様子だ。
「…三上。お前は本当に漢だ!。」
「でも、俺みたいなズボラな男が、とても可愛い霧島さんか。相当に勿体ないです。今まで辛かったぶんのご褒美で良いのかな?。」
俺は苦笑いをした。
それに木下が答える。
「三上くん。貴方を今まで馬鹿にしてたけど、今日の貴方の姿や行動は彼氏がいる私ですら少し揺さぶられるわ。それと、今まで馬鹿にしていて、ごめんなさい。」
「木下。この立場にいながら棚倉先輩や新島先輩がいて、甘えて緩すぎになってたから当然だ。俺のほうから謝る。」
俺は木下に頭を下げた。
「それに木下。どのみち来年はお互いに寮長だろ。いがみ合っていては男女の寮は良くならない。これからもよろしくな。」
「三上くん、よろしくね。」
木下は、細かいことを言わずに逆に謝る三上の対応をみて『三上に絶対に敵わないと』思った。真っ直ぐな霧島が三上に惚れたのは彼の苦しい人生経験があってこそだ。
後日談になるが、寮で頭を抱えるような難題に直面したとき、木下は真っ先に三上に相談するようになった。それはお互いが卒業するまで続いた。
「三上くん、覚悟はできたか?」
荒牧さんは俺の背中に気合を入れるように叩いた。
「なるようにしかなりません。覚悟はできてます。」
みんな三上の告白に期待していた。
今の俺に必要なのは霧島陽葵を目の前にして自分の気持ちを伝える勇気だけだ。
『霧島さんが勇気を出したんだ。ここで言わねば男が廃る。』
俺は前を向いた。
真っ先に学生課に戻ってミーティングルームの扉を開いた。
答えは決まっていた。
俺は迷わず霧島陽葵の側に近寄った。もう周りの視線なんて関係なかった。
彼女が俺に気づいて立ち上がる。
そして俺のそばに向かい合うように立った。
俺はありったけの優しい顔を向けた。
俺は目の前にいる可憐で可愛げな女の子の目をじっと見た。
彼女も俺の目を離さなかった。
このまま彼女を見つめ続けたいと思った瞬間に霧島陽葵をさらに好きになった。
「霧島さん」
俺は息を呑むように声をかけた。
心臓が張り裂けそうだ。
「はい…」
彼女も俺の目を離さない。
その眼は澄んでて本当に綺麗だった。
そのまま吸い込まれそうだ。
「誤解を受けることを言って貴女の気持ちを察することができず、ごめんなさい。」
俺はこのことを真っ先に謝りたかった。
彼女もそれに答えた。
「三上さん。私が勝手に暴走してしまって…、ごめんなさい。」
俺は静かに首を横に振って彼女のお詫びを否定した。
「霧島さん、謝らないでください。鈍かった俺が悪いです。そして、貴女が私に好意を寄せたことに、ありがとう。と、お礼が言いたいです。」
彼女の目がパッと開いた。その彼女をとても可愛いと思った。
とても嬉しそうだった。
まだ、『ありがとう』の本当の意味が分かるまでは時間がかかる。時間をかけてお互いの愛を確かめながら、今の真の意味を語ることもあるだろう。
「私も貴女のことが好きです。他意がない真っ直ぐなところに惚れてくれたことが嬉しくてたまりません。」
彼女の顔が一瞬で朱色に染まった。
「私もそんな貴方が大好きです。」
彼女は顔を赤らめながらも俺から目を離さずに言った。
周りはそれを固唾を飲んでみていた。三上恭介の言葉の一言、一言が優しかった。
そこに彼の良さの全てが凝縮されていた。
俺は彼女から目を離さずに優しく言葉を放った。
「霧島さん。まだ貴女の事をよく知りません。距離を縮めるお付き合いをさせて下さい。」
「はい…。三上さんとなら何処でもご一緒します。」
彼女はその赤い顔を隠さず、俺の目をしっかり見て返事をした。
その後、ようやく周りが見ている事を意識し始めた2人は、お互いが息を合わせたかのように動いて空いてる席を見つけて隣同士に座った。
時折、2人は顔を見合わせて優しく微笑む。
それが何回も繰り返された。
今度は学生課のミーティングルーム全体に優しさに包まれた愛が充満しきっていた。
威力は巨大隕石落下級だった。
まもなく、その場にいた全員の尊死が確認された。
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そこまで書くと陽葵は頬を赤らめていた。
「あなた。そういう優しい気持ちが私を動かしたのよ…。」
「陽葵…。」
俺は陽葵を抱きしめた。
「あのとき、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。辛くてそれを乗り越えた先にお前がきてくれたからだ。俺の他意がない純粋に頑張った姿を見て、そこに惚れてくれたからだ。陽葵。俺を好きになってくれて…ありがとう。」
陽葵を強く強く抱きしめた。
俺の目から少し涙があふれた。