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~エピソード4~ ③ 三上恭介の矜持。

 新島先輩にDMを送っていると、休日だから少し遅くまで寝ていた陽葵が起きてきた。


 朝からPCに向かって、ひたすら文字を打ち続けているから気になったようだ。

 今日は休みなので子供達は、まだ寝ている。


「あなた、誰にメールしてるの?」

 ディスプレイに向かってキーボードを叩き付けるようにしてブラインドタッチをしている俺に声を掛けた。


「新島先輩だよ。陽葵がいつも俺に根を持ってるあの件の後の事でね…。」

 俺は話しながら恭介は画面に向かって文字を打ち続けている。 


「新島先輩が結核で入院してたから分からず仕舞いだったから。陽葵。横で見てて良いよ。どっちみちお前も知ってることだよ。」


 そうすると陽葵は俺の脇に椅子を持ってきて、少し体を寄せて座った。


 陽葵は恭介がキーボードを打つと同時に画面に流れるような文字を見て、いつも凄いと思いながら見ていた。それと同時に、次にどんな文章が出てくるのか…という面白さと期待もある。


 感覚的には、人がゆっくりした言葉を放つ程度で文字が表示されていく。

 誤変換やタイプミスがあると消して戻ることもあるが、とにかくタイプスピードが速い。


 しかし、陽葵はそのメールの内容を読んでいて徐々に顔を曇らせた…。


 ***********************

 時を戻して19年前。


 話を聞くために荒巻さんや松尾さん、棚倉先輩が少し俺に近寄ってきた。

 俺は少し天井を見上げて気持ちを整えると、前を見て自分の気持ちを整理するように語り始めた。


「棚倉先輩には初めて話す事だと思います。それと、荒巻さんや松尾さんは私の内申書を見てると思うので分かってると思います。」


 棚倉先輩は少し息を呑んだように見えた。


「私は高校時代に生徒会をやっていました。」


 棚倉先輩は『なるほど…』と、合点を得たような表情をした。しかし、恭介から次に発せられた言葉で徐々に眉間に皺が寄って険しい顔になった。


「私は工業高校でしたが偏差値が低い底辺校でした。進学時に学区外の件もあって進学できる高校も絞られて、田舎ですから選択肢も限られました。」

 *今は学区外の縛りなんてありません。だいぶ古い世代の話しです。


「ご存じの通り、父が小さな町工場を経営していて、両親がだいぶ苦労していました。私は家族を助けようと決意していたので、本来ならある程度の進学校に入れましたが、偏差値の低い工業高校に入りました。」


 3人は息を呑んで恭介の話を聞いている。


「工業高校と言えど相当に底辺校であるために、学校は酷い荒れようでした。喫煙などは多発し、問題を起こした生徒が停学や退学になるケースが後を絶ちません。それに加えて不良なども多く、暴力沙汰もあります。」


「三上…。お前は…。」

 棚倉先輩は俺に向ける言葉を探しているが咄嗟に見つからない。

 先輩の気持ちを理解しつつ、彼に目線を向けて、うなずきながら言葉を続けた。


「当然、あの中ではトップクラスを維持していました。そんな私を生意気で気にくわない奴だと見る輩もいます。しかも、私は体が小さいほうですから、狙われやすい側面もあります。」


 ここで3人はハッとした。それを気にもとめずに恭介は言葉を続ける。


「私の高校時代は、今のように皆の為にリーダーになったのではありません。自分の身を守るためにリーダーになったのです。」


 その言葉を聞いて、3人は顔を見合わせた。棚倉は三上恭介を今まで想定よりも甘く見すぎていたと感じた。


 『こいつは相当な修羅場を乗り越えている。』

 ここにいる3人がそれを察して顔を見合わせた。


  そんな3人の感情なんて分からない俺は言葉を続ける。


「そこで私は身を守る術を考えました。生徒会に入れば色々な先生との交流が一般生徒より多くなります。特に生徒指導や、不良達が恐れるような恐い先生達との交流を深めました。」


 棚倉は進学校なので、そういう事は知らないので単純な疑問を彼にぶつけた。

「三上、どうしてそんなことを?」


「そういう先生と交流を深めれば、三上に手を出すと生徒指導等の先生が見ている事になります。要するに、俺に暴力を振るえば先生にダイレクトに伝わる為に退学や停学処分を免れません。」


 長い言葉が続いているので、少し息を吸い込む。


 『あまり不慣れなことをするものではいなぁ…。』

 心の奥底のほうで俺は少しだけ後悔をしている。


「それに、あの学校の中では優秀で、私は周りからは浮いた存在でした。だから仲の良い仲間など皆無に等しいのです。…だから辛かった…。」


 棚倉先輩は少し涙ぐんできた。2人は聞いてるが少し辛いのが伝わってきている。


「…三上。」


 俺は棚倉先輩にうなずきながら言葉を続けた。

「私が学校を休まずに行けたのは、親を助けたいという使命感でした。高校は楽しくはなかったなぁ…、地獄でしたよ…。」


 そこで長い溜息をついた。


「私は、あの中では優秀だったので、自然にそういう立場に立たされます。それを上手く利用しながら、難しい高校生活を送っていました。」


 棚倉先輩は寮内で起こった事件で、副寮長としての恭介の行動に心当たりを見つけた。


「三上、あえて聞くが、新島がいた頃だったよな?。寮内で合コンかコンパ帰りで酔っ払った奴がいて、通りすがった1年の諸岡が絡まれて、ボコボコされていた所をお前が助けた件があっただろ?」


 俺はうなずきながら棚倉先輩の言葉を促した。

「お前さ、新島と俺が後から駆けつけて助けなかったらアイツにボコボコにされるのを覚悟で諸岡を逃がしたよな?」


 棚倉先輩のその問いに苦笑いしながら答えた。


「高校時代の私は立場上、三上、アイツがしめられてる。と、助けを呼ばれる事があります。私はこの体ですから、体格差で真っ正面からは絶対に無理です。だから、その時は声を掛けた奴に先生を呼んできて貰うように頼みます。」


 俺は疲れた表情を浮かべた。

 この件については、本当に学校に行くのが嫌だったほどトラウマになっている。


「私は先生などが来る間に、現場に走ってボコボコにされた奴を庇って逃がすのが精一杯でした。何とか時間を稼ぐだけの力はあります。」


 棚倉は悲観的な顔をしてる。


「三上…。お前は…本当に…。」

 それ以上の言葉が出ないようだ。俺はそれに構わず言葉を続ける。


「そこには少しだけメリットがあります。私に暴力を振るうことで、ボコボコにした相手と私に暴力を振るった事で長期の停学か退学になって学校からいなくなります。私に暴力を振るった時点で、先生から可愛がられている私ですから、奴らは言い逃れができません。ボコボコにされた奴のことを考えれば、先生が来るまでの1発、2発程度なんて軽いものです。」


 誰も俺の言葉に声をかけられる人がいなかった。

 さらに俺は話を続けた。


「あっちでは、荒んだ奴も多かったです。そうやって助けても、私が大勢の為に仕事をしても、お礼をする奴なんて一握りでした。三上はやって当たり前なんです。冷たいもんですよ。何とか踏ん張って、厳しい状況を精一杯に生きて頑張ってやっても報われなかったです。」


 そして、俺は気持ちを切り替えた。

 次に語る言葉からポジティブになるからだ。


「こんな生活が嫌すぎて、必死に勉強して、あの現状から逃げたい気持ちでここに来ました。だから底辺校でも、放課後にある進学の補修に積極的に出たりして勉強を怠りませんでした。ただし、数学だけは苦手で駄目でしたがね…。」


 棚倉は静かに泣き出した。

 俺は次の言葉を発するべく、少し笑顔になった。


「でもね、ここに来てから、色々な事をお願いされるようになって実は変わりました。だって、棚倉先輩とか新島先輩は本当に面倒見が良くて優しいです。まぁ、新島先輩は不真面目でしたが、根は優しいから分かりますよ。」


 ここまで喋ると笑顔になった。こうしないと皆が沈んでしまう。

 それに廊下の影に、いまの空気感から出られずに隠れている存在がいるのが分かっていた。


「私は、みんなのお陰で、荒んでいた心が徐々に救われていきました。特に先輩お二方には面倒を見てくれるし、良い先輩と出会って良かったと思ってます。」


 3人が俺を嬉しそうに見た。


「最初は寮長補佐の時点で、実は…私、あんまりやる気じゃなかったです。でもね、私が仕事をやると仲間からお礼を言われたり、寮監の奥さんのご飯にありつけるでしょ。みんなのために頑張ったら、きちんと返ってくるのが嬉しかったのです。」


「みっ、三上…。お前って奴は…。」

 棚倉先輩は完全に泣いている。


「諸岡の件も、あの後に、心からお礼を言われて本当に嬉しかったです。私が寮で飯を食ってれば一緒の席に座るし、私の部屋に勝手に居座るようになりました。あいつ、レポートとか課題中をやってる脇でゲームとか勝手に始めるから…。まぁ、辛いですが、勝手にいさせています。」


 3人は嬉しくて涙ぐんだ。

 正確には棚倉は前が見えないほど静かに泣いた。


 この話を廊下の曲がり角で彼らに見えないように木下理恵が三上の話を聞いていた。彼女は三鷹の話が長くて男性陣に応援を頼もうと思ったが、彼の話をほとんど聞いてしまった。


『これは…、自分が入るような場所ではないわ。』


 いつもは冷静な彼女ですら、かなり涙ぐんでる。今までの彼に向けていた態度について詫びなければいけないと思っていた。


 俺は語り尽くしたので結論を言うことにした。


「今の私は寮の仕事になると下心とか名誉とか、男女の云々なんて、そんなの関係ないです。今日の霧島さんの件も下心なんて全くありません。今の私を動かしているのは、みんなの暖かい心です。だから、私は無理をしてしまうのです。」


 ーこれが三上恭介の矜持なのだ。

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