―ここは現代。―
俺は仕事が終わると会社のPCでSNSのチェックをしていた。
すると、大学教授になった棚倉先輩からDMが俺に届いた。
DMなんて久しぶりだった。教授なので相当に忙しいのだろう。
ふとそのDMを見ると画像が添付してあった。
「あ゛???」
俺は誰もいない会社の事務所でPCの目の前で発狂した。とりあえず画像は放置して先輩のDMに目を通した。
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三上、お前も陽葵ちゃんも相変わらずだな。
それだけ元気な証拠だろう。
少し文章が長いけど読んでくれ。
三上…。お前って奴は…。1度惚れた女を生涯掛けて愛する気持ちは分かる。
ただ、全世界に向けて当てる必要もないだろ。当てられた仕返しに、いいことを教えてやる。
当時からお前らは幸せ過ぎて羨ましかったよ。
でもな、困った事にな。
三鷹は絵が上手くて同人漫画を描いていただろ。それを三鷹はひた隠しにしていたよな。
お前が寮長に就任した頃に三鷹が書いた寮長会議の議事録を見た瞬間に、三鷹がそういう事をやってるのが分かったお前は鋭いし、ソレを気付かないフリをして、とぼけてたお前もお前だけどな。
アイツは寮を出てく最後の日に少し同人をやってると明かした後、お前と陽葵ちゃんが最初に出会ったハートフルな現場を極秘裏に漫画にして残していった。
それが何時しか女子寮の中で「毎日、その漫画を拝むと付き合ってる彼氏と強く結ばれる」と、訳の分からん言いがかりをつけて女子寮の場所が変わって引っ越しても、その漫画だけは額縁に入れて女子寮の寮監室に飾られているのだよ。
色が褪せると、その漫画をコピーして飾り直す。願が掛かっているなんて迷信で、その原紙はコピーした新しい紙の下に入れられる。そして女学生が願を掛けたい想いで漫画に向い拝んでいる奴が意外と多いと聞く。
そこにお前や陽葵ちゃんはもちろん、俺の名前も書かれてるから、女子寮に入ってる教え子が「教授、女子寮にこんなモノがあるのですが…」と、スマホで写した奴を1~2年に1度ぐらいの割合で持ってくるのだ。
俺は、その額縁を外せと言ってるが、女子寮の伝統だからと言って聞いてくれない。女子寮の学生がその件で俺のところ来る度に当事者として詳しい説明をする義務があって説明するから、学会の資料作りとかの時間を削られるのだ。
時間が削られるのは、お前のせいだ。
あの時、お前が鈍くなかったら、あんな事にはならなかった。
いや…主犯は三鷹か。
今も経済的に厳しくてお前の会社が苦戦してる事はSNSで分かってる。
お前と陽葵ちゃんなら、なんとか乗り越えていけるだろう。
お前達は女子寮の神になっているのだから。
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… … … … …。
画像はまさにあの当時の三鷹先輩の画風だった。こんな公開処刑をされていたなんて溜まったもんじゃない。俺はこのDMを陽葵に見せるのは控えたかった。
そして深く溜息をついて棚倉先輩にメールを送った。
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棚倉先輩、お久しぶりです。
陽葵が好きすぎるあまりも全世界に当ててしまい、お恥ずかしい限りです。
先輩は奥さんが入院をされたようですが、先輩ご夫妻共に心配です。
ところで…先輩。の仕打ちは酷いです。
生涯に渡って、私達は公開処刑をされるのでしょうか。
そして訳の分からぬままに神格化されて拝まれているのは勘弁です。
三鷹先輩も酷いですわ。
どうやら、ネットで気晴らしに漫画を読んでたら、三鷹先輩らしき人が少女漫画家になっていた事に気付きました。絵柄が当時の彼女の感じが残ってて気付きましたが…私は放置してます。
その当時より絵はプロだから当然に上手いですが…。いま、その話を棚倉先輩が三鷹先輩に話す機会があるならば、たぶん…あの漫画を綺麗に描き直して女子寮に送りつけるでしょうね…。
漫画家とか絵描きなどは、そういう性分をしています。
そして、大学OBの漫画家と言う事で永久的に女子寮に残ってしまいます。
それだけは止めてください。
だから作者名は意地でも言いません。
ちなみに当事者としては、女子寮にお邪魔をして、そのまま外して持ち帰りたいぐらいです。
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俺はそのように書いてメールを棚倉先輩に送信した。
…ただし、運命は変えられなかった。
三鷹先輩は自分の少女漫画の作品の中で『作者の思い出』というコーナーの中に今のプロの画力で、名前は偽名にした状態でソレを描いた。少女漫画の端っこにあるアレに顔を出す程度だったが…。
俺はそれを見て相当に嫌な予感がしてた。
その漫画を見ていた女子寮の女学生が出版社に『あの漫画が女子寮に残っている、ついでに拝まれてる』と、ファンレターを出したのだ。そのファンレターを読んだ三鷹先輩は今度はあの漫画を偽名ではなく本名に書き直し、更に絵を今の自分の全力の尽くす限り何度も満足いくまで描いて寮に送ったという。
それを棚倉先輩からその後の詳細を聞いて、俺の嫌な予感が当たって頭が痛くなった。
俺はもの凄く後悔した。あの漫画を見た時点で三鷹先輩に本名を名乗って牽制のファンレターを送るべきだった…と。
今からでも遅くはない…と、考えて、彼女が描いた漫画の感想にアレの所感も添えてファンレターを送る内容を考えた。
でも、手遅れだった。暫くして、その漫画の作者の思い出のコーナーで俺と陽葵のエピソードが幾つも出てきて事態が更に悪化した。俺は三鷹先輩に小銭でもいいから、ネタ料を請求するぞと脅しておくべきだった。
そして…その後…棚倉先輩からの紹介で、彼女がSNSで繋がった。著名な部類の漫画家なので、プライベートなアカウントを使っていた。
ここから俺の地獄絵図が待っていた。それは後日談としておいて…。
俺は目先の事態収拾を図る為に、絶対に後戻りが不可能な事に取りかかった。三鷹先輩と繋がった時点であの漫画について、棚倉先輩のメールを読ませながら陽葵に今までの経緯を話した。
陽葵は顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「あのときに…あなたはね…。先輩達や職員さんが見ていようと、ありったけの優しい笑顔でね…。」
俺は覚悟していた。この話になると陽葵は俺の鈍さを少し根に持っている。
だから俺は反省しきりなのだ。
ただ、次の瞬間、陽葵が俺の目をしっかりと見て、俺を強く抱きしめてきた。俺はどうすることもできなかった。
「あの場でわたしを強く強く抱きしめて、もうお前は絶対はなさない。陽葵を絶対に守ってみせる!。その後にね…陽葵、結婚してくれ!。それを大きな声で学生課の中心で愛を叫んで欲しかったわ。」
陽葵が抱きしめ終わると少し離れて真っ赤な顔なのに小悪魔のような表情になった。そして次に言葉を続けた。
「そうすれば、三鷹さんの漫画の展開が変わっていたわ…。」
『この前よりも激しさが大爆発してるじゃないか。』
こういう時の陽葵はとても大胆になる。
俺はもう何も言えず、陽葵がいきなり抱きしめてきた事もあって呆然と立ち尽くすしかなかった。
◇
その後、そのときは申し訳なかったと陽葵の頭をなでた。顔は真っ赤だったが怒ってはいない。むしろ満足している。
俺のあの時、無意識的に陽葵を出会い頭に轟沈させてしまった。そのときの仕返しを、彼女がその当時、抱いていた気持ちを込めて俺にやり返したのだ。
霧島陽葵は三上恭介の良いところを電撃的に見ている。そこを彼女が好きになったことは間違いない。
でも、俺は霧島陽葵という一人の女の子がどんな子なのか、あの時点では知らない。本能的に、あんなに可憐で可愛い女の子をその場で抱きしめたい気持ちはある。
仮に俺が短絡的な行動に出れば、それは長い目でみて彼女自身が不幸になりかねない。核心的に愛するためには俺は彼女を知る必要があった。
そこに三上恭介の優しさが垣間見えるのだ。だから、陽葵は年を重ねようと、心底、三上恭介を愛しきっている。
それは俺も同じだ。俺は陽葵が俺を好きになってくれた強い意思に対して感謝している。それにまっすぐな性格と、俺を支えてくれる強い意思に俺は惚れ込んでいる。
俺は陰の性格だが、彼女は陽だ。
自分にないものを持って必死に支えてくれている事に心底、愛しているのだ。細かいところの気遣いや頭の回転の良さも大好きだ。俺はどれだけ年を重ねようと陽葵を離したくない。それは今だから言える。
あの轟沈させた後の軌道修正的なアプローチは間違ってなかった。ただ、初動に関して俺が鈍すぎて対応を間違えてしまっただけなのだ。
そして、そのプロセスが夫婦の愛を強くする結果にもなったのだ。
だから『リア充は大爆発して永遠に消え去れ!!』という結論になる。