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~エピソード3~ ⑧ 伝説の告白事件。

 会議中のメール着信音は不快ではあるが、それをかき消すかのような出来事が起きた。


「荒巻さん。三上さんが言っていた被害者がわかりそうなのでメールをして良いですか?」


 荒巻さんは「はい」と三鷹先輩に軽く返事をする。


 それと同時に三鷹は三上が、執拗にカルト系サークルに勧誘された被害者が寮生以外という事実を冷静に言い当てた事に背筋が寒くなる怖さを覚えた。


 彼の洞察眼は並大抵のものではない。


『恭ちゃんは色恋沙汰に関して素人以下なのが惜しいのよ。』

 三鷹美緒は目の前のメールの返信に集中することにした。


 俺は横で三鷹先輩が信じられないスピードで文字を打つのが見えた。あれは俺にはできない。さすが女子だなと感心する。


 三鷹先輩がメールを打ち終えた後、余計な雑談を交えながらメールの話をし始めた。彼女の長話に疲れた俺は、そっと離れて高木さんがホワイトボードに要点をまとめるのを待つことにした。


 こうなった場合の彼女は凄く話が長い。


 その間に棚倉先輩や松尾さん、口を半開きにしながら俺を見つめている木下さんや橘先輩などに、俺がこの姿になった経緯を説明した。


 俺は残っていた焼きそばを食べながら順を追って説明をする。


 金がないので同期の友人に金を貰ってバスに乗れた事や、美容室のカットモデルに飛び込んだこと、この服は新島先輩がサイズを間違った際にもらった事を含めて、三鷹先輩とは正反対に簡潔に語った。


 棚倉先輩はホッとした表情で俺の肩を叩いた。

「おまえがマトモで良かった。もしも、動機が不純なら、新島の生き霊を追い払うために、お前と一緒にお遍路でもして、新島の生き霊を除霊をするつもりだったわ。」


「先輩、そんな馬鹿な…。」

 理系である俺は幽霊話の類いは信じない。


 三鷹先輩に関しては、この場でこのことを語ると理解されるまで3時間ぐらい費やして寮長会議が徹夜になるので、後日、伝えてくれる人に全てを託す事にした。


 無論、その犠牲者に俺は手を合わせねばならぬ。後日談で、その事を伝えたのは副寮長の木下さんだった。三鷹先輩は木下さんの部屋に押しかけて、俺が10分程度で終えた内容を一晩掛けてようやく理解したらしい。


 その張本人は高木さんが相手になり、当の本人は会話に夢中で、俺が語った内容なんて耳に入ってもいない。


 そういう話をしているうちに高木さんがホワイトボードに要点を書き始めた。


 1.被害者は寮生の友人で頻繁に遊びに来ている。

   寮生ではない。

 2.補講があった寮生を待っていて悪質勧誘に遭う。

 3.被害者は三上の予想通りトラウマが少なそう。

   事情を聞ける可能性大。

 4.被害者は御礼がしたいので三上に会いたい。


 三鷹先輩の長話を要約するとこんな感じだ。

 この話をするのに10分以上かかる三鷹先輩の時間効率の悪さを感じる。


 俺は4番に書かれた内容が気になって、三鷹先輩に聞くと厄介になるので高木さんに聞こうとした直後だった。


 学生課のミーティングルームのドアをたたく音がした。


 少し幼げではあるが、ハキハキとした澄み切った女性の声が耳に入った。

「経済学部1年の霧島陽葵と申します。学生寮寮長の三鷹さんと三上さんはいますか?」


 その声を聞いて振り向いた。それは間違いなく、あのとき助けた女子学生だった。

 彼女は少し顔を赤らめながら俺に近寄ってきた。


「助けていただいて、ありがとうございました。わたしは、経済学部1年の霧島陽葵です。あの時はお礼も名前も言えずに…、ごめんなさい。」


 俺は霧島さんが緊張をしていると思って、まずは気持ちを落ち着かせるような言葉を考えた。そして落ち着かない彼女が心配になってしまった。


「初めまして、男子学生寮長で工学部2年の三上恭介です。霧島さん、あの勧誘は怖かったでしょ?。大丈夫ですか?無理をしてませんか?。」


 霧島さんは俺の目をジッと見ているが、どこかオドオドした様子になってる。

「すっ…す、少し怖かったですが、三上さんのおかげで助かりました。だっ…大丈夫ですよぉ…。」


『大丈夫かな?。無理に呼んでしまったか?』

 俺は霧島さんの態度から、悪質勧誘の恐怖が残っていると考えた。


「あの後、あの連中から追いかけられてませんか?」

 霧島さんに心配の言葉をかけた。もしも、あの後も執拗に追いかけられていたら心配だったからだ。


「いっ、いえっ、あの後は、何もありませんでした…。」


『あれ?なんだか不安になってて動揺してないか?大丈夫かな?』

 俺は彼女を安心させるべく、優しく接しようと思った。


「…それは良かった…。」

 あの後、霧島さんに被害がなかったことにホッとする。


「被害に遭われたばかりで本当に心苦しいのですが、被害があったときの状況を改めて、学生課の職員や私達にご説明していただく事はできますか?」


 彼女を見ると、少し下を向いてモジモジとしているようだ。

『これは強引に誘いすぎた。失敗してしまった…。マズい。』


 俺は彼女が被害を受けて動揺していると思って、気持ちが落ち着いてから話してくれたほうが良いと思って、言葉を続けた。


「いや、無理にとは言いません。心の整理がついていないようなら、学生課や三鷹寮長や私でも構いませんが、後日、来て頂いても構いませんから…。」


 俺がそう言うと、霧島さんが顔を真っ赤にしてモジモジとしながら口を開いた。

「あっ、あの…三上さんと一緒なら…どこでも…。」


「え???」

 今の霧島さんの言葉が意味不明だったので俺は戸惑う。


『マズい、マジに動揺してるのか?。霧島さんにはマズい事をした…。』


「いっ、いや、なんでもないですっ。わたしは大丈夫ですから。」

 霧島さんは顔を真っ赤にしながら、今の言葉を否定したが、俺は対応に戸惑っていた…。


 一方で、その場にいた三上恭介と霧島陽葵以外のメンバーは『三上よ、鈍すぎるぞ!!、バカ!!。』と、言いたいのを、その空気感から必死にこらえていた。


 それぐらい誰から見ても、霧島陽葵が三上恭介に惚れてしまったのが明らかだった。


 だから、周りにいた人間は、三上恭介から発せられる言葉の意味と、霧島陽葵が抱く恋心の両方を完全に理解しながら、とてもハートフルな惨状を見守っていた。


 今の三上恭介は寮長モードで600%ぐらいの破壊力がある。寮長モードなので1/Fの揺らぎも言葉の端に出ている。しかも、飯を食ったので万全な状態だった。


『これはマズい。俺は無理矢理に霧島さんを呼んだ責任を取らなければいけない。心の傷を負ってる。霧島さんを全力で支えないと…』


 俺は優しい笑みを浮かべながら霧島さんに言葉をかけた。


「まだ、気持ちの整理がついていないのなら、その気持ちを私にぶつけてください。無理に返事はしなくもいいです。お返事は何時でも…何日、経ってもいいですから。」


 彼の言葉を聞いた霧島陽葵は、三上恭介に惚れてしまっているから、頭の中が混乱して暴走していた。そして、その言葉を聞いて自分の告白を彼が待っていると捉えてしまったのだ。


『私が三上さんに抱いている気持ちを三上さんは穏やかな気持ちで待ってくれてるのね?』


 霧島陽葵は気持ちの動揺から人生最大のボタンの掛け間違いをしようとしていた。ただ、それは周りから見れば仕方がないと思えるシチュエーションだった。


「そっ、そんなの待てませんっ。…ずっ、ずっと…三上さんのそばにいさせて下さい…。」


 彼女は心の揺れ動きが大きくて冷静さを保てず、今の心境をストレートに三上恭介にぶつけた。しかし、その彼女の言葉は別の意味に置き換えて俯瞰的に見ればギリギリのラインで健全性を保っている。


『まずい。霧島さんは相当に傷ついている。俺を頼っているし責任を取らないと…』

 俺は彼女の傷付いた心を全力で解こうと心に火を燃やした。そして、穏やかに笑って霧島さんに言葉をかけた。


「霧島さん。私で良ければ貴女のそばにいさせてください。本当に私で良いのでしょうか?。」


 霧島陽葵は三上恭介のこの言葉でトドメを刺された。トドメを刺されたのは、この状況を見ていた周りも同じだった。


 彼女は消え入るような声で「…はい…」と、言ったのが精一杯だった。


 霧島陽葵は轟沈した。


 そして、恭介は少し疲れた様子で椅子に座ると、陽葵はぎこちない様子で恭介の隣に座った。彼女は顔を真っ赤にして下を向いて固まっていた。


 その状況を息を呑んで全員が見守っていたが、ついに木下が向かいに座っている棚倉の右肩をバシバシと叩きはじめた。


 一方の棚倉は、そんな木下の事などを気にもとめず、郷里にいる自分の彼女と付き合い始めた時の事を思い出して歯がゆい気持ちを隠しきれない様子で左手で頭をかいた。


 橘は恥ずかしさを隠すために頬杖をついて頬を両手で隠した。


 大学側の大人達は、万遍の笑みを浮かべている。


 三鷹はその様子を見て頬を赤らめて固まっていたが、高木さんと顔を見合わせた。そして彼女は高木さんにソッと彼らに聞こえないように小さな言葉を放った。


『この子たち…しばらくしたら…自然にくっついて離れなくなるわ。三上クン、相当に良い子をもらったわ。運が良い子だわ。』


 高木さんが小さくうなずいた。


 恭介と陽葵の第一歩はここから始まった。


 この後、三上恭介以外の寮役員全員が(心情的に)爆死したために1時間ぐらいは会議にならなかった。


 ****************************

 そして時は現代に戻る。


 俺は恭治が塾から出てくるのを待っている途中であの時の事を詳細に思い出していた。

 陽葵は、俺が鈍すぎたこの事を前から根に持っている。


『あのとき好きです。付き合ってください。と、言えば良かったのよっ!!』


 陽葵は決まって俺に向かって顔をほんのりと朱色に染めてこのような事を言ってくるのだ。


『また同じ事を言われるな…』

 俺は少しだけ憂鬱だった。


 恭治と家に戻ると陽葵が何故か万遍の笑みで迎え出た。

 しばらくして恭治が自室に戻るのを見ると陽葵がウジウジしながら俺にこう言った。


「あのとき…あなたはね。好きです、結婚してください。と、わたしを強く抱きしめて言えば良かったのよ。ばかっ♡」


 … … …。


 陽葵は俺の想像の遙か上をいっていた。

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