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~エピソード3~ ⑦ 三上恭介の真の実力。

 恭介達は学生課にあるミーティングルームに移動しようとしていた。入り口にある相談コーナーでは男女寮役員が入りきれないからだ。


 俺は高木さんから移動の指示を受けても固まって動かない棚倉先輩に声をかけた。


「先輩、腹が減って死にそうなので動けません。隣の購買で何か食えるものを買って来てください。事情は会議後でも、会議が終わって寮に帰ってからでも後から話します。」


 俺は棚倉先輩に懇願して1,000円を渡した。もう金の問題ではない、死活問題だった。声をかけられた棚倉先輩は石化の呪縛から解けたように動き始めた。先輩は俺に向かって涙ぐんでこう言った。


「その言葉を聞いて三上だと確信した。お前がお前で良かった。」


「は?」


 俺は棚倉先輩の発した言葉の意味が分からない。俺が差し出した1,000円を突っ返して言葉を続けた。


「金なんて要らない、お前の好きそうなモンを買ってくるから待ってろ!!。お前はやれば出来る子なんだっ!チクショー!。泣かせやがって、お前って奴は!!!。」


 …先輩…。

 意味がわからない。


 だいいち、涙ぐむ必要なんてない。

 俺は棚倉先輩と今生の別れをする訳でもない。


 三上恭介は全く気付いていない。


『オメーは身なりさえ整えば、少し女の子からモテるんだよ。』

先輩達が彼に向かって言い続けていた事をそのまま実践しているのだ。


 棚倉先輩が購買で弁当を買いに行っている間に三鷹先輩が俺に近寄ってきた。


「ホントに恭ちゃんだよね。狸か狐が化けてないよね?」

そう言うと、俺の頬を少し強めにツンツンと突きはじめた。


 俺は腹が減りすぎて三鷹先輩に抵抗する力がない。


「俺は野生動物じゃないです。もう腹が減って死にそうなんです。先輩と対決するエネルギーなんて、とうの昔に尽きてます。」


「やったぁ~~。ホンモノの恭ちゃんだ。良かったぁ~~。あれは恭ちゃんじゃないもの。」

 三鷹先輩は俺がそう言うと、なぜか凄く喜んでいる。


 それ以降、俺を見るたびに、年上のお姉さんが可愛い弟を見るが如く微笑みだした。


 一方の橘先輩は大人びた綺麗な人だが、あんぐりと開いた口が閉じずにいた。これは幻なのかと目が少し虚なままにミーティングルームへ移動しようとしている。


 今の三上恭介は学生課に来る前にカルト系サークルを追い出した事で体力が大幅に削られた。腹が減り過ぎた中で三鷹美緒との壮絶なボケとツッコミで瀕死寸前まで体力が削られて死んだような顔をしていたので、ようやく周りから三上恭介と認識されたのだ。


 そうしているうちに、会議から帰ってきた荒巻さんがミーティングルームにきた。


 荒巻さんは俺にちょっとだけ目を向けると何故か親指をたててグーのジェスチャーをした。

 俺はお辞儀で返す。


 ある程度のメンバーが揃った。男子寮側と女子寮側の面々が向かい合って座る格好になった。

 寮監の松尾さんや女子寮の寮母さん、木下さんは後からくるので席を空けている。


 男子側は俺と棚倉先輩しかいないので少し寂しい。


 臨時で俺が寮長になったから副寮長もまだ決まっていない。混乱を避けるために来年度までは副寮長は置かずに俺と棚倉先輩だけで寮の舵取りをする事が決まっていた。


 棚倉先輩は院生になるだろから来年以降も寮にいる。来年は引き続き俺は寮長だろう。


 高木さんは男子側の空いてる席に座る。

 そのうちに松尾さんもきた。俺の顔を見て少しニコッとした。


 棚倉先輩は購買で買ってきた上焼肉弁当”大盛り”と焼きそばを俺の目の前に並べた。

 キチンと暖めまでされている。丁寧に500mlのお茶もドンと置かれた。


 そして先輩は俺の隣の席に座った。


「三上、思う存分に食え。あのなぁ…仕送りが尽きてるなら俺に言え。お前はもっと俺に頼れ。」


 更に棚倉先輩は横から手刀で俺の頭を軽く叩いた。

 『あれ?。先輩に見せておいた数学の課題で間違った数式でもあったか?』


「今のオメーは、俺にも頼らず、新島のやってた仕事の3倍をこなしている。寮内の受けは上級生・下級生問わず、マジに良いぞ。」


 俺は相当に勘違いしていたようだ。


「三上の身なりが変わったのは、あまりの忙しさで頭がおかしくなったと思ったわ。そんなに無理すんな。馬鹿がっ!!!。」


 また棚倉先輩が涙ぐんでる。彼は涙もろい。今は先輩の好意が有り難かった。


 棚倉先輩の言葉を聞いた女性陣は互いに目を見合わせた。彼が三上に放った言葉は彼女達が知ってる三上恭介と相当にかけ離れた言葉だった。


 女子寮の幹部たちは三上が寮長代理になった件を知ったときに『男子寮は三上クンで大丈夫なのか』と、本気で心配していた。


 理由は明白だ。


 何時も寮長会議の際は棚倉先輩や新島先輩が全てやってしまうために、俺なんて聞いてるぐらいしか役目がない。出る幕がないのでボーッとしてるだけだからだ。


 その時の三上恭介は体力を温存するために、のほほんとしたオタクになる。これは高校時代からの処世術だった。


 高校時代はヤンキーや不良も多いので緊張感がもの凄い。生徒会に入っていると言えども油断したら、そんな奴らに目をつけられて、しめられる。そのストレスを抜くのに気を抜く時間を設けているのだ。


 大学生活になって、そんな奴は皆無だから三上恭介は気が抜けっぱなしだった。工学部では自分の趣味や話の合う奴も多い。ここは暗黒の高校時代から見れば相当に天国なのだ。


 それが新島先輩が寮長の時に、副寮長の仕事が加わろうと三上のキャパシティとしては、あの高校時代の精神的・肉体的な大負担からすると大したことがないのだ。


 その身なりも相まって女性陣は彼を誤解し続けていた。それは恭介も悪い。油断しすぎだ。


 いつも寮に出入りしている学生課の高木さんや荒巻さんは三上が寮の仕事をやると、本気を出してその態度や目付きが変わることを知っている。女子寮の寮母さんも、たまに男子寮にきて松尾さんの代理をすることもあって、彼の真の姿を目にしてる。


 寮を仕切る大学側の大人達は、三上が飛び級でリーダーになるのは当然の結果だと思っている。


 女子寮幹部たちは三上のギャップに衝撃を覚えていたが、更に恭介の目の前に置かれた弁当にも目が留まった。彼女達は『三上くん。これを1人で食べるの?』と、言わんばかりの顔をしている。


 三上は小柄だがスラッとしてて太ってはいない。そんな男子が大柄の棚倉と変わらぬ食事量なのだ。女性陣にとって今日の三上は相当にインパクトがありすぎる。


 この状況で荒巻さんが立ち上がって寮長会議を始めた。


「三上くんは状況が分かったから食べながら聞いてくれ。」


 俺は飯を食いながら荒巻さんの話に集中する。三上恭介はマルチタスクができる子だ。


 彼の寮の部屋は男子寮の部屋とは対象的なぐらい綺麗な為に寮の仲間達が集まる場所になる。

 下手な汚い女子の部屋よりもズッと綺麗なのだ。


 寮生達が彼の部屋でテレビゲームやパソコンゲームをやろうが、その脇で仲間達の声に返事をしながら課題ができる人間である。


 荒巻さんが俺が飯を食い始めたことを見て会議を始めた。

 俺は上焼肉弁当”大盛り”に手をつけた。


「議題は女子寮生を狙った、カルト系と思われるサークルの悪質勧誘についてです。ここ、2~3週間の間に5人の女子寮生が相次いで同じサークルと思われる悪質な勧誘を受けました。」


 女子寮幹部の女性陣は渋い顔をしている。


 荒巻さんが言葉を続ける。

「実は今日、木下さんもその被害に遭いました。」


 俺は飯を食いながらハッとした。


 木下さんは寮長会議で俺に会うとオタクを見下すような目で見られてて、何時もクールでいるような人だし、怒らせたらマジに怖い人だ。そんな人がショックを受けてるから相当だ。


 荒巻さんの発言はまだ続いている。


「まだ、具体的にどこのサークルで誰がやっているのか判明してません。あまりにもしつこくて、しかも被害者が一様に恐怖感を覚えており、寮生達がトラウマになって具体的な話が聞けない状態です。」


『参ったなぁ。タチの悪い闇サークルじゃなきゃ良いが…。』

 俺は不安を隠しきれない。女子寮生ばかりではなく男子寮生もターゲットにされる可能性だってある。


「いまのところ、女子寮生に身体的な危害はありませんし、寮生を対象とした悪質サークルなどの撃退マニュアルの徹底によって、とりあえず勧誘を受けた寮生は入会を拒否しています。」


 荒巻さんの話を聞いて俺は少しホッとした。それと同時に上焼肉弁当”大盛り”を食べる箸が止まった。


 『ん?まてよ。恐い??。今日、俺が撃退したアレか。』


 俺がその程度のことで怖じ気づかないのは底辺高校時代の経験が生きてるからだ。底辺高校だと不良とかヤンキーや訳の分からん奴がゴロゴロといる。生徒会で、そんな相手は嫌って程に慣らされていた。


 荒巻さんの話を聞きながら飯を食い続けると、三鷹先輩が弟を見るが如く頬杖をついてニコニコしながら俺を見ている。


 『先輩。マジに恥ずかしいから見ないでくれ。』


 俺は上焼肉弁当”大盛り”を平らげて、焼きそばに手をつけた。女性陣が『コイツ…、マジに食うの?』という目で女性全員が見ている。


 そのタイミングで高木さんが発言をした。


「荒巻さん。この案件で三上君が1時間ほど前に当該案件と思わしきサークルの勧誘を阻止したそうです。」


 俺は焼きそばを食べていたが、箸を置いて寮長モードになって立ち上がった。


 今の俺は腹が満たされていて、今までの三上比で580%ぐらいの勢いで格好良かった。あとは焼きそばで20%ほどを補完したいところだ。


 そのとき女性陣が三上の姿を見てハッとした。


 隣にいた棚倉先輩や大学側の大人達が嬉しそうで少し自慢げな表情をしている。

 棚倉先輩は「三上はやれば出来る子だ」とボソッと言った。


 俺が言葉を発しようとした瞬間だった。


 ミーティングルームの扉が開いた。女子寮の寮母さんと、木下さんがいた。

 彼女は寮母さんに抱えられるようにして一緒にきたが、俺なんて眼中になくて、今にも泣きそうになっていた。これはマジに心配だ。


 俺は寮母さんと目を合わせてお辞儀をした。


 目を閉じると俺は言葉を放った。


 三上は自身では気付いていないが、このモードになると1/F揺らぎの声が言葉の端に出る。彼の言葉の抑揚の中にそれが見え隠れする。1/F揺らぎの声は人に安心感を与え、下手をすれば人が彼に服するような心理を与える。


「皆さんは既に周知だと思います。まずは改めて。新寮長の三上です。」


 俺は少し軽いお辞儀をした。


 木下は席に着くと、今までの三上ではあり得ないようなハキハキとした言葉を聞いて、それに驚いて彼を見た。彼女は悪質勧誘のショックを忘れて呆然としている。


 そんな木下のことなんて知らない俺は言葉を続けた。


「高木さんが先ほどお話しをした案件ですが、少し疑問があります。荒巻さんは今回の案件は寮生だけが狙われていると仰ってました。私が撃退した件ですが、被害があった女子学生は恐らく寮生ではありません。」


 俺の発言を聞いて、ここにいる全員が一斉に俺を見た。

 正面のホワイトボードに議事を書き始めようとした高木さんも俺をみて止まった。


 木下を見るとショックで錯乱をしているのか、いつもクールな彼女とは違って、時折、自分で頭を殴りながら俺を見ている。


 木下理恵が頭を自分を殴っている本当の理由は三上のせいだった。しかし、彼はそれに気付かない。


 三鷹先輩が驚いた様子で俺を見た。


「みっ、三上さん。なぜ、それを言い切れるのですか?」

 彼女が三上さんと言って敬語になったのは、今の三上に「恭ちゃん」なんて言える雰囲気ではないからだ。


 俺は身振り手振りを交えながら発言をした。


「これは…女子寮生を目の前にして非常に失礼に当たるかも知れません。」


 俺は咄嗟に女性陣に対して謝罪の意味も含めて手を合わせた。

 実はこの言葉の端にも1/F揺らぎの声が出ていることなど本人は分からないし、気づきもしない。


「下宿してる学生や1人暮らしの学生、それと同様に寮生は男女問わず雰囲気が違います。その雰囲気に生活感が漂うのです。」


 棚倉先輩や大学側の大人達は俺の言葉にうなずいた。


 彼の発言を聞いて驚いたのは女性陣のほうだ。普段はボーッとしてる三上からこんな言葉が出てこないと勝手に決めつけていたからだ。


 彼は高校時代の環境からボーッとしてても、細かい人間観察をする癖がついていた。これはヤンキーや不良から身を守る為の護身術的な癖だった。


「本当に女子寮生には申し訳ない。」


 彼はもう一度、女性陣に申し訳なさそうにお辞儀をした。


「寮生は時に、私のような生活苦になることも多いと思います。その時の女子寮生は化粧をしてても肌のノリがや質感が少し違います。仕送りがなくて辛い時は、歩いている姿勢や仕草も少し違うのです。」


 女性陣は三上を見て、開いた口が塞がらなくなっていた。もう口が開きっぱなしである。

 次に三上に会う時は、化粧を含めて適当な誤魔化しが効かないと身震いをした。


 余談だが、後日、三鷹が卒業まで化粧やダイエットした感想を彼氏でもない三上に聞くのはこの発言が効いているからだ。


 俺は目を閉じて言葉を続ける。


「今回の案件で被害を受けた女子学生ですが、寮生とは全く雰囲気が異なります。私の目が間違っていなければ…。仮に間違っていたら申し訳ない。でも、一般的な学生だと思っています。しかし、悪質な勧誘をした輩の特長は被害に遭った寮生が証言した特長と一致しています。」


 荒巻さんは俺の発言に質問をしてきた。


「三上君。今回の件で狙われたのは寮生だけじゃないって事ですよね?。ただ、この木下さんの状況だと詳しい事を聞くのはちょっと難しそうだし…。」


 俺は荒巻さんの話にうなずいた。


「荒巻さん、その通りです。今の木下さんを見る限り、この錯乱した状況で詳しい事を聞くのは私も忍びないです。」


 俺は木下さんの顔を見たが、あんぐりと口を開けたまま閉じようとしない。


 しかし、今の木下理恵が錯乱してるのは完全に三上恭介のせいだが、彼は鈍いので、そんなことは気付かない。


 俺はそんな木下さんを見ながら言葉を続ける。


「その被害者の女子学生ですが、残念なことに被害の動揺もあってなのか、名前も名乗らずに、すぐにキャンパスに引き返してしまいました。」


 一方で寮幹部の女性陣は三上の発言に別の事を考え始めていた。


「その女子学生は、まだ勧誘の初期の段階で私が阻止したので、心理的動揺は少ないかもです。しかし、名前を名乗らなかったので事情を聞く術がありません。」


 そして、三上のこの発言に女性陣は一様にこう考えた。

『今の三上クンに助けられたら…たぶんイチコロだったからではないのか…』

 だが、そのツッコミはここで言えない状況だ。


 俺は女性陣の顔が曇っているので何事なのか疑問に思いながら言葉を続ける。


「また、悪質勧誘サークルのほうも、名前やサークル名を言わずに逃げたので手がかりもありません。」


 その時に三鷹の携帯のメールの着信音が鳴った。


「ごっ、ごめん。マナーモードにするのを忘れてた!!」


 しかし、この三鷹のメールが彼の運命を大きく動かす事になろうとは誰も思いも寄らなかったのである。

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