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~エピソード3~ ⑥ 男子寮の秘密兵器:三上恭介。

 恭治を迎えに行く車の中で恭介は陽葵に話そうとした事を思い返していた。


 しかし、陽葵がこの件を思い出すと、ことあるごとに言われる小言を思い出して彼女に詳しいことを語らないようにしていた。


 だから今回は時間切れで誤魔化そうと考えているのだ。

 ただ、その小言に関しては、今頃は彼女もあの頃の事を思い出しているのは確実だと思われた。


 『恭治を迎えに行って家に戻ってきたら、また言われるのか…』

 そう思うと俺は少し憂鬱になっていた。


 どのみち、陽葵からまた同じ台詞を言われそうな予感があったので、俺は一通り思い出してしまおうと思っていた。


 ***********************

 時は再び19年前。


 陽葵が顔を真っ赤にしてキャンパスをひたすら彷徨っていた間、恭介は学生課の扉を叩いていた。


「三上です。荒巻さんはいますか?」


「あれ?三上くん?」


 声を掛けてくれた女子職員の高木さんは恭介の姿を見て目を丸くした。


 副寮長の時から新島先輩や棚倉先輩に連れられて学生課は常に出入りしてる。職員も寮長やその関係者の面々をよく覚えているのである。


 2秒ぐらい沈黙があって高木さんはありったけの笑顔になって俺に聞いた。

「三上くん、彼女でもできた?」


 恭介は自分の身なりが激変してモテる男子になっている意識が薄過ぎだった。


「いや…。お金がないから、この近くの美容室でカットモデルをやったら新米美容師さんに、この髪型にされちゃって…。」


 高木さんはかなりニコニコしている。


「三上くん。すごく似合ってるわよ。」

 なんか顔は凄い笑顔だけど、声色だけは真顔で言われてる気がする。


「荒巻さんは会議が長引いてるから、その前に手続きを終わりにしましょう。」


 学生課は入り口付近に学生面談用のテーブルと椅子が用意されている。廊下からは仕切りなどで中の様子を窺えない作りになっている。職員が学生の色々な相談事に乗ることも多く、学生がプライベートな件でも話しやすい環境作りの一環であろう。


 俺はその椅子に座って、寮長を新島先輩から交代したことによる手続きの書類に目を落としてサインをしたり、寮長や関係者に渡される細かい注意事項などに目を通す。


 細かい注意事項は寮監や新島先輩や棚倉先輩から聞いてたが確認の意味で良いだろう。


 向かいに座った高木さんが口を開いた。

「あなたが寮長になったことは、学生課からご両親に電話で連絡しました。」


「はい、分かりました。」


 親から携帯に電話がかかってきたら小言を言われたりするだろう。色々と思う所があるが、そこは飲み込んで返事をする。


 親も必要以上に携帯を鳴らさず、俺も仕送りのSOSや必要物資の連絡、事務的な事や里帰りぐらいしか連絡しない。携帯の通話料金は高いし親は年齢的に携帯を扱えずメールができない。


 俺は親しい友人や寮の仲間や関係者には携帯を教えてあるが、携帯の支払いは親が持ってくれてて、親への負担を減らすためにも、待ち合わせの連絡とか必要な事以外は無闇には使わない。


 でも、寮長になってから寮生から頻繁にメールなどはある。少しずつ寮生から相談に乗って欲しいなどのメールが幾つか出てきてるのだ。


 そのうち親には話しておかねばならない。


 必要書類を書き終えると、俺は高木さんにカルト系サークルが女子学生に執拗な勧誘を迫ってる事を話した。


「そういえば、高木さん。変なカルトっぽいサークルが執拗な勧誘をしてるのを見かけまして。その場で注意はしたのですが…。」


 高木さんは困った顔をしている。


「三上くんも遭遇したのね?最近、数人の女子寮生がそのサークルからしつこく勧誘されているのよ。あれ?、そういえば三鷹さんがその件で…」


 その瞬間、学生課のドアがノックが聞こえた。今日はタイミングが良すぎることが続く。


「三鷹です、荒巻さんは?」


 女子寮長の三鷹先輩とは寮長会議などで何度も顔を合わせている。彼女のフレンドリーな性格から声を掛けやすい異性だ。女子同士は距離感が難しい事もあって彼女は寮生同士の接着剤にもなっているのだろう。


 恭介は別の理由もあって三鷹先輩と話しやすい側面もあるのだが…。


 高木さんが三鷹先輩に向かって「荒巻さんは会議中よ…」と、言った。


 しかし、三鷹先輩は入り口付近で椅子にも座らず俺を見て30秒ぐらい無表情で固まっていた。


「ん?」

 俺は怪訝な顔をした。


 しばらくすると、座ってる俺のところに駆け寄って動物園のパンダを見るかのように俺の周りをグルっと回って観察し始めた。


 三鷹先輩が驚愕の表情をして口を開いた。


「きょ、きょうちゃん…だよね?」


 俺は新島先輩と棚倉先輩と共に寮長会議に参加しているうちに、三鷹先輩から「恭ちゃん」と呼ばれるようになっていた。


「はい」

 俺はぶっきらぼうに返事をした。もう嫌な予感しかしない。


「恭ちゃん、背中にチャックがあって涼くん(新島先輩)が入ってない?」

「俺はパンダの着ぐるみですか?」


「それとも涼くんの亡霊が乗り移った?」

「新島先輩を勝手に殺さないでください。」


「なにか変なもんでも食べた?」

「食べるもなにも、仕送りが途絶えて昼飯と休日の食事がパンとココアだけなので餓え死にしそうです。」


「どこかで頭でも打って記憶喪失になってない?」

「記憶が喪失してるなら三鷹先輩のことも忘れてます。」

「こんなに可愛いわたしだから覚えてた説は?」

「お世辞として可愛いと言いますが、先輩、彼氏いるでしょ?」

「う~~~ん。頭は異常なしか。… … …。恭ちゃん!!、お世辞は余計だっ!!!」


 三鷹先輩はさらに続ける。


「何処かでパンをくわえながら走っていた女の子とぶつかった?」

「先輩、恋愛系のラノベの読み過ぎです。」

「いやぁ~~、あたし、恋愛モノ好きなんだよねぇ~。」

「先輩。俺のツッコミにのってこないで下さい…。」


 三鷹先輩と、こんなやり取りを10回ぐらいした後に、彼女は人生が終わったかのような悲観的な表情をして俺に言い放った。


「こんなの、私の知る恭ちゃんじゃないっ。今は髪型がビシッと決まってて、着てる服も涼くんが好みそうな奴だもん。こんなに上手いノリツッコミが出来るなんて…恭ちゃんらしくない。」


 今まで先輩から立て続けにツッコミなど入った事は皆無だ。三鷹先輩の長所は人を融和させて上手く人を動かす事ができることだ。


 だが、その性格が裏目に出て、こういう事態になると話が前に進まないのだ。


 うちの母親と三鷹先輩が振る舞う性格や行動が少し似てるところがある。自営業を営む親父を支えるために、あのような性格が苦しい会社を精神的に助けている部分もある。


 最悪なことに俺は腹が減りすぎて思考能力が低下していた。


 普段から三鷹先輩よりもパンチの効いた母親のツッコミに慣れていたのが幸いして、家にいるときと同じ感覚で無意識かつ反射的にボケとツッコミを繰り返していた。


 俺は三鷹先輩の言葉を切るタイミングを完全に見失っていた。


 ふと、俺が高木さんを見るとお腹を抱えて笑っている。


 『駄目だこりゃ…』


 援軍もなく孤立奮闘してる俺。兵糧も断たれて、このまま餓死するか戦死するのか。


 戦況は最終局面に入った。

 三鷹先輩は急に席を立った。


「あたしが納得いくまで、恭ちゃんを帰させない!」


 彼女は両手を広げて俺が学生課から出て行くのを阻止しようとしている。


 俺は次の一手で致命的なミスをおかした。お腹が空いていて相当に思考能力が低下してるので、先ほどと同じ失敗を繰り返した。


「先輩。例のサークル勧誘の話があるし、この状況では帰れません。それに、腹が減りすぎてて立ち上がれません。」


 ここまでは良かった。次の言葉が余計だった。


「これから戦場に出ようとする兵士に向けて、お世辞とは言え絶世の美女が両手を広げて阻止するなんて死亡フラグそのものじゃないですか!!」


 三鷹先輩は俺の言葉を聞いて相当に顔を膨らませていた。


「恭ちゃん、そのお世辞は…。ぜぇっーたいにっ!!いらなぁ~~~い!!!!!」


 高木さんの笑い声が室内に響いた。


 この後、三鷹先輩は何かの用事で俺と会うたびに、新しく使った化粧の感じやダイエット後のスタイルについて「お世辞は抜きよ?」と、俺を脅して感想を迫るようになった。


 その度に俺は「先輩。その節は申し訳なく…」と、前置きしてから真顔で褒め続けることが彼女が卒業するまで続いた事を明記しておく。


 そして、さらに俺にとって壊滅的な事が待っていた。学生課の入り口からノックをする音が聞こえた。


 聞き慣れた先輩の声が聞こえた。


「棚倉と橘です。緊急の寮長会議で…」


 棚倉先輩と4年生の元女子寮長の橘先輩が立っていた。2年生の女子副寮長である木下さんがいない事に不安があったのだが…。


 俺の姿を見て2人とも同時に固まっていた。


 そして、三鷹先輩は俺の目の前で顔を膨らませながら両手を広げて立ち続けている。


 もう、全面降伏の白旗を揚げざるを得なかった。


 俺が寮関係の書類にサインをしてから、ここまで40分以上、費やしている。思考能力も低下して空腹も限界だった。


 耐え難きを耐えた。忍び難きを忍んだ。


 …俺は頑張った…。

 自分を自分で讃えていた。

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