俺は陽葵に学生時代に陽葵と会うまでの流れを一通り語っていた。
「そっ、その…女の子は、やっ、優しい…寮長さんに恋い焦がれたの…。」
陽葵はうつむきがちに真っ赤な顔になって声を絞り出した。
『陽葵が可愛すぎる!!!』
ふと、時計を見ると午後10時15分。
「あれっ?、恭治の塾の迎えの時間が過ぎてる!!」
俺は時間がないので陽葵の頭を軽くポンと触って家を飛び出した。思わず椅子から立って陽葵を抱きしめてしまう感情を抑えて良かった。
そんな事をしてたら時間なんて忘れて明後日の方向へ行ってしまう。
一方で陽葵は旦那が息子の迎えに行った後にダイニングで恭介が話した出来事の後を思い出していた。
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時は再び19年前に戻る。
私は霧島陽葵。経済学部の1年生。
大学は家から電車に乗って20分ぐらいかな。
コンパは男子からたまに誘われるけど…恐くて。
わたし、高校は女子校だったし、男性をよく知らない。
それに声をかけてくる男性のタイプも合わない。
それに下心も見え見えだわ。
顔が良くても性格が悪ければ駄目なのよ。
そんなある日、大学生活に慣れた頃に補講の友達をキャンパス内で待っていたの。
そしたら恐い男の人から声をかけられた。
逃げようとしても腕を掴まれて困っていたら学生寮の寮長の「みかみ」さんが助けてくれた。
「みかみ」さんは、とても紳士的な人だった。
ちょっと背が低くて優しそうな彼が、冷静に恐い人を追っ払ってくれた事にドキッとしちゃった。
あんな恐い人に向かって、落ち着いて追い払える人が世の中にはいたのね…。
『どうしよう。こんな気持ち初めてだし、わたし…動揺を隠せないわ』
三上がカルト系サークルを撃退した後、霧島陽葵は本館キャンパス内を少しうろついていた。
『ああっ…こんな気持ち…初めてかも…。』
陽葵はカルト系サークルから勧誘された事に関しての危機感は三上のお陰で吹っ飛んでいた。顔の火照りが冷却するまで暫くの時間が必要だった。
そして、冷却した後で彼女は思った。
『そういえば、わたし…「みかみ」さんに助けてもらって名前も言えてなかったわ』
彼女はロクにお礼もせずにキャンパスに引き返してしまった事を後悔していた。もう、あのドキドキで彼にお礼を言った記憶も、声をかけられて何てお返事したかも覚えていない。
陽葵は暫く考えた後、補講をしている友人の顔を思い出した。
『そういえば白井さん…寮生だよね。』
快活で頭の回転が速い陽葵は、身近にいた友人の存在を忘れるぐらい三上に衝撃を覚えていた。
女子学生寮は、陽葵が利用する最寄りの駅の通り道にある。これは安全上の問題で若い女性に夜道を長く歩かせない大学側の配慮だった。
白井さんとは学部が一緒だったし、駅までの帰り道が一緒だったから仲良くなった。そのうちに女子寮にもお邪魔するようになっていた。
『白井さんに聞けば「みかみ」さんの事が分かるかも』
当時はスマホがなくて、ガラゲーと呼ばれる携帯がメインの時代だった。
通話は料金が高いから簡単なメールで済ませる事も多かった。彼女はラウンジに腰掛けると陽葵は折りたたみ式の携帯を開いて白井さんにメールを送る。
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白井さん、補講は終わった?
驚かないでね。
恐い男の人から強引にサークルに入るように誘われて。
逃げようとしたら捕まっちゃって恐かった。
それで男子寮長の「みかみ」さんが助けてくれて。
その寮長さんにお礼を言いたいの。
白井さんは知らない?
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暫く後に白井さんから返信があった。
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陽葵ちゃん、それは災難だったね…
まだ補講中だから待っててね。
男子寮のコトは寮長とその取り巻きしか知らない。
寮長にさっきのメールも転送するね。
安心して。
寮長はいつも寮で受付をやってるあの人よ。
本当は転送なんてしたくないのよ。
事情を手っ取り早く説明したいの。
補講中で教授に見つかったらヤバイから。
寮長に返信してもらうから待っててね。
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陽葵は眉をひそめた。
美保ちゃん…これだから補講になるのよ…。
10分ぐらい待っただろうか。
知らないアドレスからのメールの受信がある。
恐らくその寮長さんからだろう。
陽葵は恐る恐るスマホを見る。
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メールでは初めまして???かな?
寮長で文学部の
みほりんの可愛いお友達だよね~
いつも来てくれて癒やされるの☆
それよりも災難だったね。
あのサークルの勧誘は寮生にも被害が出てるの。
そのコトで学生課で緊急の寮長会議をしてて。
三上クンも学生課にいるよ♪
ごめんね、霧島さん。無理強いはしないけど
被害者にお話しを聞きたいとの議題があって
霧島さん、学生課まで来て貰いたいけど良い?
ごめんね、ムリだったら良いからね?
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陽葵はこのメールを見て即座に短い返事をした。
カルト系のサークルの勧誘被害に遭ったショックなんかどうでも良い。
助けてくれた三上さんに会いたい方が勝っていた。
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いつも寮で遊びに行ったときに世話になっています。
霧島陽葵です。
学生課の件、すぐにお伺いします。
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このメールが彼女の人生にとって大きなターニングポイントになろうとは思いもよらなかったのである。