美容室から10分ぐらい歩くと本館があるキャンパスについた。
2千円の謝礼を貰ったが、時間的にコンビニ立ち寄ったり飯屋に行く時間はなさそうだ。500円は次の講義の時に良二に返して、あとの1,500円を有効活用しなければいけない。
学生課の荒巻さんとの待ち合わせまで5分少々。
「ふぅ…、時間通りか…。」
俺は独り言を放った。今は晩秋に差し掛かかり、夕方になると肌寒い日もある。少し大きなバックに折りたたんで入れていた新島先輩から貰った上着に袖を通した。
新島先輩は俺と違ってスラッと背も高く顔つきも良い。先輩はLとXLを間違えて買ったらしく小柄なお前なら着られるだろうと半ば強引に渡されてしまった。
俺みたいなオタクには似合わない服だが、経済的困窮からマトモな服もあまり買えない身にはありがたい。見たくれを気にしない工学部なら不恰好でも目に留まらずに大丈夫だろうと思い、寒さをしのぐ為にバッグに入れておいたのだ。
しかし、現在の三上恭介は全く違う。
髪型も綺麗に整っているし、新島先輩から貰った上着がマッチして、いつもの貧乏くさい服を覆い隠しているのだ。
さらに今の三上恭介は進んでリーダーシップを発揮するような「寮長モード」に入っていた。
学生課で打ち合わせがあるからには寮長としての責務がある。そういう状況になるとき、普段は緩すぎる表情がキリッとしまって一変するのだ。
普段はオタクで、のほほんとしてる恭介だが、新島先輩の下で副寮長などの仕事をしている時には、こういう表情を見せることが多々ある。
棚倉先輩も新島先輩もリーダーたる素質として、こういう部分を買っているのだ。
俺はキャンパスに向かうのに少し長いエントランスを歩いていると何時もの雑多な声とは違う声が聞こえた。
「だからっ、そんなサークルには入らないですからっ!!」
「フフッ…貴方を絶対に入れたい。」
「絶対に入らないです!!」
サークルの強引な勧誘だろうか?。見れば厳つい男が女子学生に対してサークルの勧誘を強引にしてる。なにやら話が聞こえてくる…。何か奇妙なオカルト系だろうか。
強引な勧誘されている女の子を見れば俺と背丈は変わらないぐらいか…。
さきほどの新米美容師のような美人ではなく、それと対象的にあどけなくて可愛らしい女の子が困惑の表情を浮かべている。
俺は副寮長で新島先輩の下に就いていたときに寮生が強引なサークルの勧誘を受けたり、マルチ商法などの勧誘を撃退するのに共に奔走していた。
その対処の仕方は慣れている。特に新入生が入ってくる4月に多いのだが、これは…酷い。
俺は咄嗟に動いた。
極悪サークルの強引な勧誘を止める事は大学にとっても悪い事ではない。さらには寮生への被害抑止効果もあるだろう。
今の三上恭介は全く自覚はないが身なりがもの凄く整っていて、寮長モードに入ったお陰で顔もキリッとしまっている。
今までの524%ぐらいの勢いで格好いいオーラを放っているのだ。
なんで半端なのか?
あとの76%は疲労に加えて腹が減って死にそうなのを堪えているからだ。
そんなことは…さておき。
俺は困惑してる女の子に向かって強引に勧誘する厳つい男に強めの言葉で勧誘を遮る。
「私は工学部で学生寮寮長の三上だ。学生寮は学生課に所属している。」
嘘は言っていない。新島先輩が良く使う手だ。
学生課はサークルの管理を行っていて問題があるサークルは解散させる事もできる。寮の管理も学生課の仕事で、寮長や副寮長などは雑務で学生課の職員に色々とお世話になることも多い。
箔をつけるのに方便が必要と考えた俺は咄嗟にこう言い放った。
「うちの女子寮の寮生に何をしている?」
寮生は嘘だ。でも、学生課に所属する寮長が寮生を守るというシナリオが欲しかった。
更に俺は強い言葉を放った。
「今の強引な勧誘に関して学生課に報告して調査を依頼する!証人は寮長の私だ。言い逃れはできない。どこのサークルだ、お前は何処の学部だ?、」
強引な勧誘をしていた男は俺に気圧されて何やらブツブツと言いながら去って行った。俺は強引に勧誘されて困っていた女子学生を見た。
「あの…大丈夫ですか?。寮生は嘘だからごめんね。」
普段から寮生に対する態度と同じような口調で俺は声をかけた。改めて言うが、今の三上恭介は本人が気付かないだけで、524%ぐらいの格好いいオーラを放っている。
「あっ、ありがとうございます!!」
彼女は少し涙目になっていたが、なぜか少し頬を赤らめ始めた。
今の三上は寮長モードなので、可憐で可愛らしい女の子が抱いた一目惚れなど全く気付いてない。このモードに入れば、リーダーとして人を純粋に助ける為に動くので下心は全くない。まして寮長になってからボーとしてる時間など皆無に等しかったので顔もキリッとしまっている。
彼女にとって異性から全く下心もなく極悪サークルの勧誘から救ってくれた事実にくわえて、見るからに包容力のあるような少し格好いい人だったので、生涯最大のインパクトが突然に襲ってきていた。
それが可憐な女の子の恋心に大直撃しているのだ。
「気をつけてね。あの手の勧誘ってマジにしつこいから近寄ってきたら逃げるんだよ。」
「はっ。はいっ…、気をつけます…」
女の子は消え入るような声で返事をしてキャンパス内に消えていってしまった…。
『ふぅ…これで良かった…』
俺はホッとして時計を見ると、学生課の荒巻さんとの待ち合わせの時間が5分ほど過ぎてることに慌てた。暫くすると、その様子をみていた人達がざわつき始めたようだが、その言葉を気にしている時間がない。
「あれ?工学部であんな格好いい人いた?」
「あの人、ちょっと背は小さいけど、一途に守ってくれそうだよね…?」
「寮長?あんな人だっけ?」
とうの本人は待ち合わせ時間に遅れていることに必死で、そんな言葉は聞こえていない。
俺は学生課に向けて急いでキャンパスに入っていった…。