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~エピソード3~ ③ 偶然が産んだ三上の変身。

 三上恭介の疲労がピークに達していた。


 結核になって休学した新島先輩から寮長を引き継いだが、いきなりの寮長だったので細かい引き継ぎも無く相当に負担になっていた。新島先輩が残したやりかけの事案や、仕事の全容を把握するのに頭を痛めていた。


 さらに寮長になったので寮内でバイトをする時間も減って親からの仕送りも厳しく経済的に困窮していた。


 平日の朝夕は寮で食事が出るが、休日の食事や昼食は自分で工面する必要がある。火事の危険性から調理器具などは寮内で厳禁だし、自炊する訳にもいかない。


 昼はお金を節約するために学食の定食にありつけない。俺は購買で買った100円のパンと少しでもカロリーを補うためココアを飲んで耐え忍んでいる。


 そう、ココアは俺にとって苦学だった学生生活の象徴なのだ。


 昼食が早く終わる分、キャンパスのラウンジや図書室などで早々にレポートや課題を終わらせる日が続いた。


 俺が所属する工学部は基本的に男所帯だ。工学部のキャンパスは男ばかりで女子の目を気にすることなく、典型的なオタクっぽい装いな輩も多い。だから俺も例外なくその部類に入る。高校時代から女子に接点がなくて浮いた話など一つもない。


 さらに経済的な困窮から散髪もままならない恭介はオタク度が増している。


 そんな姿の俺を寮長として推してくれたのは、寮のバイトなどを通じて共に過ごした棚倉先輩と元寮長の新島先輩の尽力が大きかった。


 三上恭介はその人に深く関わらないと魅力が伝わりにくい人間なのだ。


 恭介は真面目でひたむきで面倒見が良い。それで理性的かつ何事にも困難な事に真摯に向き合う姿勢と、気遣いの良さや優さに溢れ出る魅力が分かれば絶対的な信頼感を得られる存在なのだ。


 少なくても寮長の先輩や寮監などは彼の長所を理解している。



―その日の夕刻―


 俺は午後の講義を終えると隣に座っていた同期で友人の本橋から心配そうに声かけられた。


「恭介、お前、相当に顔色が悪いぞ!。」


 俺は疲れた身体を友人の本橋に向ける。


「すまんな、良二。最近、寮長が倒れて、代わりに寮長をやらされて大変なんだ。」


 友人の本橋良二は本気で心配そうに恭介を見つめた。良二は恭介の寮に何度も足を運んでいる。俺の隣の部屋の村上と一緒に難題の課題やレポートなどを俺の部屋でやったり、パソコンゲームを一緒に楽しむ仲だ。


「恭介、お前、仕送りが尽きてるだろ?。」


 俺は黙り込んだ。友人に迷惑をかけたくない。


「今日は俺の奢りで良いから今から飯でも食うか?。」


 腹が減ってる俺にその誘いは嬉しかった。だが、今日は外せない用事が満載だった。


「良二、ありがとう。それは後にしてくれ。今日は寮長の絡みで学生課に呼び出されているから本館キャンパスに行かねばならない。その後は緊急の寮長会議もあって死ぬほど忙しい。」


 暫くすると良二が財布から500円玉を取り出し俺に向かって放り投げた。


「お前、本館キャンパスに行くのにバス代も尽きてるだろ?。奢った飯代だと思って受け取れ。ほいっ!」


 俺は宙に舞った500円玉を片手でキャッチすると友人の厚意に感謝で俺の気持ちが溢れた。


 講義室を出ると、良二の厚意で貰った500円を使ってバスで本館キャンパスまで歩かずに行けたので、相当に時間を余らせていた。


 学生課の荒巻さんとの待ち合わせの時間まで1時間ぐらいある。早めに行ったところで会議が長引けば待たされたりする事も多い。


 工学部から本館キャンパスまでは歩いて40〜50分ぐらい掛かるがバスだとあっという間に着く。バス代節約のために少し手前のバス停で降りて歩くと、美容室が目に留まって張り紙があった。


 『カットモデル募集中。学生さん男女問わず歓迎。無料』


 髪がボサボサだった俺は意を決して美容室に入った。経済的に困窮してる俺にどんな髪型になろうが散髪できるのは有り難かったのだ。


「あ、あの、カットモデルを…。」

 こういう場に入るのは初めてなので緊張した。


 出てきたのは自分より少し年上で綺麗な女性だった。女性と接する経験が少ない俺は更に緊張する。案内されて椅子に座ると綺麗な新米美容師さんは俺に声をかけた。


「君は工学部の子?」

 俺は疑問に思いながら美容師さんに返事をする。


「…はい。」


「実はね、私の彼氏は工学部の院生なのよっ☆。」

 俺は目を丸くした。


 そういえば工学部のキャンパス内で随分と身なりが整ったカッコいい院生を何度か目にしたことがあったのを思い出した。


 『もしかして…その院生の彼女ではないだろうか?』

 彼は男所帯の工学部から見れば少し異彩を放ってる人だったのでインパクトがあった。


「あなたも出会った頃の彼氏と似たか通ったかだから。安心して。」

 美人が鏡越しでニコッと笑ったのが見えて尚更に緊張してしまった。


 新米美容師さんとの会話は彼氏が工学部だったお陰で話が弾んだ。俺はオタク系だが話を合わせるのは上手い方だ。俺が寮生でお金に困っていた点も納得だったようだ。寮長就任の手続きで学生課に行く時間がある事を告げると新米美容師さんは時間も気にしてくれた。


 話をしてるうちにカットが終わって鏡を見ると…俺だけど俺じゃない自分になっていた。


『オメーはそんなに悪い顔じゃねえから、身なりさえ整えば付き合いたいと思う女の子も出てくるぞ。』

 新島先輩や棚倉先輩からは、そんな事を真顔で言われたこともあったが言われれば、その通りなのかも知れない。


 カット前に幾つかの写真を撮られ、カット後にも幾つか写真を撮られた後に椅子から立つと新米美容師さんはニコッと笑いながら2千円を俺に差し出した。


「これは謝礼よ。」


「え?、無料だったのでは?。お金なんて頂けませんよ!!。」

 俺は慌てた。


「たぶん、貴方の見違えた姿を写真で見れば謝礼なんてお安い御用よ。店主も納得するわ」

 美人にウインクまでされれば、俺は引き下がりざるを得ない。


 私は美容師さんにお礼を言いつつ店を出た。


 『今日は凄くついてるような…』


 この後の出来事が彼の運命が生涯を決める事となろうとは知る由もなかった。

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