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Chapter6 - Episode 44


種が割れている攻撃は怖くない。

私の霧系の魔術にも言える事だろうし、他の……それこそほぼ全てのプレイヤーにも言える事だろう。

魔術というのは総じて初見殺しをモットーに行使するものだからだ。

そして、それはこのArseareというゲームでは敵性モブにも言えてしまう。

知らないからこそ怖いのであって、知っていれば対処は容易になる。

それこそメウラのダンジョンの『酷使の隷属者』など、多少極端ではあるが良い例だろう。


だからこそ、私は今。部屋の中で上へ繋がる階段へと歩いて近づいていっている。

雷以外の攻撃方法はなく、本当ならば『姿が見えない』という点で一方的に敵対者を攻撃し撃退する役目を持っているのであろう何かは、ほぼその行動を封じられていた。


雷に関して言えば、私が気を張ってさえいれば狐獣人ならではの感知方法で直撃一瞬前に感知することが出来る。

姿が見えない事に関して言えば、部屋の中に居るならばいつかは【路を開く刃を】がその身を切り刻むだろう。

だが、Arseareを始めた直後辺りから霧を操作し、装備品でその能力をブーストしている私でも今現在行っている行為は神経を使う。

なんせ、気を抜けば周囲で私を中心に高速回転している霧の刃が制御を外れ、そのままの勢いで部屋の中に散らばってしまう可能性があるのだ。

総数20本以上の実体を持つ刃が、風切り音を立てながら部屋の中を縦横無尽に飛び散る図を想像すると背中に冷たい汗がつぅと流れるのを感じてしまう。


……急ぎたい。急ぎたいけど今はこれをゆっくりやるべき。そうすべき。

焦る気持ちを抑えながら、私はしっかりと一歩一歩前へと進んでいく。

何も、階段で次の階に行くまでこの操作を行い続ける必要はないのだ。

階段まで辿り着いてしまえば、【路を開く刃を】の発動を解除し目に見えぬ敵を置いて一気に階段を駆け上がればいいだけなのだから。


「……あと少し」


部屋の中心を過ぎ、既に階段までの距離が凡そ15メートル程になった所で。

小さく部屋の中で何かの水音が聞こえた。

ぽた、という音を聴いた瞬間に私はそちらの方へと意識を集中させる。

部屋の中に広がっていた霧の刃は獲物を見つけた肉食獣のように、一斉にその矛先を音のした方向へと向け勢いそのままに殺到する。


「多分君は感触とかそういうのは全部誤魔化せるんだろうけど、流石に自分の身体から離れたものに関しては能力の範囲外って感じなのかな?」


1体だけとは限らない。そのため周囲に意識を向けつつも、霧の刃の向かった方向へと視線を向ける。

そこには傷だらけになりながらもこちらを睨んでいる瘴気を纏い尻尾が燃えている猿の姿があった。

恐らくはボスの取り巻きの牡鹿ではないバージョンなのだろう。

この場に配置されている時点で、この塔の内部にボスの手が入っていることが確定したわけだが……そもそも灰被りと牡鹿が戦っていた時点で今更だ。


「じゃ、私急ぐから」


懲りずに空気中に溶けるように消えようとする猿を逃がさないように、全ての霧の刃を使い全方向から滅多刺しにしておいた。

これで生きているならばそれは猿の形をした何かだろう。

だが生死を確認している余裕は私にはない。

制御が必要ではなくなったと同時に視線を階段へと戻し、私は駆ける。

対処法さえ分かってしまえば、この後に似た階があったとしても次はもっと楽に済ませる事が出来る。

【路を開く刃を】を使い一度部屋の中全てを切り刻んでしまえば良いだけなのだから。


……公転みたいに移動させた時が今までで一番動かしやすかったな。

少しだけ【路を開く刃を】の強化方向を頭の隅で考えながら、私は行く。


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