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Chapter6 - Episode 43


窓が他に存在していれば、鳥の視界を利用し塔を観察している私が気が付かないはずがない。

私自身が霧を使って見つけた扉のように、目視で見つけにくいようなものでない限りではあるのだが。

……窓くらいなら氷生成で割れるし……それが無理でも【霧狐】みたいに壁のすり抜けくらいなら出来るかな。

そんな軽い気持ちで。私は窓の近くへと鳥を移動させた。


「なっ……?!」


そこには、現在進行形で蝙蝠の翼が付いている牡鹿と戦闘を行っている灰被りの姿があった。

それも見て分かる程に焦燥した表情を浮かべている状態で、だ。


これまで灰被りと共にダンジョン攻略や、戦闘を行った回数は少なくはない。

しかしながら、彼女はいつも冷静で……否、冷静のように見えていた。

少なくとも辛そうな表情を浮かべた姿を見たことは一度もない。

……すぐに向かわないと。

助けねばならない。素直にそう思った。

しかしながら、距離が遠い。直上階と言えばあまり距離はないように聞こえるが、鳥を操作していた私は知っている。


少なくとも私がどんなに急ぎ、魔術を使って階段を駆け上ったとしても十数分は掛かってしまうだろう。

ならば、急ぎはしつつもこの場から何かしらの支援を行った方が、灰被りも少しは心の余裕が出来るのではないだろうか。

そう考え、私は視界共有の魔術言語をそのまま起動させたままに。

窓を割らずに中へ入れるか、鳥を操作し試してみる。そして問題なく窓をすり抜ける事が出来、一安心した。


「新手……?!」

『……む。成程、嗅ぎ付けられたか?』


……うわ喋ってるよ。

牡鹿の体長は大きく、比較的女性にしては背の高いはずの灰被りの二回り以上はあるだろう。

動物系の敵性モブできちんとした言葉を発しているのは、うちのダンジョンの馬鹿狐くらいしか見たことがないため新鮮だ。

だが、そんな新鮮さは今は必要ない。

私は鳥を操作し灰被りの前へと移動させると、氷生成の魔術言語を起動させ。

彼女の目の前に数瞬程は保ってくれるであろう分厚い氷の壁を作り出した。

しかしながら、ただの氷生成の魔術言語の限界を突破したのか……その壁が出来た時点で、霧の鳥の身体は崩れ、こちらからは操作が出来なくなってしまう。

最後に見えた灰被りの顔は少しだけ驚きつつも、霧散していく鳥を見て小さく、本当に小さい笑みを浮かべていた。


「……うん、戻ってきた。【霧狐】!」


視界が自身の身体へと戻ってくる。

それと同時、私は螺旋階段へと走り出しながら再度『脱兎之勢』を構築し始める。


「敵は居ない?」


階段を1つ、2つほど飛ばしながら一気に上へと駆けあがる。

そこで霧の身体を活かし、私の肩へと飛び乗ってきた【霧狐】に対して索敵結果を確認すると、少なくとも私が霧を発生させた範囲内には敵は存在していないようだった。

しかしながら安心はできない。

フィッシュと共に戦った時に見たように、瘴気に溶け込むような特性を持っている敵性モブが居た場合……私の索敵能力には引っかからない可能性が高いのだから。


それの可能性を頭に入れつつも、急げるだけ急ぎつつ塔を駆けあがっていく。

すると、だ。

螺旋階段は途切れ、外側からは見当たらなかった丸い大部屋のような場所へと辿り着いた。

だがしかし、鳥によって見つけた窓の付いている部屋ではないようで。

その大部屋に牡鹿と灰被りの姿はなかった。


「……階段が部屋の反対側、距離的には多分50メートルもないくらい?」


これならばすぐに駆け抜けられる。

そう思い足に力を入れた瞬間。私は前ではなく左へと跳んだ。

その直後、私の元々居た位置に雷が落ちてくる。……それを放ったであろう、下手人の姿は見えないのだが。

……なんかビビッと頭に来たから跳んだけど、あっぶなぁ?!

恐らくは狐獣人の、というよりは元になった狐の磁場察知能力が反応したのだろう。

雷が降ってくる直前に頭の奥にバチバチと何かが反応するような、言葉にしづらい感覚が訪れたのだ。


「【霧狐】」


端的に問えば、肩に乗っている【霧狐】からの返答は首を横に振る事だった。

……フラグかと思ったけど、こんなに早く回収しなくても良いじゃん……。

どうやらこの部屋のどこかに敵が居るらしく。

【霧狐】の索敵能力ではそれが何処にいるのか、何体いるのかが分からない。

そんな状態で部屋の反対側まで駆け抜けるのは無謀と言えるだろう。


溜息を吐きつつ、いつでも駆けだせるように足を動かしながら。

狐面から更に濃い霧を引き出した。

更に動かしている足で床を軽く蹴る。

瞬間、私の周囲には霧の刃が大量に出現する。


「脳筋かもしれないけど……あの人の姿は見えてはいたけど、似たような対処法で何とかなると思うんだよ」


思い出すのは【路を開く刃をネブラ】を創り出した時の事。

あの時は相手の……フィッシュの動きの始めが分からず、どこから攻撃されるかが分からなかった。

その為、全方位に……自身が霧を操作できる範囲ならばどこへだって動かせる霧の刃を使って彼女の一撃を防いだのだ。

しかしながら、今回は防ぐ為に使うのではない。

敵を炙り出すために使うのだ。


無駄に精密に動かせるようになった霧の操作能力の高さを活かし、私の周囲に1~2本。

それ以外の十数本を徐々に範囲を広げていくように、さながら私を中心に公転するかのように。

部屋の内部を切り刻んでいく。

【霧狐】や霧の鳥とは違い、敵対者を傷付ける事を目的としているためか、床や壁をすり抜けることはない。

その様子を見て、私はゆっくりと前へと歩き始めた。


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