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Chapter6 - Episode 37


『車両大破。消失します』


冷静なコンダクターの声。それに反応することは出来なかった。

何故なら、


「クッソ……!」


私の身体は【霧式単機関車】が消えたのをきっかけに、空中へと投げ出されていたからだ。

それと共に理解する。私達を襲った相手の姿を視認する。

……牡鹿の群れ……?!

恐らくはフィッシュが言っていた『取り巻き』がアレらなのだろう。

だがそれを確認出来たといって、状況が好転するわけではない。

当然だろう。私達は今もなお空中へと投げ出されており、身体の自由が利くかと言われると……否と答えるような状況だ。

こういう時に頼りになりそうなフィッシュはといえば、先ほど回復したばかりで本調子ではないのか、私と同じように空中に投げ出されているのが見えている。


「【血狐】!」

『――過労。殲滅開始』


咄嗟に選択した魔術は霧でも言語でもなく、自らの身体に流れる血の術だった。

湧き出るように出現した血の狐は、私の身体をその体内とも言える血の中へと入れたままに落下を開始する。

元より物理耐性の高い【血狐】だ。落下程度では中に居る私に対してダメージが徹るわけもない。

……問題はそれよりも、着地狩りしてきそうな牡鹿達かな。


フィッシュを含めた私達の落下地点。そのおおよその位置に3、4匹の牡鹿達がそれぞれこちらが落下してくるのを待っているのが見えている。

そのまま落ちて行けばいくら【血狐】に包まれていようと、数の暴力によって削りきられてしまう可能性も否めないだろう。

フィッシュの方は……本人も分かっているだろうから何もしなくて良いとして。

私は血の中で無理やりに口を動かした。


「【血液強化】」


私の意図を理解したのか、その瞬間だけ【血狐】が口周りの血を除けてくれたため、スムーズに発声することができ、身体の内側から燃えるような感覚が沸き上がると共に、私のステータスが戦闘用に強化されていく。

インベントリから『面狐』と『煙管:【狐霧】』を取り出した所で、私の準備時間は終わったらしい。

ドパン、という音と共に私と【血狐】は落下地点で待つ4匹の牡鹿達の中心へと落下した。

ダメージはない。しかしながら動かなければ牡鹿に群がれて落下死よりも死が待っている。それは間違いないだろう。

だからこそ、私が最初に選択したのは指を動かす事だった。

動けるようになったと同時、大きく腕を上に掲げながら指を鳴らす。


『『『『――ッ?!』』』』

「よし、これ【霧の羽を】が効くなら割と問題はなさそうだね」


牡鹿達の頭部周辺、そこに霧で出来た非実体の羽が降り注ぐ。

視界阻害、それに特化している私の霧を必要としない魔術の1つだ。

対集団、それもこうやって囲まれている時こそ真価を発揮するソレが数秒の間、牡鹿の動きをその場へと縫い留める。

そして私達にとってはその数秒さえあれば十分だった。


敵が動かなくなったと見るや否や、赤黒い津波となって2匹の牡鹿をその身へと巻き込み圧死させていく【血狐】の横。

そこで私は煙管を咥えつつ、周囲5メートルを目安に濃霧を狐面から引き出し足先で地面を軽く蹴り……そのままの動きで足を踏み鳴らす。

瞬間、出現したのは私を中心に浮かぶ霧の刃達。

【霧の羽を】とは違い、実体のある傷が付けられる攻撃用の霧の魔術だ。

きちんと動かせるのを確認した後に、私は力強く地面を踏みしめ。一気に目の前の1匹の牡鹿へと衝撃を伴いながら接近し、その首を手の『面狐』と霧の刃によって多重に切り裂いて切り飛ばした。

例外が居ないとは言わないが、少なくとも生物範疇の姿形をしているこの牡鹿達ならばそれで殺し切るには十分だろう。


だが、まだ1匹だ。

【血狐】が圧死させた分を含めても3匹。そして私達の近くに居たのは――、


「おっと、危ないぜアリアドネちゃん」


そう考え、視界を周囲に振ろうとした瞬間。

私の背後から軽薄に笑う声が聞こえたかと思えば、牡鹿の短い断末魔と水音が周囲に響いた。

振り返ってみると、そこには赤い血で染まったフィッシュがこちらへと笑いながら歩いてきている。

怪我などはなく……むしろ先ほど単機関車にぶつかってきた時よりも元気に見えた。


「ありがとうございます。……今のは?」

「奴らの固有スキルっぽい奴かな。瘴気に溶け込むみたいに姿を消すんだよ。……アリアドネちゃんって嗅覚の方は?」

「あんまりですね。多分単純な人よりは鋭いんでしょうけど、どっちかっていうと生物が発してる磁場とかそこらを感じ取るのが得意みたいなんで。狐獣人は」

「あぁー成程ね。じゃあ私みたいに匂いで特定するのは厳しいか……」


彼女がこうやって話しているという事は、周囲には先ほどの牡鹿達と同じ取り巻きの姿は無いのだろう。

……ステルス付きって事は、発動させるの【路を開く刃をネブラ】で丁度良かったかも。

気が付いたら背後をとられ、そして攻撃されるというのであれば。

自分の周囲の霧の内部で漂う刃を発生させるこの魔術は相性が良いはずだ。

少なくとも戦闘中は切らさない方が良いと思える程には。


「で、聞く前に戦闘に入ったからあれだったけど、アリアドネちゃんはどこに行こうとしてたんだい?話してた内容を考えると、どこからが前線かも分かってなかったんだろう?」

「私はあれですよ、アレ。灰被りさんの塔」

「アレかぁ……」


いつの間にか結構な近さまで来ていた灰色の塔を見上げるように指を指すと、フィッシュは苦い表情を浮かべて頬を掻いた。

どうしたのだろうと彼女の顔を見ていると、


「いや、アレには近づかない方がいいかな。多分本当の意味で無差別・・・だから」

「無差別……敵味方、牡鹿とプレイヤー関係なくって事ですか?」

「そういう事だね。試しに近づいたプレイヤーが灰になったって話も一応専用掲示板の方で出てる。まぁそれを利用して牡鹿をトレインしたりして数を減らしたりはしてるらしいんだけどさ」


そう言いながらフィッシュはこちらにも見えるように設定したウィンドウを出現させ、専用掲示板とやらを見せてくれる。

そこに書かれていたのは、灰被りの塔のある程度の仕様と、灰被り本人が何故か戦場の何処にもいないという事だった。


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